近年、地球温暖化の抑制や資源の枯渇を背景に、脱炭素社会の実現に向けた動きが世界的に加速しています。そんな中、企業のカーボンニュートラルへの対応が企業価値に大きな影響を与えるようになってきました。温室効果ガスの排出量削減や再生可能エネルギーの導入が、ESG※の観点からも企業の重要な評価基準となっています。日本でも国や自治体、企業によるカーボンニュートラルへのさまざまな施策が講じられています。このような世の中の動きを受け、エネルギーの使用量やCO2の排出量を見える化し、環境に配慮しつつ持続可能な企業活動を実現するため、東芝グループは全社的に、そして事業所や工場といった拠点ごとにさまざまな取り組みを進めています。ここでは、東芝が考える「製造業のカーボンニュートラルへの対応」と、デジタルトランスフォーメーション(DX)によるその実践、そこでの取り組みを支えるソリューション「Meister OperateX」について紹介します。
※ESG:「環境(Environment)」「社会(Social)」「企業統治(Governance)」の頭文字からなる言葉。企業が継続的に成長するためにはESGへの配慮が重要とされ、金融機関による融資や企業の経営や投資判断においても重視される要素です。
工場・プラントでまず行うべきこととは?
2020年、日本政府は2050年までに温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)の排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を目指すことを宣言しました。その実現に向けて、調達や製造、配送、小売りといったサプライチェーン全体での脱炭素経営が求められ、各企業において取り組みが加速しています。
製造業における脱炭素経営、特に工場やプラントでのGHG排出量の削減に向けては、「省エネルギー(省エネ)の推進」「再生可能エネルギーの導入」「カーボン・オフセット※」などへの取り組みが鍵となります。エネルギーを効率的に使うことができれば、コスト削減にもつながることから、これら3つの中で省エネに取り組む企業が増えています。エネルギーのロスは、国内における製造業の現場の至る所で存在しています。例えば、設備の待機電力をはじめ、まばらな生産による非効率なエネルギーの使い方、必要以上に低温あるいは高温な水の生成と供給などさまざまです。生産性や快適性を維持しながら、現場に散在するエネルギーのロスを減らすため、製造ラインの効率的な運用と動力設備の稼働の最適化を工場の全体で行うことが必要となっています。
※カーボン・オフセット:CO2排出量に対して同等のCO2削減の取り組みに投資することで、排出量の相殺を行うもの。手段の一つとして、GHG排出削減を証明してカーボンクレジットとして発行し、企業間で取引する方法があります。
しかし、この実現は簡単ではありません。各所でのエネルギーの使用状況を基に、コストや作業量を踏まえて効果の高い対策から優先度をつけて実施していく必要があるからです。また一度改善したとしても、環境や製品、設備などさまざまな状況の変化に対応し続ける必要もあります。そして何より、このような対策の検討と継続した対応を行う前提として欠かせないのが、現場におけるエネルギーの使用実績を継続的に取得して管理し、見える化する、つまり現状を把握するための仕組みです。
O&M領域の高度化で省力化とカーボンニュートラル対応を進める
カーボンニュートラルへの取り組みが進められる一方、製造業で喫緊の課題となっているのが、労働人口の減少に伴う人手不足への対応です。この課題に対しては、設備の定期的な点検や故障への対応といった現場の作業や、設備の稼働状況に関するレポート作成などの業務を、デジタルを活用して省力化し、人はコアな業務に集中できるようにする。そのために、設備や装置をIoT化して状態の見える化や異常の兆候の検知を行い、さらにはオペレーションを最適化して設備や装置の運用を自動化したり自律化したりしていく。このように、運用・メンテナンス(O&M)領域の段階的な高度化を進めることで、解決していきます(図1)。
具体的には、まず、IoTによって設備や装置からログデータなどを取得し、それらの状態を見える化します。設備や装置の監視や管理を遠隔から行えることで、現場における人の巡視や点検の省力化を図ります。次に、設備や装置などの状態と過去のデータを基に、傾向分析やAIを活用して、異常の兆候を検知できるようにします。故障や異常によって設備や装置が停止することによる、突発的な現場の対応を削減する予防保全の仕組みです。
さらにすべての設備や装置の稼働状況や、人によるオペレーションに関する手順やノウハウ、熟練した作業者のナレッジなどをデータ化してシステムに取り込み、VR(Virtual Reality:仮想現実)やAR(Augmented Reality:拡張現実)を用いて人の作業を支援したりすることで、工場全体の効率的な運用を図ります。蓄積した設備や装置、人の作業に関するさまざまなデータを生かすことにより、自動化や自律化へと装置の運用を進化させることができるようになります。このように、O&M領域を高度化していくことで、人の作業をコア業務へと集中させる環境を整えるとともに、労働人口の減少への対応も図っていきます。
O&M領域の高度化は、カーボンニュートラルに貢献する有効な取り組みともいえます。工場全体の運用が効率化されることによる効果はもちろん、カーボンニュートラルの実現に向けた対策の検討と継続した対応に欠かせない、エネルギーやGHGの実態を把握する仕組みが整うからです。
東芝におけるカーボンニュートラル・現場業務デジタル化への取り組み
東芝デジタルソリューションズは、このカーボンニュートラルへの取り組みを支援する工場・プラント向けアセットIoTクラウドサービス「Meister OperateX」を提供しています。その中で今回は、東芝グループにおける活用事例を紹介します。
まずは、東芝グループ全体で取り組んでいる「カーボンニュートラルの推進活動」における事例です。この活動には、各グループ企業や事業所、工場など多くの拠点が関係します。そのためすべての情報を集約して集計することや、グループ各社が自律的に省エネに向けた課題の抽出や改善を継続して行うための仕組みが必要でした。
Meister OperateXを活用して、各拠点から集めたエネルギーの使用量やCO2の排出量などの実績を見える化し、全社的あるいは会社単位、工場単位といった個々のKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)の達成状況を把握していきます。現在、各拠点の電力量などの実績情報を収集してCO2排出量に変換する仕組みと、電力量やCO2排出量の予実管理、異常の発見に役立つ各種データのトレンド、改善施策の一覧、そして改善施策の効果を測定した結果などを表示する画面を活用しながら、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みを、全社一丸となって進めています。
次に、横浜事業所で取り組んでいる「エネルギーの最適な運用」と「現場作業のデジタル化」の事例です。ここでは、エネルギーの需要量を高い精度で予測して、エネルギーにかかるコストやCO2の排出量が最小となる設備の最適な運転計画を立案するとともに、運転計画に基づいた設備の自動制御を行っています。これまでの、経験則に基づく属人的な運転計画の立案から脱却し、さまざまな観点を取り入れて総合的により効率よく設備を稼働させる取り組みです(図2)。
具体的には、気象情報や過去の動力実績を基に、「TOSHIBA SPINEX for Energy」※の提供する最適化エンジンと連携して、その日に電気やガスなどの動力をどのくらい使うかの見込み値に応じて設備ごとに何時何分に停止あるいは稼働させるのかという運転計画を導き出します。そして各計画どおりに、対象とする設備の運転に必要な設定データを送信できることがMeister OperateXの特長です。
※「TOSHIBA SPINEX for Energy」は、東芝エネルギーシステムズ株式会社が提供するサービスです。
また現場作業のデジタル化においては、データ収集の自動化と、作業報告書のような帳票作成の効率化を行い、現場で手間のかかる作業を削減しました。例えば、設備の保全や定期点検、トラブル対応などの業務をデジタル化しています。実際に、現場にタブレット端末を持参するだけで、対象の設備に関する稼働状況や過去の点検データなどの閲覧や、点検結果や作業報告の登録作業ができるようになり、現場の業務に役立てられるようになりました。
これらのほかにも、府中事業所の新しい製造棟では、フロアや設備ごとに詳細な稼働状況、エネルギーの使用量、さらには温度や湿度などの環境情報の見える化を行っています。リアルタイムな状況を各フロアのデジタルサイネージに表示し、社員一人ひとりがエネルギーの使用状況などの把握による、省エネと生産性・快適性の両立に取り組むような意識の醸成を図ることで、カーボンニュートラル達成に向けた省エネ活動のPDCAの確立を目指しています。さらに、小向事業所および研究開発センターでは、通常の業務と先進技術の検証を両立する施設の運用を図るために、Meister OperateXに蓄積された動力データを活用して実証実験や研究を行うなど、多くの拠点で、Meister OperateXを活用したカーボンニュートラルの取り組みが進んでいます。
Meister OperateXの特徴的な機能
Meister OperateXは、工場やプラントにおけるカーボンニュートラルへの取り組みを支援するアセットIoTクラウドサービスです。工場やプラントの施設管理や保全業務に関するさまざまな情報をデジタル化して統合的に管理し、保全業務の効率化と設備運転の省エネを実現します。
その強みは、世界中にある拠点や設備を集中管理できるところにあります。設備の稼働状況やエネルギーの使用実績などのデータを収集し、拠点単位や設備単位など利用者が求める粒度に合わせ、遠隔からのモニタリングや、さまざまな角度での可視化、AIによる分析が行えます。可視化においては、標準のテンプレートを準備しました。例えば、地図やリストで各拠点の位置やKPI、イベントなどを、見たい設備に対しては信号のトレンドや状態などを、事前に作成したプロセスフロー図を用いて動力や製造の流れを基にした各種状況を、さらには2つ目の活用事例でも触れた各種動力のトレンドなどをダッシュボードで表示するものです。
動力のトレンドは、電気だけでなく、水やガス(熱)についても需給の計画値から実績値、未来の予測値までを一気通貫で見える化できる点がポイントです。各エネルギーの余力や長期的な傾向を俯瞰(ふかん)して把握できるため、エネルギー効率の向上に寄与します。カーボンニュートラルを実現するうえでも欠かせない機能です。
IoTデータの収集や蓄積においては、東芝が長年にわたり社会インフラや産業の分野で培ってきた設備の運転や保守の知見を生かした「アセット統合データ基盤」が重要な役割を担います。これは、情報同士の関連性や情報の整理の仕方などのノウハウを凝縮し、実現したものです。このデータ基盤の搭載により、Meister OperateXにおいて、現場の業務に合わせた高度なデータ活用を素早く簡単に行えるようになりました。アセット統合データ基盤は、「アセット管理シェル(AAS:Asset Administration Shell)」に対応しています。AASは、インダストリー4.0で提唱されている、アセット同士の接続性と相互運用性を実現するためのオープンスタンダードです。AASの考え方や規格を取り入れた、世界各国のさまざまな企業の機器や設備は、アセット統合データ基盤に簡単につなげられるため、データの取得や活用に素早く対応できます。そのほかにもOPC-UA、Modbus/TCP、BACnet/IPといった各業界で標準的な通信プロトコルやFTPを使ったファイル転送によるデータ収集方式も準備し、システムの導入期間を短縮するための工夫をしています。
O&M領域の高度化で未来の地球環境を守る
アセット統合データ基盤によりデータの取得や活用を強化したMeister OperateXは、O&M領域の高度化を推進するクラウドサービスとして、多数のコンポーネントやサービスをそろえています(図3)。
前述したデータの収集・蓄積・管理や、設備や動力などの見える化をはじめ、各現場にある設備や機器へのリモートログイン、システムの監視や障害および問い合わせへの対応といった運用支援、定期レポートに向けて自由に定義したフォーマットへの対応とそれに合わせてデータを自動で演算・集計して作成した帳票の出力、現場での保全や定期点検の業務における記録をタブレット端末への入力で完結させるアセット統合データ基盤と帳票アプリケーションの連携、お客さまの業務や目的に合わせたUI(ユーザーインターフェース)のカスタマイズなどを、標準で提供しています。
データ分析においては、東芝の「ものづくり」の知見と実績を生かした東芝アナリティクスAI「SATLYS」との連携によって、高精度な予測や異常検知などの提供が可能です。一般的なBI(Business Intelligence)ツールとの連携も行えるため、お客さまごとに適切なツールを用いたデータの分析や活用が行えます。また工場のネットワーク機器やIoTゲートウェイ、センサーなど、社会インフラや製造の現場、あるいはお客さまの目的や環境に適したハードウェアの選定や導入も支援します。
Meister OperateXにより提供する、設備の遠隔からの集中管理や、電気・水・ガスの使用量とCO2排出量の見える化、そして素早く簡単なデータ活用を実現するアセット統合データ基盤で、現場での作業効率を高め、お客さまのビジネスの成長に貢献していきます。これからも東芝デジタルソリューションズは、O&M領域の高度化、さらにはカーボンニュートラルの実現を目指し、支える企業として、未来の地球環境を守るための活動を続けていきます。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2024年10月現在のものです。
- この記事に記載されている社名および商品名は、それぞれ各社が商標または登録商標として使用している場合があります。