ハノーバーメッセ2023とドイツ調査から見えてきた、ドイツの最新状況と日本の課題(後編)~インダストリー4.0の今後の動きの中で、日本企業が取り組むべきこと~

イベント、テクノロジー

2023年6月30日

ハノーバーメッセ2023、ドイツ調査に関するインタビューの後編。前編では、世界最大規模の産業見本市「ハノーバーメッセ2023」のトピックスを中心に、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の中島一雄氏、東芝デジタルソリューションズの岸原正樹と議論を行った内容を掲載した。
後編では、ハノーバーメッセに加え、RRIが実施したドイツの企業や大学、団体の動向調査から見えてきたインダストリー4.0の最新動向や、新たなデジタルデータ連携基盤の登場、ドイツの動きから見た日本の製造業の課題と対応策などについて議論した内容を紹介する。

東芝デジタルソリューションズ スマートマニュファクチャリング技師長 岸原 正樹

ハノーバーメッセ2023とドイツ調査から見えたインダストリー4.0の最新動向

福本:
ここからRRIのドイツ調査の情報を交えながら議論を深めたいと思います。まずドイツでどのような調査を行ったかを教えて下さい。

中島:
RRIがドイツ調査を実施したのは今回が2回目になります。RRIの会員企業だけでなく、アカデミア、経済産業省も含めた日本の産官学のメンバーが、ドイツの企業や大学、団体と情報交換を行いました。今回は総勢15名で、ドイツ政府の関係者、ベルリン工科大学、Catena-X、エアバス、IDSA(International Data Spaces Association:データ連携に関する枠組み検討を推進する国際団体)などを訪問しました。RRIではエンジニアリング変革のための産業データ連携のアクショングループ(AG4)を作り検討を進めようとしていることから、日本とのデータ連携や、Catena-X、Manufacturing-Xなどの状況、Catena-X のメインプレーヤーであるVW(フォルクスワーゲン)のスタンスやエアバスのデジタル化の取り組み、IDSAによる欧州の産業データ連携などの動向を調査しました。

福本:
RRIが行ったドイツ調査や、ハノーバーメッセから見たインダストリー4.0の動向について話をしていきたいと思います。まずデジタルツインですが、IDTAでは「デジタルツインがインダストリー4.0の核心であり、そのベースがアセット管理シェル(AAS:Asset Administration Shell)である」と表現していました。デジタルプロダクトパスポート(DPP)のバッテリーパスポートもAASを用いて実装すると言っており、アプリケーション・データの相互運用に不可欠な標準APIを備えたAASモデルを構築していると説明しています。これらの動きにより、スマートマニファクチャリングはどう推進されていくのでしょうか。

中島:
ハノーバーメッセでは、Catena-Xのアプリケーションとして、SAPがカーボンフットプリントの可視化ソリューションを展示していました。ある製品の部品表(BOM:Bill Of Materials)が画面に表示され、パーツ番号やベンダー情報などからドリルダウンすると、カーボンフットプリントの情報などが紐づいて一覧表示されるものです。その根幹のデータを引き出す仕組みのベースが、AASということになります。AASにより管理されたデータを繋いで見えるようにすることで、サプライチェーン全体でGHGプロトコル(温室効果ガスの排出量を算定・報告する際の国際的な基準)のScope1~3(Scope 1:直接排出量、Scope 2:間接排出量、Scope 3:サプライチェーン排出量)のカーボンフットプリントを把握できるという説明でした。既に欧州ではAAS活用は一般的であり、それを繋ぐ部分を技術的に埋めていく作業をIDTAが担当しているのだと理解しています。

岸原:
私も、AASのデータモデルの部分はIDTAが担当し、各企業がそれぞれのエンジニアリングプロセスでデータを取り出したり、データを入れたりするようになるのだと捉えています。データモデルの調整や標準化を行っているのがIDTAで、そのデータ連携は各社やCatena-Xが行っているのだと理解しました。

福本:
法令化が進むバッテリーパスポートのベースがAASとなることもあり、AASがグローバルスタンダードなインターフェースになっていくのではないかと思います。サプライチェーンに参加するためにはAAS対応が必須になるなど、日米を含む多くの国にも影響を与えると想定されます。これらについて、ドイツ調査などで何か分かった点はありますか。

中島:
DPPの標準化に関わった人にヒアリングした際、バッテリーパスポートは仕様が完全に固まっているわけではないと聞きました。DPPはいろいろな対象製品をカバーし、製品のトレーサビリティ情報を把握できるようにするものであり、バッテリーパスポートはDPPのバッテリー版という位置づけであるとのことでした。

福本:
バッテリーパスポートに関しては、2017年に発足したGlobal Battery Alliance(GBA)がDPPより前に公表していると記憶していますが。

中島:
そういう事情もあって、バッテリーパスポートに関してはDPP派と別派閥があり、混とんとした状況のようです。私がヒアリングした方は、DPPに合わせたほうが管理ソフトやモジュールの開発においても同じ枠組みで扱うことができるなどメリットも多いのでDPPを推していましたが、そうでない人たちもいるので調整が必要な状況なのでしょう。


異なる意見も取り入れながら、データ共有を目指す

福本:
先ほど、米独のサプライチェーンのカーボンレポーティング連携の話がありましたが、グローバルで他国の標準的な仕様とAASが連携していく動きは今後も増えそうですか。

中島:
RRIはドイツとの付き合いが比較的長かったということもあって、最近、欧州のアプローチがなんとなく理解できるようになってきました。異なる派閥があっても、とりあえず情報を共有して互いの状況を見て、今日は違うかもしれないけれども近未来に統合した枠組みができると良いですね、という感じで議論することが多い印象を受けています。日本では白黒はっきりさせてしまう傾向があるので、そこから議論が先に進みません(笑)。欧州の場合は、違いをある程度理解し、先を見据えて議論をしているようです。Catena-Xも同じアプローチですね。

岸原:
欧州では、多くの団体が活動し、ディスカッションしています。また各団体に同じ会社のメンバーが入っていることもあり、その間で調整しながら、徐々に意見を寄せていくようです。

中島:
トップダウンで決められたアーキテクチャに沿って設計されたことをそれぞれ進めているのかと聞いてみたら、笑われました(笑)。彼らは完全にディセントラライズドで、いろいろな人たちがバラバラにやっているのだと説明を受けましたが、その状態の中で情報を共有しながら、少しずつ寄せていっているのが彼らの強みなのではないかと思います。

福本:
先ほどDPPとバッテリーパスポートの話にも触れましたが、DPPの法令化が進むと、多くのサプライチェーンで国をまたいだデータ連携やデータ共有を行う必要が出てきます。この辺りはどう調整していけばよいとお考えでしょうか。

中島:
難しい質問ですね(笑)。ただ気になっている点は、欧州はエコシステムづくりに一生懸命ですが、その結果、エコシステム対エコシステムという構図になってしまう可能性もあることです。エコシステム同士の争いのようなものもあるのだと思いますが、先ほどのDPPとバッテリーパスポートの話にしても、調整しながら決まっていく気がします。市場が決める部分と、欧州委員会や企業や国がロビー活動を展開する中で決まっていく部分もあるのではないでしょうか。

岸原:
私も同意見です。それぞれの違いを調整して1つにまとめていこうという感じでもないし、ディスカッションの中で自然に収束していくような形で意見を寄せているように見えます。


Cofinity-X、Tractus-Xなどの新たなデジタルデータ連携基盤の動き

福本:
次に今年のハノーバーメッセで登場した新しいデジタルデータ連携基盤の話題に移りたいと思います。Cofinity-Xは、Catena-Xのユースケースや運用のためのジョイントベンチャーの1つとして発表されていますが、そうであれば、他にも競合となる企業が出てもよいということでしょうか。

中島:
Cofinity-Xは1つの事業会社に過ぎず、他社が参入してもよいわけです。ただし運営においてはCatena-Xからライセンスを受け、ルールを守る必要があります。それができる企業の第1号がCofinity-Xだっただけの話です。日本企業でも良いのです。Catena-Xとしても、もっと事業会社が増えることを期待していると思います。

事業主体のCofinity-Xは、たとえば利用者のA社、B社、C社がお互いに信頼できるというトラストを担保したり、マーケットプレイスをつくったりしながら展開します。一方で、Catena-X側は、守るべき基本ルールを決めます。日本流のやり方だとルールを決めた事業体が運用まで行う責任を持つケースがあるため、クラウドサービスを立ち上げて運用するようなこともやらなければならなくなります。そういったことがルールを決める側にも責任として重くのしかかるのであれば、どうしても動きが鈍くなります。しかしCatena-Xでは割り切って運用を他の企業に任せ、自分たちはルールメイクに専念する。このように賢いやり方で機能を切り離したことで、Cofinity-X以外にも、運用ルールに則って事業を担うことができる第2、第3の事業会社が出てくればライセンスを与えて、市場がどんどん動くような仕組みにしています。

さらにアプリケーション開発も、Catena-X会員に限定されておらず、誰でも作れます。ただCatena-Xのルールを守ってもらうために、認定が必要となります。AppleのiPhoneとAppStoreの関係に似ていますね。また、新しいデータ連携基盤としてTractus-Xも登場しました。OSSの開発環境(Eclipse)を整備し、アプリケーション開発者や企業に対してSDK(Software Development Kit:ソフトウェア開発キット)を提供しています。これもAppleと同様のアプローチで、Tractus-Xの公式サイトからダウンロードしたSDKやドキュメントがフリーで使えます。iPhoneのディベロッパーのようなエコシステムまで見据え、アプリケーション開発のエンジニアが増えれば、Catena-XもManufacturing-Xもスケールするでしょう。


動き出したManufacturing-Xと製造業への影響

福本:
Manufacturing-Xも動き出しています。自動車業界のCatena-Xの取り組みを製造業全体に広げていく動きですが、改めてどのようなもので、次のターゲットになりそうな業種やユースケースはどのあたりになりそうか、教えて下さい。

中島:
おそらくCatena-Xからユースケースを引っ張ってくるのでしょう。Manufacturing-Xの公式サイトにも主要ユースケースがあるので、そのあたりが中心になると思います。RRIのAG4でもユースケースの議論を始めています。日本の場合は災害が多いという特徴があるので、サプライチェーンで見るとユニークなケースが登場するかもしれませんね。そういうユニークなケースをグローバル展開する時に必要な要件なども見出していきたいですし、将来的にManufacturing-Xと連携することになった時にどのように情報をやり取りできるようにしておくかという議論も必要だと思っています。

岸原:
Catena-Xがサプライチェーン寄りのユースケースから取り組んでいるのに対して、Manufacturing-Xでは製造業の製造プロセスにフォーカスしないといけないこともあり、まだこれからという感じですね。Catena-Xのモジュールなどを使っていくのだと思いますが、Manufacturing-Xではそれをどのように使うかの検討が必要になるでしょう。ユースケースは日本独自のものが出てくると思います。Cofinity-Xのような運用部分は、日本でも検討していく必要があり、今後はRRIのAG4の活動が重要になるでしょう。いずれにしても日本企業としても一緒に協力しながら進めていくことが必要となるはずです。

中島:
最終的に一番お金が動くのはアプリケーションのレイヤーなので、気が付いた時には欧州企業に席巻されていたということにならないようにしたいですね。日本のアプリケーションが無いという状況は悲しいので、一生懸命に考えていって欲しいと思います。何かのソリューションを使いながらデータ連携を行う所で稼げるプレイヤ-を増やすことが日本にとっては重要です。

もう1つの懸念点は、外部連携した瞬間に怒涛のようにデータが入ってきたら、多くの企業がデータの読み合わせや変換に苦労し、皆でExcelに読み替えをするようなことにならないかということです。日本企業は企業内のデータガバナンスが効かず属人的で、工場サイドと販売サイドの言葉も違います。現状は中間で人が翻訳しながら伝えて何とか機能している状況だと思います。しかし欧州が目指すのは、外部データを自動的にシステムに取り込むことであり、外部と繋いだ瞬間に、各データが各々の部門にとってはどのような意味を持つかを理解しながら、自動処理できる状態にしていくことです。日本ではものづくりのデジタル化の議論が何十年も続いていますが、今回はその弱みを露呈するような気がします。

福本:
ドイツでも個々の企業でそこまで進んでいるのでしょうか。ハノーバーメッセのドイツの大手企業のブースで展示していた生産システムのようなモダンなものづくりが、本当にすべての企業で実現できるのかという疑問もあります。

中島:
ドイツもSME(Small and Medium Enterprises :中堅・中小企業)が多いので、「家族経営でこぢんまりやっているSMEにこんな大きなシステムが使えるのか」と聞いてみると、「すぐにはできない」という答えが返ってきました。ただしリソースの限られたSMEが導入できるように、例えば先ほどのSDKの使い方のガイドを用意するなど、できることには手を付けているようです。

SAPの方の話によれば、会社の規模にもよると思いますが、ドイツではほとんどの企業にERPが導入され企業内のデジタル化の目処が立ってきており、次は企業と企業の間の仕組みづくりがビジネス領域になる、とのことでした。一方、日本ではERPが導入されていない企業や、入っていても会計システムとしてしか使われていない企業も多く、デジタル化のレディネスというか地力の差が結構大きいと思います。そのため、外部連携すればよいと分かっていても、外部と繋いだ瞬間にデータが入ってくると使うのが難しいという状況にある、ということが実は本質的な課題なのではないかと考えています。

岸原:
VWの方も、ERPのような業務インフラを整えること以外に、社内で標準化の取り組みをしていることを強調していました。そういった活動が日本企業には足りないと感じますし、我々も製造業のお客様に対して、ハードルが高くても上手くアプローチをしていかなければいけないと考えています。


ドイツの動きから見た日本の製造業の課題と対応すべきポイント

福本:
ドイツのインダストリー4.0の最新動向について議論してきましたが、デジタルファクトリーからデジタルエンタープライズ、デジタルエコシステムを経て、デジタルエコノミーへ向かうインダストリー4.0戦略の中で、今後、日本は産業データ連携にどう取り組んでいけばよいのでしょうか。

中島:
この流れは、インダストリー4.0の概念を提唱したカガーマン博士やアカテック(ドイツ工学アカデミー)が語ってきたことであり、インダストリー4.0でも唱えられている大事なことです。RRIとしては、これらの実現のために何が必要か、本当にSMEでも対応できるのか、大企業も怒涛のデータに対処できるのか、といった具体的な課題を解決しながら進めないといけないと思います。立派なキーワードだけだと現実と乖離してしまいそうですが、本日の議論で出たように、多少のやり方や派閥が異なっても、その時点で良し悪しを判断せず、寄り添って数年後に向けた発想を目指していくのが大切です。

福本:
日本企業は、プラットフォームエコシステムやデータ共有圏の話が、遠い国の議論だと考えていてはまずいと思いますが、具体的にどう対応すれば良いでしょうか。

岸原:
まず我々のようなデジタルソリューションを提供する企業は、プラットフォームエコシステムやデータ共有圏の動きに対してどうすべきか実践的に考えていく必要があるでしょう。同時に、欧州がやっているから日本もやらなくてはというような「やらされ感」ではなく、日本としてユースケースや特長を作っていく活動が求められるのではないでしょうか。この両輪で取り組んだ上で、そのノウハウやユースケースを展開していくというステップで対応していくべきなのだと思います。

中島:
従来、RRIが発信してきた内容が抽象的で理解しづらかった面もあると思っており、具体化することが大切だと思っています。企業の方にデータ連携の話をすると、「そんなことはEDIで昔からサプライヤーとやっているよ」という反応が返ってきます。しかし、今後もっと違うことで必要になるということを具体的に示さなければいけません。

例えば、半導体不足で新しいサプライヤーを探さなければならなくなった際には、調達担当の対応力だけでは限界があります。納期と物量と価格だけでなく、品質や組成、設計などの要件を絡めて最適なものを調達する判断を行うには、膨大な人が関わり膨大なデータをすぐに使える状態にしておく必要が出てきます。それが現在のサプライチェーンの系列で可能なのか、他の系列以外の企業からの調達を考えられるようにしておくことも一つの方法なのではないか、といった具体的な話をしながら必要性を説く必要があります。

福本:
最後に、これらの一連の動きに対して、いかに東芝グループが対応していくべきかについてご意見をいただけますか。

中島:
欧州でCatena-Xの取り組みが進捗しているとだけ言っても日本の経営者には響かないので、先ほどのような具体的な話に翻訳して伝えながら、一緒に新たな仕組みをつくっていくことが必要ではないでしょうか。その伴走は、デジタル事業を行っている東芝がやれることだと思っています。AASにしても、東芝では既に製造業向けソリューション「Meisterシリーズ」工場・プラント向けアセットIoTクラウドサービス「Meister OperateX」、設備・機器メーカー向けIoTクラウドサービス「Meister RemoteX」)に取り込んでいて、相当理解が進んでいるためアドバンテージがあります。具体的な利用シーンを伝えながら、何かしらのエコシステムが実現できるようにしていきたいですね。また、IoTプラットフォーム「ifLink」を活用して共創活動を行うコミュニティ(ifLinkオープンコミュニティ)や、東芝が参画する量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)などでのオープンコミュニティ活動を通じて、仲間を増やせるようになればと思います。

岸原:
東芝の製造業向けソリューション「Meisterシリーズ」では、Catena-X等のデータ連携の動きもみながら、東芝グループ内で実際に導入して課題を解決しながら様々なユースケースに対応できるように強化を進めていきます。今回の議論を通じて、自社でソリューションを導入した時の具体的な課題は何であり、どう解決していくのかを考え、それをユースケースとして示せるようにする取り組みとともに、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといった1社だけでは解決できない大きな社会課題にも、他社と連携しながら取り組んでいき、顧客の課題解決に向けた検討を進められるようにしていくべきだと感じました。

右:東芝デジタルソリューションズ スマートマニュファクチャリング技師長 岸原 正樹
中:ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI) インダストリアルIoT推進統括 中島 一雄氏
左:DiGiTAL CONVENTiON編集長 福本 勲


執筆:井上 猛雄


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年5月現在のものです。

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