ITトレンド アナリティクスAIによって変わる世界

はじめに

2012年、トロント大学のジェフリー・ヒントン教授らの研究グループが、画像認識の精度を競うILSVRC(ImageNetLarge Scale Visual Recognition Challenge)で、ディープラーニングによる画像認識手法を提案し、従来の画像認識の性能を大きく超えたのをきっかけとして、第3次AIブームが訪れました。以来、ディープラーニングを中心に、AI技術が急速に進歩し、2015年には画像認識で人間の識別能力を超えるようになるなど、画像認識や、音声認識、文字認識などの性能が大幅に向上しました。さらに、需要や株価の予測、機器の故障予兆や異常原因の推定など、これまで熟練者の勘に頼っていた作業も高精度に自動化できるようになってきました。また、強化学習により、制御や設計の最適化もAI技術を活用して実現できるようになりつつあります。
東芝グループは、1967年の世界初の手書き文字認識による郵便番号自動読み取り区分機をはじめ、1978年の、日本語の構文解析による仮名漢字変換技術を搭載した、日本初の日本語ワードプロセッサーなど、50年以上にわたりAIの研究開発を続けています。また、これらの蓄積されたディープラーニングなどの最先端技術を活用し、フィジカル空間のコンポーネント技術と、AIやIoTをベースとしたサイバー空間の技術を融合させ、社会課題の解決と新たな価値創出を行うCPSテクノロジー企業を目指しています。

AI活用に向けた国内外の取り組み

ディープラーニングを中心としたAI技術の発展により、実社会でのAI活用が本格化しつつあります。しかし、万能なAIというものは存在せず、常にAIの適用が最適とも限りません。
また、従来のITとは異なり、AIには大量の学習用データが必要であるとともに、AIモデルの性能は学習用データの質に依存し、また、精度は保障されません。さらに、AIの判断根拠がブラックボックスであるといった側面もあります。このようなことから、AIをいかに社会に適合させ、その利点を享受するか、といった議論が、近年、国内外で広く行われています。
特に、FAT(Fairness、Accountability、Transparency)と呼ばれる公平性、説明責任、透明性に加え、プライバシーやセキュリティの担保など、AIを広く社会実装するために、技術、運用、法令などの多角的な環境整備が求められています。

国内外でのAIの社会実装に向けた取り組み

最先端AI技術の動向

第3次AIブームによって、AI技術は飛躍的に向上し、研究から実用化段階に向かっています。特に、ビジネスや産業のデジタルトランスフォーメーションに向けた活用に期待が高まっています。東芝グループの強みである、エネルギーや、社会インフラ、物流・流通、ビル・施設、ものづくりなどの産業分野へのAI適用では、AIを活用した高精度な画像認識や、故障予兆検知、需要予測などのニーズが大きいです。一方、これらの分野でディープラーニングなどの最新のAI技術を適用する場合、以下のような課題があります。
(1) 学習のための正常データは大量にあるが、異常データが少ないか または入手できないケースが多い。
(2) 学習のための、大量の教示ラベル付きデータの入手が困難、またはラベル自体に誤りのあるケースが少なくない。
(3) 撮影条件などが一定ではなく、環境変化が激しい中で高精度な画像認識が求められるケースがある。
(4) 要因が複雑で、単独のAIモデルでは必要十分な精度が得られないケースがある。
東芝の研究開発センターでは、これらの課題を克服しAIの実用化を加速するため、特定国立研究開発法人 理化学研究所の革新知能統合研究センター(AIP)とも連携し、革新的なAI技術の研究開発を進めています。
また、製造分野では、画像認識技術が画像検査で広く用いられていますが、一定した撮影条件で、明らかな欠陥を高い精度で自動抽出することが求められます。一方、上記(3)に示したとおり、撮影環境が一定ではなく、また、複雑な対象物に対しては、高精度な認識が困難となる場合も多く、人による外観検査も依然として行われています。さらに、監視映像の解析などでも、多くは、目視で解析されています。そこで、当社は、東芝と共同で、画像認識のロバスト化の一例として、スポーツ中継映像をモチーフに、ディープラーニングを活用し、撮影条件が変化しても高い精度で選手を識別する技術を開発しました。

XAIシステムフレームワーク

東芝アナリティクスAI SATLYS

AIは、話題性のあるトピックやアルゴリズムの性能が重視されがちです。人の仕事を代替するどころか、奪ってしまう恐ろしい存在だと見られることが多いのも、表面的な性能の競争に注目が集まることも、その理由なのかもしれません。これに対して、当社は、SATLYSの開発にあたり、AIをあくまでも人をサポートする技術として再定義しました。ビジネスの現場で本当に使えるAIとして、産業用途に最適化させることを目指しました。その際、これまで東芝グループがものづくりやシステムイングレーションを通じて蓄えてきた多種多様な産業領域のドメイン知識を最大限活用しました。さらに、お客さまやパートナー企業様との共創によるAIの実証実験などにより、ディープラーニングなどの先進技術を培ってきました。以下に当社独自のノウハウが凝縮されたSATLYSの技術的ポイントを紹介します。

(1)大規模な画像分類や数万次元を超えるビッグデータ解析
AIを産業領域で活用する場合、認識や推定の「精度とスピード」を極限まで高めることが求められます。SATLYSには、当社が数多くの実証実験を通じて、その革新性と劇的な効果を証明してきた、高速で精度の高い分析を行うディープラーニングを含むAI基盤技術を搭載しています。
その代表的な例は、半導体のフラッシュメモリを生産するキオクシア株式会社の四日市工場です。1日に20億レコードという世界トップクラスのデータ量を扱う同工場では、1日30万枚もの走査型電子顕微鏡で撮影された欠陥検査画像を自動分類します。従来の検査画像の自動分類技術では、49%の欠陥に留まっていましたが、ディープラーニングを用いることにより、83%の欠陥の自動分類を実現しました。また、ウェハの全数検査で得られた不良データから、AIで不良原因を自動解析し、不良1件当たりの解析時間が平均6時間から2時間へ短縮されました。大規模な非構造データにも対応するビッグデータの解析能力を備えたSATLYSは、リアルタイムな判断とアクションが求められる現場で、大きな力を発揮できるといえます。

(2)少数の学習用データでも高精度な推論を実現
学習用データが少ない場合、推論結果の精度が著しく落ちることがあります。このディープラーニングの特質は、AIを社会インフラなどに適用する際の課題です。そこでSATLYSは、「敵対的生成ネットワーク」という技術を用いて、本物と同等の学習用データを自動生成することより、学習用データが少ない状況でも、高い精度で推論することを可能としました。この技術は、産業用ドローンを活用した電力インフラ向け巡視・点検システムでの技術検証で適用しました。自動生成した学習用データを基に、送電線の画像にある異常箇所を見極めることで、点検作業の効率化が期待できます。

敵対的生成ネットワークによる学習用データ自動生成

(3)異常要因の可視化による直感的な説明性
AIが産業分野に適用しにくい理由の1つとして、AIが何をもって対象を正常や異常と判断したのか理由がわからず、理由がわからないものをミッションクリティカルなシーンに使えないという点が挙げられます。SATLYSでは、AIがどこに注目して異常と判断したのかを可視化することができます。例えば、送電線異常検知では、画像の中の具体的な損傷箇所をAIが示すことが可能です。これにより、判断根拠の説明性が向上し、さまざまな産業分野に適用しやすくなると考えます。
当社は、これらのSATLYSの現場適用実績を集積、標準化し、目的に特化したAI分析サービスをSATLYSKATAとして商品化しています。SATLYSKATAは、AIの専門家でなくてもAIを活用した分析が可能で、SaaSとして利用可能です。

AIによる推論結果の可視化

今後の展望

第3次AIブームが過去のAIブームと大きく異なる点として、以下の3つが挙げられます。
(1) 大量のデータを活用して特徴抽出を含むAIモデルを自動生成する技術が発展した。
(2) 生成されるAIモデルが人間の識別や予測の能力を超えつつある。
(3) クラウドやGPUなどの計算機インフラとAI関連のOSS(オープンソースソフトウェア)が発展し、誰でもAIを利用できるようになってきた。
一方で、大量に収集した学習用データのクレンジング作業に多くの人手作業を要することや、ディープラーニングによるAIモデルの動作がブラックボックスであるという課題もあります。しかし、いずれにしても、AIの能力が、部分的ではあれ人の判断を上回るようになってきたことで、AIが研究から実用化へと一気に向かい始めました。今後も、AIにできることとできないこと、AIがすべきことと人がすべきことを明確にし、AIの公平性や、説明責任、透明性、プライバシー、セキュリティなどの課題を解決しつつ、人とAIが協働する社会の実現に向けて、東芝グループで研究開発を進めるとともに、当社の製品・サービスとしてお客さまへ先進のAI技術を提供していきます。

Solutions Book 2019-2020

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