インダストリー4.0の今後を見据えた製造業の動向と産業構造の変化
(前編)~激変する世界情勢の中、デジタル化とエネルギー問題の2軸で加速するインダストリー4.0~

テクノロジー、イノベーション

2023年5月19日

2011年のハノーバーメッセでドイツが「インダストリー4.0」のコンセプトを発表してから、既に12年が過ぎた。この間にパンデミックや局地的な戦争なども起こり欧米やアジアなど世界情勢は大きく振れ動いた。製造業のあり様やビジネスモデルの変化が求められる中で、いま日本の製造業は、何を見据えて挑んでいけばよいのか。長年にわたる欧州との繋がりをもとに、日本にインダストリー4.0を紹介してきた伝道師、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの尾木蔵人氏に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では、インダストリー4.0発表以降の世界情勢と製造業の変化、さらに注目企業の動きを中心に紹介する。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際アドバイザリー事業部 副部長 尾木 蔵人氏

インダストリー4.0によりデジタル化は加速するも、地政学的なブロック化で各国は難しい舵取りに

福本:
インダストリー4.0のコンセプトは、製造テクノロジーとノウハウをデジタル化することで、製造オペレーションを効率化して、付加価値の高い製品を作るところから始まりました。しかし、この12年間でインダストリー4.0を取り巻く環境は、大きく変化したと思います。尾木さんはどう思われていますか。

尾木:
まず大きく2つの軸で変化を捉えるべきでしょう。1つはインダストリー4.0によるデジタル化の推進という軸、もう1つはエネルギー問題の軸です。

まずデジタル化の推進という軸では、ドイツ政府・企業・科学アカデミアが全体戦略として進めていくという大きな方針がありました。ただ数年前に新型コロナによるパンデミックがあり、世界中が大ダメージを被り、製造業が厳しい冬の時代を迎えました。この12年間で多くの事象で濃淡があり、すべてがドイツの狙い通りになっているとはいえないと思いますが、デジタルの重要性やサイバーの力を現場側で活用することについては、欧州では製造業などの企業もデジタル化を縦糸に粘り強く着実に進めており、その流れもまったく揺らいでいません。ドイツ政府関係者と意見交換をしましたが、その部分はぶれていませんでした。ポジティブに捉えるならば、ようやくポストコロナの時代にシフトし、これからアクセルを一気に踏み込んでいくために、大きな骨太の方針、腰の入った動き方をさらに加速しようとしているように感じました。

その一方で、世界全体で捉えるならば、直近では米中の分断によって地政学的なブロック化が進みました。米中分断の背景にはいくつか原因がありますが、ここ数年でAIにしても半導体にしても、デジタル化を含む中国の技術力が驚くほどに高くなってきたことが挙げられます。中国は「中国製造2025」を目標に猪突猛進してきました。そのアプローチが、たとえ欧米の後追いであったとしても、カエルが一足飛びにジャンプする「リープフロッグ」のように大幅なステップアップを遂げています。人材も徹底的に育成した結果、米国を脅かすほどに一気にレベルが上がってしまったのです。GDPも世界第2位になり、そこで米国も危機感を募らせて、さまざまな対抗策を講じるようになりました。

福本:
そのような米中分断のはざまで、いま欧州も日本もかなり難しい舵取りが求められているわけですね。

尾木:
Brexitによって、イギリスはEUを離脱してしまいました。EUの各種プロジェクトもイギリス抜きで動いています。欧州でも分断が起き、イギリス政府やアカデミアも完全に切り離されてしまったのです。現在、EUの予算で自律分散型の企業間データ連携基盤「GAIA-X」を一気に推進しようとしていますが、その地図にはイギリスが入っていません。

福本:
なるほど。GAIA-Xも海から向こうは蚊帳の外になってしまったと。イギリスは欧州と完全に分断されたと言えるわけですね。


サイバーフィジカルシステム、デジタルツインで台頭する欧州企業

尾木:
もう1つ見逃せないポイントは、欧州ではドイツ企業だけでなく、例えばインダストリー4.0の中核となる「サイバーフィジカルシステム(CPS)」においては、フランスのダッソー・システムズなども企業力が増しています。またシュナイダーエレクトリックも、フランスを代表する企業として注目に値する企業だと思いますね。

福本:
先ほどのシュナイダーエレクトリックは、デジタル企業へのポートフォリオ転換が進んでいる企業ですよね。英国のエンジニアリング・ソフトウエアプロバイダーであるAVEVAを買収し、さらにAVEVAは産業用IoTデータ活用基盤を展開するOSIsoftを既に買収していました。全方位戦略への転換と言えるのではないでしょうか。

尾木:
シュナイダーエレクトリックは代表的なデジタル企業と捉えてよいと思います。彼らは欧州だけでなく、北米やアジアでも影響力があります。ご存じの通りシュナイダーエレクトリックは、いま注目を浴びているカーボンニュートラルやエネルギーコントロールの分野が非常に得意な企業です。彼らを見ると、縦糸でデジタル化を推進する一方で、絶対に避けて通れないエネルギー問題の解決を横糸で紡ごうとしているように思います。冒頭で触れたエネルギー問題の軸にも関係してきます。

デジタル化とエネルギー問題の2軸の観点で見ると、デジタル化を推進して、かつエネルギー効率を上げ、場合によってはエネルギーの引き算も可能な企業が、これからのセグメントとして強くなってくるものと予想されます。インダストリー4.0というと、「ものづくり」のことだと思われがちですが、ドイツが主張しているのは「まずはインダストリー4.0、CPSによって、自分たちが最も得意とする製造業から先鞭をつける」ということだと思います。

福本:
日本の場合も同様で、工場の中の諸問題について、データを使って解決するのがインダストリー4.0だと捉えた方も多く、工場のスマート化だけを対象にした取り組みも多く見られます。

尾木:
これまで先進的なプラットフォーマーや企業は、縦糸であるデジタル化を垂直方向に強力に地道に進めてきました。これは見誤ってはならない方向感ですが、個人的には先ほどからお伝えしているCPSが肌感覚として分かりづらいように感じています。CPSという概念はデジタルツインとほぼ同義で、デジタルの双子をフィジカルとサイバーの世界で作ることです。

このデジタルツインのプロセスこそが、最終的にインダストリー4.0が目指す姿であり、それが着実に実現されようとしていると捉えることができます。デジタルツインの力が世界を動かしつつあり、製造業だけではなく、エネルギー産業も含めて巨大な市場に向かっているのです。


ロシア・ウクライナ紛争による欧州エネルギー危機と、ポストコロナ政策の質的変容

福本:
エネルギー問題という点では、ロシアがウクライナに侵攻してから1年強になりますが、欧州ではエネルギー危機が叫ばれていますね。

尾木:
この話を抜きにして現在の欧州のリアルな姿は伝わらないですね。

まずカーボンニュートラルの議論で言うと、政策的なお金の流れを見る必要があります。もちろんEUの予算はポストコロナの産業界の復興に使われる点がポイントになります。ではどこにお金を投下するかというと、インフラだけを作るということではありません。彼らはカーボンニュートラルを、本当に克服しなければならない現実問題として捉え、世界を変えなければいけないと真剣に考えて取り組み始めていました。

分かりやすいところではEVの推進です。いまブレーキが掛かっているとはいえ、リチウムイオン工場を建設するなど着実に進めています。そのほか再生可能エネルギーやVPP(バーチャルパワープラント:仮想発電所)など、さまざまな取り組みを総動員してカーボンニュートラルを必ず成し遂げようとしており、ポストコロナのリカバリー資金もここに適用することがEUの戦略でした。カーボンニュートラルを実現すれば雇用も生まれ、テクノロジーもリードでき、欧州規格がグローバルスタンダードになる可能性がある。これが1~2年前までのロジックでした。

福本:
ところがロシアがウクライナに侵攻してきたので、欧州はエネルギーの首根っこを押さえられてしまいましたね。

尾木:
それでカーボンニュートラルに巨額を投じるつもりが、戦争が始まって産業で使うエネルギーが逆に高騰し、エネルギー危機に陥ってしまいました。中小企業にとっては死活問題であり、エネルギーが使えなくなれば、工場を停止し、従業員も解雇しなければならなくなってしまう。そこまで欧州は追い詰められてしまった。これが去年からのストーリーです。

カーボンニュートラルを実現する前に、目先で頓挫してしまっては元も子もありません。エネルギー危機を解決しようとしても、太陽光や風力などの自然エネルギーだけでは電力を賄えないので、先ほどのシュナイダーエレクトリックだけでなく、ドイツ企業もデジタルを活用し、デジタルの力を使って省エネルギー化を進めようとしているわけです。つまり、これは「インダストリー4.0のエネルギー削減バージョン」でもあるわけです。

デジタル化されたデータを使い、エネルギーを最適化するという議論を突き詰めると、使われない無駄なエネルギーを減らす部分にもエッジが立つはずです。その技術は、いまのデジタルテクノロジーを使ってやって欲しいというのが、最近のドイツなどのデジタル産業界の取り組みですし、現実問題として背に腹は代えられない状況になっています。

いずれにしても、彼らはカーボンニュートラルや再生可能エネルギーの旗は絶対に下ろさないと思います。自分たちがエネルギー問題を乗り越えなければ、もう未来はないと考えているからです。ただし、ロシアに起因するエネルギー危機により目先の短いスパンでは、デジタルソリューションで何とか切り抜けようというのが彼らの本音なのです。

右:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際アドバイザリー事業部 副部長 尾木 蔵人氏
左:DiGiTAL CONVENTiON編集長 福本 勲


尾木 蔵人
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際アドバイザリー事業部 副部長

1985年東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行。ドイツ、オーストリア、ポーランド、UAE、英国に合わせて14年駐在。日系企業の海外進出支援に取り組み、2005年ポーランド日本経済委員会より表彰。日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)出向。2014年4月より現職。
企業活力研究所ものづくり競争力研究会委員、日本経済調査協議会カーボンニュートラル委員会主査。経済産業省ものづくり分野における人工知能技術の活用に関する研究会副主査(2017~18年)。元ドイツ連邦共和国ザクセン州経済振興公社日本代表部代表。
著書に「決定版 インダストリー4.0」、「2030年の第4次産業革命」、「「超スマート社会」への挑戦」(いずれも東洋経済新報社)がある。


執筆:井上 猛雄


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年5月現在のものです。

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