IoT時代のイノベーションデザイン(前編)

イノベーション、テクノロジー

2020年12月11日

 現在、多くの企業がIoTやAIを活用したイノベーションの創出を目指しているが、実現は容易ではない。ではどうすればよいのか。その方法論を研究しているのが北陸先端科学技術大学院大学 知識科学系 教授/東京サテライト長 内平直志氏である。
内平氏が提唱するIoTなどのデジタル技術によるイノベーションデザインの手法とはどのようなものか、それを活用したイノベーション創出の取り組みのポイントは何か。本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。

北陸先端科学技術大学院大学知識マネジメント領域 教授 内平 直志 氏

既存の枠に縛らずに高度専門人材を育成する北陸先端科学技術大学院大学

福本:
北陸先端科学技術大学院大学(以下、JAIST)は、どのような大学でしょうか。

内平:
独自のキャンパスと教育研究組織を持つ日本初の国立の大学院大学として1990年に設立されました。既存の枠に縛られない、高度専門人材を育成する大学院として、社会人を含め多様な人材を受け入れています。

福本:
内平先生が所属する知識科学系、知識マネジメント領域ではどのようなことが学べるのですか。

内平:
JAIST設立時は情報科学、マテリアルサイエンス、知識科学の3つの研究科で構成されていました。知識科学研究科は最後に設置され、初代の研究科長は野中郁次郎先生でした。その後、学生や研究者が自由にいろいろな人とコラボレーションできるようにするため、2016年に3つの研究科の壁を取り払って1つの研究科に統合し、現在の9つの領域を作りました。その中の1つが知識マネジメント領域で、知識経営に関することを研究するグループという位置づけです。

福本:
知識経営に関するメソドロジーを学んでも、それを実社会で生かせなければ価値につながりません。実社会に役立つ人材をどのように育成しているのでしょう。

内平:
知識マネジメント領域で育成するのは、問題やデータを分析し、課題を設定してアイデアを創造する「データ分析・創造力」、それを具体的なシステムやサービスとしてデザインする「システムデザイン力」、ビジネス化し社会実装する「マネジメント力」を併せ持つ知識社会のイノベーターです。この3つの要素をしっかり身につけることが、今の時代には重要だと考えています。この領域には社会人学生が多いのも特徴です。

福本:
内平先生は社会人コースもご担当されているのですよね。

内平:
私は東京・品川にある東京サテライトで開講されている東京社会人コースの責任者でもあります。東京社会人コースは、博士前期課程と後期課程で構成され、前期課程では技術経営、サービス経営、IoTイノベーションの3つのプログラム、後期課程では先端知識科学、先端情報科学の2つのプログラムを提供しています。中でもIoTイノベーションプログラムは、情報科学と技術・サービス経営の両方を勉強するため、ここ数年非常に人気があります。デジタル化が進む時代に、学び直しをしたいという人が増えているのだと思います。機械学習、セキュリティ、ネットワークなどの最先端のコンピューターサイエンスだけではなく、それらを使ってどうビジネスを行うかという技術・サービス経営も学べます。この両方を同時に学べる社会人向けの大学院はたいへんユニークだと思います。


IoT時代に適応したイノベーションがなぜ創出できないのか

福本:
ビジネスと学問の間を行ったり来たりしながら成長したいと考える人が増えてきているのは良いことだと思います。ここから本題に入りたいと思います。内平先生は今をIoT時代だとおっしゃっていますが、IoT時代とはどのような時代なのでしょう。

内平:
IoTとはモノの情報をネット経由でサイバー空間に送り、サイバー空間側でAIなどを活用してデータ分析や最適化・知識化などの処理をして、その結果をモノや扱う人間にフィードバックする一連のシステムを指します。IoT時代とは、そのシステムによっていろいろな価値が生み出される世界であり、大企業のみならず、中堅・中小企業も簡単にそのシステムを使いこなせるようになる時代のことです。企業の規模に関係なく、新しいパラダイムを生み出すチャンスがある一方で、自分たちのこれまでの仕事のやり方にとらわれてしまうリスクもあります。

福本:
そのような新しい時代に適応したイノベーションをどのように創っていけばよいのでしょうか。

内平:
今、多くの企業が新しい時代に適応すべくデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいますが、なかなかうまく進んでいません。その背景には、トップと現場との認識のギャップがあります。経営トップは、ビジネスの構造自体が大きく変革しているという大局的な話を聞き、危機感を抱いています。しかし、危機感が漠然としていて、具体的に何をするのかはDX推進部門や現場に委ねてしまうわけです。DX推進部門は成果を出さないといけないので、やりやすいところから手をつけていく。現場は、100年に一度の変革と言われてもピンとこないし直近でやらねばならないことを優先するので、結果的に現場の改善の延長線上でしか取り組まないということになってしまうのです。

福本:
経営者が考えて判断すべきことを、下に委ねてしまっているということでしょうか。

内平:
そうではありません。経営者は現場で何が変革の鍵になるかは分からないので、下に任せるのは仕方がないことです。だからこそ大切なのが対話なんです。経営トップ、DX推進部門、現場のマネージャー、現場の担当者たちの認識ギャップを減らすような、対話ツールを持つことが重要だと考えています。それができている企業は、DXが進んでいる。東芝はできているのではないでしょうか。

「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲

イノベーションデザイン手法を用いてアイデアを創出

福本:
当社のコーポレートデジタイゼーションCTOの山本も、トップダウンとボトムアップの両面から最適な解を導き出すアプローチである「Meet-in-the-middle」が重要だと話しています。また、当社では「みんなのDX」という取り組みをしています。これは社内ピッチコンテストで、既存事業にとらわれずに、新しいアイデアを創出するための取り組みです。最近は大企業とスタートアップ企業の間で逆ピッチコンテストを開催することも増えました。大企業もトップダウン、ボトムアップだけではなく、いろいろなことをしていかなければならない時代なんでしょうね。

内平:
中堅・中小企業はまだそこには至っていません。経営陣に今までと違うビジネスモデルあるいは価値を考えろと言っても、「現状難しいよね」で終わってしまう。中堅・中小企業もベンチャーとのタイアップに積極的に取り組んでいくべきなのですが。その前に重要になるのがイノベーションデザインという手法を持つことだと思うのです。

福本:
イノベーションデザインとはどのようなものですか。

内平:
イノベーションデザインは、新しい製品やサービスをデザインするだけでなく,それをビジネスとして持続し、発展させるビジネスモデルのデザインまでを統合的に考えるための手法です。中でもIoTなどのデジタル技術を使ったイノベーションを生み出すためのイノベーションデザイン手法を提案しています。IoTサービスとそのビジネスの企画・設計のための手順やフレームワークを用いてイノベーションを生み出す手法で、スティーブ・ジョブズのような天才的な人でなくても、イノベーションを考える専門組織がない中堅・中小企業でも、自社のデジタルイノベーションを皆で検討するための道具なのです。

福本:
IoTのイノベーションデザイン手法を活用することでどのような効果が得られるのでしょうか。

内平:
何ができるのか、そして何が難しくどのような困難が待ち受けているのか、チャンスとリスクなどを可視化し、ステークホルダー間で共通言語・認識を持てるようになります。先ほど話したような、トップと推進部門、現場とのギャップが埋まり、早めに対策が打てるようになるので、成功確率を高めることができる。これが一番の効果だと考えています。この手法は対話ツールでもあるわけです。

福本:
IoTのイノベーションデザインに取り組む際にどのような視点が必要でしょうか。

内平:
ステークホルダー全員が理解できるように、共通フレームワークの教育をすることが重要になります。そして成功事例を増やしていくことです。今提供しているIoTのイノベーションデザイン手法は上流部分のみで、製品・サービスやビジネスを具現化していく下流部分はまだ構想レベルです。上流から下流まで一貫して提供できるフレームワークとして早く完成させたいですね。


IoTイノベーションデザイン手法を活用するためにトップに求められること

福本:
IoTのイノベーションデザイン手法の具体的な手順を教えていただけますか。

内平:
「価値設計」「システム設計」「戦略設計」「プロジェクト設計」の4プロセスで構成されます。まず「価値設計」では、真の課題と、デジタルイノベーションでどのような価値が生み出せるかを明確にします。ここが一番の難関ポイント。AI導入ありきとか、課題が不明確なのにデータがあるから何かやってみようということでは失敗します。次にIoTやAIを活用し、どのように実現していくか「システム設計」を行います。3番目の「戦略設計」では、自社のみでは限界があるので、パートナーとどんな関係性を持ちながら実現していくのかというエコシステムの戦略策定を行います。ここには当然、プラットフォーム戦略やオープン&クローズ戦略も入ってきます。最後の「プロジェクト設計」では、事業化シナリオを設計し、その上で想定される困難やリスクを洗い出し、共有する。このような手順でIoTイノベーションを実現に導くというものです。

福本:
イノベーションデザインにうまく取り組んでいる企業の体質や文化、経営層などの特徴はありますか。

内平:
今私たちはさまざまな中堅・中小企業にヒアリングしているのですが、うまくいっている企業には、経営トップのビジョンが明確で、ITに対するリテラシーがあり、改善にAIとかIoTを使うところから一歩踏み出し、仕事の仕方、ビジネスの仕方もデジタルの力を使って変えようとしている企業が多いですね。
また、自分の職場にフィットしたIoTやAIのシステムをアジャイルに作り込んでいける仕組みや企業文化を持っているという特徴があります。顧客や現場からのフィードバックを自分たちですぐにシステムに反映できるかが、DXを進めるための一つのポイントです。要するに、ベンダ任せにしていてはいけないということですね。ベンダが提供するプラットフォームにAPIでつながり、企業が自由にやりたいことをすぐにできるようなアジャイルな仕組みができていくと、きっとDXはすごく進むのではないかと思っています。

福本:
イノベーションデザインの取り組み事例や活用ポイントを教えて下さい。

内平:
JAISTがある石川県能美市と連携したアイデアソンの事例を紹介します。能美市の行政をデジタルでどう良くするかというアイデアソンを学生が行い、最終的に能美市長に提案したのですが、このイノベーションデザインを使うことで、わずか4日間でアイデアをまとめることができました。留学生も含めた多様なメンバーが、イノベーションデザイン手法を活用することで、さまざまな能美市の方々にヒアリングを行い、フィールドリサーチをしながら,短期間で発散することなくまとめることができたということです。
イノベーションデザインは、価値設計からプロジェクト設計まで一貫して俯瞰的に見ることができる、可視化・共有化のツールとして有効だと考えています。社会人学生には企業の若手の方も多いのですが、今まで部分的にビジネスモデルキャンバスなどのフレームワークを使って検討し自分流で上司に進言してもなかなか通じなかったことが、この手法を使って理解してもらえるようになったという声を聞いています。このような思いがある人が思いをしっかりステークホルダーに伝えイノベーションを進めていくために活用してもらえればと考えています。


内平 直志 氏
北陸先端科学技術大学院大学
知識マネジメント領域 教授

東京工業大学博士(工学)、北陸先端科学技術大学院大学博士(知識科学)。
株式会社東芝 研究開発センター次長、技監を経て、2013年よりJAISTに着任。
日本MOT学会理事、研究・イノベーション学会総務理事。
専門はソフトウェア工学、サービス科学、イノベーションマネジメント。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2020年12月現在のものです。

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