スケールフリー・ネットワークが未来を変える
日本躍進に向けたサイバー・フィジカルの可能性とは?(前編)

イベント、イノベーション

2020年11月16日

 2020年9月28日に開催された東芝オンラインカンファレンス2020「TOSHIBA OPEN SESSIONS」。東芝デジタルソリューションズ 取締役社長 島田太郎による基調講演後に開催されたディスカッションでは、島田をモデレータに、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授 入山 章栄氏とIT批評家 尾原 和啓氏の2人をパネリストに迎えて、「デジタルの未来をもっと、描こう」をテーマにトークセッションを実施。ニューノーマル(新常態)時代に企業や社会に求められるアフターデジタルの世界、日本企業の課題について、熱く語り合った。


デジタル世界競争1回戦に敗北した日本の勝機となるサイバー・フィジカルの世界

島田:
尊敬するお二人に参加いただき、デジタルの未来から新しい日本の未来を考える議論の場を設けることができて、とても感謝しています。先ほど私の基調講演をお聞きになられていかがでしたか。

入山:
キーワードの一つであるサイバー・フィジカルは以前からお聞きしていましたが、まさにモノづくりに強い日本がこれから台頭できるチャンスだと実感しています。もしデジタル世界競争があったならば、日本はすでに1回戦で敗北。1回戦の勝者はGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)なのですが、既成のプレイヤーがいないスマートフォンの更地の世界での戦いだったからこそ、一気に時価総額を高めていくことができたのです。

尾原:
GAFAは東証一部の企業すべての時価総額を超えたという事実はありますが、結局カバーしている領域は広告と小売のみ。GDPの構成比でいうと7~8%程度で、残りはフィジカルな領域。特に日本の強みである製造業はGDPの22%ほどを占めており、ここにはものすごいデータが蓄積されているわけです。

島田:
私も、まさに史上最大のチャンスととらえています。

入山:
2回戦というのは、あらゆるハードウェアがネットにつながっていく時代の勝負になるわけです。モノづくりにおいては、世界でも日本とドイツが強みを持っている。うまく立ち回ることができれば、石油を掘って売るビジネスから、エネルギーとしてガソリンを使う自動車などのビジネス領域へのシフトで台頭できたように、また日本の強みを発揮できるはずです。

尾原:
1回戦に比べて 2回戦の方が、圧倒的に規模が大きいため、製造業に強みを持つ日本にとってはチャンスです。Googleに在籍していた時にペイメントのビジネスの立ち上げ支援をしていたのですが、世界でもコンビニエンスストアで簡単に非接触での購入ができるようになったのは日本が最初。ポイントカードが広がったのはイギリスと日本だけです。利便性という付加価値と引き換えに自ら望んでトランザクションデータを提供している社会という意味では、世界でも日本が圧倒的に進んでいます。

島田:
GAFAに追いつくためのデジタル化という取り組みでは意味がなく、それを目標にしてはダメだと考えています。尾原さんがよく著書で書かれているように、ユーザー体験ドリブンにしないといけない。ユーザーが何をしたいのかに応じて、フィジカルとサイバーを入れ替えていくような自然な体験価値創造が必要です。

尾原:
「データは21世紀の石油」という言葉があります。データを集めて勝利するという時代が1回戦であるならば、2回戦はデータを用いてユーザー体験を高めていくことが主戦場になります。やりたいことがどんどん実現でき、さらにその先のことも提供してくれるようになるからこそ、プラットフォームにユーザーが集まって行動し、自然とデータが蓄積されることになり、そこに最適な体験があるからこそ、さらにデータが集まり、ユーザー体験がよりよくなっていくという世界です。

島田:
今のお話は尾原さんの著書『アフターデジタル』に書かれていますね。

尾原:
インダストリー4.0の世界で、ドイツは古い工場がIoT時代に対応していくために、古い設備でもインターネットにつながるようにするための管理シェルというデバイスを安価に配ることで革新を成し遂げようとしています。先ほど島田さんから紹介がありましたが、B to Bの世界でドイツが培ったIoTの経験を、シンプルな仕組みで、日本ならではの強みに変換していこうと取り組まれているのはすごいと思いました。

入山:
今日、島田さんから紹介があった仕組みのなかで、特に好きなのは「スマートレシート(東芝テック)」と分散でシミュレーションを行うプラットフォーム「VenetDCP」。以前尾原さんとの対談でもフリクションレスという話題で盛り上がりましたが、人間の根源的な要求として少しでもいいから面倒くさいことは避けたいというのがあります。今私が一番面倒くさいと思っているのが、紙で渡されるレシートです。買い物でもタクシーでも支払にSuicaを利用するのですが、紙のレシートが手渡されるまでの、あの数秒がもどかしい。「スマートレシート」が広がれば待ち時間がなくなるわけで、まさに尾原さんがおっしゃったようにユーザー体験から入っていくことが圧倒的に重要になってきます。これからフリクションレスの時代に入ってくると、わずかな手間が解消できて大きな快感が得られ、一度使ったら辞められなくなる「スマートレシート」は、いち早く実装して欲しいですね。


スケールフリー・ネットワークがもたらすイノベーション

島田:
尾原さんも著書の中で書かれていますが、中国ではミニアプリというものがあって、固有の一つのアプリではなくていろいろなものが組み込まれ、それを横断的に利用できるようになっています。我々が提供する「スマートレシート」も、そんな形にしていきたいと考えています。裏側に入ってフリクションを下げることが重要だと思っています。

尾原:
イネーブラ経済という言い方もしますが、これまではユーザーがやりたいことをツールで提供してきたのが、これからはモノやサービスの裏側にAIや自動化の仕組みが入り、しかも、それが標準的なパーツとしてできていてブロックのようにAPIでつながり、誰でも作りたいモノを作り、やろうとしていることができるようになるわけです。現実的に、プログラムをわざわざ組み上げなくても済むコードレスSaaSのようなものが、今アメリカで伸びていることからも分かります。

入山:
これはまさに、サイバー・フィジカルの考え方にあるスケールフリー・ネットワークに通じるところ。東芝が進めているのは、確かにフィジカルが起点になるものの、コモディティ化できるものはオープンにして配るということですね。これまで日本の製造業は、いいものを作り込んでカスタマイズして特定の顧客に向けてしっかりプライシングして売っていくというやり方でした。スケールフリーでいろいろなモノや人がつながる時代には、データを取得するためにフィジカルなモノが必要であっても、それがコモディティ化していれば配ってしまえばいいと思います。

島田:
単純なモノは配ればいいし、価値のあるモノはむしろ中に残しておけばいい。我々はこのオープン&クローズについては戦略的にも注視しているところです。出したものが世の中に広がったら勝ちという戦略が大事なわけです。

入山:
スケールフリーというキーワードは、これからのネットワーク時代に非常に重要です。よく例えられるのが、電車の鉄道網と飛行機の空路のネットワークの違い。国などからの要請で路線が決まる鉄道網とは違い、飛行機では空港間をどう飛ばすのかは航空会社の裁量です。その結果、巨大ハブ空港が形成され、路線が特定のハブに集まって、それ以外はほどほどのつながり方をするようになります。これが、いわゆる“べき乗則”。スマホの世界でも、誰とつながるのかは自由なわけですが、フィジカルの世界では今まで自由につながる相手を選べなかった。島田さんがやろうとされているのは、モノが自由に配られて、あとは勝手につながってくださいという“べき乗則”をフィジカルの世界にもたらすことですね。

島田:
その通りです。私も航空機エンジニアでしたので少し深掘りすると、入山さんのお話の通りハブ&スポークになっていくわけですが、これは固定化されていません。すると、今度はローカル路線同士が勝手につながり始め、また新たなスケールフリー・ネットワーク化することになる。鉄道を引かないといけなかった旧来のフィジカルと、拠点と拠点を飛び越えられるネットワークのデジタルを組み合わせることで、同じようなことが起こってくる。ネットワークをいったん組んでも、おそらく次から次へと変化していくはずです。

入山:
大切なのは、そこに東芝が入らないこと。ベースは作るのであとは勝手にやってくださいという世界ですよね。

島田:
そこが重要です。いつも入山さんがおっしゃっている知の探究と知の深化という文脈の中で、知の探索をできるだけ大きくすることがスケールフリー・ネットワークを作るうえで重要だということにつながります。したいことがあっても、ネットワークに人が集まらないと何も起こらない。

尾原:
イノベーションを一言でいうと、遠いものをつなぐことです。企業のトップに求められるのは、それぞれ現場の人が課題を持っている時に遠い人とつながることでイノベーションが起きる、そういう場を作っていけるかどうか。一番大事なのは、スケールフリーのように、ネットワーク構造を変えていくためにいかにして場にインセンティブを提供できるかです。

島田:
その意味でも、私が気にしているのは、日本企業の壁が高くなり過ぎていて、スケールフリー化しにくくなっていること。旧来のハードウェアベンダの間にものすごい壁があり、これを何とかしないといけないと感じています。

尾原:
海外でも、例えば中国でIoTが進んでいるとはいえ、結局、小米科技(シャオミ)のようなプロダクトの中でしかIoTがつながらないですし、アメリカだとAmazon系で派閥を作ってしまってつながりにくくなっており、場に参画する人が分散してしまい、進化が遅れてしまうことになりますね。

島田:
日本にも独自のコミュニティを形成している方はたくさんいて、それをつなげるようなことをやっていきたいと考えています。当社は「ifLink」で成果を上げるよりも、コミュニティをつくることに尽力したい。そうすれば知の探究みたいなこともできるようになります。


デジタルが多様性を許容する世界を広げていく

尾原:
スケールフリー・ネットワークを作っていく際のポイントの一つに、入山さんがおっしゃっている知の探索や知の深化を役割分担するといったことは考えられると思います。人口800万人しかいないイスラエルは、アメリカに次いで企業売却が多い国で、深掘りする科学者に対してスケールフリーで探索する、ハブになるようなビジネスディベロップメントをする人が存在しています。日本も深掘りする人はたくさんいますが、横につなげていく探索型のプレイヤーにインセンティブが渡りにくい。派閥などの構造もあるなかで、いかに横のつながりを作っていけるのかが重要で、そのための場を作っていくことで、深掘りしている人たちのコミュニティが本当に生きてくるはずです。

島田:
入山さんが教えておられるような、様々な業界で働いている方が集まるビジネススクールなどもまさにそういう場だと思っています。少し話が飛躍するかもしれませんが、皆さん17時に仕事を終えて帰宅すべきなんですよ。例えば今日は新しい人何人と話をしたというKPIを設定するといった面白いことをもっと日本でやっていかないと、ネットワークが広がっていきません。

入山:
幅広く見て、離れている知と知を組み合わせるのがイノベーションの源泉というのは、世界の経営学ではほぼコンセンサスになっています。ただ、日本の会社、特に歴史の長い会社は同じ業界、同じ場所しか見ることができなくなりがちです。日本でイノベーションを阻んでいる原因の一つは、皆さん忙しいということなのでしょうね。その意味でも、デジタルトランスフォーメーションは大賛成で、少しでも仕事が楽になれば早く帰宅できますし、自分の知らない人と会ったりスクールで勉強したりしてもいいわけです。

島田:
しょうもないことで忙しいんですよ。もちろん、人から学ぶのは何も勉強とは限らないので、スポーツクラブで体を動かしてもいい。ユーザー体験は、自分自身に置き換えればできることが多く、遊んだり出掛けたりといった体験が自分にないと、想像力も働かないし広がりも生まれない。だからこそ、もっと多様性を増やさないといけないと考えています。効率化を追求するのか多様性を見るのか、この2つは違う方向性のものですが、それをデジタルで埋めることができるのが今の時代。日本はもっと多様性を許容していくことが必要で、それが進んでいった国が最後は一番豊かで面白くなるはずです。

入山:
多様な人に向けていくのがデジタルだとすると、大手企業だけでなく、今までこういった仕組みのなかった日本の中堅企業や中小企業、また一見デジタルとは関係が薄そうな農業や漁業といったところにも、適用していけそうですね。

尾原:
「ifLink」はカードを使ってQRコードを読み取るだけで作ることができるようですね。あまりデジタルの知識がない方でも、お子さんだって作れますよね。

島田:
教育にも向いています。以前女子大生のゼミ活動で、「ifLink」を使って子供が母親から離れたら子供が持っているぬいぐるみが「お母さんと離れちゃうよ」としゃべるものを作っていました。作ってみるとしゃべり方がいまいちだから違うのを使おうとか、どんどん変えていくことができます。プログラミング教育よりも、そういったアイディア創出の方が問題解決の教育になりますし、作りながらフィードバックをしていくことで、また新しいものが生まれていくわけです。

入山:
今のお話はかなり興味深いですね。以前台湾のデジタル担当大臣であるオードリー・タンさんと対談したときに、台湾におけるデジタル教育の話の中で「小学校からプログラミングさせるようなことはどうでもいいこと。我々がやっているのはデザインシンキングです」と語っていました。大事なのは問題発見と問題解決の方で、デジタルはあくまで手段。「ifLink」を使えば、問題解決の新たなインサイトが得られることになります。

島田:
特に大企業の人たちは重厚にやり始めてしまう傾向にありますが、プラットフォームが用意されることで、ノーコードでいろんなことができるようになる。これは中小企業にとって非常に重要なポイントで、多額の費用をかけずとも自分に合ったものを作ることができますし、それを売ることもできる。そんな多様性がどんどん増えていく世界が、未来としてあるべき姿だと思っています。

執筆:てんとまる 酒井 洋和


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2020年11月現在のものです。

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