サプライチェーンからサプライウェブへの進化がもたらすビジネスの可能性(後編)

経営、イノベーション

2021年6月24日

ローランド・ベルガー パートナーの小野塚征志氏へのインタビューの後編。前編では、サプライチェーンのあるべき姿などについて伺った内容を紹介したが、後編では、サプライチェーンからサプライウェブへの変化などについて伺った内容を紹介する。


新型コロナがサプライチェーンに与えた影響

福本:
新型コロナの影響で、グローバルサプライチェーンの分断や寸断が起き、製造業では部品が届かなかったり、出荷できなかったりするケースも見られました。日本の製造業は、従来、工場や操業のデータをクラウドなど外部に出したがらず、時々刻々と変化するサプライチェーンやエコシステムに即座に対応するのは難しい状況にありました。コロナショックはサプライチェーンのデジタル化にどのような影響を与えたとお考えでしょうか。

小野塚:
金槌で殴られたようなインパクトを与えたのではないでしょうか。情報は皆で共有しないといざという時に使えない。閉じこもった世界の中で情報漏洩は防げたとしても、それで事業を継続できなくなるのであれば意味がない。今までのやり方にはリスクがあるということが分かったのではないかと思います。

福本:
これを機にデジタル化は進んでいくということでしょうか。

小野塚:
これまでも、デジタル化しなければというマグマはくすぶっていたものの、「うちは何とかなる」「あの人たちもまだ取り組んでいない」「そもそもデジタル化にそんなお金を払う価値はあるのか」などの理由をつけて後回しにしていたのだと思います。しかし、コロナ禍でそのマグマが一気に噴き上がった。このタイミングを逃したら、日本のサプライチェーンのDXはさらに10年遅れるような気がします。


自然災害やパンデミックなどにおけるリスクマネジメントの考え方

福本:
新型コロナの前には、日本では東日本大震災もありましたが、予測不能な危機や自然災害などに対するリスクマネジメントはどうあるべきだとお考えですか。

小野塚:
東日本大震災の後に、それなりに対策を講じた企業は今回の新型コロナによるサプライチェーンへのダメージが相対的に小さかったですし、そうでなかった企業はこれを機に進めざるを得ないという意識が強まっているのではないでしょうか。
自然災害やパンデミックなどのリスクはある程度の頻度で起こるものです。日本の場合は、ほとんど毎年のように豪雨による災害が発生し、10~20年に一度は大きな地震がある、自然災害が多い国です。それを前提に、まずはそのリスクを金額にしてみることが重要です。こういう対策をしておけば想定被害額が下げられると分かったら、きちんと手を打っておく。これが基本的なリスクマネジメントの考え方です。

福本:
代替生産の手段を用意しておいたり、複数拠点で在庫を持つなど、レジリエンスを高めておくことも重要だと思いますが、使うかどうか分からないものを用意して備えるという判断のポイントは何でしょうか。

小野塚:
どのくらいのリスクマネジメントを行うことが適切なのかをきちんと計算することが第一のポイントです。今回の新型コロナなどは少し難しいですが、自然災害であればある程度計算できます。10年に一度自然災害が発生し100のコストがかかるとして、そのコストを年単位にならすと、毎年10のコストがかかる計算になります。レジリエンスを高めるために毎年5、10年で50のコストをかけたとしても、それによって10年に一度発生する100のコストが10に減るのであれば、リスクマネジメントにコストをかけておくべきだと分かります。

福本:
リスクマネジメントにおけるデジタルテクノロジーの活用についてはどのようにお考えでしょうか。

小野塚:
適切なリスクマネジメントのコストを計算するためには、サプライチェーン情報のデジタル化が必要になります。リスクマネジメントの施策にかかるコストは比較的算定しやすいのですが、どのようなリスクが想定され、その施策によってリスクがどのくらい小さくなるかをシミュレーションするには、きちんと情報をデジタル化しておくことが重要になります。
デジタル化の重要なポイントはもう一つあります。いざという時に、どのようなダメージを受けているかを、プラットフォーム上で瞬時に把握できるようにすることです。アナログで1つ1つ情報を集めていくやり方だと、全体を把握するのに相当な時間がかかってしまい、対応の遅れにも繋がります。


「サプライウェブ」とは

福本:
第4次産業革命といわれる時代を迎え、グローバルな環境変化が起きています。そのような状況下で生産や供給体制はどのように変わるのか、お考えをお聞かせください。

小野塚:
全体像で言うと、マスカスタマイゼーションがどんどん加速すると思います。より小ロット多品種生産となり、パーソナライゼーションのように、基本は同じでも、個別にカスタマイズできることを前提としたものづくりになっていくと考えています。
それにより、サプライチェーンの最適化の範囲を拡張することが必要になります。元々目に見えていた工場、調達元、発注先にとどまらず、製造設備や輸送車両の状況などサプライチェーンの基盤となるアセットの情報、更にはどこに何があるかという物流の情報と、誰が何を買って使ったかという商流の情報とが繋がり、究極的には最初の原材料からエンドユーザーまでの最適化が求められるようになるのだと思います。

福本:
これまでのサプライチェーンから、小野塚さんが提唱されている「サプライウェブ」へと変化していくということですね。サプライウェブの基本構想について解説していただけますか。

小野塚:
キーワードは、「あらゆるプロセスがつながる」ことと、「本来必要のないプロセスがなくなる」ことです。誰がどのようなものを求めていて、誰がどこで何をつくっているのか、輸送するトラックはどこを走っているのか。これらの情報がグローバルに、川上や川下の区別もなく繋がらないと、全体の最適化はできません。もう一つ重要になるのが、繋がることでどのようなメリットが得られるかです。インターネットやECがこれだけ普及したのは、誰でも見たい情報に簡単にアクセスでき、クリックするだけで欲しい商品が届くからです。簡単で便利になったからみんなが使う。サプライウェブも同様で、発注、検品、在庫、棚卸などの手間がかからなくなることもポイントになると思います。

福本:
今のサプライチェーンは固定的ですが、サプライウェブは、川上や川下の区別なく自由に繋がるということですね。

小野塚:
例えば、超上流の人が超下流の人にダイレクトにモノを送ったり、川下の人が川上の人にモノを売ったりできるように繋がるということです。そのように繋がることができるようにするには、信用情報のようなものを共通化する仕組みが必要になりますが、実はもうそういうものが実現しつつあると考えています。


サプライウェブへの変化がもたらす未来

福本:
サプライウェブへと変化することで、どのような未来が描けるのでしょうか。

小野塚:
まずサプライウェブが普及するには、プラットフォームを提供する役割(プラットフォーマー)の登場がカギになります。プラットフォーマーというとGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)をイメージするかもしれませんが、私が考えているのは、欲しい人と作っている人を繋ぐもの。つまり1つのプラットフォーマーがすべてを網羅するのではなく、金型なら金型、衣服なら衣服というように、それぞれのプラットフォームがあり、その裏側ではすべての情報が繋がっているというイメージです。したがってプラットフォーム・オン・プラットフォームのようなものも当然出てくると思います。例えばLINEはプラットフォームですが、iPhoneやAndroidというプラットフォームの上で提供されるアプリケーションサービスでもあります。色々なところにプラットフォームができ、便利に使えるようになることで、ものづくりの会社はものづくりに集中し、トラックの手配や検品作業などは、それを専門とする人に任せるという未来が描けると考えています。

福本:
ネットワークが繋がったことによって、一時はプラットフォーマーという「場」の提供者と「場」への参加者にプレイヤーが分かれると言われましたが、実はプラットフォームに参加している人が別のプラットフォームを提供していたりしますね。

小野塚:
例えばYouTubeはプラットフォームですが、その中につくられた専門サイトも、ある意味プラットフォームです。つまり誰もがプラットフォームをつくることができる時代がやってきた。そして、本業以外のことは専門のプラットフォームに任せられるような世界になると、本業での差別性が先鋭化されます。これまでは、例えば製品の品質よりも愛想の良さが差別化要因になることもあり得ましたが、これからは、本業をいかに真面目に頑張るかが評価されるようになると思います。

福本:
サプライチェーンからサプライウェブへのシフトにより、具体的にはどのような変化が起こるのでしょうか。

小野塚:
実現可能性が高そうなのが、トラックシェアリングのプラットフォームです。日本ではトラックドライバー不足が社会課題になっていますが、その一方で営業用トラックの積載率は4割弱、自家用に至っては2割を切ろうとしています。日本には求荷求車システムがあるものの、電話やファックスなどのアナログなやりとりが中心で、各トラックの運行計画をデジタルに把握できないため、積載率が上がらないのです。将来、自動運転の時代になり、トラックの運行計画があまねく入力されるようになれば、「明日、東京から名古屋に向けて積載率何%のトラックが何台走る」という情報がデジタルで繋がります。それを皆で共有できるようになれば、ドライバー不足という社会課題は一気に解決するでしょう。倉庫や工場の設備でも同じようなことができます。このシェアリングプラットフォームの登場が、一番分かりやすい変化だと思います。

福本:
サプライウェブに変わることで、プラットフォームビジネスの可能性が拡がるということですね。

小野塚:
サプライウェブへの変化はプラットフォーマーからすると、非常に大きなビジネスチャンスです。今までモノを運ぶだけだった企業が、在庫やトラックの稼働を最適化できるようになれば、企業価値はより高まるはずです。サービスを使う側にとっても、トラック手配だけではなく、物流全体をアウトソーシングできるなど、より便利な世界になっていきます。裏を返せば、どんどん分業化が進むということです。


デジタルとアナログが融合できれば、日本ほど競争力のある国はない

福本:
不確実性が高まる時代において、サプライチェーンも変化を余儀なくされていますが、今後、日本企業はどのように対応していけばよいのでしょう。

小野塚:
日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みやネットワーク化は欧米に比べて遅れていますが、それは、アナログでもそれなりに管理できていたり、優れた現場力や属人的なノウハウで対応できていたからです。現場の力は欧米よりも日本のほうがある。つまりデジタルとアナログを融合できたら、日本ほど競争力のある国はないのではないかと思っています。機械と人、デジタルとアナログが協調し、それによって競争力が発揮される仕組みを作る。それこそが日本ならではの世界に誇れるソリューションになるのではと思います。

福本:
日本企業は、はっきり分からない未来に挑戦する変革の取り組みは、あまり得意ではない気がするのですが。

小野塚:
進化は、パーパスドリブンで未来を描き、着実にその未来に向かって進めていく方法と、ニーズや変化に対して一生懸命もがいて、結果としてどこにもない仕組みを作り上げる方法の2種類あると思っています。日本企業は、必要なものをきっちり積み上げていく形で、プラットフォームを作り上げる可能性は大いにあると思います。
産業機械を発明したのは必ずしも日本企業ではありませんが、日本の産業機械メーカーは、現場の知恵を機械に組み入れることに成功したから、世界で大きなシェアを占めることができています。日本はDXで欧米に遅れをとりましたが、今、大企業や意識の高い企業ではDXの取り組みが着々と進められています。そうすると産業機械と同様に、現場の知恵が入った革新的な取り組みが起きるのではと期待しています。
その時にポイントとなるのが、いかにアジャイルでその変革を回していくかです。日本企業はかつて、スピード感にあふれていました。現場を早く回して、新しいものをどんどん世に出す力があったのです。そんな気概を取り戻しさえすれば、デジタルとアナログ、レガシーと未来の融合は十分にできる。ポテンシャルは非常に高いと考えています。


DXを進めなかったデメリットと進めた時の差分を見る

福本:
日本企業はROI主義や先例主義が強いような気がします。現在のように未来が不透明な状況では、新しいものにチャレンジしようとしても、投資対効果を厳密に見極めるのは難しい。このような中で経営者が未来の姿を想像して、一歩を踏み出すには、何が必要なのでしょうか。

小野塚:
DXを進めた未来の姿と現在とを、ROIで比較しないことです。必要なのは、DXに取り組まなかったら5年後にどうなっているかを考え、その姿と比べること。もし自社以外の周りの企業がDXに取り組んでいたらどうなるのか。DXを進めなかった時のデメリットと、進めた時のメリットの差分を見ることです。経営者はその未来の姿を想像して、意思決定をしていかなくてはならないと思います。
DXには本来、夢と希望があるはずです。夢と希望でDXに投資できる会社がたくさん出てくれば、日本企業のDXは大きく加速すると思います。経営陣にはROIを気にせずに5~10年、踏ん張って進めて欲しいですね。Amazonだって儲かるようになるのに7、8年かかりました。気概があっても成功する確率は少ない世界ですから。例えば5年間は失敗もひっくるめたトータルコストで評価するといった意思決定をして欲しいと思います。そういった取り組みには、両利きの経営が重要です。自転車に例えると、新しい事業は前輪、後輪は既存事業です。ただし、前輪の取り組みについては、既存事業とは異なるマネジメントをする必要があるということです。


東芝・東芝デジタルソリューションズに期待すること

福本:
最後に東芝および東芝デジタルソリューションズへの期待をお聞かせください。

小野塚:
「Meister SRM」という戦略調達ソリューションをはじめ、現場の知恵がふんだんに詰め込まれたさまざまなマネジメントの仕組みをお持ちです。こういうことができる会社は、世の中にそれほど多くないと思います。このような仕組みをハードと切り離し、前輪の取り組みとしてソリューション化していけば、時代を切り拓く存在になるでしょう。
日本の場合、デジタルだけに特化したビジネスでは米国企業に勝てないかもしれませんが、東芝の場合は後輪である既存事業がしっかりとしています。これらを融合して新たなソリューションを生み出す際には、ぜひ、他力をうまく活用してほしいと思います。社内に無い仕組みがあれば、社外と繋がればいいのです。たとえ新たに提供するソリューションに東芝の名前が出なくても、パソコンの「インテル入っている」同様、「東芝入っている」になれることが、東芝の真の強みであり、日本社会における東芝の存在感だと思います。


小野塚 征志
株式会社ローランド・ベルガー パートナー

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。
ロジスティクス/サプライチェーン分野を中心に、長期ビジョン、経営計画、成長戦略、新規事業開発、M&A戦略、事業再構築、構造改革、リスクマネジメントをはじめとする多様なコンサルティングサービスを展開。
内閣府「SIP スマート物流サービス 評価委員会」委員長、国土交通省「2020年代の総合物流施策大綱に関する検討会」構成員、経済産業省「Logitech分科会」常任委員、経済同友会「先進技術による経営革新委員会 物流・生産分科会」WG委員などを歴任。
近著に『サプライウェブ-次世代の商流・物流プラットフォーム』(日経BP)、『ロジスティクス4.0-物流の創造的革新』(日本経済新聞出版社)などがある。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年6月現在のものです。

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