デジタルで豊かな社会の実現を目指す東芝デジタルソリューションズグループの
最新のデジタル技術とソリューションをお届けします。

世界中に衝撃が走った、OpenAIによるChatGPTの登場。その利用者数は、公開からわずか2日間で100万人に、2か月間で1億人に達するなど、歴史的にも類を見ないスピードで拡大を続けています。ChatGPTをはじめとする生成AI(Generative AI)が社会にもたらすインパクトの大きさを、AIの研究者や専門家だけでなく、世界中の企業や政治家、有識者たち、さらには一般の人々も含めて、驚きと関心を持って注視しています。生成AIによって、IT業界で何が起き、ビジネスや社会システムにどのような影響が出ているのか。そして、私たちの生活は生成AIによってどのように変わっていくのか。ここでは、生成AIの基盤である大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)にフォーカスし、技術的なポイント、ビジネスへの活用、未来に向けた展望を3回にわたって解説します。

第1回では、AI技術全般から俯瞰(ふかん)した生成AIの性質と位置づけを、また第2回では、ビジネス活動に生成AIがどのように関わっていくのかという観点で、東芝デジタルソリューションズの取り組みを紹介しました。連載最終回となる第3回では、生成AIがより身近になる未来の社会を想像します。前編として当社が実証検証を進めている「マルチモーダル応用」と「設計・開発業務効率化」へのAI適用の取り組みを、後編として当社が考えるAIのあるべき進化と人とAIの新たな関わりを解説します。

前編はこちら


生成AIの未来と、人とAIの新たな関わり~共に暮らすパートナーへ


1980年代にアメリカのテレビ番組で、AIを搭載したスポーツカーを駆使して、主人公がさまざまな事件を解決するアクションドラマが制作され、日本でも放送されました。このドラマではAIが、主人公と意思の疎通をしたり、ときにはジョークを飛ばしたり、またクルマに搭載されたさまざまなセンサーから取得した外界の情報を読み解いて周囲の状況を理解し、主人公に危機を伝えたり車を自律的に操作したりする姿が描かれていました。最近の生成AIに関する研究の進展を見ていると、このドラマで描かれていたAIの実現が目前まできているような印象も受けます。

実際に、当社が思い描いているAIのあるべき進化と社会とのつながりを説明します(図5)。

当初のAIは、単一の機能を提供する「tool(道具)」に過ぎませんでした。しかし、ここ十数年にわたる識別系AIの発展により、例えば、不良品を検出するような一部の作業を支援する「assistant(補助装置)」として、AIが活用されるようになりました(図5の「ステージ1・Communication」)。

そして現在、生成AIの登場により、AIの活用ステージは「associate(一役を任せられるシステム)」に進化しつつあります(図5の「ステージ2・Collaboration」)。例えば、カスタマー応答業務では、これまでは人が、顧客の聞きたい意図を先読みし、最適な情報を探し出して回答していました。これに対して生成AIは、顧客が投げかける文章からそこに内在する意味を把握すること、その上で顧客の聞きたい意図につながる文章を新たに生成し、回答することができます。つまり、人がこれまで対応してきた一部の作業を、生成AIが肩代わりしてくれるようになりつつあるのです。

次のステージは、どのような世界でしょうか。当社では、AIが人や社会に自然に溶け込み共存する「partner(連携自律システム)」としての存在になると想像しています(図5の「ステージ3・Coexistence」)。人がシステムを操作するときには、次にどのような状況に変化するのが正しいのか、誤りなのか、「次に起こり得る状況を予測」しながら、意図を持ってシステムを制御します。生成AIも、マルチモーダル応用技術が一段と進むことで、センサーやカメラの映像のような外界のさまざまな情報と、システムの説明書や報告書、トラブル対処集などの文書情報との組み合わせから、システムの現在の状況を理解し、次に起こり得る状況を予測できるようになると考えられます。そうなれば、生成AIによる「システムの自律的な制御(システムの操作)」が実現される世界につながります。

ここまでに説明したとおり、生成AIは、さまざまなマルチモーダルデータやデータセットを通じて、そこに結びつく「意味」を理解できる可能性を持っています。ポイントは、人の場合は状況の変化が人や社会にとって有益か否かという「意図」を持って、システムを制御している点にあります。この「人の意図」を正しく生成AIに教え込むことで、人の意図に沿う形でシステムの制御を自律的に生成AIに担わせることが可能になります。このような生成AIが存在する未来のAIによって、人とAIが自然に共存し、人にとって有益で豊かな暮らしと社会が実現されることを期待しています。


これからの生成AIに求められる3つのこと、人が果たす役割と責任


人とAIが自然に共存する未来の世界に向かって、生成AIにはこの先どのような進化が求められるのでしょうか。ここでは、3つの観点を述べます。

1つ目は、「電力問題と淡水問題」です。国立研究開発法人科学技術振興機構などによると、世界において、データ処理量の増大に伴い増加するデータセンターの総電力消費量は、最悪のケースで、2040年には全世界の総発電量とほぼ同等になるとの予測があります[6]。同様に、データセンターの冷却に使用する淡水の消費量は、2040年には、現時点で日本が1年間に使用する総消費量に匹敵するとの予測もあります。Transformerでは、Scaling Lawに則って演算の次元数を膨大に増やさなければ高い精度が出ないことが分かっているため、このままでは世界の電力消費と淡水消費に極めて悪い影響を及ぼすことが予想されます。一方で、出力性能を維持したまま演算空間を縮減させる取り組みや、現行のTransformerとはまったく異なるニューロや量子計算機のような「非ノイマン型コンピューター」の構造に最適なAIアルゴリズムの発明も期待されます。

2つ目は、「生成AIエンジンの拡散問題」です。現在は、高精度かつ高性能な生成AIの実装には膨大な量の計算機資源を必要とするため、莫大(ばくだい)な運用コストを賄える資金力が求められます。事実上、限られた研究組織にしか生成AIエンジンを開発できません。しかし、仮に現在よりもはるかに小さなコストで動作できる高性能な生成AIエンジンの実装形態が開発された場合には、あらゆる国の企業や団体、組織が、独自の生成AIエンジンを保有する可能性が容易に予想できます。生成AIは、自律制御が可能な能力を秘めているばかりか、学習させる側の意図を忠実に再現できる能力を持ちます。社会にとって好ましくない生成AIエンジンが無尽蔵に拡散しないように、世界が協働して仕組みづくりをすることが必要です。

3つ目は、「AIの品質と倫理」です。人の行動には、100%ミスのない完璧な品質を求めることはできません。しかし人は、ミスが極力発生しないように、「倫理」をもって「自制」しながら行動します。例えばある情報を手に入れた場合には、その情報を拡散することで何が起こるのかを倫理的に判断し、情報の裏取りをしたり情報の拡散を控えたりするなどの抑制行動をします。倫理は、「人が生き物として生存するには」「社会の中で共存するには」「地球環境の中で持続的に生存するには」といった観点から、人が長い時間をかけて作り上げてきた判断基準であり、行動規準です。生成AIはこの倫理を自律的には獲得しません。人が生成AIに積極的に関与し、人類が生成AIと共存する観点から、倫理に基づく演算制限を生成AIに確実に組み込んでいく必要があります。すべてを生成AIに任せることなく、未来の生成AIにこそ、人がその役割を積極的に果たしていくことが求められます。

生成AIの本質は、「質問者の意図を理解させられる」という点にあります。生成AIに「言語(言葉)」を理解できるように学習させておくことで、言葉を使った質問に対し、生成AIは質問の意図を読み解き、そこから導かれた解釈を、言葉を使って回答することができます。一方、生成AIに「マルチモーダルデータ」を理解できるように学習させておくことで、与えたデータセットから読み解いたシステムの状況を答えさせることもできます。

しかしながら、生成AIは万能ではありません。生成AIに何を理解させて何を出力させるのか、つまりどのように活用するのかは、AIを使う側である人が、あらかじめすべてを仕込んでコントロールする必要があります。それは人が果たすべき大きな役割と責任です。人が生成AIを使いこなしてこそ、人とAIが共存し、真の豊かなデジタル社会につながるものと確信しています。

この連載では3回にわたり、生成AIの概説、当社の取り組み、そして未来の生成AIの可能性について解説しました。ChatGPTの登場により、さまざまな企業や組織で「ChatGPT相当」の対話・検索ツールの導入が始まっています。今後、生成AIを業務へ活用する動きはますます拡大していくでしょう。この連載が、生成AIの特性や本質の理解と、産業分野における生成AIの活用の助けになることを期待します。

 

参考文献
[6] 国立研究開発法人科学技術振興機構「情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響(Vol.5)」
https://www.jst.go.jp/lcs/proposals/fy2022-pp-05.html

小山 徳章 (KOYAMA Noriaki)

東芝デジタルソリューションズ株式会社
ICTソリューション事業部
技監


東芝の研究開発センターにてSW最適化設計、リアルタイム分散処理の研究に従事。iバリュー クリエーション社にてクラウドサービス、ナレッジAI、ネット家電サービスの新規事業開発を推進。東芝デジタルソリューションズにて、コミュニケーションAI・RECAIUSの事業・技術・商品開発を牽引し、現在は、生成AIの活用推進、プロダクト・マネージメント、クラウドデリバリー基盤に関する各プロジェクトを統轄している。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2024年3月現在のものです。
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