ITモダナイゼーションとは? 東芝のITアーキテクトが、自社のITソリューションをベースにした実践例を紹介

テクノロジー、イベント

2022年4月28日

2022年3月3日と4日の両日、オンラインで開催された「TOSHIBA OPEN SESSIONS Session2」。東芝のDX推進の取り組み事例として、「東芝のITアーキテクトが語る!ビジネス変化に即応するITサービスの実践」と題したセッションを実施。ダイナミックに変化するビジネス課題の解決に向けて、どのようにITをモダナイズすべきかという観点で、当社のサービス開発に携わる3人のアーキテクトによるトークが行われた。
モデレーターは、ソフトウェアシステム技術開発センター ゼネラルマネジャーの今村大輔が務めた。


ITモダナイゼーションは、レガシーマイグレーションとは何が違うのか?

今村:
ビジネス課題の変化に伴って、情報システムの位置づけや役割も、業務効率から価値創造へ、システム保有からサービス利用へと変化してきました。本セッションでは東芝の実践例として、モダンITを活用した価値創出について討論したいと思います。早速ですが、タイトルの「ITモダナイゼーション」とは一体どのようなものでしょうか。

徳:
ITモダナイゼーションは、広義ではレガシーマイグレーションと共に語られることが多いのですが、我々は目的の違いからそれぞれ区別して捉えています。
レガシーマイグレーションは、古いアーキテクチャのシステムを移行し、ITの総保有コストやTCO(Total Cost of Ownership:製品やサービスの購入から廃棄(サービス解約)までにかかる費用の総額)を最適化するのが主な目的です。システムの機能をそのまま移植・移行するため、ビジネスや業務の変化、新しい価値を生むことはないと考えています。
一方、ITモダナイゼーションは、ビジネスや仕事の変革が目的です。技術の進展でビジネス環境が変化し、クラウドは不可欠なプラットフォームになり、AIはビジネスの意思決定を担うようになりました。ITモダナイゼーションは、このようなビジネス環境に我々が提供するサービスを適合させる際に、モダンなITやアーキテクチャを用いてデジタルによるビジネス変革、DXを実現する手段だと考えます。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ソフトウェアシステム技術開発センター フェロー 徳 淳
当社が提供するITサービスのアーキテクチャに関する技術開発の標準化、指導、支援を担うCOE(Center of Excellence)。


製造業と流通業の共通トレンドは、サプライチェーンやエネルギー環境の最適化

今村:
現在は予測が難しいVUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)の時代と言われています。製造領域で具体的にどのような変化が起きているのか教えてください。

岸原:
製造業の変化は、IoTのユースケースの統計データから判断できます。いまは製造オペレーションや製造アセットでの利用が上位にあがっています。
製造オペレーションでは、製造ラインの個別工程の稼働状態を見える化している企業は約20%、全体工程では10%台に留まっていますが、見える化を実施したい企業は多くなっています。
製造アセット管理では、作業を安全に行いつつ日々の装置・計器類の点検の手間を減らすことや、故障による操業停止の削減と特殊備品のストックとのトレードオフを、上手く両立させるために最適化を目指さねばなりません。製造装置のエネルギー最適化も重要です。一方、その製造装置を提供しているメーカー側では、ユーザーのアセット管理の負担を減らすサービスのビジネス化の動きが増えています。
また、昨今の状況から、材料調達なども含めたサプライチェーンの強靭化や最適化も求められています。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 フェロー 岸原 正樹
製造業向けソリューション「Meisterシリーズ」の技術責任者。

今村:
流通業の変化はどうですか。少し前までO2O(Online to Offline)、最近ではOMO (Online Merges with Offline)など、お客様の購買活動もだいぶ変わってきたように思いますが。

島田:
流通業では多くの企業がO2OやOMOの取り組みを進めていますが、ビジネス環境に応じて各事業部門が部分最適のIT戦略を実行しているのが実情で、かえって消費者を俯瞰して捉えにくくなっているようです。また、Amazonや楽天などプラットフォーマーの台頭で消費者の選択肢が増え、流通業は消費者との関係性を維持することが難しくなってきました。そのため、店舗やECなどのチャネルに依存しない、一貫した購買体験を提供する取り組みや、実ビジネスに留まらず、社会・環境を意識してステークホルダーと一緒に目標を立てながら取り組む事例も増加しています。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 流通ソリューション技術部 エキスパート 島田 智宏
流通業向けソリューション「RetailArtistシリーズ」のアーキテクト。


製造業と流通業の価値創出と、東芝のソリューションの貢献例

今村:
このような環境変化の中で、本日のテーマである価値にフォーカスしたいと思います。まず製造業におけるお客様にとっての価値や課題の変化について教えてください。

東芝デジタルソリューションズ ソフトウェアシステム技術開発センター ゼネラルマネジャー 今村 大輔

岸原:
お客様の課題と解決技術をキーワードでマッピングしてみました。例えば作業者・設備においては、現場の作業内容や設備の使用状況の暗黙知をデータ化して活用できるようにする「匠のデジタル化」が実現すべき課題の一つだと思います。そのほか「スマート製品開発」や「とまらない工場」、工場間の連携を進めた「つながる工場」、出荷後の製品をオンラインで繋ぎ、ダウンタイムを削減したり継続的に進化させるといったことが目指されています。また昨今話題のESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)経営への貢献や、ライフサイクル・トレーサビリティなどサーキュラーエコノミーへの対応も必要になりつつあります。

製造業向けソリューションの対象スコープ。ものづくりの対象スコープと高度化の2軸で成長戦略ロードマップを策定し、それぞれに必要になるキーワードをマッピングした。

今村:
この図では、お客様の関心事が左下から右上の領域に移りつつあるわけですね。お客様の価値のシフトに対して「Meisterシリーズ」はどのように対応していますか。

岸原:
Meisterシリーズは、お客様の進化に伴って、面で対応できるソリューションをラインアップしています。

IoTデータを活用し製造プロセスやアセット管理のデジタル化をスピーディ・柔軟に実現する「Meister Cloudシリーズ」、製造ラインや工場のデータを繋いでものづくりを高度化する「Meister Factoryシリーズ」、現場業務のデジタル化や匠のノウハウ継承に貢献する「Meister Apps パッケージ」、調達やMESなどの製造プロセス業務の効率化を支える「Meister Businessシリーズ」など、製造業の様々な課題解決に貢献するソリューション・サービスをラインアップ。

今村:
同様に流通業での価値と、その対応はいかがでしょうか。

島田:
当社のポイント管理ソリューション「PointArtist」は、従来は、店舗での買物に対してポイントを付与・管理することに重きがあり、来店促進や高速処理が求められていました。ですが、新たに提供を開始した「PointArtist2」では、消費者を深く理解し、新たな購買体験を提供したり、ポイントの経済価値にプラスαの価値を付加して提供するために、様々なサービスと繋がりやすくする仕組みを導入しています。
今後は、O2Oマーケティングツールとして、ポイント管理ソリューションの位置づけが見直されると考えています。また、ポイント管理を中心にしながら、購買以外の情報も活用していくニーズが高まるでしょう。

今村:
ポイント管理を中心にしていたものが、顧客体験やポイントの経済価値への付加価値に寄っていくわけですね。PointArtist2の付加価値について教えてください。

島田:
事例から、その付加価値について紹介します。全国2,500店舗以上、会員6,000万人以上を有する某企業では、グループ内で買い回りの促進や、顧客・購買情報を一元管理する狙いから、ポイントプログラムの共通化に取り組みました。この結果、お客様へのサービスや企業のブランド力が向上し、会員数が倍増したのです。さらに顧客接点ごとに散在していた情報を、お客様の軸で統合できるようになり、その情報をマーケティングに活用しています。そのほか、店舗とネットスーパーでのポイントの共通化により、お客様の利便性が向上しポイントカードの利用率が向上したという事例もあります。
顧客情報や購買情報を一元管理することで、チャネルに依存しないプロモーションが可能になり、お客様との繋がりを強固にすることができます。


開発スピード、データ連携・統合、スケーラビリティの実現に求められること

今村:
各ソリューションによる課題解決のお話には、相通じる点があると思いました。変化へ追従するスピード、データ連携・統合、スケーラビリティや規模への対応です。これらの共通項について、実現するためのITやものづくり技術をどうお考えですか。

徳:
従来のITシステムでは、しっかり構築して安定運用することを目指していましたが、ITサービスがビジネスを実現するための手段やツールになったことで、ビジネスを早く実現し、ビジネスや顧客の変化にいかに早く対応できるかが重要になってきます。従来とは真逆になりますが、まずやってみて、うまくいったらスケールさせ、ダメだったら直してもう一度やってみるという、スケーラビリティや俊敏性が求められます。
そこでアーキテクチャ面では、インフラのクラウド化が求められます。必要な時に必要なだけのコンピューティングリソースをクラウドですぐに用意できれば、スケーラビリティも柔軟になるわけです。またアプリケーション開発でも、従来のウォーターフォール型で行っていてはライフサイクルが遅くなります。必要な機能を切り出し、パッケージングしてAPI化していく「マイクロサービス・アーキテクチャ」のほうが俊敏性があります。またリリースまで考え、開発を漸進的に進めるアジャイル開発の取り組みも求められます。「CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デプロイメント)」によって、プロセスとアーキテクチャ両面でのスケーラビリティや俊敏性に対応できます。
インフラとアプリケーションの両方に関わる点ではコンテナ技術も外せません。主要クラウドベンダもコンテナ・オーケストレータをサポートし、クラウド上で簡単にリリースできるようにしています。またコンテナは、オンプレでもエッジでも動かすことができます。いつでもどこでも迅速にサービスを提供できるようにするため、今後もこれらの活用が拡がるでしょう。さらに新しいサービスは、既存システムやオンプレのシステムとの連携も必要になってきます。そのため、サービス単体を早くするより、サービスを繋げることが重要になります。その手段としてプロトコルの標準化、いわゆるAPI化が必要になると考えています。


MeisterとPointArtistはどのようにしてモダンITへのシフトに成功したのか

今村:
MeisterもPointArtistも実績のあるソリューションなので多くのラインアップを揃えていますが、モダンITへのシフトをどのように進めてきたのでしょうか。

島田:
流通業は顧客との良好な関係を長期にわたって築いていくことが大切です。PointArtistも導入したら終わりではなく、お客様のビジネス施策に追従するために、機能を拡張したり他社サービスと連携して継続的に進化することが求められています。そのためPointArtist2では、アーキテクチャを見直し、すべてのサービスをマイクロサービス化しました。

マイクロサービス化による3つのメリット。マイクロサービス単位ごとに機能を拡張・変更でき、全体開発をせずに開発期間の短縮が可能。またWebAPI経由で接続できるため、既存システムや他のサービスとの連携や機能拡張が柔軟になる。保守開発面でも負荷がかからず、ビジネス変化への迅速な対応と消費者との強固な結びつきに貢献。

島田:
PointArtist2のマイクロサービスはコンテナのプラットフォーム上で実装しているため、クラウドと非常に相性が良いアーキテクチャになっています。既存システムとの接続も重要になりますが店舗のPOSシステムと接続するケースが多いので、PointArtist2ではPOS API Gatewayを開発し、業務ロジックを変えずに吸収することで、他企業のシステムと同時接続しながらポイントを管理できる仕組みにしています。

PointArtist 2のアーキテクチャ構成図。サービス導入後に継続的に見直し、進化させることも可能。

今村:
同様にMeisterシリーズのほうは、いかがでしょうか。

岸原:
新しいアーキテクチャにした設備・機器メーカー向けアセットIoTクラウドサービス「Meister RemoteX」について紹介します。これは東芝が長年培った遠隔監視のノウハウを生かしたアプリケーションを、Microsoft Azure上でサービスとして提供しているものです。コンテナでマイクロサービス化した点はPointArtist2と同じです。

設備・機器メーカー向けアセットIoTクラウドサービス「Meister RemoteX」の概要。点在する設備・機器の稼働データをIoTで収集・蓄積し、グローバルなリモート監視を迅速に実現。最初からシステムを大きくするとコストが掛かるため、スモールスタートからビジネス規模に応じて拡充できる。

岸原:
装置から集めたデータを格納するために、アセット管理に特化したデータモデルをあらかじめ用意し、点検データなども蓄積して、即時にAPIで取り出せるようにしました。APIにより、高度化された予知予兆や最適化のアプリケーションには、東芝のAI技術やパートナーサービスと連携できるアーキテクチャを採用しています。
こういった遠隔監視は装置間の連携がキーになります。そこでエッジ側にもソフトを配置できるようにコンテナ化し、クラウドからソフトウェアを送信できるようにしています。また、さまざまな装置を簡単に相互接続できるようにするために、ドイツのインダストリー4.0で提唱されているアセットの接続性と相互運用性を実現するデファクトスタンダードとして有力視されている「アセット管理シェル(AAS)」を搭載しました。AASに対応した製品から吸い上げたデータをデータモデルに簡単に格納できるアーキテクチャとなっており、それをAPIで取れるように開発を進めています。

Meister RemoteXおよびMeister OperateXに搭載された「アセット管理シェル」もモダンITのひとつ。インダストリー4.0に由来する、オープンでグローバルな情報モデルにより、さまざまな設備・機器メーカーと工場・プラントを繋ぎ、運用・保守の高度化を目指している。


さらなるモダンITの導入で、プラットフォームやサプライチェーンの価値を創出

今村:
現在、東芝は各サービスにモダンITを活用しお客様の課題解決に向けてモダナイズしているわけですが、収集したデータをいかに活用し、価値に変えていくのかも含めて、今後の展望を聞かせてください。

島田:
PointArtist2はプラットフォーム化やパートナー連携を進めている段階ですが、将来的には、お客様のマーケティングを支援するプラットフォームにしていきたいと考えています。また、現在は購買データを中心に扱っていますが、今後は、環境省が推進する「グリーンライフポイント」のようなSDGs関連の情報なども蓄積して活用することを検討しています。さらに、このプラットフォームに東芝データの「スマートレシート」を活用した購買データのサービスを組み合わせ、パートナーと一緒にサービスをつくり、消費者に新たな購買体験を提供していきたいと考えています。

岸原:
Meisterシリーズでも、製品ライフサイクルやサプライチェーン全体の最適化に寄与する技術を導入していきたいと考えています。そこにはAASも使えるでしょう。ものづくりの局面で収集したデータが、製品出荷後のデータ、例えば部品を使った製品の稼働データやその周辺製品に関するデータなどと繋がりながら、さまざまな情報を活用できる世界です。サプライチェーンについては、戦略調達ソリューション「Meister SRM」に蓄積されている数万社のサプライヤー情報をサプライチェーン全体で活用できるプラットフォームを構築し、サプライチェーンを横断した企業間の情報連携やマッチングが行えるサービスの提供を進めようとしています。その第一弾として、カーボンニュートラルの観点からCO2排出量の見える化も協業パートナーと共に検討中です。

今村:
データが繋がる世界の将来を考えると、当然そこに必要な技術を取り込まねばなりません。この点について最後に徳さんから、まとめのコメントをお願いできますか。

徳:
本日紹介したいずれのサービスにも顧客価値の変化に対応するモダンITが採用されていますが、今後データ活用を進めて価値を提供するデータサービスを目指していくためには、さらなるモダナイゼーションが必要になると思います。例えば、データ収集のレイヤーに関しては、リアルタイムで処理できるようなストリーミングレイヤーを中心としたカッパアーキテクチャも実現できるようになってきたので、収集するデータの特性や目的に応じて、適切なアーキテクチャを選択する必要があると考えています。
また、データを収集してもそのまま使えるわけではなく、前処理でクレンジングした上で利用する必要があります。そのスピードを上げ、継続的に行うための「DataOps」のアプローチがあり、我々も取り組んでいるところです。
さらに、データ収集と分析結果から予知予測や最適化へ向かおうとすると、プロアクティビティを上げていくことが求められ、そこにはAIが必ず入ってきます。しかしAIのモデルは一度作ったら終わりではないので、AIのモデルを改善していく「MLOps」のプロセスも適用していくべきでしょう。
最終的にデータサービスとして提供する上では、単独のデータではなく、それらを組み合わせて新たな価値を創出しなければなりません。そのため複数のAPIで連携する必要があります。サービスバスやサービスメッシュなどの技術も必要です。これらを適切に取り入れ、顧客価値を最大化するサービスを展開していきたいですね。

今村:
日進月歩で進化していく技術を取り入れて、お客様の価値に繋げていけるように一緒に頑張っていきたいですね。本日はありがとうございました。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2022年3月現在のものです。
  • Meister、Meister RemoteX、Meister OperateX、Meister Apps、Meister Cloudシリーズ、Meister Factoryシリーズ、Meister Businessシリーズ、RetailArtist、PointArtistは、東芝デジタルソリューションズ株式会社の日本またはその他の国における登録商標または商標です。

執筆:井上 猛雄


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