高効率・低コスト・高信頼性タンデム型太陽電池の実現に向け
透過型Cu2O太陽電池の世界最高発電効率を更新

-将来の無充電EVなど、カーボンニュートラル社会の実現に向けて課題となる「運輸の電動化」に貢献-

2022年9月27日
株式会社東芝

概要

当社は、高効率・低コスト・高信頼性タンデム型太陽電池の実現に向けて、キーデバイスとなるトップセルとして開発中の透過型亜酸化銅(Cu2O)太陽電池において、世界最高の発電効率を更新し、発電効率9.5%を達成しました(*1)。発電面積(セルサイズ)を、当社が昨年12月に公表した3mm角から10mm×3㎜に拡大することで実現したもので、当社が持つ世界最高の発電効率8.4%(*2)を1.1ポイント向上させることに成功しました。
タンデム型太陽電池は、2つの太陽電池(セル)をボトムセルとトップセルとして重ね合わせ両方のセルで発電することにより、全体としての発電効率を上げます(図1)。本透過型Cu2O太陽電池を発電効率25%の高効率シリコン(Si)太陽電池に積層するCu2O/Siタンデム型太陽電池は、全体の発電効率として28.5%と試算することができます。さらに、電気自動車(EV)に搭載した場合の充電なしの航続距離は1日あたり約37kmと試算できます。
また、当社は、タンデム型太陽電池の効率的な量産化に向け、透過型Cu2O太陽電池のさらなる大型化の開発に着手しています。今般、セルサイズ10mm×3㎜まで拡大しましたが、今後セルサイズを段階的に大きくし、最終的には、市販されているSi太陽電池と同サイズの数インチ級のセル製造技術を確立し、量産化を目指します。
タンデム型太陽電池の実現は限られた設置面積で供給できる電力を増やし、カーボンニュートラル社会の実現に向け無充電EVや電車といった「運輸の電動化」に貢献します。さらに、成層圏通信プラットフォーム(High Altitude Platform Station: HAPS)を含め広くモビリティへの適用も可能です。
当社は、本技術の成果を、10月に開催される国際展示会CEATEC 2022(幕張メッセ会場での展示は10月18日~21日、オンライン会場での展示は10月18日~31日)に出展します。また、11月13日~17日に名古屋国際会議場で開催される太陽電池国際会議PVSEC-33(The 33rd International Photovoltaic Science and Engineering Conference)で発表します。

図1:Cu2O/Siタンデム型太陽電池(4端子)の模式図

開発の背景

経済産業省から2020年度に発表された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(*3)では、我が国の発電量に占める再生可能エネルギーの比率を、2018年の17.4%から2050年には50~60%まで増やすことが宣言されました。本成長戦略では、再生可能エネルギーの主電源化や運輸の電動化の推進が挙げられており、太陽電池を活用する製品・機会・場所が大きく拡大することが期待されます。特に、運輸の電動化の推進においては、太陽電池を搭載可能な設置面積が限られる自動車や電車といったモビリティシステムにも、稼働に必要な電力を供給できるタンデム型太陽電池の必要性が増すと予想されています。当社では、充電なしで走行できる電気自動車(EV)実現など、カーボンニュートラル社会の実現に貢献するために、高効率・低コスト・高信頼性を有するタンデム型太陽電池の開発を推進しています。

タンデム型太陽電池においては、代表的なものとして、ガリウムヒ素半導体(GaAs)などⅢ-V族太陽電池(*4)を用いたものと、ペロブスカイトを用いたものの2種類が報告されています。Ⅲ-V族系タンデムは製造コストがSi単体の太陽電池と比べて数百倍~数千倍と高く、幅広い製品に適用するには大幅な低コスト化が必要です。また、ペロブスカイト系タンデムについては、Si単体の信頼性(出力保障期間20年以上)と比べてペロブスカイトの信頼性がまだ十分ではなく、タンデム化に向けて大幅な信頼性の向上が課題となっています。
当社が開発を進める透過型Cu2O太陽電池は、低コスト・高信頼性を実現するとともに、高効率な発電が期待できます。透過型Cu2O太陽電池は、地球上に豊富に存在する銅と酸素の化合物であるCu2Oを主な材料とし、Ⅲ-V族半導体と比べて、基板(ガラス)、原材料(主に銅と酸素)、製造装置(半導体や液晶で用いられるスパッタ装置)はいずれも安価で、大幅な低コスト化が期待できます。また、透過型Cu2O太陽電池は硬く丈夫であり、水に溶けない材料であるため、湿気にも強く、封止等の保護処理をしていない状態で、実験室の大気に触れる室内環境で1年経過しても発電効率や透過率に変化がなく(図2)、信頼性に関して高いポテンシャルがあります。さらに、透過型Cu2O太陽電池は波長600nm以下の緑・青・紫外光などの短波長光を吸収して効率よく発電し、同波長以上の赤・近赤外光などの長波長光を高透過させます。長波長光で高効率に発電するSi太陽電池をボトムセルに用いることで、全体として、短波長から長波長まで幅広い波長の光をエネルギーに変換し、高効率な発電を実現します。

これらの特長から、Cu2O/Siタンデム型太陽電池は、限られた設置面積でも必要な電力を供給できる、高効率・低コスト・高信頼性の太陽電池として期待されています。当社は、実用化に向けて必要とされるCu2O/Siタンデム型太陽電池の発電効率を30%と設定しています。この実現に向けて必要なトップセルの透過型Cu2O太陽電池の発電効率は10%と試算しており、開発を進めてきました(*5)。また、実用化には不可欠となる効率的な量産化技術にも着手し、ボトムセルとなるSi太陽電池と同サイズの数インチ級のCu2Oセル製造技術の確立を目指しています。

図2:透過型Cu2O太陽電池の信頼性に関するポテンシャル(左図は効率、右図は透過率)

本技術の特長

当社は、Cu2O/Siタンデム型太陽電池の実用化に向け、セルサイズを拡大することによりトップセルの透過型Cu2O太陽電池の発電効率の向上させることに成功しました。また合わせて、量産化に向けてさらに大型化したセルサイズの試作に成功しました。
発電効率の向上においては、今般、発電効率の低下要因の1つである、発電セル内のCu2O発電層壁面でのキャリア再結合を抑制することで、昨年12月に公表した発電効率8.4%(*2)から1.1ポイント上回る、世界最高効率9.5%を達成しました(図3)。
Cu2O発電層は、将来の量産製造を視野に、半導体や液晶の製造などで用いられるスパッタ装置を用い、大面積に拡張可能な反応性スパッタ法で薄膜形成しており、個々の結晶粒が発電層膜厚を貫通する数ミクロンサイズの大きさを持ち、それら結晶粒が横に並んだ多結晶薄膜で構成されます。光で生じたキャリア(光キャリア)は縦方向(膜厚方向)に拡散して、プラスキャリア(正孔)は裏面透明電極から外に取り出し、マイナスキャリア(電子)はn層を介して表面透明電極から外に取り出すことで、発電の出力を得ることができます。この光キャリアは、発電層内の縦方向だけでなく、横方向にも拡散します。当社では、これまでにCu2O発電層中の不純物を最小化する成膜技術を開発(*2)しており、光キャリアが発電層の横方向に拡散する距離(キャリア拡散長)は、少なく見積もっても結晶粒の10倍以上長い数十μm以上と推測され、セル壁面まで拡散して光キャリアの再結合が起き光キャリアの数が減少するため、これが効率低下の要因の1つになっていました。
今般当社は、この光キャリア再結合の抑制には、セルサイズの拡大が効果的であることを突き止め、発電セルの面積を従来の3mm角から10mm×3mmに拡大したところ、セル壁面で再結合する光キャリアが相対的に減少し、光電流(短絡電流Jsc)が約1割増えて、発電効率を9.5%まで改善させることに成功しました(図4)。セルサイズの拡大が発電効率の向上に繋がるというCu2Oの特徴は、Cu2O太陽電池の大型化に有利な特性です。今般の成果は、当社が目標としている10%まで、0.5ポイントに迫る効率です。なお、本成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業の結果として得られたものです。
今般開発した発電効率9.5%の透過型Cu2Oをトップセルに、25%の高効率Si太陽電池をボトムセルに適用したCu2Oタンデムの発電効率を見積ると、発電効率28.5%と試算できます。この予測値は、Si太陽電池の世界最高効率26.7%(*6)を大きく上回り、より高効率のGaAs太陽電池の世界最高効率29.1%に迫る高い発電効率です。
さらに、量産化を見据えた透過型Cu2O太陽電池のセルサイズの大型化において、当社は、大面積基板に成膜可能な大型スパッタ装置を導入することで、昨年12月に公表した3mm角のセル(*2)と比べて約180倍の発電面積を持つ40mm角のセルを試作しました(図5)。10mm×3mm以上のサイズに大型化してかつ高効率を実現するには、Cu2O材料固有の性質である大きなキャリア拡散長に加えて、Cu2Oを大面積に均一成膜する薄膜形成技術が重要です。当社は、大型スパッタ装置でCu2Oの大面積均一成膜技術開発に取り組み、40mm角セルの発電効率として、小型の透過型Cu2O太陽電池と比べて効率低下が少ない、8%前後の高い値を達成しました。当社は、さらに大型化した透過型Cu2O太陽電池(125mm×40mmを3枚連結した配線無しのモック)を、CEATEC 2022にて参考展示を行う予定です。

図3:発電効率9.5%の透過型Cu2O 太陽電池セル

図4:セルサイズを拡大した場合の光キャリアの動き(上面から見たセル)

図5:試作した40mm角の透過型Cu2O太陽電池セル

本技術をEVに適用した場合の充電なし航続距離の試算

国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、太陽光発電システム搭載自動車検討委員会の中間報告書で、高効率太陽電池を搭載した自動車(EV、PHV、HEV)で年間充電回数ゼロの達成を試算しています(*7)。本試算方法を参考に当社は、Cu2O/Siタンデム型太陽電池をEVに搭載した場合(図6)の、充電なしの航続距離を簡易的に試算しました。
Cu2O/Siタンデム型太陽電池の発電効率をそれぞれ試算効率28.5%、目標効率30%、理論最大効率42.3%とし、車載設置面積を3.33m2と仮定して、EVの電費にNEDO試算で使用された2030年想定値12.5km/kWhを用いると、充電なしの1日の航続距離は約37km、39km、55kmと試算されました。
これは、1日、太陽電池でEVに搭載した蓄電池を充電することで、近距離ユーザーの1日の航続距離をカバーするといわれる30km超の無充電走行が可能になることを示しています。さらに重要な点は、近距離ユーザーにとっては実質的に自宅などに充電設備を保有することが不要となることです。また長距離ユーザーにとっても太陽電池により30km超の充電が補充されるため、充電設備での充電量や回数を削減することができます。
EVへのCu2O/Siタンデム型太陽電池の適用は、高効率・低コスト・高信頼性の特長を生かして経済的かつ小設置面積でも高出力を実現し、カーボンニュートラル社会の実現に向けた課題の1つである「運輸の電動化」に貢献するものと期待されます。

図6:EVへのCu2O/Siタンデム型太陽電池搭載イメージ

今後の展望

今後、当社は、透過型Cu2O太陽電池のさらなる高効率化とともに、現在普及しているSi太陽電池と同サイズの数インチ級のCu2Oセル製造技術の開発により、東芝エネルギーシステムズ株式会社と共同で量産化に向けた技術開発を推進します。2025年度の実用化を目指し、高効率・低コスト・高信頼性でかつ実用サイズの4端子Cu2O/Siタンデム型太陽電池製造技術を構築し、EVをはじめとするモビリティへの適用を目指します。


*1 当社調べ。2022年9月時点。
*2 https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/21/2112-03.html
  Appl. Phys. Lett. 119, 242102 (2021) https://doi.org/10.1063/5.0072310
*3 https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012.html
*4 III族元素(ガリウム、アルミニウム、インジウム等)と、V族元素(ヒ素、リン、窒素等)で構成される化合物半導体を用いた太陽電池。
*5 理論最大効率は、Cu2O/Siタンデム型太陽電池で42.3%、透過型Cu2O太陽電池単体で19%。
*6 2022年9月時点でのSi太陽電池の世界最高効率。Nature Energy 2, 17032 (2017).
*7 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の、太陽光発電システム搭載自動車検討委員会の中間報告書(https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100909.html)を参考に試算。