世界で初めて光集積回路化により小型化した量子暗号通信システムの開発・実証に成功

-プラントや工場間の機密データ通信への適用を目指す-

2021年10月22日
株式会社東芝

概要

当社は、量子暗号通信システムの主要構成機能である、量子暗号鍵の「送信」、「受信」とそのための「乱数発生」について、従来の光学部品による実装に替えて光集積回路化した「量子送信チップ」、「量子受信チップ」、「量子乱数発生チップ」を開発し、これらを実装した世界初(*1)の「チップベース量子暗号通信システム」の実証に成功しました。

本システムは、光集積回路を用いることで、多くの光学部品を複雑に組み合わせて構成していた従来のシステムと比較し、小型化を実現しました。光集積回路は標準的な半導体製造技術を用いて量産できるため、大規模な量子暗号通信システムだけではなく、より多くのシステムの構築が可能となります。これにより、大規模なシステム構築が必要な金融分野や医療分野に限らず、社会インフラ関連のプラントのIoT機器によるモニタリングや、工場間での設計・製造データの共有における産業情報の秘匿化といった領域まで、量子暗号通信の適用範囲を拡大することが見込めます。当社グループは、本成果の2024年の実用化に向けて研究開発を進め、安心して情報をやり取りできる情報社会の構築に貢献してまいります。

本成果の詳細は、10月21日に発行された、国際学術誌Nature Photonicsに掲載されました(*2)。なお、本成果の一部は、英国政府のIndustrial Strategy Challenge Fundを通じてInnovateUK共同研究開発プロジェクトAQuaSeC(*3)の支援を受けています。

開発の背景

将来のスーパーコンピュータや量子コンピュータによって、現在広く利用されている暗号通信における暗号鍵が解読される可能性が指摘されています。量子暗号通信は、通信中の暗号鍵の盗聴を検出できることが理論的に保障されています。盗聴を検出した際、その暗号鍵を無効にし、新たな暗号鍵を発行することで、盗聴されることのない安全な通信を実現します。
量子暗号通信は、量子コンピュータ時代における脅威に備えた新たな安全対策として世の中に広く普及することが期待されており、その関連市場は、2035年度には約200億米ドル(約2.1兆円)と見込まれています(*4)。
量子暗号通信の活用を、社会インフラやプラントのIoT機器によるモニタリングや工場間での設計・製造データの共有における産業情報の秘匿化の領域まで拡大させるには、システムの小型化、軽量化、低消費電力化を実現することが不可欠です。一方で、現在製品化されている量子暗号通信システムは、レーザーやビームスプリッタといった光学部品で実装した複雑な光回路で構成しており、小型化、軽量化、低消費電力化には限界がありました。

本技術の特長

そこで当社は、東芝欧州社ケンブリッジ研究所において、量子暗号通信システムの主要な機能をチップ化し、これらを用いてリアルタイムの暗号化通信を可能とする世界初の「チップベース量子暗号通信システム」を開発し、実証に成功しました(図1)。量子暗号通信は、微弱な光信号の位相で表現された量子ビットによって配送される暗号鍵を用い、データを暗号化して通信します。今般開発したシステムは、これらの量子ビットを送信する「量子送信器」、受け取る「量子受信器」、および暗号鍵を用意するために必要な一様性の高い乱数を発生する「量子乱数発生器」をチップ化しました(図2)。試作したチップの大きさは、量子送信チップが2x6 mm、量子受信チップが8x8 mm、量子乱数発生チップが2x6 mmと小型で、標準的な半導体製造技術を用いて1枚のウェハ上に数百のチップを一度に製造することで、量産することが可能です。当社はこれらの3つのチップを用いて、50 kmの光ファイバによる長距離の暗号鍵配送を実証しました。また、生成した暗号鍵を市販の100 Gb/sの暗号化機器に配送することで、データを暗号化し、リアルタイムに暗号通信を行うことに成功しました。都市内通信を想定した10 kmの光ファイバを用いた実験では、暗号鍵の生成速度は5.5日間の連続動作の平均値で470 kbpsに達し、これはビデオ通話での活用が可能なレベルです。今般試作したシステムは、標準的な通信インフラに実装できる、1Uサイズのラックマウントモジュールに収まる大きさに実装しており(図2)、光学部品で構成された従来のシステムより、小型・軽量化および低消費電力化を実現しています。

図1: チップベース量子暗号通信システムの概要

図2: 試作した光集積回路と「チップベース量子暗号通信システム」
(上段左から、量子送信チップ、量子受信チップ、量子乱数発生チップ
下段、「チップベース量子暗号通信システム」)

図3: 東芝欧州社ケンブリッジ研究所における開発の様子

今後の展望

当社グループは、本成果の2024年の実用化に向けて、研究開発を進めてまいります。また、本成果を含む技術をベースに、量子コンピュータ時代にも安全な通信を実現するプラットフォームを構築することを目指し、量子セキュリティの普及と、当社グループの量子ビジネスの早期拡大を図ります。


*1 量子暗号通信に必要な量子送信チップ、量子受信チップ、量子乱数発生チップの3つの光集積回路を用いて量子暗号鍵配送システムを実装したことが世界初。2020年12月論文投稿時点。

*2 国際学術誌であるNature Photonicsには、最高品質のフォトニクス技術関連の研究論文が掲載される。Nature誌は、フォトニクスを含む幅広い分野の論文が掲載されるが、Nature Photonicsはフォトニクス関連技術専門の学術誌。本成果についての研究論文:https://www.nature.com/articles/s41566-021-00873-0

*3 Agile Quantum Safe Communications: 東芝欧州社が15機関を取りまとめ、光集積回路による量子暗号通信システムを試作・検証し、ユーザにその利点を示す英国のプロジェクト
https://gtr.ukri.org/projects?ref=104615

*4 調査会社他の短・中期市場予測を基に当社で独自に長期予測。
https://www.global.toshiba/jp/news/corporate/2020/10/pr1901.html