デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展や開発スピードの加速により、ソフトウェアにはこれまで以上に迅速な提供が求められています。一方、開発現場では人材不足や属人化、品質のばらつきといった課題が顕在化しています。東芝では、長年培ってきたソフトウェア開発のノウハウを体系化した開発標準と生成AIの活用により、上流から下流までの開発プロセスを一貫して支援する取り組みを進めています。この連載では、ソフトウェアの生産性向上に向けた技術や考え方を、全4回にわたって解説します。
第2回では、ソフトウェア開発において手戻りの防止や開発の円滑な着手に欠かせない「現状理解」に着目し、その課題と、生成AIを活用して現状理解を支援する東芝の取り組みについて紹介します。
派生開発で埋もれる、既存資産の「正確な現状」
ソフトウェア開発の多くは、まったくの白紙から始まるわけではありません。長年にわたって活用されてきた汎用的なソースコードや基本の関数など過去に築いたソフトウェア資産をもとに、機能の追加や改修を重ねながら発展させていく派生開発が一般的でした。こうして開発された資産は企業活動を支える重要な役割を担う一方で、長年の改修によってその内部構造が複雑化しています。そのため、既存の資産を正しく理解することが、お客さまが利用するシステムを継続的に改修・拡張し、使い続けていくための土台となります。
ところが実際の開発現場において、その「正確な現状」を把握することは簡単ではありません。資産の規模が大きく、長年にわたる改修の経緯が蓄積されているためです。しかも変更の履歴や機能などの説明資料は、常に最新の状態に更新しきれているとは限りません。これらの結果、現在の姿を正確に表す情報は時間の経過とともに埋もれていきます。
こうした状況から、たとえソフトウェア開発で広く利用されている既存のソフトウェア資産であっても、その全体像や現在の動作・処理を短い時間で正しくつかむことは、容易ではありません。担当者は、開発に着手する前に、ソースコードや関連情報の読み解きに多くの時間と労力を費やすことになります。
このように着手前の理解にかかる負荷が高いと、情報の見落としや認識のずれが生まれ、下流工程での手戻りにつながりかねません。着手するまでに時間がかかればかかるほど、開発全体のスピードにも影響します。設計や改修の質を高めるうえで、まずは現状を正しく理解できる状態をどのようにつくるかが、ソフトウェア開発の現場において共通する課題となっています。
AIを活用し、着手前の「現状理解」を助ける資料を生成
こうした課題に対して東芝は、開発に着手する前の「現状理解」を支援するドキュメント生成に取り組みました。既存の資産をもとに、人が読んでソフトウェアの全体像をつかみやすい形の資料を、AIを活用して生成する取り組みです。埋もれていたソフトウェアの現状を短時間で目に見える形にし、設計や改修の検討に生かすことをねらいとしています(図1)。
資料を生成する起点となるのは、実際のソースコードとそれに関連する情報です。ソフトウェアが改修されるにつれて実態から離れてしまいがちな変更履歴や機能説明の資料に頼るのではなく、ソースコードそのものから現状を捉える点が、この仕組みの特徴です。
ここでいうドキュメント生成は、ソフトウェアの設計や改修を人に代わって行うものではありません。AIは、担当者が現状を正しく理解するための下地を整え、その後の判断を助ける「支援」に位置づけられます。生成された資料の内容を確認したうえで、ソフトウェアをどのように設計し改修するのかを最終的に判断するのは、これまでと変わらず「人」です。
近年は、生成AIを活用することで、膨大で複雑なデータの解析やその結果を整理した資料の作成を短い時間で行えるようになりました。東芝では、これらの特性を生かし、膨大なソースコードや関連情報を読み解き、要点を整理し資料としてまとめる作業を、生成AIで支援する仕組みを構築しました。
この仕組みの実現に向けた具体的な取り組みを紹介します。
東芝の知見を結集。2つの可視化でソフトウェアの「見取り図」を生成する
ソフトウェアの現状理解をAIで支援するため、東芝では2つの取り組みを進めました。1つはAPI(Application Programming Interface:システム間で機能をやり取りする仕組み)の内容を可視化する取り組みで、もう1つはデータベースの構造を可視化する取り組みです。
いずれも、担当者がソースコードを直接読み解くだけでは、処理の流れやデータのつながりといった全体像を把握するまでに、多くの手間と時間がかかります。
APIの可視化では、生成AIによって、既存のソースコードやAPIの仕様を記述した定義ファイルを解析し、処理の流れやデータのやり取りを表すシーケンス図などを生成します。またデータベースの可視化では、その構成情報をもとに、テーブル同士の関係を表すER図(Entity-Relationship Diagram)などを生成します。いずれも、担当者が理解しやすい、従来から活用されてきた設計資料の形式で出力します(図2)。
これにより、これまで理解が難しかった既存のソフトウェアの内部構造や、データ間のつながりが目に見える形になります。いわば、ソフトウェアの「見取り図」をつくるようなものです。担当者が短い時間でソフトウェアの全体像をつかめるようになるだけでなく、その後の各種レビューや後任への引き継ぎ、さらには改修の見通しを立てる際にも役立つことが期待できます。
この仕組みを実現するうえで重要となったのが、入力する情報を扱いやすい大きさに分割することです。生成AIが一度に扱える情報量には限りがあり、多すぎると出力結果が安定しません。だからといって、ソースコードを単純に行数で分割すると、動作や処理の流れが見えにくくなります。そこで私たちは、機能の単位やテーブル構造のまとまりなど、さまざまな観点から意味のあるまとまりを意識して、試行錯誤しながら分割しました。こうして得られたノウハウは、モデルが進歩した現在でも、この仕組みを支える重要な要素の一つとなっています。
基本設計にかかる工数が約26%削減できた
APIの内容やデータベースの構造を可視化することで、ソフトウェア開発の現場ではさまざまな効果が得られています。その最たるものは、担当者がソフトウェアの現状を理解するまでの負担が軽くなったことです。これまで現状の把握に割いていた時間と労力の多くが、生成された図や資料を手がかりにすることで軽減され、担当者は短い時間で要点をつかめるようになりました。
生成AIを実際に活用した開発現場の担当者からは、開発に着手する際の「どこから手を付けてよいか分からない」という心理的な負担が減った、という声が寄せられました。例えば、使い慣れていないソースコードに対し、処理の入り口を探したり、複数の機能にまたがる処理の流れを追いかけたりする作業が格段に楽になったといいます。特に、社内で利用している共通基盤となるソフトウェアでは、設計資料が簡略化されていることも少なくありません。このようなソフトウェアについても理解が進めやすくなり、業務効率が大きく向上するなどの効果が出ています。
また、こうした現状の理解を助ける資料があることで、実装に用いるプログラム言語に精通していない担当者も設計内容を理解しやすくなり、より多くの人が開発に関われるようになります。資料を介して認識をそろえられるようになることから、拠点や母国語の異なるメンバーとの連携にも役立ちます。
数値の面でも効果を検証しています(図3)。ここまでに紹介した生成AIにより生成された資料は、APIの仕様書やデータベースの説明書を作成する作業を支援するものです。これらの作業は、ソフトウェア開発において基本設計と呼ばれる工程に含まれ、そこに生成AIを活用したことで、基本設計全体で約26%の工数削減を確認できました。特に、APIやデータベースの解析結果をもとに資料を作成する作業では、約80〜90%の工数削減を確認しています。ただし、これらの数値は、検証における試算に基づくものであり、対象とする工程や範囲、条件などによって結果は変わります。あくまでも一つの目安ではありますが、今回の検証では現場の負担軽減につながる結果が確認できました。(数値は、2026年時点の東芝における試算結果)
現状を正しく理解することで、開発の質とスピードを底上げ
今回は、ソフトウェアの設計や改修に着手する前の「現状理解」をどう支えるかという観点から、東芝の取り組みを紹介しました。派生開発を重ねる中で現状が分かりにくくなった既存資産に対し、ソースコードを起点に処理の流れや構造を図で表す資料を生成するアプローチです。APIの仕様やデータベースの構造の可視化を通じて、これまで理解の難しかった既存のソフトウェア資産の全体像を把握しやすくなり、現場の負担軽減につながりました。
この取り組みで目指すのは、「現状を正しく理解できる状態」を整えることです。理解の土台が整えば、担当者によるソフトウェアの設計や改修の判断がより確かなものとなり、既存のソフトウェア資産を生かしながら、開発全体の質とスピードを高めていくことにつながります。
ソフトウェア開発の現場では、限られた時間の中で既存の資産を素早く正確に理解することの重要性が、今後ますます高まっていくと考えられます。生成AIを活用して現状の理解を支える取り組みは、その一助となるはずです。
次回は、生成AIを活用して既存のソースコードを新たな環境へ移行する「マイグレーション」の取り組みについて紹介します。ぜひご期待ください。
千秋 義紀(SENSHU Yoshinori)
株式会社東芝 総合研究所
デジタルイノベーション技術センター サービス・システムデザインイノベーション部
スペシャリスト
入社以来、ソフトウェアエンジニアリングに従事。2025年より、生成AIを活用したソフトウェア開発の効率向上に取り組んでいる。
門 孝(KADO Takashi)
東芝テック株式会社
ソフトウェア開発センター ソフトウェアCoE担当
エキスパート
2025年より、生成AIを活用したソフトウェア開発の生産性向上に取り組んでいる。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年10月現在のものです。
- この記事に記載されている社名および商品名、機能などの名称は、それぞれ各社が商標または登録商標として使用している場合があります。

