概要
当社は、再生可能エネルギー(以下、再エネ)アグリゲーション向けに電力市場取引における事業者の戦略的取引を支援する「電力市場取引戦略AI」を開発しました。本AIは、太陽光や風力などの再エネ電源を束ねて電力市場で取り引きする再エネアグリゲーターに対して、電力の需要量と供給量の差分であるインバランス(*1)の発生を回避し、併せて市場取引による収益確保を目指した戦略的取引の意思決定を支援します。本AIは、変動の大きい再エネの安定的な供給を可能とすることで再エネの主力電源化を促進し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献します。
なお、本AIは、東芝ネクストクラフトベルケ株式会社および東芝エネルギーシステムズ株式会社が参加する経済産業省の再エネアグリゲーション実証事業(*2)において、12月1日から開始した実証実験で活用されています(*3)。
開発の背景
世界規模でカーボンニュートラル社会の実現に向けた取り組みが加速する中、国内では固定価格買取制度であるFIT(Feed-in-Tariff)制度から、固定価格ではなく、卸市場などにおいて市場価格で売電したとき、その価格に対して一定のプレミアム(補助額)を上乗せするFIP(Feed-in-Premium)制度が2022年度に導入される予定です(*4)。FIP制度の活用にあたり、電力市場取引では、再エネ発電事業者が発電量の変動によるインバランスリスクと市場での価格変動などのマーケットリスクを管理して収益を確保するニーズが高まってきます。
収益の確保には、複数の小規模再エネ発電事業者による再エネ電源を束ね、電力市場における最適な売電計画を実行する再エネアグリゲーターの役割が不可欠です。エネルギーリソースアグリゲーション事業の市場規模は現在の約44億円から、2030年には約730億円まで拡大すると予想されています(*5)。アグリゲーターにとって、天候に左右される再エネ発電量と電力需給バランスに左右される市場価格の双方を考慮した上で、インバランスを回避し収益を確保する複雑な市場取引を直感や経験に基づき行うことは困難です。再エネ発電量の高精度な予測技術とインバランスを回避し収益を確保するための最適な戦略的取引を実現するAI技術が必要とされています。
本技術の特長
そこで当社は、インバランスの回避と収益確保の両方を実現する独自のアルゴリズムにより、アグリゲーターの戦略的取引を支援する「電力市場取引戦略AI」を開発しました。本AIは、当社独自の高精度な予測技術を用いた再エネ発電量の予測と市場価格の予測に基づき、各アグリゲーターの戦略的取引を収益最大化の観点で最適化します。
今般開発したアルゴリズムは、日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場と時間前市場に対して、実需給前日のスポット市場入札のタイミングで両市場への売り入札量の最適な割合を算出します。これによりアグリゲーターは、算出された結果に基づいて両市場への売り入札量の割合を変更する戦略的取引の意思決定を行うことが可能となります。
本AIの特長は、以下の2点です。ひとつは、太陽光発電予測技術コンテストでグランプリを受賞するなど極めて高い評価を受けている当社独自の予測技術(*6)です。もうひとつは、高精度な予測データや過去データから多数の将来シナリオパターンを自動生成し、考慮すべき複数のリスクを条件に最適化問題としてモデル化した新たなアルゴリズムです。
具体的には、発電量と市場価格をそれぞれ予測した上で、双方の変動の組み合わせによって発生する取引機会損失などのマーケットリスクやインバランスなどのリスクを算定します。マーケットリスクは金融分野で用いられるリスク尺度の一つであるCVaR(*7)で評価し、インバランスリスクを制約条件として最適解を導き出します。CVaRによるリスク評価は、当日の各予測データと過去の予測値・実績値で構成される過去データから、当日発生しうるパターンを多数生成した上で、これらのパターンを組み合わせたシナリオを用いて計算式で表します。本AIは、このリスク評価に基づき、スポット市場と時間前市場における収益を最大化する売り入札量の割合を決定します。本AIにより、従来は困難だったリスクを考慮した取引戦略の提示に成功しました。
今後の展望
当社は今後、東芝ネクストクラフトベルケ株式会社および東芝エネルギーシステムズ株式会社が参加する再エネアグリゲーションの実証実験を通じて、「電力市場取引戦略AI」の実需給前日のスポット市場入札のタイミングにおけるスポット市場と時間前市場での戦略的取引の有効性を検証します。さらに、今後市場の活性化が想定される当日の時間前市場での取引や、容量市場・需給調整市場に対応した戦略的取引を目的とした機能の拡張を目指します。当社は、再エネアグリゲーターへの包括的な支援を通して、再エネの主力電源化の促進に寄与し、長期的な電力の安定供給への貢献を目指します。
*1 再エネ発電量が計画値から外れてインバランスが大きくなると、供給する電力の品質低下や停電などの要因となる可能性がある。また、インバランスによる調整コストとしてインバランス料金を支払う必要がある。
*2 正式名称は、「令和3年度 蓄電池等の分散型エネルギーリソースを活用した次世代技術構築実証事業費補助金(再生可能エネルギー発電等のアグリゲーション技術実証事業のうち再生可能エネルギーアグリゲーション実証事業)」。
*3 再生可能エネルギーアグリゲーション実証実験開始のお知らせ(https://www.toshiba-energy.com/info/info2021_1201.htm)
*4 FIT制度は再エネ導入初期における普及拡大とコストダウンを目的に2012年に導入された。再エネ事業者が発電した電力について、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることが約束されている。これにより、いつ発電しても収益が変わらず、電力の市場価格が高い需要のピーク時に供給量を増やすといったインセンティブが働かないといった課題があった。2022年度に新たに導入されるFIP制度は、FIT制度により再エネ導入の初期目標を達成したことを踏まえ、再エネを競争電源に位置づけ、再エネの主力電源化に向けたステップとなる。電力需要のピーク時に一定のプレミアムが上乗せされ、収入が市場価格に連動するため、発電事業者に対して蓄電池の活用などで供給量を増やすインセンティブを促す目的とされる。(「FIT制度の抜本見直しと再生可能エネルギー政策の再構築」,資源エネルギー庁,2019.4.22を基に記載)
*5 マーケットレポート「2019 エネルギーリソースアグリゲーションビジネスの現状と将来展望」,矢野経済研究所
*6 2019年電力会社主催の太陽光発電量予測技術コンテストでグランプリを受賞(https://www.hepco.co.jp/info/2019/1241221_1803.html)。
*7 Conditional Value at Riskの略称。期待ショートフォールとも呼ばれ、金融分野で用いられるリスク尺度の一種。