サプライチェーンからサプライウェブへの進化がもたらすビジネスの可能性(前編)

経営、イノベーション

2021年6月18日

世界的な新型コロナウィルス感染症の感染拡大は、日常生活のみならず、ビジネスモデルにも大きな変化をもたらした。サプライチェーンの寸断による、物資供給途絶リスクの顕在化もその一つだ。新型コロナのような予測不能な危機にも対応できるようにするには、どのようにサプライチェーンを変革していけばよいのか。「サプライウェブ 次世代の商流・物流プラットフォーム」(日本経済新聞出版)の著者であるローランド・ベルガー パートナーの小野塚征志氏に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では、サプライチェーンのあるべき姿について伺った内容を中心に紹介する。

ローランド・ベルガー パートナー 小野塚征志氏


物流領域のコンサルティングの特徴

福本:
まずは小野塚さんのプロフィールをご紹介ください。

小野塚:
みずほリサーチ&テクノロジーズ(旧:みずほ情報総研)の前身である富士総研(富士総合研究所)に入社し、研究員として、主に経済産業省や国土交通省をはじめとする官公庁向けのリサーチおよびレポーティング作業に従事していました。縁あって、2007年にローランド・ベルガーにジョインし、現在に至ります。主に物流やサプライチェーンの領域の戦略コンサルティングを担当しています。

福本:
戦略系コンサルティングファームというと米国系が多い印象がありますが、ローランド・ベルガーは数少ない欧州系のファームですね。

小野塚:
ローランド・ベルガーはドイツ・ミュンヘンに本部を置く、ヨーロッパ発の戦略系コンサルティングファームです。中期経営計画や成長ビジョンの策定、新規事業開発、M&A戦略、事業再構築、コスト削減、リスクマネジメントなど、全社・全事業的に進めるような取り組みを支援させていただいています。

福本:
企業名が創業者の名前というのもユニークですね。

小野塚:
そうですね。ローランド・ベルガー氏はまだ健在です。当社は、欧州が強い自動車や機械などの製造業のほか、さまざまな企業の経営支援を行っています。
一般的に戦略系コンサルティングファームの仕事は特定のお客様とのお付き合いが多いのですが、私が担当している物流やサプライチェーンの領域は非常にユニークで、幅広い業界のお客様を支援させていただいています。例えば自動車担当の人間であれば、担当するのは自動車メーカーや部品メーカー、機械担当であれば機械メーカーというように、担当領域が担当業界になるのですが、物流の場合は、物流企業の支援は全体の3~4割で、その他は機械メーカーや自動車メーカーなどです。さまざまな企業の物流改革や、その企業が持っている製品・技術を物流の領域で展開するための支援が大きな割合を占めています。最近は、工場の中で使われていたソリューションを、人の代わりに荷物を持ったり届けたりするソリューションに応用したいと考える企業を支援する機会も増えました。


サプライチェーンのあるべき姿とは

福本:
サプライチェーンマネジメントの話に入りたいと思います。サプライチェーンマネジメントのあるべき姿とはどのようなものでしょうか。

小野塚:
調達、生産、在庫の保管、出荷、輸送、そして販売までのプロセス全体の最適化が実現されていることです。それは1社だけで実現できることではありません。例えば自動車業界であれば、直接、完成車メーカーと部品を取引するTier(ティア)1、Tier2などのサプライヤーや、ディーラー(販売会社)までを含めた、川上から川下の流れ全体を最適化することです。
工場でモノをつくり、輸送し、販売するサプライチェーンの中で、工場の製造コストだけを下げるのであれば、同じモノを大量生産すれば良いですが、その結果在庫が増え、輸送が非効率になります。工場の生産コストが10下がっても、輸送費が30増えるのであれば、その施策はやるべきではないかもしれません。一方、製造コストは10増えるが、輸送費が30減るのであれば、その施策は実行した方が良いかもしれません。
このようにサプライチェーン全体を見渡した上で最適な施策を考え、サプライチェーンを組織的にコントロールできるようにすることが、あるべき姿なのです。残念ながら、現時点でそれがきちんとできている日本企業は多いとは言えません。

福本:
工場で部分的に効率化やカイゼンをし、生産性を高めてコストを下げたとしても、結果として在庫が膨れ上がったり、輸送コストが上がって減益になるといったことが起きることもあり得るわけですね。

小野塚:
特に新型コロナ下では、いきなり需要が増えたり、生産量が減ったり、海上輸送の運賃が上がったり、輸送頻度が下がったりといった事象が起きました。本来なら状況に応じて在庫量を変更したり、ジャスト・イン・タイムの考え方に変えなければなりませんでしたが、何が最適なのかをデジタルに数字で把握できなかったので、フレキシブルな対応ができませんでした。中には偶然、職人芸でうまくやれた企業もあるかもしれませんが、多くの企業は、対処療法で何とかせざるを得なかったのです。

右:ローランド・ベルガー パートナー 小野塚征志氏
左:「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲


日本ではなぜ、サプライチェーンのデジタル化が遅れたのか

福本:
日本は欧米に比べて、サプライチェーンのデジタル化が遅れているように思いますがどのように捉えられていますか。

小野塚:
現場のオペレーションにしても、全体の見える化にしても、日本は遅れていると思います。なぜ遅れてしまったのかを考えてみると、皮肉なことに、日本は元々、ある程度人間の力で見える化が実現できていたからなのです。グローバルにサプライチェーン基盤を持つ多くの日本企業では、在庫がどこにいくつあるかがわからないようなことはありません。一方、欧米の企業は元々、そういった管理がずさんだったので、SCP(サプライチェーン・プランニング)の仕組みを導入して、在庫の状態を全部見えるようにする必要があった。1990年代に欧米の企業はこぞってSCPを導入しましたが、日本企業はきちんと見えていたからこそ、お金をかけて導入するメリットを感じなかった。その結果、日本企業のサプライチェーンのデジタル化は遅れてしまったのです。日本では現金取引がちゃんとできるからキャッシュレス化が進まないのと同じ現象です。

福本:
日本の製造業はきちんとした人と人との関係や、匠の力でなんとかマネジメントができていたからこそ、サプライチェーンマネジメントのあるべき姿を目指す取り組みが逆に遅れてしまったということですね。とはいえ、超高齢化社会に突入していく日本は、生産年齢人口が50年間で3,500万人も減り、匠のなり手も少なくなる。デジタル化しないと立ち行かなくなるのではないかと思います。

小野塚:
日本のサプライチェーンのデジタル化を進めるポイントは二つあると思っています。ひとつはご指摘いただいた通り、これまでは何とか匠がやってきたかもしれないけれど、そのような人たちが少なくなる中で、グローバル化も進めなくてはならない、という人的リソースの問題。もうひとつのポイントは、サプライチェーン情報のデジタル化が進み、情報共有によって新たな価値が創出されることが分かったからです。例えば、コロナ下で「あそこに防護服が余ってる」というような情報がデジタル化され共有できる仕組みができると、サプライチェーン情報から違う意味での新しい価値が生まれます。今デジタル化しないと、一周遅れが三周遅れになり、より大きなリスクになってしまうことが明らかになりつつあります。

福本:
調達のプロセスはかなりデジタル化されてきたものの、サプライチェーンの川下に行けば行くほど、あまり進んでいない印象があります。

小野塚:
機械や自動車などの業界では比較的デジタル化が進んでおり、業界にもよると思いますが、川下のほうが進んでないというのはその通りだと思います。その要因の1つが、川下には多種多様なプレイヤーが存在すること。自動車業界の場合、完成車メーカー(OEM)とTier1、Tier2との関係は1つのムラのような環境なので、「デジタル化しよう」とOEMが言えば、一気に始めることができます。しかし、ほかの多くの業界や川下にはアナログ的なものが残っています。なかなかレガシーを捨てられないのが日本の文化なのです。


デジタル化によるデータビジネスの最適化事例

福本:
デジタルテクノロジーを使ったサプライチェーンの最適化やデータビジネスを実現している事例があれば、ご紹介ください。

小野塚:
Dynamic Yield(ダイナミックイールド)というサービスを活用した事例があります。ダイナミックイールドはWebやアプリ、DM、キオスク端末、コールセンターなど、あらゆるユーザーとのタッチポイントの個別体験を可視化する、AIを利用したパーソナライゼーションプラットフォームです。アパレルメーカーやホームセンターなどではホームページにダイナミックイールドを導入し、子供服をよく買う人には子供用品や、スポーティな服をよく買う人にはスポーツウェアやスポーツ用品を表示する、といったデジタルパーソナライズを行っています。

福本:
これからはBtoB(Business to Business)でもBtoC(Business to Consumer)でも顧客経験価値を高める取り組みが重要になると思います。そういう意味でもパーソナライズやマスカスタマイゼーションなど、市場や顧客側からの視点でビジネスを考えることが必要ですね。

小野塚:
パーソナライゼーションをサポートするプラットフォームはこれからどんどん増えるでしょう。自動車業界では、ホンダが提供する「インターナビ」というテレマティクスソリューションがその一例です。ホンダでは、インターナビを観光産業に役立てることを考えています。インターナビを使えば、観光客の乗った車、すなわち他の地域から訪れた車が、どのようなルートでホテルまで来たのか、どの観光地に寄り、そこに何時間滞在していたのかが分かります。それらの情報を蓄積・分析することで、「こういうルートを通る人が多いので、道の駅の看板はここに設置した方が良い」「チェックインの時間はこの時間が多いから、イベントはこの場所でこのぐらいの時間に開催すると集客しやすい」といった具体策をデジタルで導き出せるようになるのです。こちらはマス向けの活用例ですが、カーナビを使ってインバウンド観光客向けにパーソナライズした情報提供を行うことも考えられます。今はインバウンド需要が厳しいですが、その人に合わせた言語でナビやガイドを提供できるだけでなく、その国にはない交通標識について説明したり、その国の人が好きそうなお土産を紹介したり、さらに進めば、国という属性ではなく、ID管理で個人の好みに合わせてパーソナライズしたガイドができるようになる。それがテレマティクスのあるべき姿です。しかもそれがグローバルで共通化され、Airbnbのようなバケーションサービスと連携することで、社会信用ポイントのようなものがつくられていく、といった可能性もあるのではないでしょうか。

【後編はこちら】


小野塚 征志
株式会社ローランド・ベルガー パートナー

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。
ロジスティクス/サプライチェーン分野を中心に、長期ビジョン、経営計画、成長戦略、新規事業開発、M&A戦略、事業再構築、構造改革、リスクマネジメントをはじめとする多様なコンサルティングサービスを展開。
内閣府「SIP スマート物流サービス 評価委員会」委員長、国土交通省「2020年代の総合物流施策大綱に関する検討会」構成員、経済産業省「Logitech分科会」常任委員、経済同友会「先進技術による経営革新委員会 物流・生産分科会」WG委員などを歴任。
近著に『サプライウェブ-次世代の商流・物流プラットフォーム』(日経BP)、『ロジスティクス4.0-物流の創造的革新』(日本経済新聞出版社)などがある。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年6月現在のものです。

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