ハノーバーメッセ2023とドイツ調査から見えてきた、ドイツの最新状況と日本の課題(前編)~ハノーバーメッセ2023のトピックスと新たなデジタル製造技術の動き~

イベント、テクノロジー

2023年6月28日

毎年、ドイツで開催される世界最大規模の産業見本市「ハノーバーメッセ」は、2011年にインダストリー4.0のコンセプトが発表されてから、デジタル製造技術の進捗確認の場となっている。今年のハノーバーメッセ2023では、どのような技術や取り組みが注目を浴びていたのか。
現地に出向いて同展の視察やドイツの企業・団体の動向調査を行った、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の中島一雄氏、東芝デジタルソリューションズの岸原正樹に、同じく同展を視察した本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。

ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)
インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏

富士通で光磁気ディスクやHDDの開発に従事。その事業が東芝とジョインし、東芝デジタルソリューションズの前身となる会社から、経営企画やM&A、マーケティングなどの業務を担当。政府のロボット新戦略を民間で推進するために設立されたロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)に2018年から出向。ロボットと産業用IoTの両輪を推進するRRIで後者を担当し、ドイツと民間レベルでインダストリー4.0に関する協力を行っている。

東芝デジタルソリューションズ スマートマニュファクチャリング技師長 岸原正樹

2023年4月に発足したスマートマニュファクチャリング事業部で技師長を務める。同事業部は、製造業向けソリューション「Meister Factoryシリーズ」などを提供する東芝デジタルソリューションズと、東芝インフラシステムズの計装部門が合流してできた部門。同氏はものづくりのエンジニアリング変革のためにRRIに参画しており、RRIのアクショングループ(AG4)の立ち上げに加わり現在活動中。

ハノーバーメッセ2023の概要と今年の主要テーマ

福本:
今年のハノーバーメッセのメインテーマは「Industrial Transformation – Make the Difference!」(インダストリアル・トランスフォーメーション – 変化をもたらす)」でした。50ヵ国から約4,000社が出展し、約13万人が来場したと報告されています。昨年(2022年)同様、デジタル化とエネルギー管理による資源節約や、CO2排出削減などのソリューションが目立った印象があります。また地政学的リスクや気候変動に対応するために、関係各所との協力が求められる中、いろいろな企業や団体が一緒になってエコシステムを構築し、問題解決を図ろうという動きも見られました。

今年目立ったのは、サステナビリティやレジリエンスといった社会課題に向けた取り組みと、インダストリー4.0の推進団体である「Plattform Industrie 4.0」を中心としたデータ共有圏づくりの推進でした。その中で、インダストリー4.0で提唱されている「アセット管理シェル(AAS:Asset Administration Shell、アセットの接続性と相互運用性(インターオペラビリティ)を実現するインターフェースの標準規格)」がグローバルスタンダード化していたことが印象的でした。

データ共有圏の構築の動きとしては、信頼できるデータインフラを構築するために欧州が進めている欧州統合データ基盤プロジェクト「GAIA-X」、GAIA-X上のユースケースであり自動車サプライチェーンに関わる企業間での安全なデータ交換・共有を行う次世代のプラットフォームを目指す「Catena-X」に加えて、Catena-Xのユースケースの運用・採用を促進する目的で欧州の自動車業界が立ち上げた「Cofinity-X」の発表がありました。また、自動車産業を対象としたCatena-Xのコンセプトを発展させた、製造業固有のデータ共有基盤構築に向けた構想である「Manufacturing-X」の展示もされていました。

昨年マイクロソフトが発表したインダストリアル・メタバースや、ChatGPTで一躍有名になったOpenAIの産業界での活用に向けた取り組みも目立ちました。


製造業のサプライチェーン連携において、AASの活用が一般化

福本:
まずは、今年のハノーバーメッセについて、どのように感じていらっしゃるか教えていただけますか。

中島:
私が今年のハノーバーメッセで受けた大きな印象として、ものづくりの世界でも、ハードウェアよりもソフトウェアの比重が上がったと感じました。また、エコシステムづくりの動きも気になりました。これからは個社で戦うよりも、エコシステム同士で戦う時代になっていきそうです。どのようにエコシステムを構築し、どう参加していくのかを意識する必要があると思います。気候変動、脱炭素(カーボンニュートラル)、資源循環(サーキュラーエコノミー)というキーワードを使いながら、ソフトウェアの比重を高めつつ、エコシステムの中で解決しようとするパターンが増えているように見えました。

福本:
プラットフォームについては、GEが「Predix」、シーメンスが「MindSphere」を出していた当時は、IoTデータを様々な産業機械や社会インフラから収集し活用する基盤のようなイメージがありました。ところが今のエコシステムは、従来のサプライチェーンだけではなく、業界をまたいで取り組んでいくことで、地球規模の社会課題を解決するという大きな目標を実現する手段に聞こえました。

中島:
その通りだと思います。それを実現するうえで、データ連携が非常に大事であるというのがドイツのロジックでしょう。だから具体的な手段として、GAIA-X、Catena-X、Cofinity-X、Manufacturing-Xといったプロジェクトや組織を設立し、繋がりを作ろうとしている。そこは一貫していると言えますね。

岸原:
私も皆さんがおっしゃるように、単一企業での展示よりも、他社のコントローラと繋がるといった、サプライチェーンとしての連携を見せている展示が多かったと感じています。また、設計から製造、運用までの流れをシナリオ立てて見せている展示も多かったと思います。単独製品や自社製品だけではなく、サプライチェーンや製造の流れをエコシステムで見せて、その手段として当たり前のようにAASを使うようにしているということが大変印象的でした。AASの活用イメージを訴求するために、展示ブースにQRコードを貼って、詳しい製品情報が出てくる工夫なども行われていました。

中島:
AASについて言うと、もう当たり前という感じでしたね。展示会場で「展示製品のデータをどこから取ってくるのか」と尋ねると、「それはAASがあるからね」と普通に答えが返ってきており、何か特別なことをしているわけではないという感じでした。

福本:
私も、米国企業まで当然のように使っているというのが、ある意味で凄いことだと感じました。CESMII(the Clean Energy Smart Manufacturing Innovation Institute:米国のスマート製造に関する国立研究機関)のOPC UA(OPC Unified Architecture:インダストリー4.0の標準通信として推奨されている産業用IoTのオープンな通信規格)に準拠するSMP(Smart Manufacturing Profile:アプリケーション・データの相互運用が可能なプロトコル)とAASを用いて、米独のサプライチェーンのカーボンレポーティングが連携されることが発表され、実際にデモも行われていました。それからManufacturing-Xという、自動車業界のCatena-Xの取り組みを製造業全体に広げていく取り組みについても印象的でした。この影響についてはどうお考えですか。

中島:
ドイツがManufacturing-Xに本腰を入れるというので、RRIでもエンジニアリング変革に向けた産業データ連携について検討する新しいアクショングループ(AG4)を立ち上げました。ただManufacturing-Xについては、どのような建て付けで取り組もうとしているのか、まだ細かい情報は入手できていません。そのため、今はCatena-Xを1つのモデルとして、Catena-Xがビジネス構造をどう構築していこうとしているのかを分析中です。Cofinity-Xについても分析しています。紆余曲折あったのだと思いますが、結果としてとても上手く作られているという印象ですね。


欧州のデータ連携基盤の進捗、シーメンスのDPPに関する動き

福本:
GAIA-XやCatena-Xなどは、インダストリー4.0が議論されてきた延長線上での動きだと思いますが、これらの進捗についてはどう見ていますか。

中島:
現在のいろいろな動きは、既に2018年頃からドイツで少しずつ露出しており、我々にも見えるようになってきました。当時、RRIが国際シンポジウムを開催した時、インダストリー4.0の産みの親であるドイツ工学アカデミー評議会議長のカガーマン博士が登壇し、世界の各地域の立ち位置の話をされました。その中で、米国は大きく資産価値もトップで、中国も台頭してきたが、欧州はまだまだとおっしゃっていました。日本も同じ状況で、このまま放っておいてよいのか、欧州は果たして生き残れるのか、日本はどうかという議論がありました。

米国や中国のようなビッグテック企業に匹敵するような投資ができる企業は欧州にはない状況であり、特に産業分野(BtoB:Business to Business)における問題が提起されていました。今振り返ってみると、GAIA-Xが重要としているデータ主権についても、当時ドイツから参加された方は、データは集めるものではなく、誰がどのデータを持っているのかをしっかり把握できてさえいれば良いということを話されていました。欧州は、GAFAM(Google(Alphabet)、Facebook(Meta Platforms)、Apple、Amazon、Microsoft)のようにデータをどこかに集めるアプローチではない方法で、産業データ連携基盤を構築したわけです。互いをトラストできる仕組みも用意し、データを誰かが集めて何かをやるのでなく、データはバラバラに存在して構わないが、信頼できる人が特定の条件のもとにアクセスできれば、GAFAMと同じことができるという考えで、欧州はアプローチしているのでしょうね。

福本:
今回、欧州で法制化が進められているデジタルプロダクトパスポート(DPP:製品の製造元や使用材料、リサイクル性などの情報を製品ライフサイクル上で共有するため製品の移動に必要となるパスポート)の最初のターゲットである、バッテリーパスポートのユースケースを多くのベンダーが展示していました。その範囲も規模も大きかったのはシーメンスです。サプライチェーンやサプライヤーのデータ、バッテリーの仕様データやカーボンフットプリントデータ、ジオメトリデータなどのダイナミックデータを、AAS経由でセキュアにDPP対応のアプリケーション上に共有し、デジタルツインを構築するという流れを説明していました。そこでバッテリーパックの製造やサプライヤー情報が連携され、回収時にリペア、リユース、リファービッシュ(不良品や中古品の整備)、リサイクルのいずれを行うのかを判断するという大きな絵を描いていました。

一方でハードウェアを含め、スケーラブルなバッテリー生産を実現する工場の仕組みそのものを展示し、同社の標準的な工場システムを使えば、法対応も含め全てサポートできると訴求していました。政策にシーメンスが乗っているのか、あるいはシーメンスの事業戦略に政策が乗っているのかと勘ぐるぐらいの展示内容という印象でした。

ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏


インダストリアル・メタバースやOpenAIといった新技術は産業を変えるか

福本:
次に新しいテクノロジーの話に入りたいと思います。昨年マイクロソフトが、離れた場所にいる技術者が時間や場所の壁を越えて共同作業ができるようにすることを目指した「インダストリアル・メタバース」のコンセプトを発表し、今年は欧州最大の応用研究機関であるフランフォーファー研究機構や、SAP、シーメンス、AVEVAも同様のことを言い始めています。

IoT でデータを取得し、そのデータを見える化してさまざまな判断に役立てることまでは、多くの企業で既に取り組まれていますが、あらゆるデータを可視化してシミュレーションまで行えるようにするのがデジタルツインであり、それをコミュニケーションの部分まで仮想環境で行えるようにするのがインダストリアル・メタバースです。インダストリアル・メタバースでは、仮想空間上に人だけでなく機械もアバター化し、デジタル空間上で寄り添うコミュニケーションを行えることがポイントです。

この新しい技術は、製造業におけるビジネスや現場のコミュニケーションの方法を大きく変えていくと思いますか。

岸原:
インダストリアル・メタバースについて、遠方にいる人をサポートしたり、教育に使ったりという展示は多くありましたが、それにより現場がすぐ変わるかというと、そこまでは予想できません。補完的な使い方によって省人化に貢献していくとは思います。

中島:
私も具体的なイメージが湧きませんでした。そもそも出展社に聞いてもバズワードの領域から抜けていない印象でした。教育に使うにしても、昔からあるARと大きく変わらないし、まだユースケースとして強力な事例が提案しきれていないのかもしれません。

福本:
次にOpenAIなどの生成AI技術について伺いたいと思います。いろいろなデータをマッシュアップして活用するようなシーンでは相当使えそうなイメージを持ちました。人とのインタラクティブなコミュニケ―ションで情報を絞り込んだり、定型メールを作ったり、カメラと組み合わせて画像検査を行うなどの展示もされていました。まだリスクを懸念する人が多い中で、例えばPLC(プログラマブルロジックコントローラ)のラダープログラムの開発に利用するなど、まず利用してから考えようという動きも見られました。生成AIの技術は、産業領域でも活用すべきでしょうか。

中島:
OpenAIの技術は、あたかも人が書いたような文章をアウトプットするのが凄いなどと世の中で言われています。学生がChatGPTに論文を書いてもらうといったユースケースで、それを教授がどう見破るかなどが話題になっていますが、単純に文章を作成するだけではなく、今後いろいろな使い方が出てくると思っています。

福本:
例えば設備保全やメンテナンスの記録など、様々なところに溜まっているデータを学習して、何か故障などが起きたときに過去の類似事例を教えてくれるといった使い方も考えられますよね。きちんとしたフォーマットにまとまっていないと活用が難しかった、バラバラのデータを活用することも可能になりそうです。

中島:
企業の属人化したプロセスで、情報が分散しているものを上手くまとめられると考えれば、有効な使い道が出てくるかもしれません。日本の場合、現場は特に属人的で、きちんとデータが整理されていないので、こういう技術を使いながら何かしらの対応ができるということは1つの可能性になると思います。

岸原:
最後の判断をどうするかは実際に使われる中で見極められていくのだと思いますが、やはり属人的なことを新人など誰でもできるようする最初のステップとして使われるでしょう。ただし、今回の展示からは、本当に業務に使っていくには、もう少し時間がかかりそうだと感じました。


執筆:井上 猛雄


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年5月現在のものです。

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