デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展や開発スピードの加速により、ソフトウェアにはこれまで以上に迅速な提供が求められています。一方、開発現場では人材不足や属人化、品質のばらつきといった課題が顕在化しています。東芝では、長年培ってきたソフトウェア開発のノウハウを体系化した開発標準と生成AIの活用により、上流から下流までの開発プロセスを一貫して支援する取り組みを進めています。この連載では、ソフトウェアの生産性向上に向けた技術や考え方を、全4回にわたって解説します。
第1回では、品質確保と手戻り防止に重要な役割を果たす「設計レビュー」に着目し、その課題と自動化の方向性を紹介します。
設計レビューの精度がソフトウェア開発の品質・コスト・納期を左右する
システム開発における設計レビューとは、設計書の妥当性や整合性を第三者の視点で確認し、問題点を早期に発見する重要なプロセスです。単なる記載ミスにとどまらず、要件の解釈違いや前提条件の抜けや漏れ、設計要素間の不整合といった潜在的なリスクを洗い出す役割を担っています。
設計段階におけるレビューの精度は、システム開発の品質・コスト・納期に大きな影響を与えます。例えば、設計上の不備が下流工程で発覚すると、修正の影響が実装やテスト、場合によっては運用にまで及び、手戻りが大きくなることがあります。一方、上流工程で問題を把握できれば、その影響は限定的です。設計レビューは、下流工程のリスクを抑えるとともに、開発効率の向上と品質確保の両立につながる重要なプロセスといえます。
しかし実際の開発現場では、必ずしも設計レビューが十分に機能しているとは限りません。レビューする観点が各担当者の経験や知識に依存し、指摘する内容や粒度にばらつきが生じることがあるからです。結果として、経験豊富な技術者に負荷が集中し、個々のレビューに対して十分に時間を確保できないケースも見られます。
背景には、過去の不具合事例や業務特有の暗黙知といった知見が、十分に整理・共有されているとはいえない面があります。そのため、例えば、社内に蓄積された不具合事例や設計レビューの実施記録などから有識者のチェック観点を抽出し、再利用可能な形で整理していくことが、暗黙知を形式知化する有効な方法の一つとなります。こうして整理された知見は、レビュー全体の品質向上や継続的な改善を支えるだけでなく、レビューの効率化にも役立ちます。
設計レビューの課題を解決し、改善サイクルを導く「自動化」
属人性の解消、レビュー担当者の負荷の軽減、知見を活用する仕組みの構築――これらの課題に対する解決策の1つが、「設計レビューの自動化」です。
ここでいう自動化とは、人によるレビューを置き換えるものではありません。目指すのは、定型的な観点や過去の知見に基づくチェックは仕組みで実施できるようにし、レビュー担当者は、より重要な判断や検討といった本来の役割に集中できるようにすることです。
自動化によって、一定の水準を満たしたレビューを効率的かつ安定的に行えるようにしていくことで、設計レビューの品質のばらつきの抑制や設計品質の底上げが期待できます。また、これまで個人が保有していたレビューの知見を形式知として蓄積・活用することにより、知見の継承が進むとともに、レビューで得られた気づきがその後の多くの設計で生かされたり、知見自体が継続的に更新されたりします。その結果、設計品質やレビューの精度を高めていく改善のサイクルが生み出されます。自動化されたレビューにより一定の観点で確認された設計書は、その後の人によるレビューの効率も高めます。レビュー担当者は、本質的な確認により多くの時間を割けるようになります。
では、設計レビューを自動化するには、どのような手立てがあるのでしょうか。東芝が考える実現方式は主に2つあります。その1つが、明確に定義された設計のルールやチェックの観点に基づいて機械的にチェックする「ルールベースの設計レビュー」です。そしてもう1つが、生成AIを活用し、設計書の文脈や内容を踏まえてチェックする「生成AIベースの設計レビュー」です。
この2つを適切に組み合わせることで、それぞれの特性を補完しながら、より網羅的で実効性の高いレビューを行えるようになります。以降で、各方式について詳しく見ていきます。
ルールベースの設計レビューで形式的かつ構造的な品質を確保
設計書に記載された各設計情報の関係が曖昧な状態では、レビューの担当者は記載漏れや構造上の不備の確認にも時間を割かなければなりません。その結果、本来検出すべき設計漏れや設計要素間の不整合、業務要件とのずれといった問題を見落とすリスクが高まります。
また、生成AIを設計レビューに活用する場合、項目や参照関係が整理されていないと、AIが設計内容を正しく理解できず、誤った解釈や不十分な指摘につながる可能性があります。
こうした課題に有効なのが、ルールベースの設計レビューです。これは、あらかじめ定義されたルールや基準に基づいて、設計書の構成や記載内容を機械的にチェックする方式で、形式的なあるいは構造的な品質の向上に寄与します。この方式で重要となるのが、定義済みのルールや基準です。
当社では、長年の開発実績をもとに独自に体系化したシステム開発の標準フレームワークにおいて、「CSM(CommonStyle Methodology)」という設計開発の標準を策定しています。CSMでは、設計書に記述すべき項目や、構成する設計要素間の関係を「メタモデル」として構造的に定義し、このメタモデルに基づいた「設計テンプレート」を整備しています。
このテンプレートを用いることで「設計書」の品質を高め、さらにメタモデルに基づくチェックルールを用いた設計レビューにより、記載項目の不足や参照関係の不整合、設計標準への準拠不足といった形式的なあるいは構造的な不備を機械的に検出します(図2)。
ルールベースの設計レビューによって提供できる価値は、設計書を一定の基準で確認できることにとどまりません。限られたレビュー時間の中で担当者が設計内容の本質的な判断に集中できる環境を整えるとともに、生成AIベースのレビューに向けて準備を整えるという、前述した課題の解決にも貢献します。ルールベースの設計レビューにより形式的かつ構造的な品質が確保された設計書は、AIが仕様を理解しやすい設計書といえます。
業務を効率化し、設計者に気づきも促す生成AIベースの設計レビュー
設計レビューには、ルールベースでは対応が難しい領域があります。例えば、設計書の文章の分かりにくさや前提条件の曖昧さ、設計意図の妥当性などです。これらは文脈を踏まえた判断が求められるため、ルールベースでは限界があります。こうした領域に対して有効なのが、生成AIを活用した設計レビューです(図3)。
生成AIベースの設計レビューでは、自然言語で記述された設計内容を対象に、内容の分かりにくさや不自然な表現に関して指摘をしたり、注意すべき点を抽出したりして、設計者に気づきを与えることが可能です。明確なルール化が難しいレビューの観点についても、過去の設計事例や知見などを提示することで、設計者に検討や判断を促せます。
このレビューにおいても、メタモデルが重要な役割を果たします。メタモデルで定義している構造化された情報を生成AIにインプットすることで、各設計要素の関係性や整合性を踏まえた、より精度の高いチェックが可能になるからです。
生成AIは、設計書の文章表現を評価することに加え、構造と文脈の両面から設計の妥当性や一貫性を多角的に評価します。その結果、従来は難しかった「設計要素間の不整合」や「意図と仕様の乖離(かいり)」のような問題の検出にも活用が期待されます。
ただし、生成AIによる判断は、あくまでも設計者の思考を支援する存在として位置づけることが重要です。有用な示唆を提供できる一方で、前提条件の誤解や文脈の取り違え、不完全な情報に基づく推論を行うなど、常に正確な判断ができるとは限らないのがAIです。そのため、生成AIによる指摘をそのまま受け入れるのではなく、最終的な判断は人が行う必要があります。
こうした注意点はありますが、特性を理解して活用できれば、生成AIはソフトウェア開発の生産性を高める強力なツールとなります。ルールベースでは対応しきれない領域を補完し、設計レビュー全体の質とスピードを高めることが期待できます。
融合により持続可能で再現性の高い設計レビューへ
今回は、ソフトウェア開発における設計レビューの重要性と、その効率と品質の向上を図る自動化に向けた東芝のアプローチについて紹介しました。
設計レビューは、ソフトウェアの品質向上や開発の手戻り防止を支える重要なプロセスであり、そこで用いられる観点や指摘には、開発現場が蓄積してきた多くの知見が含まれています。当社では、これらの知見を開発標準やメタモデルとして長年にわたり体系化し、継続的に改善してきました。これを設計レビューの自動化に活用して一定品質のレビューを再現できるようにし、各レビュー担当者に依存しない仕組みを構築しています。
ルールベースの設計レビューは、定型的な観点を確実に担保し、設計品質の平準化に寄与します。一方で、生成AIベースの設計レビューは、文脈を踏まえた矛盾のない意味的な品質の向上を支援します。この仕組みで網羅性と効率を高めたレビューを行い、そのうえでレビュー担当者による本質的なレビューを実施します。こうして、設計レビューは持続可能で再現性の高いプロセスへと進化していきます(図4)。
ソフトウェアの高度化や開発スピードの加速に伴い、開発者には、限られた時間で求められる品質を確保する必要性がいっそう高まっています。こうした状況の中、効率的かつ安定的な設計レビューへの取り組みは、開発現場においてますます重要になっていくでしょう。
次回は、生成AIを活用してソースコードからAPI(Application Programming Interface)仕様書やDB(データベース)スキーマ説明書を生成し、既存システムの理解や改修・開発時の設計を支援する取り組みについて紹介します。ソースコードに記述された仕様をどのように可視化し、開発現場でのシステム理解や設計に生かしているのか、ぜひご期待ください。
有山 卓志(ARIYAMA Takayuki)
株式会社東芝 総合研究所
デジタルイノベーション技術センター 開発環境技術部
エキスパート
入社以来、特定顧客のシステム開発に従事。2015年より、システム開発作業を自動化・省力化するための開発支援環境の研究開発に取り組んでいる。
鈴木 昴裕(SUZUKI Takahiro)
株式会社東芝 総合研究所
デジタルイノベーション技術センター 開発環境技術部
スペシャリスト
システム開発におけるツール活用を推進し、設計工程の効率化と品質向上に取り組む。設計メタモデルを取り入れた設計支援ツールの開発・展開を通じ、現場課題に即した実践的な改善を支援している。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年7月現在のものです。
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