スケールフリー・ネットワークが未来を変える
日本躍進に向けたサイバー・フィジカルの可能性とは?(後編)

イベント、イノベーション

2020年11月24日

 2020年9月28日に開催された東芝オンラインカンファレンス2020「TOSHIBA OPEN SESSIONS」。そのなかで東芝デジタルソリューションズ 取締役社長 島田太郎をモデレータに、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授 入山 章栄氏とIT批評家 尾原 和啓氏の2人をパネリストに迎えて、「デジタルの未来をもっと、描こう」をテーマにトークセッションが行われた。


妄想力を掻き立てるプレイヤーが集まる場づくりとは?

入山:
場づくりの重要性について議論が進められてきましたが、お二人の話を聞いていると、今や完全に世界が変わったという印象を受けます。これまでビジネスでは、計画立案してファイナンシャルシミュレーションを実施したうえで市場調査を行うといったプロセスを経るのが通常でした。しかし、サイバー・フィジカルでスケールフリーの時代になると、ローカルで活躍している様々な人たちに大きなチャンスが巡ってくるのでしょうね。不確実性の高い時代においては、何がヒットするか分からない。

尾原:
だからこそ、コトが起きる場を作るという島田さんの発想は正しいと思います。Googleであっても、最初の4年間はほとんどマネタイズせず、AOLに検索エンジンを提供していただけでした。しかし検索をすることで様々な情報が探せるようになり、ニッチなものも含めてすぐに購入したい、何か情報があれば動きたいという人がたくさん現れてきた。その結果、現在のGoogleの収入のメインである広告が生まれたわけです。しかも広告自体をGoogleは作っていない。結局Googleはスケールフリーを起こす情報の場を支えているだけなのです。

島田:
日本には宝の山がたくさん埋まっていると思うのです。先ほど尾原さんがおっしゃっていたように、GDPの8割、9割を占める産業のデータの多くはまだ埋もれており、ほとんどの企業が既存のビジネスの延長で収益化やビジネスモデルを考えています。この埋もれているデータをスケールフリー化し、従来の考え方を転換すれば爆発する可能性があると思っています。

尾原:
“マネタイズはいつなのか”という話がよく出てきますが、人が情報にたどり着きやすくなれば、そこではお金が動くことになります。東芝の「スマートレシート(東芝テック)」でも同様のことが言えます。GDPの6割を占める個人消費のうち、おそらく半分ぐらいはPOSレジを通っているはずで、そのお金の流れをつなげていくことが大事なのだと思います。

島田:
その意味では、人が自然に集まってくる仕組みづくりに知恵を絞らないといけないわけです。実際には “よくわからないけどうまくいきそうだ”という妄想力を掻き立てるものに価値を感じてお金も集まってくることになると思います。

入山:
企業間の壁を超えて、いかに妄想力のあるプレイヤーが、東芝の作る場に乗っかってきてくれるかどうかが重要だということですね。

島田:
オープンな環境で一緒にやっていくことが面白いと感じてもらえるような仕掛けやカルチャーを整えられるかどうか。そこができれば、我々が持っていたコミュニティをもとに環境を作ることで、逆転できると思っています。


突き抜けていくまで我慢できるかどうかが大事

尾原:
場づくりについて参考になるものの一つに、以前からディレクターとして関わってきたTEDxTokyo(テデックス・トーキョー)のなかで学んだ、社会運動を起こす法則があります。これは、1人目が踊っているだけだと辛いものの、2人目、3人目が踊り始めてくると「ええんちゃうか」という感覚になっていくというもの。島田さんが1人でワーッと踊って、今は東芝内で島田さんの踊りに付き合ったら面白そうだと感じている人が踊ってくれている。そして「ifLink(ifLinkオープンコミュニティ)」とかで次々と人が踊り始めるタイミングではないでしょうか。

入山:
今まさに、島田さんは一生懸命踊ってるわけですよね。

尾原:
そのうえで重要なのは、Androidのようなプラットフォームを作っている企業よりも、ガンホーのようにゲームを作った人たちの方が付加価値を出せるような関係をどう作るかですね。東芝が作ったプラットフォームであっても、新しい付加価値を作る人たちがチャレンジするリスクを取って進めていけるような関係作りなどをしっかりと行っていく必要があります。

島田:
どれだけ“せこくないか“の競争だと思っています。どこまでオープンにするのかという線引きが重要であり、そこまでやってくれるのであればちゃんと儲かりそうだと思ってもらえるところまで持っていくことが大切だと認識しています。

入山:
スケールフリー・ネットワークの場合、どこまで我慢できるかも重要です。最初はGoogleもUberも人が寄り付かない状況が続き、7年目ぐらいに突然突き抜けていった。まさにスケールフリーの典型ですので、東芝も1年目からサービスがうまくいけばいいですが、実際に突き抜けていくまで我慢できるかどうかでしょうね。

尾原:
インターネットビジネスの圧倒的にいいところが、コスト自体は非常に少ないこと。Airbnbは、ホテルを自分で1棟も所有していませんし、コロナ下においても開発を少し抑制するだけで耐えられるわけです。

入山:
Amazonもそうでしたし、Uberなども初期の段階からコアなファンがサービスについていて、ファンが一緒に踊ってくれたことでだんだん人が増えていき、ブレークした。数字上黒字を出そうと思えば出せるものの、そういう商売を目指していないため無理して出さなかった。大事なのは、このサービスを愛してくれる人たちがいることなんです。

島田:
テスラなども同様で、イーロンマスクのやっているクレイジーなことにお金をどんどんつぎ込む人たち、要するに踊る人たちがたくさんいるということがいかに大事かということです。ある意味、彼はクレイジーなことを言い続けないといけないというモードに入っている状況でしょうね。


今はパートナーを含めたマインドセットの転換点にある

島田:
いずれにせよ、東芝が今やろうとしていることは、それほど投資はいらない究極のライトアセットです。「スマートレシート」の例ですと、既にアセットはPOS端末などで回収していますし、それ自体から利益も上がっている状態にあるため、あまり負担なく進められます。言い方は別にして、東芝のなかにあって“さほど高級でない”技術やアセットを転換することで、新たな価値を作り出す。そんなものが日本の企業にはたくさんあると思っています。

尾原:
島田さんが基調講演で紹介されていた、自動車の設計場面で分散してシミュレーションが実施できるプラットフォーム「VenetDCP」あたりは、まさにコトを起こす場を自動車の製造の中に持ち込むという発想ですね。

島田:
私自身がシミュレーションの業界にいたので理解していますが、今はアメリカやヨーロッパのメーカーが幅を利かせています。これを逆手にとって、我々はシミュレーションをせずに、シミュレータをつなげることに特化しています。メーカーはシミュレータを売りたいがために、自分のビジネスを食ってしまうようなことはできませんが、メーカーではない我々ならできるわけです。また、我々は「VenetDCP」を使っていただくことで、日本のモデルベース設計の標準を世界標準に持っていきたいと考えています。プラットフォームよりも、皆がつながって仕事を進めていくことへの意識を高めていくことを目標にしています。

尾原:
ゲーム会社を例に挙げると、資源が限られていた昔と違い、今はコンピュータの性能が上がり、Unityなどのゲーム開発環境をうまく活用する時代です。できるだけ使いまわしていくことで、コンテンツの中身に特化できるようになり、結果としてゲーム会社が力を持つことになりました。シミュレータも同様に、GPU(Graphics Processing Unit)の性能が不十分で独自で工夫しなければいけなかったものが、クラウドサービスを含めて高速になった今、標準的な環境につなぎこんでいく方が効率の面でメリットが大きい。まさに転換点にあるわけです。

入山:
私自身ワクワクしていますが、一緒に組んでくれるパートナーたちのマインドセットの転換というのが相当重要になってくるのではないでしょうか。

島田:
非常に大切ですね。その考え方に変わっていかないと、今までの強みが弱みとして出てしまう。逆に、自分たちの弱みを強みに転換できる可能性が今あるわけです。海外に追いつくといった発想ではなく、ステージを変えていくという発想が必要です。経営のモデルについても選択と集中ではなく、全く違うモデルを編み出さないと世界では勝負できないと考えています。


プラットフォームに集まる人こそが重要に

入山:
今のような不確実性の時代には、ある程度多様性が重要だと考えています。GAFAが勝利したデジタル競争の第2回戦では、東芝を含めて日本企業にチャンスが広がっていますが、一方で、多くの共感してくれる仲間を集めていけるかどうかがビジネスの成功における最大のカギだと考えていますがいかがでしょうか。

島田:
プラットフォームとしてのスケールフリー・ネットワークを作る前に、人のスケールフリー・ネットワークを強化する必要があると認識しています。自社内だけでやっていてはダメなわけです。

尾原:
仲間集めをする時によく出てくるのが、“キラーコンテンツは何だ”という話題です。例えばiモードに携わっていた時に、着メロや待ち受け画面があそこまで流行るとは最初は誰も思っていませんでした。当初はスーパーハブパーソンを中心に別のユースケースでスタートしたものの、途中で新たなビジネスの可能性に気づいて方向を変えていくなかで新たなコンテンツ市場が生まれ、待ち受け画面だけで100憶円以上を売り上げる企業も登場しました。ある程度探索的につながっていくことで、本当のキラーユースケースが立ち上がってくるものだと実感しています。

島田:
私は人に言ってウケないものはやらない主義にしていて、面白いねと言ってくれる人が5人以上集まるものを進めていくようにしています。日本企業の中には自分たちの強みをアピールし過ぎてしまい、周りがしらけてしまうケースを時々見かけますが、それは何かが間違っていると思うのです。

入山:
多様性のある人たちがプラットフォームに集まっていれば、面白いコトが勝手に生まれてくるものです。

島田:
私自身はデジタルの中に没入させられるのは嫌なんです。やっぱり手触り感のあるものも大切にしたいので、双方をうまく生かしていきたい。どこまでがいいのかはカルチャーによってブレがあるため、あくまでもユーザー体験がどのようなものであるべきかというところが重要ではないかとも思っています。

尾原:
確かに、サイバー・フィジカルの場合は最後がフィジカルですからね。ちなみに、プラットフォームの特徴として、ローカルビジネスの方のプラスになることが現実的には多いものです。Airbnbの例で言うと、空き部屋のホストとゲストを仲介するプラットフォームにより、自分の家で民泊を提供する人はもちろん、近所の見どころをサジェスチョンすることで観光地が盛り上がるといった、ローカルビジネスを助けるものにもなっているわけです。また「スマートレシート」や「ifLink」といったプラットフォームがフリクションレスに何でも簡単につないであげることで、人はまた次に何かをやりたくなるのがデータビジネスの本質だったりします。

入山:
環境が整っていることで、何かを始めやすい状況ができるのもプラットフォームだからこそ。ある著述家の方がおっしゃっていたのが、PDCAの時代が終わって、もうPはいらないと。やりたいことはあるもののそれが絶対に当たるかどうかは分からない。そうであれば、やりたいというDo(実行)を起点としてトライアンドエラーを繰り返し、その後のCheck(評価)、Action(改善)を行い、そこからPlan(計画)を立てていくというDCAPサイクルが今の時代にマッチしていると語っています。下手をするとPそのものがいらないといった話も出てきているほどで、「ifLink」なんてまさにDoが容易に始められる仕組みだと考えています。

尾原:
もしDoから始めたとしても、チェックで可視化できることで、トライアンドエラーで早めに修正して大正解にたどり着くことができる点は重要です。また、ローカルプレイヤーが本当にロータッチのアナログ部分を使ったとしてもビジネス化できていくというところに大きな可能性を感じています。実は島田さんが紹介されていたなかで日本にとって一番ポテンシャルを感じているのは、工場設備の操作自動化に役立つあやつり制御システムです。後付けで古い装置も制御できるようになるため、実はものすごく生産性に寄与するはずで、ハードウェアRPAをパッケージにするプレイヤーが現れるのではないかと考えています。

島田:
そういったことも、プラットフォーム化してみんなが勝手に作れるようにしようと思っています。


デジタルの未来に向けたメッセージ

入山:
デジタル競争の第2回戦はサイバーtoフィジカルの時代で、サイバーだけでなくフィジカルも重要になり、モノだけでなくヒトのデータも扱われるようになっていきます。そうすると、日本企業はモノづくりの強みを新たに発揮できる可能性があり、おもてなしや現場でのサービス能力が高いという意味でも日本には大きなチャンスがあります。本日議論させていただいたように、課題は、今までとはちょっと違うことにどんどんチャレンジして、マインドセットを変えられるかどうかです。これだけ日本には素晴らしいアセットと技術と人材があるわけですから、それをうまく解き放って、世界でおもしろいビジネスができたらいいのではないかと思っていますので、ぜひ皆さん一緒に頑張りましょう。

尾原:
第2回戦で大事なことは二つあります。ひとつは今東芝が取り組んでいるようなサイバー・フィジカルの場にできるプラットフォームonプラットフォームや、その上でコンテンツやアプリケーションを提供するプレイヤーに大きなチャンスが出てくるということです。新しい場ができる時に、最初にリスクをとってどこが最上の一等地か分からなくても、見晴らしがいい場所に行くと次の一等地が見えやすくなり、そこから新しいプレイヤーが生まれてきます。もうひとつ大事なことは、スケールフリー・ネットワークで強みのあるところをレバレッジし、コミュニケーションの場を牛耳ることができると、日本戦だけじゃなくて世界戦もできるということです。「スマートレシート」も「ifLink」も「VenetDCP」も工場設備の操作自動化も、言語依存性がないので、日本戦ではなく世界戦と捉えてどう戦っていくかを考えていくことがすごく大事なのではないかと思います。

島田:
私としては、やはり「オープンにやってみましょう」という方向にマインドチェンジする壁を、我々や日本の人たちが乗り越えられるか、これをスケールさせることができるかどうかが、第2回戦の鍵になると思っています。皆さんと従来の考え方を払拭して第2回戦で勝利を収めたいと考えていますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。踊りますよ!入山さん、尾原さん、今日はありがとうございました。

執筆:てんとまる 酒井 洋和


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2020年11月現在のものです。

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