ニューノーマル時代における未来の戦略づくり・DX推進のカギとは(前編)

経営、イノベーション

2021年3月17日

現在、企業や自治体、大学などさまざまな組織が新たな価値を生み出すべくオープンイノベーションに取り組んでいる。不確実性の高いニューノーマルの時代において、未来の戦略づくり・デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するにはどのような取り組みが必要なのか。日本企業が新たな事業を生み出すためのきっかけとなる“気づきを築く”会社、「きづきアーキテクト」を立ち上げた長島聡氏に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では、創りたい未来を構想し組織に浸透させることがDXに繋がっていくというお話を中心に語っていただいた。

きづきアーキテクト株式会社 代表取締役 長島聡氏


志を共にした仲間企業やクリエイターが集まり新たな事業を生み出す「きづきアーキテクト」

福本:
ヨーロッパを代表するグローバル・コンサルティングファームであるローランド・ベルガーのグローバル共同代表を2020年3月に退任され、同年7月にきづきアーキテクトを立ち上げられました。きづきアーキテクトを立ち上げた背景、目指すものについて教えてください。

長島:
ローランド・ベルガーが日本で行っていた「和ノベーションの仲間企業」という取り組みを通して、様々な人たちと一緒になって新しいことをやると今までとは異なる価値を生み出せると感じていました。経営コンサルティング会社にはない能力や自分たちからかけ離れた能力を持っている会社と一緒にいると様々な化学反応が起こせるのではないかという発想から「和ノベーションの仲間企業」の取り組みを始めたのですが、志を共にした仲間企業同士が集まると、お互いのお客様やパートナーに貢献できることがどんどん大きくなるという手触りを持てたのです。そこで、こうした取り組みをもっと日本に拡げ、日本が新たに生み出す素晴らしい価値を世界に発信していきたいと思って立ち上げたのが、きづきアーキテクトです。

福本:
ローランド・ベルガーで実践してきた和ノベーションの取り組みやネットワークが、きづきアーキテクトに引き継がれているのですね。

長島:
それを引き継ぎつつ、さらには増幅させるために、2020年10月末には映像、ゲーム、Web、広告・出版などのクリエイター・エージェンシー事業を運営しているクリーク・アンド・リバーによる第三者割当増資を受けました。同社に登録されている20~30万人のクリエイターの中には非常に面白い人材がいる。仲間企業の人たちに、クリーク・アンド・リバーの面白人材を掛けあわせると、より幅が広がると今まさに感じているところです。

提供:ローランド・ベルガー


ありものの組み合わせが、新たなありものを生む

福本:
長島さんはファクトリーサイエンティスト協会の理事も務めていらっしゃいます。こちらでは、ものづくりの現場のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、工場の統括責任者の右腕となるファクトリーサイエンティストという人材を輩出していこうと取り組まれているそうですね。

長島:
ファクトリーサイエンティスト協会では、現場の見える化や工場の小さなIoT化を、経営陣や現場を巻き込みながらゼロから始められる人材の育成を目指しています。少しずつ取り組みを大きくしながら、IoTによる工場の効率化で終わらずに、効率化によって捻出できた時間を研究開発に活用し、新しいモノを生み出してもらうところまで育ってもらいたいと考えています。まずは現場の課題をきちんと理解し、何を直したら現場が良くなるかをデータに基づいて考えることから始めます。次に、必要なデータをどのように現場のオペレーションに負荷をかけずに収集して、経営に意味のある情報に変換していくかも学んでいきます。さらには、現場をうまく巻き込んで進める力や最終的には社長に対して成果報告をして、次のステップへの移行を説得できる力を持った人材を育成することが目標です。

福本:
デジタル化の能力を備え、現場・経営者の双方とコミュニケーションを取りながら、企業の次の一手を提案できる人材ということですね。そのような人材に求められる能力について教えてください。

長島:
データエンジニアリング力とデータサイエンス力、データマネジメント力の3つの能力が求められます。エンジニアリング力は、IoTデバイスやセンサーなどを現場に実装して、安価に現場のデータを取得する能力です。データサイエンス力は、クラウドに蓄積されたデータを活用して経営、オペレーションに対して意味のあるものに変えていく能力。データマネジメント力は、得られた情報を基に解決策を練り上げ、データを説得材料として経営者の意思決定に活用できる能力です。

提供:ファクトリーサイエンティスト協会

福本:
そのような能力を身につけたファクトリーサイエンティストは、どのような取り組みをされているのでしょうか。

長島:
既にファクトリーサイエンティストの資格を取得した人材が所属する企業では、工場にセンサーなどを取り付け、そこから取得したデータを経営に役立てている事例が数多く生まれています。ファクトリーサイエンティスト協会では、それらの事例を一つずつカード型に整理し、「このラインだったら、このカードとこのカードとこのカードを使うと課題を解決できる」と考えることができるような素材を用意しています。このようにありもののIoTデバイスパッケージとその使い方を定義し、それを会員の中で流通させることに力を入れています。ありものの組み合わせでは足りないものがあれば、新たに開発し、生み出された新たなありものも流通させていくというわけです。

福本:
ありものを共有、流用し、組み合わせる過程の中で、新たなありものも生まれるという好循環に繋がるのですね。

長島:
「このラインを見える化するには、もう少し何かが必要だ」ということがわかると、人は工夫し始めます。その新しい工夫を、会員みんなのアセットにして使えるようにする。各事例はどの会社の誰々が作ったものかが見える状態になっているので、実装した人と話をすることができる。そんなコミュニティがつくられています。


創りたい未来を構想し組織に浸透させることがDXに繋がる

福本:
日本企業には、DXは既存の業務プロセスの効率化を目的にした取り組みだと考えている方がまだ多い気がしています。本来のDXの目的は、自らの立ち位置や提供価値を変化、進化させていくことや、顧客経験価値を高めていくことです。長島さんは日本企業のDXの取り組みをどう見ていますか。

長島:
確かに、何のためにDXに取り組んでいるのかを明確に持ったほうが良いケースはあると思います。効率化のためのデジタル化であれば、ある意味簡単で、かかるコストの見合いで判断が付きやすい。一方、新事業を生むための取り組みは、何を目指したいのかという構想を具体的に描けるかどうかがすべてです。デジタルありきではなく、構想によっては、デジタルテクノロジーを用いなくても実現できることもあると考えて欲しいと思います。

福本:
構想を描けるような創造性のある人材を、どのように育成できるのでしょうか。

長島:
今まで日本企業の多くは、仕事を細かく分割して人に割り当ててきました。ですが構想を作るためには、自分の担当する部分だけではなく、全体を見られるように視野を拡げなければなりません。本当に創りたい未来は何で、どんな方法で実現できるのか、やり方はどのくらいありそうかを常に考える癖をつけることが大切です。
例えば、ローランド・ベルガーでMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の議論していた時に、最近は「オンデマンドバスのPoC(概念実証)は成功した」という報告が増えてきたことに目を止めました。でもMaaSの目的はオンデマンドバスを走らせることでしょうか。本来は、MaaSで何を実現しなければならないかを考え、オンデマンドバスを走らせることで「街をどう変えたいのか」「どのような移動を増やしたいのか」、さらに言うと「笑顔が増やせるのか」を検証することが大事なはずです。ところが、MaaSの収益化の議論に行きがちで、「オンデマンドバスを何カ所に導入すればよいか」とか「乗車率は何%にすればよいか」といった数字の話になることがあります。
そんな問題意識を持ちつつ、自ら企画したダイナミックシェアードバス(地域の人々との対話を通じて、生活スタイルに基づくニーズの高い出発地・目的地および時間を設定して運行するバス)のPoCでは、バス内で飲み物を配り、昭和の歌謡曲をかけたりしてみました。すると、移動目的がなくてもそのバスに人々が乗ってくるようになり、井戸端会議や公民館の寄り合い所のようになりました。その結果、人々のバスで移動したいという意欲が高まり、移動しながら皆で楽しむといったことを起こすことができました。こんな風に、たとえば「笑顔を作ること」を目的にしていれば、昭和歌謡の次は何をやろうか、という話がでてくると思うのです。

福本:
いかに効率よく移動できるかだけでなく、目的地に行くまでの過ごし方など、MaaSやオンデマンドバスの利用者の経験価値をどう上げていくのかが大事ですが、後者の話はなかなか出てこないのですよね。

長島:
大事なのはオンデマンドバスによって、バスが通るルートの周辺も含めてどのようなことが起こせるかということ。目指したいゴールをどのように満たすかを考えていかないと、DXは実現できません。デジタル化はあくまでも手段でしかないのですから。何を追い求めたいのか、何をしたいのかについてしっかり議論し、決まった目的を組織に浸透させていくことが大切だと思います。

右:きづきアーキテクト株式会社 代表取締役 長島聡氏
左:「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲


皆が持つ構想を足し算・掛け算することで創造生産性が高まる

福本:
このような考え方は、長島さんが提唱されている企業の「創造生産性」の向上にも通じるものですね。創造生産性について教えていただけますか。

長島:
生産性とは、「産出した価値」を「投入したリソース」で割ったものです。同じ仕事をどれだけ短時間で効率的にこなすかという投入リソースを減らす取り組みは比較的容易なので、そこに行きがちです。でも、それだけをやり続けると経済はシュリンクしてしまいます。そうならないために大事にすべきことは、分子の価値を大きくすることです。そのためには新たな価値を創造することに熱中する人たちを増やすことが大事なのです。
とはいえ、フリーハンドで「創造しよう」と言われても難しいですよね。では、どうすればできるのか。一つは色々な仲間と交わる中で多様性を持ち、意思をもって構想を作る人に活躍の場をつくること。もう一つは、様々な構想に役立ちそうな能力や機能を皆が使えるようにして見せることです。皆が持つそれぞれの能力や機能のありものが目の前にあれば、それらを足し算・掛け算する中で、構想を生み出したり、その構想に基づいて新しい価値を作ったりするようになると思うのです。イーロン・マスクのような構想家でなくても、いろいろな構想と能力や機能が目の前にあれば、使い方を組み合わせて考えることができる人が日本にはたくさんいると思っています。

福本:
ユーザーが、製品・サービスを提供する企業側が想定していなかった新たな使い方を考えることもありますからね。ありものの組み合わせによって新しいソリューションが生まれてくることもあるということですね。

長島:
抽象度の高い話になりますが、例えば「笑顔を作る」ことの実現手段はその人が知っているものだけではなく、様々な手段があるはずです。きづきアーキテクトではそのために使える道具や手段を用意したり、様々な人が持っている得意技を流通させる仕掛けを作りたいと考えています。]

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長島 聡 氏
きづきアーキテクト株式会社 代表取締役、工学博士
由紀ホールディングス株式会社 社外取締役

早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手を経て、1996年ローランド・ベルガーに参画。自動車等の製造業を中心に500を超えるプロジェクトを手がける。同社日本代表、グローバル共同代表をへて、2020年10月よりRoland Berger Holding GmbHのシニアアドバイザーに就任。2020年7月に新事業を量産する会社、きづきアーキテクトを創業。ファクトリーサイエンティスト協会理事、次世代データマーケティング研究会代表理事、ベンチャー企業のアドバイザー、政府系委員等も多数務める。
また、自動車産業、インダストリー4.0/IoTをテーマとした講演・寄稿を数多く行う。
主な著書に『AI現場力』、『日本型インダストリー4.0』(いずれも日本経済新聞出版社)がある。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年3月現在のものです。

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