ニューノーマル時代における未来の戦略づくり・DX推進のカギとは(後編)

経営、イノベーション

2021年3月24日

きづきアーキテクト 代表 長島聡氏へのインタビューの後編。前編では、創りたい未来を構想し組織に浸透させることがDXに繋がっていくというお話に触れたが、後編では、先読みの難しい不確実性の高い時代だからこそ企業に求められる未来戦略、「パーパス」と、それを実現するカギを握る未来志向でものを考えられる人材について伺った内容を紹介する。

きづきアーキテクト株式会社 代表取締役 長島聡氏


不確実性の高い時代に求められるもの

福本:
長島さんはDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー「未来を創造する経営の実践」(2020年9月号)の中で、不確実性の高い時代におけるマネジメントには将来ニーズを見極める「先読み」、トレンドを自社ニーズに誘導する「引き寄せ」、読み違いに柔軟に対応できるようにする「構え」の3つのプロセスに加えて、新たなトレンドを創る「構想」が重要であり、構想を行うには企業の存在意義「パーパス」が必要だと書かれていますね。

長島:
10年くらい前まではトレンドを読み、そのトレンドに合うものを作っていくことで商売が成り立っていました。でも今はなかなか先読みだけでは対処できないことが多い。このような時代における持続的成長で重要となるのが、自分の立ち位置としてぶれない「パーパス」を持つことです。
パーパスは、以前は一般的に意図や目的という意味で用いられていましたが、最近は企業や組織・個人の存在意義という意味で用いられています。パーパスは、企業や社会のありたい姿を定義するための根幹・拠り所となる概念であり、パーパスを軸に、戦略、商品・サービスの品揃え、社員の行動様式まですべての「向き」を揃えることが可能になると考えます。パーパスは、コロナ禍などによる不確実性の高い時代にあってもぶれない軸であることが望ましいと思います。ぶれずに実践を続ければ、社内外からそのパーパスという志に賛同する人や組織が集まってきます。そうすれば、パーパスに向いた様々な取り組みが合わさり、事業を生み出す力になると思います。
そのパーパスを、今の環境下で実現するにはどうすれば良いかを考えるために先読みをする。その面白さを伝えられれば、社員も、外部の凄技を持っている人を引き寄せることができるようになります。そういう人たちが集まることで新たな価値を素早く生み出せる。コロナ禍で環境が変わっても、多様な仲間のもつ凄技があれば、その組み合わせを少し変えるだけで適応できるようになります。

提供:きづきアーキテクト


パーパスの実現には、未来志向でものを考えられる人材が求められる

福本:
パーパスの実現には未来志向でものを考えられる人、テクノロジーのスキルだけではなく、知の探索、ゼロベース思考ができる人が必要だと思いますが、どうすればそのようなDX人材を確保、育成できるのでしょう。また、そういう人たちが活動しやすい組織風土を作るには、どうすればよいと思われますか。

長島:
例えば50個の道具を誰もが使えるような粒度、例えば東芝のifLinkのような形で並べることができれば、必ずしもDX人材は必要ありません。今はこれらの道具が専門性の高い人でないと用意したり理解することができない状態であるために、専門性を持った人材が常に必要なのです。誰もが使いやすい道具が並んでいる状態になった時に必要になるのは、「こういう世界観を作りたい」というありたい姿、トランスフォーメーションした先の未来を考えられる人材です。
デジタルテクノロジーを作り出すのは大変ですが、既に存在する技術なら、それを簡単な言葉で周りの人に伝え、誰でも使える状態にすればよいのです。一方で、ありたい姿を創り出すには訓練が必要でしょう。同じ価値の効率化ではなく「こういうことをやるんだ」ということを、小さな規模でもいいので、何回も何回も繰り返す癖をつけていかなくてはいけないと思います。

福本:
一人で多くのケイパビリティを兼ね備えた人はなかなかいないので、異能の人材が必要になると思います。そういう人たちが集まり、いろいろな話をして、ありたい姿を目指し、訓練していくことが育成に繋がるということですね。

長島:
繰り返しになりますが、一番大事なのは、「これをやりたい」と言う人を増やすことです。とりあえず集まって、「何をしようか」という状況が一番まずい。「これをやりたいんだけど手伝ってくれない?」と言える雰囲気づくりと、一緒に進める仲間を持つことが大事だと思います。

提供:きづきアーキテクト


経営者がやるべきことは、パーパスを描くこと

福本:
トランスフォーメーションを実現する異能な人材を生かすために、どのように経営者のマインドチェンジをしていけばよいでしょうか。

長島:
経営者がやるべきことは、ありたい未来、つまりパーパスを描くこと。そしてそれに従って異能のメンバーを集め、生み出していくサービスや商品がそれに沿っているかどうかをしっかり見極めていくことです。何も思いつかないので、活躍できそうな人を集めるというのはあまりお勧めしません。フリーハンドで自由にやってくださいというだけでは上手くいかないと思います。

福本:
ローランド・ベルガー時代に開発されたバトラーカーも、パーパスがきちんと描けていたから実現できたということなのですね。

長島:
バトラーカーの開発期間は約4カ月です。「東京モーターショー2019」に出展した車の中で、構想から出展までを圧倒的に短い時間でやりきって生み出した車だったと思います。その理由は、「プライドを運ぶ車を作りたい」という、パーパス、構想があったからです。そのパーパスに基づき、遠隔操縦機能を搭載することで外出困難者の方の移動を可能にするなど、様々なコンセプトが生まれました。でも、言葉だけでは構想の説明が難しかったので、その構想をGK京都の榎本社長に1枚の絵にしてもらいました。この絵が語ってくれたおかげで、どんどん構想を共有することができ、みんなが夢中になって「こういう車を作るのならあの人とあの人が必要だよね」と、あっという間に10数社を集めることができました。
初対面の企業も多かったのですが、モーターショーに間に合わせるために異能同士で化学反応を起こし続け、詳細な計画を紙に落とすこともなく、あうんの呼吸で進めてやりきりました。このバトラーカープロジェクトを成功に導いたのは、構想とそれを表現する、誰にでもわかり伝わる一枚の絵でした。目標があると、日本人はすごい力を発揮するのだと思います。

提供:GK京都


オープンイノベーションで構想を量産する

福本:
とりあえずプロダクトを持っているプレイヤーを集めて、持っているプロダクトを組み合わせて何かできないかという順番でものを考えても、なかなかうまくいかないということなのでしょうね。

長島:
東芝が策定されている、「東芝IoTリファレンスアーキテクチャー」のようなものは間違いなく重要で、共通言語としてとして確実に機能すると思っています。でも、もう一つ欲しいのが、パーパスです。
パーパスは、リファレンスアーキテクチャーのような枠組みや共通言語ではなく、社会における存在意識、会社の意思を示すものです。その意思で組織をけん引する力にするには、それをかみ砕いて伝えられるようにすることが必要です。そのために持つべき道具は、パーパスを抽象から具体へと落とし込む階層型に整理したパーパスツリーです。リファレンスアーキテクチャーに加え、パーパスを具体化する道具を様々なプレイヤーが持てるようになると、日本は確実に強くなると思うのです。

福本:
リファレンスアーキテクチャーはパーパスの具体化ができた時に、様々なステークホルダーが繋がるための全体の見取り図だと思います。おっしゃるとおり、リファレンスアーキテクチャーだけでは新しいものは生まれないので、パーパスが必要になると思います。

長島:
このパーパスの議論が日本でも世界でも未成熟だと思います。私はそれをいち早く日本に根付かせていきたいと考えています。

福本:
ニューノーマルと言われる時代において、日本企業が変革するには何が必要でしょうか。

長島:
効率化ではなく、価値創出を楽しむことです。もちろん、効率化を否定すべきと言っているわけではありません。効率化を進める前に、どのような価値を創出したいかを考えるべきだと思います。そして、その価値を創出していくために必要な能力を持つ人の時間や機械の稼働時間を捻出したり、それに必要なお金を準備したりするために効率化をすべきだと思います。ぶれないパーパスという軸を持って、それの実現に貢献可能な様々な能力や部品を社内外から見える化しておくことが重要です。そうしておくことで、どんな環境でも素早く、パーパスを具現化する新たな価値を生み出せるのだと思います。


東芝に期待するのは「これをやりたい」という意志を持って伝えること

福本:
東芝は2018年に「東芝Nextプラン」を発表し、それによって社内も大きく変わりつつあります。例えばDXのピッチコンテストである「みんなのDX」の開催もその一つ。DXがみんなのものだという意識を醸成するための取り組みです。また東芝IoTリファレンスアーキテクチャーの策定においては、社内のテクノロジー有識者に納得してもらうようボード会議を開催し、個別に丁寧に説明しながら共通認識を深めてきました。変わりつつある東芝に期待することを教えてください。

長島:
高い機能や能力のある会社だということはよく伝わってきていると思います。でも、そうした機能や能力という部品にとどまらず、東芝が社会に生み出したい価値をこれでもかというくらいどんどん発信して欲しいと思っています。世の中を能動的に変えていくために東芝がやりたいことをどんどん見せて欲しいと思います。大切なのは、意志です。「これをやりたい」という意志を社会に必死に伝えていけば、志を共にする同士が集まり、想像もできないスピードで新たな価値が量産できると思っています。東芝のこれからに期待しています。


長島 聡
きづきアーキテクト株式会社 代表取締役、工学博士
由紀ホールディングス株式会社 社外取締役

早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手を経て、1996年ローランド・ベルガーに参画。自動車等の製造業を中心に500を超えるプロジェクトを手がける。同社日本代表、グローバル共同代表をへて、2020年10月よりRoland Berger Holding GmbHのシニアアドバイザーに就任。2020年7月に新事業を量産する会社、きづきアーキテクトを創業。ファクトリーサイエンティスト協会理事、次世代データマーケティング研究会代表理事、ベンチャー企業のアドバイザー、政府系委員等も多数務める。
また、自動車産業、インダストリー4.0/IoTをテーマとした講演・寄稿を数多く行う。
主な著書に『AI現場力』、『日本型インダストリー4.0』(いずれも日本経済新聞出版社)がある。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年3月現在のものです。

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