社員データを活かした人的資本経営の実現 ~ひとりひとりが歩んできた軌跡を企業価値にする方法~


講師:東芝デジタルソリューションズ株式会社
   ICTデジタルソリューション事業部
   HRMソリューション部
   HRMソリューション技術担当 参事 萬 大祐

日本の人事部主催「HRカンファレンス2022春」にて登壇させていただいた講演のレポートです。

企業環境の変化が加速し多様化する働き方に合わせた経営を実現するため、人材戦略の重要性が増しています。特に人材投資への企業姿勢が投資家からも問われる時代になってきており、人材情報の見える化の推進が必要になってきています。本講演レポートでは、人的資本経営の実現をするために重要である「人材情報の見える化」や「従業員データの活用方法」について、当社の最新事例を交えながら分かりやすくご説明させていただきます。

1.国内企業を取り巻く環境


今はVUCA時代。変化が早く、不確実で予測が難しい時代だと言われます。新型コロナウイルスの感染拡大、ウクライナ危機や円安など、これまで当然と思っていた環境が急に変わってしまう、そんな環境の中に私たちはいます。

一方で、雇用を取り巻く状況も大きく変わっています。まず、個人の価値観が変化してきました。キーワードで言うとウェルビーイング、1人ひとり感じる対象も感じ方も異なる満足感や達成感といったことを重視する傾向が強くなっています。テレワークやフリーアドレスのオフィス、副業解禁、年功序列の崩壊などの変化も今、同時に起こっており、これまでの雇用の形が変わろうとしています。

従来の日本の雇用形態は新卒採用が基本で、採用した人材が企業の組織の中で色々と異動するなどして経験をつみ成長していくというものでした。メンバーシップ型雇用とも呼ばれます。経済産業省 産業人事政策室発行の経営戦略と人材戦略の人材版伊藤レポート※によると、これが組織外との柔軟なメンバーの出入りが常態となる雇用形態に変わっていくと予想されています。変化に素早く対応するためには、こういった人の出入りが必要になるというわけです。職務内容を定義し、その職務に適したスキルや経験をもった人を採用するジョブ型雇用に変わっていくという言葉で説明されることもあります。

それを行うために必要なのが企業の戦略であり、戦略に紐づいた人事戦略です。これは人事部門だけでできる話ではありません。部門横断で連携して取り組んでいくために、人材データやデータに基づいた戦略が必要になります。また人事戦略は、企業の成長や持続性に深く関わる情報ですから、外部へ発信してくことも必要です。それが企業を評価するための重要な情報となってきたからです。令和元年6月21日の成長戦略フォローアップの閣議決定の中でも、「人的投資情報の“見える化“の推進」が採択されました。2018年にはISO30414という情報開示の国際規格も制定されています。これらはジョブ型雇用を前提にしないと実現しにくい取り組みでもあるため、日本企業には難しいのではないかという議論もあります。しかしそれでも、情報開示の動きは留めることができるものではないでしょう。そんな状況の中で、いかに人材データの活用を進めていくのかということが、今の大きな取り組み課題になります。

★★このように、既に多くの企業で様々な取り組みを行っています。残業時間が大幅に減った企業がニュースになるなど、具体的な変化も起き始めています。
しかし、従業員の7割弱は「働き方改革が進んでいるとは実感していない(※)」という実態があります。これはなぜでしょうか。一体何を考えなければいけないのでしょうか。

そのお話をさせていただく前に、もう1つのテーマ、「タレントマネジメント」の現状と課題を整理したいと思います。

タレントマネジメントの現状


タレントマネジメントが人事の焦点の1つになっている背景には、労働人口の減少に加え、技術や方法論の変化と、そのスピードの速さがあります。
例えば最近、HRテックやFinテック、Edテックなどの新しい用語が生まれているように、新しい技術を駆使して、社会に革新を起こす可能性をもった仕組みが次々に登場しています。それに、「誰が対応できるのか」が大きな課題になります。対応できる人材がいるのかいないのか、それは誰なのか、いない場合はどうするのか。人材という貴重な戦力を効率的に活かしていくにはどうすればいいのか。
この課題に対処するための仕組みや考え方が、タレントマネジメントです。

その際、ツールとしてタレントマネジメントソリューションを導入するなどの投資を伴うことが多いため、せっかくなら様々なことができるほうがいい、として多くの目的を設定することがあります。
それは、悪いことではないのですが、タレントマネジメントの成果をあげるために最も重要なのは、本当にしたいこと=目的が明確にされていることです。これができていないため、途中で取り組みを辞めてしまったというケースが、実際に、本当に多いのです。例えば、何か役員から要望をうけても、それに応えるためにはタレントマネジメントソリューションで収集した情報だけでは不足で、人事が手動で、ほぼ今まで通りの手間をかけて資料を作らなければならない状況が続いたとしたら、「システムの維持に、これだけのお金をかける必要はあるのか」、という結論になってしまうでしょう。
ですから、弊社のようなタレントマネジメントソリューションを提供している企業は、システムを使い続けていただけるために、この目的の部分の検討に、特に力を入れます。例えば、「人材育成の効率を向上させたい」ということが目的であれば、育成とは何を指すのか。育成のベースとなるキャリアマップなどが定義されているかなどを確認します。「目標管理を徹底させたい」のであれば、単に設定した目標を収集するだけでは、意味がないはずですので、目標管理のプロセスや成果をうけて、何を、どのような方法でフィードバックするのか等、その情報の使い方を事前に検討をします。

タレントマネジメントの成否に大きな影響を与えるのは、導入前の事前検討なのです。私たちは、この事前検討には4つの検討ステップがあると考えています。
1つめは、先に申し上げた「目的の明確化」です。そして2つめは、収集した人材情報を「使う人、見せる人の明確化」をすることです。経営者や人事だけでなく、事業部門の人材情報を活用してもらうことを考える場合は、開示する情報の範囲を決めたり、場合によっては感情的な抵抗に対する配慮をしておくことが必要です。
3つ目は、「管理項目の確定、管理軸が統一」です。タレントマネジメントの目的によっては、管理すべき項目が異なりますので、それを確定すること。そして、評価のグレードが異なっていたり、評価の重みづけが違っている、そんな現状があるかどうかを洗い出し、対応を明らかにしておくことです。
そして4つ目、管理する情報は更新されていかないと、結局使えないものになってしまいます。「更新するプロセス」を明確化することも大事です。それらの事前検討を経て、情報の収集に取り組んでいくというのが、基本の進め方です。

働き方改革が、様々な人材が心身ともに健康で働くことができるためのベースであるとしたら、タレントマネジメントはその力を最大に活かすための仕組みです。タレントマネジメントが登場した当初は、選抜人材だけを対象にした取組みが多かったのですが、この2-3年で急速に、全従業員を対象とする取組みに変化してきています。

労働人口の減少は全従業員の底上げを必要としますし、どんどん人材を切り捨てていくようなやり方は日本の文化に合わない、ということへの再認識もあります。イノベーションを起こす人は一部のハイパフォーマーかもしれませんが、それを実現するのは全従業員です。全員がきちんとパフォーマンスをだしていかないと、組織全体のイノベーションにつながっていかないのです。
政府のキャッチコピーのようですが、まさに従業員が総活躍する企業を作っていく必要があるのではないでしょうか。

ではそのために、私達は何を方針として動いていくべきなのでしょうか。

目指す先


先ほど、様々な取り組みが進んでいるにも関わらず、働き方改革が進んでいると実感していない従業員は7割弱もいるとお伝えしました。これはなぜなのでしょうか。

利益が上がった、生産性が上がった・・・これは、個人が直接的な影響をうけることではなく、誤解を恐れずにいってしまえば、個人にとってはどうでもいいことかもしれません。残業が減った、休みが増えた・・・これはうれしいかもしれませんが、だからといって「仕事が好きになる」ことに結びつくわけではないでしょう。

それは、個人が仕事に対して本質的に求めているものが、「やりがい」だからではないでしょうか。

仕事の「やりがい」は、生きがいの一部といえます。仕事に「やりがい」を感じられれば、生産性や業績のアップという結果にも直結するはずです。
ただ、その時に難しいのは、何にやりがいを感じるかということは、個人によって異なるということです。良かれと思ってやった取り組みであっても、関心を示されなかったり、不満を感じたりする個人は必ずいます。
そのままでは、働き方改革もタレントマネジメントも、意図した効果が得られない状態が続いてしまいます。

では、どうすればいいのでしょうか。
それは、一律の施策を実施するのではなく、「個人に寄り添う」取り組みを進めていくことしかないのではないでしょうか。

働き方改革では、個人が自分に最適な働き方を、自ら選択できる状態を実現していくべきでしょう。例えば、とことん取り組みたい時に一律に残業規制されるのはうれしくない場合もあるでしょうし、テレワークも不公平感や会社の不利益が出ないように適用条件を厳格化するより、個人の事情を優先させた適用を考えていくべきでしょう。

タレントマネジメントでは、人の資質を把握するための情報を、定量的な情報だけでなく、より定性的な情報にしていくべきだと考えます。例えば、辞令に記載されるような組織名だけではなく、その組織でどんな仕事を担当したのかまで把握したり、資格やTOEICの点数といった情報だけではなく、「細かい作業が得意」「この分野の知識が豊富」といった情報を把握したりすることです。
そして、その人の現在の実績だけではなく、可能性を発見するために活用することではないでしょうか。

こうした取組みは、1つの施策が一段落したからこれは完了で次の施策を行う、というものではなく、従業員が総活躍するという視点で継続的に課題を見出し、施策を更新していくことが必要になるということではないかと思っています。

東芝デジタルソリューションズ株式会社
インダストリアルソリューション事業部 HRMソリューション部 HRMソリューション技術担当
主任 萬 大祐

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