IoT時代のイノベーションデザイン(後編)

イノベーション、テクノロジー

2020年12月18日

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染拡大により社会や生活が大きく変化する中で、IoTのイノベーションの取り組みはどのような影響を受けるのだろうか。
IoTやAIを活用したイノベーションデザインの方法論を研究している北陸先端科学技術大学院大学(JAIST) 知識科学系 教授/東京サテライト長 内平直志氏によれば、知識科学の観点から見ると、「知識のデジタル化」が加速するという。知識のデジタル化とは何か、そして、デジタルイノベーションに向けて企業が取り組むべきこととは。本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。

左:北陸先端科学技術大学院大学(JAIST) 知識科学系 教授/東京サテライト長 内平 直志 氏
右:「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲


コロナ禍により加速する「知識のデジタル化」

福本:
未だに新型コロナの終息は見えていません。新型コロナはIoTやAIなどのデジタル技術によるイノベーションの取り組みにどのような影響を与えていくと思われますか。

内平:
いろいろな視点があると思いますが、知識科学という観点からすると、「知識のデジタル化」が加速することが最大のインパクトだと考えています。野中郁次郎先生が提唱した知識経営の時代には、日本企業は大部屋に皆が集まってワイガヤすることで良い製品を生み出していました。つまり大部屋方式が日本の強みだと言われていたのですが、コロナ禍では大部屋方式は三密の極致です。

福本:
仮想空間であればワイガヤは可能ですね。

内平:
その通りです。仮想空間であれば、やり取りの内容などを全てログに残すことができます。つまり今までは暗黙的だった人間の知識創造活動が、記録できるようになってくるわけです。ある企業では新型コロナを機に工場のデジタル化を加速させています。海外工場の設備メンテナンスの際、これまでは日本の技術者が現地対応していましたが、渡航できなくなった。しかし、デジタル技術を活用することで、現地工場のスタッフが映す画像を見ながら指示を出すというような、遠隔で対応できる仕組みを構築したのです。このやり取りはすべて動画で残せるため、再利用もできるようになります。知識のデジタル化が進むことで、工場のあり方も大きく変わっていきますし、農業なども大きく変わる可能性があります。


農業YouTuberが増えれば知識・ノウハウ継承が容易に

内平:
農業従事者の平均年齢は約65歳なので、知識・ノウハウの継承が課題になっています。そこで、若手の新規就農者にどうしているのかたずねると、先輩農家の方に教わる以外に、YouTubeを見て勉強していると答える人が結構多いんです。

福本:
言葉より映像のほうが分かりやすいという面がありますからね。

内平:
その背景には、先進的な農家がYouTubeに積極的に動画を上げていることがあります。何十万回も再生されている動画もあります。農業YouTuberが増えると、継承は更に容易になるでしょう。料理やヨガでも、YouTubeを手本にしている人は多いですよね。
農家の人たちも、10分ぐらいであれば見るのは苦にならないと言っていました。農業YouTuberがどんどん出てくるのは喜ばしい限りですが、問題なのは動画を作るには結構コストがかかるということです。それをデジタル技術で支援できるような仕組みを提供したいと考えています。JAISTでは、動画の中の良いシーンだけを自動的に抽出する映像処理技術の研究も行っています。また、私の研究室では農家の作業中の気づきを音声で記録・認識・活用する音声つぶやきシステムの研究を行っています。こういった技術を使えば撮影した動画と気づきの音声をYouTube用に自動編集することも可能になるでしょう。


IoTイノベーションやDXを推進しない企業は取り残される

福本:
新型コロナ以前からIoTイノベーションやDXに取り組んでいた企業やコロナ禍により積極的に取り組み始めた企業、相変わらず既存のビジネスの延長線上の効率化の取り組みでとどまっている企業、さらにそれすらもやらない企業もあります。このままだとますます差が広がっていくような気がしています。

内平:
コロナ禍でテレワークが一気に進んだり、印鑑廃止の動きなどが起きています。できないと思いこんでいたことが、案外できるのではないかという意識に変わったと思います。それと同じで、これまで無理だと思っていた企業が、IoTイノベーションやDXに取り組み始める可能性があります。もちろん、それでも無理だと思い続ける企業はどんどん取り残されていくでしょう。

福本:
日本の企業の多くは、DXの目的としてまずコスト削減を挙げています。これは新型コロナ後も変わらずで、新しいビジネスモデルを作っていこうという気概のある企業がなかなか出てきません。

内平:
新しいビジネスモデルや新しい価値が生み出される場所が、フィジカルからサイバーに変わりつつあるという感覚が無い企業は、コロナ禍に関係なく変わらないと思います。変革の渦中にいるということが分からないのかもしれませんが。
DXがうまくいかない理由として、トップと現場との認識のギャップがあると先ほど述べましたが、実はもう一つうまくいかない理由があります。それはさまざまなデータが取得できるようになったことで、価値のシフトが起こっているということです。例えば、メーカーがマンションにエレベーターを入れた場合、メーカーの関連企業のメンテナンス会社が管理すれば細かい情報があるので最適なメンテナンスができます。しかし、マンションのオーナーなど顧客側にそのデータを開示すると、他社でもメンテナンスができるようになり、価格が高いからなどの理由で乗り替えられてしまうこともあります。メーカーとしての価値が顧客側にシフトしてしまうのです。ビジネスのフレームワーク自体を大きく変えるものに対しては、非常に抵抗感が大きい。そういうことも、DX推進を阻んでいる要因だと感じています。

福本:
確かに、従来のビジネスを否定するような構造改革は難しいですね。

内平:
DXに取り組みたいけれど、どうすればよいか分からないという企業に対して、私は「GAFAのようなデジタルネイティブ会社だったら、あなたの業界でどんなふうに、どんなことをやり始めるか、そういう視点で考えたらどうですか」とアドバイスしています。守る側ではなく攻める側に立って考えるのです。


トップとボトムのコラボレーションスピードがカギ

福本:
改めてIoT時代のイノベーションデザインの取り組みのポイントについてまとめていただけますか。

内平:
知識のデジタル化が加速し、大企業だけではなく、中堅・中小企業でもデジタルイノベーションを起こせるようになりましたが、そのためには対話ツールや、IoTのイノベーションデザインの手法が必要で、それはDXの一番の課題であるさまざまなレイヤーのトップ・ボトムのステークホルダー間の認識ギャップの解消に役立ちます。ぜひ、活用していただければと思います。

福本:
トップの重要性の話がありましたが、これまでボトムアップ一辺倒だった日本企業が、明日からトップダウンでといっても、できるわけがありません。そういう企業はどうすればよいのでしょうか。

内平:
中堅・中小企業の場合、トップが明確なビジョンとITリテラシーの両方を持つことが重要になると話しましたが、これは大企業でも同じだと思います。特に大企業の場合には上から下まで相当な距離があるため、ビジョンとITリテラシーのある人が全てを進められるわけではありません。そこで必要になるのが、対話です。100年に一度の変革に対して、対話によって方向性を合わせていくことが重要で、難しいところだと思います。

福本:
デジタル化以前から、日本の経営者は意思決定が遅いとよくいわれます。

内平:
経営者の意思決定だけの問題ではありません。デジタル化によって、トップとボトムが相当なスピードでコラボレーションすることが求められているのだと思います。極端な話、トップが朝言ったことを、夕方までに実行するというような、そんなスピード感覚がこれからは求められていく。そのためにもトップとボトムがコラボレーションのスピードをどう短縮していくか、だからこそ、そこに仕掛けが必要になると思うのです。


東芝に期待するデジタルイノベーション推進の仕組み・プラットフォームづくり

福本:
最後に東芝デジタルソリューションズへの期待をお聞かせください。

内平:
東芝デジタルソリューションズは、一般的なITベンダとは異なる立ち位置にいる思うのです。例えば電力メーカーにシステムを納めるだけではなく、オペレーションまで含めてサービス提供されています。つまり半分ユーザーのような立場だということです。だからこそ、デジタルイノベーションを推進できる様々な仕組みを作っていくことを期待しています。もう一つは、IoTサービスの開発・運用のプラットフォームに加え、上流のデザイン思考や価値の創出までをトータルにサポートする、パートナー企業も使える仕組みを構築してもらいたい。そしてその仕組みから我々が開発している方法論、IoTのイノベーションデザイン手法につなげていただけるとうれしいですね。そうするとどんどん事例が蓄積され、多くの企業のDX推進の参考になると思うのです。


内平 直志 氏
北陸先端科学技術大学院大学
知識マネジメント領域 教授

東京工業大学博士(工学)、北陸先端科学技術大学院大学博士(知識科学)。
株式会社東芝 研究開発センター次長、技監を経て、2013年よりJAISTに着任。
日本MOT学会理事、研究・イノベーション学会総務理事。
専門はソフトウェア工学、サービス科学、イノベーションマネジメント。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2020年12月現在のものです。

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