製造現場の知見を生かしてAIエージェントを活用するには(2/2)
イノベーション、テクノロジー
2026年3月6日
4.AIのパフォーマンスを十分に発揮させるために何をすべきか?
福本:
次にAIエージェントを活用するための課題について議論したいと思います。データについては、ノウハウの形式知化やデータの蓄積などが求められます。例えば今のエンジニアリングチェーンの設計データはメカが中心ですが、それ以外にエレキの設計もある中で、きちんと3Dデータや定格情報が揃っていなければ、AIエージェントに3D設計をさせることはできません。
また、障害が起きた時にその原因をAIが調べるには、マニュアルや過去に起きたトラブルなどのデータが一通り揃っていないといけません。今自社にデータがどれだけあり、何を学習させると何ができるかということをユーザー目線で考えることが、従来のシステムインテグレーションとの違いだと感じています。データがないとAIが上手く使えないという点で、ユーザー側のデータ整備の課題が大きくなるのではないでしょうか。
岡本:
生成AIの学習データを整備し、ノウハウや暗黙知をしっかりとデジタルデータとして使えるようにしないと、いくらハイレベルの優秀なAIを搭載しても十分に機能しません。だからこそ、そのデータ整備の役割は誰が担うのかという話ですね。
鈴木:
データ整備の役割や責任の話は昔からありますね。私がERPを担当していた時に現場の人によく言われたのは、「自分が入力して、何か嬉しいことがあるの?」ということ。実際にすごく入力しづらいインターフェースもありますから、言われて仕方がない面もあったのですが(笑)。
AIに必要なデータとしては、装置から自動で取れる制御データだけでなく、その振る舞いや傾向のような情報を付加していくことも大切で、それは人間の作業報告の内容だったりするわけです。そういう情報が両方必要になると思います。
ですから現場の人に「あなたがデータを入れると、経営層がこのように嬉しいのです」という丁寧な説明が求められますし、普段使いの言葉で喋るだけで入力できるような仕組みを導入して入力負荷を下げることも必要です。現場の人にそのデータを入力することの経営的な意味合いをお伝えして、納得してもらうことが肝要です。
岡本:
製造現場では何か障害や不良などが起きると必ず報告して原因を追及し、改善策や再発防止策をまとめていることが多いので、それらのデータは後で宝になります。
鈴木:
SMTラインの事例でも、装置から稼働、停止、スローダウンなどのファクトデータは取れますが、何が障害や不良の起因になっているのかは周りの情報がないと判断できません。投入材料が悪かったかもしれないし、装置自体がエラーを起こしているかもしれないし、はたまたオぺレーションミスだったかもしれません。こういうことは装置から吐き出されるデータだけでは分かりません。その周辺の情報を与えていくのに必要なのが「考える目線」で、現場のベテランは自分の頭の中で自然にデータを整理しているのではないかと思います。そういうノウハウを上手く形式知化して整理していくことが求められるでしょう。
岡本:
SMTラインの取り組みでは、東芝内で蓄積した現場ノウハウを活用することでAIエージェントを上手く活用することができましたが、それ以外の様々な工程を統合し工場全体のAIエージェントの仕組みとして活用しようとすると、見なければならない部分が広がり、データの粒度を大きくする必要もでてきます。これが製造現場にAIエージェントを実装する際の難しさになるでしょうね。
福本:
また、同じ作業でも、担当者によって手順が違うとAIエージェントが判断しづらくなるので、作業の標準化も重要になります。それができればプロセスの中で「この部分はAIエージェントに任せても大丈夫」というように役割分担ができますよね。
鈴木:
仰る通りですね。ヒューマンプロセスの中で、まずは標準化を実施して、新しい業務プロセスをきちんと定義した上でAIエージェントを導入する必要があります。
福本:
現場で使えるアプリが簡単に開発できるようになる一方で、セキュリティ面の対策も必要になりますが、この点はいかがでしょうか。
鈴木:
セキュリティは本当に大事です。RAGのデータを守らなければいけないのは当然ですが、これから数多くのAIエージェントが活用されるようになると、それぞれのAIエージェントについて誰が作りどのようなことをするものなのかをしっかり管理していく必要があります。先ほどの話のように人間のプロセスの中に入ってくることを考えると、きちんと管理されたAIエージェントであることが必須になるでしょう。IDC(International Data Corporation)の予測では、2028年までに13億のAIエージェントが登場するとされています。エージェントが増えるほど、誰が作り、何をし、どの権限で動くのかを管理する重要性が高まります。人間とAIエージェントを分け隔てなくIDで管理することが大切です。
岡本:
セキュリティに関して言うと、AIエージェントが人間の作業を代行する際に既存システムに介在することもあるわけですが、そこでAIエージェントが人間と同じようにシステムの認証とタスクの実行許可を担保することができるのかという課題も出てきます。
福本:
認証される側が本物か、あるいは偽物か、その正真性を担保する必要があるということですね。
岡本:
システムのセキュリティの考え方も変わってくるのではないかと考えています。
マイクロソフト コーポレーション 製造&モビリティ インダストリー
シニアインダストリーアドバイザー 鈴木 靖隆氏
5.AI活用の「二刀流人材」をどう育成すべきか?
福本:
AI活用のための人材育成に関してはどのような課題があるでしょうか。SMTラインのような事例では、単純にAIテクノロジーを知っていたら解決できるという話でもありません。どのようにAI人材を育てたらよいのでしょうか。
岡本:
AIエージェントは、プログラミングができなくても人間の言葉で操作できるので、現場で自分の仕事をラクにするために自ら取り組むのに非常に適したテクノロジーだと思います。更に突き詰めてやるべきことは、やはりデジタル人材の育成ですね。つまり、デジタルと製造の両方のノウハウを持つ「二刀流」の人材をどれだけ増やしていけるかがポイントですね。
鈴木:
最近は現場とIT側の状況も変わってきたように感じています。いわゆる“バイブコーディング(自然言語で意図を伝え、AIと対話しながら試作→修正を回す開発)”では、自然言語による対話でAIにコードを生成してもらい、ダメ出しをしてそれを自然言語に落としてもらい、コーディングの修正をしてもらうわけです。そういうループで開発が回るので、現場の人からノウハウを吸い上げることもすごくやりやすくなっているのではないでしょうか。
これまでは現場が新しいアプリを作ろうとすると、現場の人が仕様書を起こさなくてはならず、その後IT部門に依頼して、IT部門はシステムインテグレーターに発注して開発してもらう、というプロセスを踏まなくてはならず手間も時間もかかっていました。バイブコーディングでは、現場の人が作りたいものを自然言語で伝えて対話を重ねることでAIエージェントがシステム要件に落としてくれるので、IT部門はシステム設計のために翻訳する必要がなくなり、現場の人が直接AIエージェントと対話をしてトライ&エラーを繰り返しながらアプリを作ることができるようになってきます。
このようにAIを活用する人材育成の課題としては、まずマインドセットの転換が必要ですね。現場の人は簡単に作りたいものを伝えられるようになり、IT側も現場の要求を取り込んで形にする時間が短縮されるはずなので、従来の“要件の翻訳”にかかっていた負荷は下がり、代わりにデータ整備、ガバナンス、評価、運用設計など上流の重要性が増すため、関与の仕方は“量”より“質”へシフトしていくでしょう。
福本:
バイブコーディングならば、MVP(Minimum Viable Product)レベルのものが、すぐにできてしまうわけですね。
鈴木:
開発手法が変わっていくことを、教育などを通して理解していただくことも大切だと思います。そういう意味では今後はドメイン知識の方が大事になりそうです。
東芝デジタルソリューションズ デジタルエンジニアリングセンター
スマートマニュファクチャリングソリューションビジネスユニットマネジャー 岡本 賢司
6.「カスタマーゼロ」×共創で切り拓くAIエージェントによる製造変革の未来
福本:
マイクロソフトさんのAIエージェント活用の取り組みや今後の方針について改めて教えて下さい。
鈴木:
我々がAIエージェントを実装する上で特に重視していることは、人の判断をAIで置き換えるのでなく、人の判断のプロセスやワークフロー、暗黙知などをどのようにAIエージェントが支えるのかという視点を持つことです。そういう意味では人が中心であることに変わりありません。製造現場では人が状況を読み取り、判断して改善アクションに結びつけるため、その判断の質とスピードをAIエージェントで補うことになります。
これまでもMicrosoft 365 Copilotを中心に間接業務向けのソリューションを提供してきましたが、Microsoft Igniteの話で触れた「Work IQ」のようなインテリジェンスレイヤーを作っていくことが、今後のポイントになるでしょう。
「どのような業務の進め方をしているのか」「この組織はどのようなワークフローで動いているのか」といった、ファクトデータやナレッジ以外の「人と人の結びつき」や「組織と人の関係性」などを上手く構造化することに注力していきます。これにより組織やプロセスの中でAIエージェントが人間を補完しやすくなる活用基盤を提供していこうとしています。
福本:
東芝からも今後のAIエージェント活用の方針や計画などを教えて下さい。
岡本:
SMTラインでのAIエージェント活用については、お客様向けにソリューションとして提供できるよう開発を進めています。また、東芝グループの中には多くの製造工程についての知見や経験、ノウハウがあるため、それらを有効活用できるように広げていきたいと考えています。個々の工程で活用するAIエージェントだけでなく、工場経営という観点でそれらを統合する仕組みも必要になるでしょう。
ただ、AIエージェントで業務を定型化しワークフロー化しても、どうしてもLLMの特性上ハルシネーションは避けられないため、そこは最終的に人間が判断するしかありません。AIエージェントと人間との役割分担や棲み分けをどう設計していくかという点は今後の課題になると思います。
福本:
ハルシネーションの課題としては、人間にドメイン知識がないと正しいかどうかが分からないケースが出てくるので、やはりドメインナレッジがすごく大切ということも忘れてはいけませんね。
鈴木:
考え方として、100%正しいものをいきなり作ろうとしないということも必要なのかなと思います。ドメインナレッジを持っているエキスパートが見た時に、おかしいところがあればフィードバックができるようなワークフローを作っておき、継続的に鍛えていくというスタンスでないと現場では使えないでしょう。
また、SMTラインの取り組みでAIエージェントに計算ロジックまで生成させなかったように、全てAIに任せないことも大事なポイントです。データベース的に処理した方が速く精度が高い領域も間違いなくあるので、そういう領域はAIエージェントにそれを使わせ、アウトプットをもらってから次の判断をするところをAIエージェントに委ねるというフローの作り方が望ましいと思います。
福本:
熟練者のノウハウを形式知化するのはかなり難易度が高いようですが、どのように取り組めばよいでしょうか。
鈴木:
確かに人の関係性や熟練者の目線まで捉えるのは大変難しいのですが、我々も挑戦していくつもりなので、ぜひご期待下さい。
岡本:
現時点のAIエージェントでは、人間がルーティン的にやっていることを実装するに留まり、自由度を持った行動ができるまでには至っていないので、創造的なところまで実現するには、もう一段・二段の技術レベルの向上を待つ必要がありそうですね。
福本:
米国や中国はAI導入のスピードが日本に比べて非常に速いと感じていますが、日本がスピードを上げて変革を進めていくためには何が必要だと思われますか。
岡本:
米国は一度失敗しても再チャレンジできる文化がありますが、日本は先が見えないことをやりたがらない傾向があるかもしれません。ただ今後国内の製造現場はどんどん人が減っていく中で、一人が見なくてはならないラインの数が今の何倍にもなるかもしれません。現在のやり方では追い付かなくなり、人間がラインを見て大丈夫だと確認するのではなく、「データが何か兆候を見せ始めたので、すぐにラインを点検して!」とAIエージェントが人間に教えてくれないと回らなくなります。人間が集めてきた情報をきちんと処理していくプロセスがしっかり定義されれば、人が減っていく中でも戦っていけるのではないかと考えています。デジタル技術やデータにより能動的に人間に働きかける仕掛けが必要であり、その部分でAIエージェントが活躍できると期待しています。
鈴木:
日本は欧米と比べると失敗を避ける傾向が強い一方で、必要に迫られて切羽詰まると本当に強いと思います。若い世代が増えていくと、環境さえ提供すれば取り組んでくれるのではと期待しています。また、生成AIやAIエージェントはこれまでのテクノロジーと異なり、経営層の理解を得やすいと感じていますし、日本の擦り合わせ文化には割と合っているという印象です。
岡本:
日本人は「型」が好きなので、その「型」を使ってAI技術を活用できることに安心感があるのでしょうね。若い世代の話ですが、最近の製造現場では若手から「なぜデータ入力が手書きなのですか?タブレットを使わないのですか?」と質問されるそうなので、希望が見えます(笑)。
福本:
最後に鈴木さんに東芝への期待について伺いたいと思います。
鈴木:
マイクロソフトでは、自ら作ったものを自ら使ってファーストユーザーになった上で、それをお客様に提供しており、それを「カスタマーゼロ」と表現していますが、東芝さんも「カスタマーゼロ」が可能な会社だと思います。多くの製造現場のナレッジを社内でお持ちですから、当社の新しいAIテクノロジーやプラットフォームを活用しながら一緒に「カスタマーゼロ」に取り組み、日本の製造業の変革をリードできればと思います。
実際に東芝グループとは、社内でのソフトウェア開発や開発環境など様々な領域でAIの取り組みを一緒に進めているところです。製造業のお客様向けには、直近では製造業向けソリューション Meister シリーズをベースにAIによる新たな価値提案に取り組んでいます。中長期的には自動化の範囲が広がる可能性はありますが、重要な判断や説明責任を伴う領域は人が最終責任を持つ設計が前提になります。だからこそ、今は“任せ方(役割分担)”を設計しながら段階的に広げることが重要です。その辺りを意識しながら、互いに市場プレイヤーとして活躍できるよう共創していければと考えています。
福本:
岡本さんからも、最後にマイクロソフトさんに一言お願いします。
岡本:
SMTラインのAIエージェントを開発する上で、マイクロソフトの技術者の方からAIの専門家の観点で多くの示唆を頂きました。我々が持つ業務のノウハウや知見を、マイクロソフトさんのAIの知見やAIエージェント基盤、開発環境と上手く掛け合わせ一緒に取り組んだことで実現できたと思います。こういった共創による価値提供を継続していきたいので、今後とも宜しくお願いします。
鈴木 靖隆氏
マイクロソフト コーポレーション 製造&モビリティ インダストリー
シニアインダストリーアドバイザー
外資系ベンダーのBaaN(現在のInfor)で製造業向け生産管理パッケージを専門に担当。その後日本オラクル株式会社に転職し、ERP(経営管理システム)の上流設計や提案から導入までを担う。2012年に日本マイクロソフト株式会社に入社。製造業向けのソリューションデベロップメント、ビジネスデベロップメント、マーケティングなど、インダストリーアドバイザーとして活動。現在は、マイクロソフト コーポレーションに所属。
岡本 賢司
東芝デジタルソリューションズ株式会社 デジタルエンジニアリングセンター
スマートマニュファクチャリングソリューションビジネスユニットマネジャー
1994年に株式会社東芝に入社。発電機器製造拠点の情報システム部門を経て、2002年からシステムエンジニア(SE)として調達ソリューション「Meister SRM」の商品企画や提案・導入を担当。インダストリー4.0に向けた製造業向けソリューション事業の拡大に向けて、2014年から「Meister Factory シリーズ」の企画・開発・提案・導入などを推進。現在は、設計・開発、調達、生産から運用・保守サービスまでのサプライチェーン全体のDXを支援するスマートマニュファクチャリングソリューションのビジネスユニットを統括。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年3月現在のものです。
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