「量子ICTフォーラム」「Q-LEAP」「Q-STAR」~日本の量子技術を牽引する識者が一堂に会し、量子の未来を徹底討論!

テクノロジー、イベント

2022年4月20日

2022年3月3日と4日の両日、オンラインで開催された「TOSHIBA OPEN SESSIONS Session2」。Day2のスペシャルセッションでは、20年以上前の量子コンピュータ黎明期から研究を続けてきた一般社団法人 量子ICTフォーラム 代表理事 北海道大学大学院情報科学研究院 教授 富田 章久氏と、慶應義塾長 伊藤 公平氏 をパネリストに迎え、「量子の未来をとことん語り合う~日本は量子でGAFAを超える~」をテーマに、日本の現状や、乗り越えるべき課題、今後の展望などについて語り合った。 モデレーターは、株式会社 東芝 代表執行役社長CEO 島田 太郎が務めた。


日本がリードしていた量子コンピュータ、実用化に向けては産業界の取り組みが課題となる

島田:
本日は素晴らしいゲストをお迎えしました。両先生はご自身の研究のみならず、さまざまな組織で活躍されています。自己紹介いただけますか。

富田:
いま私は、量子情報通信技術の最新の研究開発成果や技術動向に関する情報交換、産学官連携と人材交流の促進などを行う一般社団法人 量子ICTフォーラムで代表理事をしています。量子情報との関わりはかれこれ20年を超えており、主に光を使った量子情報処理や量子暗号を専門分野としています。

一般社団法人 量子ICTフォーラム 代表理事 北海道大学大学院情報科学研究院 教授 富田 章久氏

伊藤:
私はいま慶應義塾長を務めていますが、元々、量子コンピュータの研究をしており、かれこれ23年になります。ムーアの法則でシリコンの半導体チップが2030年に原子一個になるのであれば、シリコンで量子コンピュータを作ろうと考えたのがきっかけで研究を始め、今に至っています。内閣府の量子技術イノベーション会議のメンバーや、文部科学省の光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)で、量子コンピュータや量子シミュレーション部門のプログラムディレクターを務めています。

慶應義塾長 伊藤 公平氏

島田:
東芝は、昨年9月に発足した量子の産業化のためのコンソーシアムである、量子技術による新産業創出協議会「Q-STAR」に参画しており、以来、両先生に大変お世話になっています。いま量子技術が盛り上がっていますが、先生方のように20年以上研究されている方からどのように見えているのかについて、本日お話を伺えればと思っております。まずは日本の量子のポジションと向かうべきところを教えてください。

伊藤:
半導体の技術発明は従来、米国がリードし、日本は創造力が無いと言われてきました。しかしメモリなどの分野では、1990年過ぎまで電子立国と言われるほど日本が世界を席巻していました。その後バブルが弾け、やはり創造力が重要という認識が深まり、政府が「科学技術基本法」を制定し、科学に資金が投入され、日本から量子コンピュータのシーズが数多く発信されました。例えば、東京工業大学の西森 秀稔先生らが1998年に量子アニーリングに繋がる基本理論を提案し、NECにいた蔡 兆申(ツァイ ヅァオシェン)さんや中村 泰信さんらが1999年に超伝導体で初めて量子ビットに成功したことを発表しました。
それから10年以上経って、2011年にカナダのD-Wave Systems社が世界初の商用アニーリングマシンを開発したのです。IBMやGoogleなどの量子コンピュータの製品化も日本の技術がベースになっています。量子技術開発では日本がリードしていたにもかかわらず、今度はなぜ産業化で遅れをとっているのかと言われています。
ただ超伝導もこのままいくのがよいのか分かりませんし、日本は光や半導体の技術も強く、量子通信や量子暗号も含めて、技術開発もまだまだこれからだと考えています。

島田:
産業界としては、先生方が開拓してきた大事な基礎技術を生かし、世の中に提供できるようにしていく必要があると考えています。富田先生からも何かありますでしょうか。

富田:
日本は光通信分野が強く今でも世界的に頑張っています。また、量子コンピュータ、量子通信と言いましても、コア部分が量子だけで出来ているわけではありません。周辺技術も多く、量子コンピュータなら冷却器系や高周波・マイクロ波の信号伝達系、光量子なら光子検出やレーザー制御系などが必要になります。
日本にはこれらの技術的な蓄積が、大企業だけでなく中小企業にもあります。世界のサプライチェーンにおいて必要不可欠な技術を持つことが、生き残っていく道なのではないかと考えています。そのためには、システム的な思考や、従来技術と量子技術をどう繋げるのかといったことが重要になると思います。

島田:
まさに我々のような企業がやるべきことですね。最先端技術と現場の知見との融合を図っていくことが重要だと感じています。


Q-STARのリファレンスアーキテクチャーモデル・QRAMIとは

伊藤:
東芝さんは、量子鍵配送(QKD : Quantum Key Distribution)の事業を開始されており、Q-STARの立ち上げにも参画されています。その取り組みについて教えてください。

島田:
Q-STAR発足により、各社の量子技術者が集まり、皆でひとつの方向に向かって議論できる場ができました。いま会員は50社ほどですが、まだ増えそうです。大事な点は、量子技術が何に使え、技術的にどう実装でき、どのような効果を生むのかということ。例えば、いま組合せ最適化問題を解くのに量子アニーリングマシンを使うなら、どうすれば簡単にイジングモデル(統計力学モデル)にマッピングできるようになるかといったことです。

伊藤:
全体的な構想を練るだけではなく、どの企業がどこを担うのかという分担も考えているのですか。

島田:
そういうことも含めて考えています。リファレンスアーキテクチャーモデル「QRAMI」(Quantum Reference Architecture Model for Industrialization)を作り、その中で各社が担うべき役割をマッピングして、海外のQED-C(The Quantum Economic Development Consortium)やQuIC(European Quantum Industry. Consortium)とも連携しようとしています。

「QRAMI」(出典:量子技術による新産業創出協議会「Q-STAR会員勧誘用ご案内資料」)。
立方体の左辺がLife Cycle & Value Stream、右辺がHierarchy Levels、上辺がLayersという構成。インダストリー4.0の「RAMI4.0」をモデルにして考案

伊藤:
真の意味でのオープンイノベーションになるわけですね。

富田:
QRAMIは大変良くできています。Q-STARの最初の成果ですね。いまある部分と足りない部分、伸ばしたい部分が明確に可視化できています。

島田:
突然すごい技術が登場しても「さあ使いなさい」とだけ言われたら困りますよね。普段から使うアプリケーションの裏側に量子コンピュータがあり、それを呼び出したら不可能だった計算をパッとやってくれるような仕組みが、普及させていくためには大切です。量子コンピュータは今後もどんどん機能が拡張されていくと思いますが、そのたびに何か変更しなければならないとユーザー側は大変です。そこでQRAMIで構造化して差異を吸収する層を作り、その部分だけ変更すればユーザーは何も変えずに従来通り使えるようにしようとしているわけです。


量子以外の技術との融合により社会に拡がりつつある量子技術

島田:
いまの量子テクノロジーのトレンドで押さえるべき点があれば教えてください。

富田:
量子暗号が実用化され、多くの実証実験が始まり、ユースケースを示すフェーズになってきています。日本の研究グループは、量子暗号と、秘密分散など量子以外の技術を組み合わせ、安全かつ高速なネットワークを構築しようとしています。量子通信では、ユーザーが使えるように技術を高めることがひとつのトレンドになっています。ほかにも通信距離を伸ばしたり、スピードを上げたりと、社会に受容される技術にすべく一生懸命に挑戦しています。

島田:
我々もJPモルガン様と量子鍵配送ネットワークがブロックチェーンの通信保護に使える点を初検証しました。またNTT様とはPQC(Post-Quantum Cryptography)と量子暗号通信(QKD)の長所を組み合わせ、光通信で8K映像のリアルタイム暗号化伝送を実施しました。エンドツーエンド・ソリューションでは、量子技術と一般技術の融合は欠かせません。

伊藤:
量子コンピュータの最終目標は、計算処理の速度や性能を上げることに尽きますが、それがなぜ必要とされるのかが鍵になります。最近ブレイクスルーとなる出来事がありました。従来ノーベル物理学賞は、新たに見出した理論や発見に対して与えられていましたが、昨年、真鍋 淑郎先生の地球温暖化を予測する気候モデルが受賞しました。これは私が知る限り、計算結果に対して与えられた初めてのノーベル賞ではないかと思います。
このような潮流において計算機の更なる向上が求められていく中で、今のスーパーコンピュータやAIといったいわゆるシリコンの半導体技術の発展は、ムーアの法則の限界で減速する可能性があります。その時の補完技術のひとつが、量子コンピュータであって欲しいと思っています。


力業のデジタルコンピュータか、ナチュラルな量子コンピュータか

島田:
アニーリングマシンによるシミュレーションをしていると、最もエネルギーの低い基底に落ちて解が得られるので、直感的な答えが返ってきます。これは人の行動に似ている気がします。行動経済学ではヒューリスティックと言いますが、理由は分からないけれど、ある程度は正解に近い解を経験則で解いている。すると、全て計算して解を得ようとするデジタルコンピュータのほうが、普通ではないのではないかと感じます。

富田:
デジタル化は、いったん抽象化しゼロイチにして計算します。一方、量子コンピュータは物理現象を応用し、モノとロジックが一体で動いて計算します。それが量子の面白味でもあり、難しいところだと思います。アナログのスパゲッティ・コンピュータは、スパゲッティを適当に折り、手でまとめて机でトントン叩けば最低値がパッと分かる最速のコンピュータなので、近いところがありますね。

伊藤:
計算性能を上げるだけなら、必ずしも量子コンピュータでなくてもよいのかもしれません。量子インスパイアードで、いろいろなシリコンに実装していくうちに、どんどん進化していく可能性も十分あります。アニーリングも同様です。どのような組み合わせが計算機の発展を支えるか、そう考えるとこれ自体が組合せ最適化問題なのかもしれませんね。

島田:
ただ我々のSQBM+、シミュレーテッド分岐マシンを開発した研究者に言わせると、やはり自由な(汎用型)ゲートをどうしても作りたいということでした。

伊藤:
それは平泳ぎの選手が、自由形競技で泳ぎたいと思うのと似ているもしれませんね。いまは皆さんフリースタイルをクロールで泳いでいますが、一番早い泳ぎ方が平泳ぎなら、それで戦っても優勝できますから。

島田:
そうです。私のようなビジネス側の人間から見ると、何を実現できるかに関心があり、量子をどのぐらい使っていようが使っていまいが関係なく、世の中にインパクトを起こせるなら、手段を選ばずという気持ちもあります。

伊藤:
しかし量子なら何か良いことがあるかもしれないと期待しているわけですよね。

島田:
もちろんです。アニーリングのシミュレーテッドが、普通のデジタルコンピュータにない自然な感じがするのが気になっています。だから膨大なデータを投入し、瞬間的にヒューリスティックに答えが出ると、人間が出すような答えと似てくるのではと思います。すると、いま感じているデジタルの違和感が抜け、量子で新たな体験が生まれるかもしれません。

株式会社 東芝 代表執行役社長CEO 島田 太郎


量子を古典コンピュータにラップする技術や両者のベストミックスが重要

島田:
現在、我々が技術的に一番克服すべき点とは、どのようなところでしょうか?

伊藤:
まず、レールが敷かれている超伝導型の量子コンピュータ、イオントラップ型の量子コンピュータについては、それぞれの課題が明らかですが、その課題を克服できるかどうかが問題です。10年先では克服できなくとも15年先には乗り越えられる別のアプローチ手段があるかもしれません。
もっと大きな意味で、今後、量子コンピュータで何ができ、何ができないか、それをどう補うのかという課題として捉えると、我々もダイナミックにひたすら学び続けて対応できる柔軟性がないと解決は厳しいと思います。

富田:
ソフトウェアの課題もあります。当面必要なのは、量子と古典(コンピュータ)のベストミックスです。また、大きな問題をどのように上手く分割し、勘所だけを量子にやらせ、美味しい果実を取れるかどうか。もうひとつ重要な論点は、量子を上手くラップし、古典に詰め込み、見えなくすることではないかと思います。

島田:
そういう話をQ-STARで盛んにしています。あるところは量子、別のところはシリコンに任せるプラットフォームを作ろうと。これを標準化し、特定技術でブロックされないことを目指しています。ビジネス側からすると、その辺りが最重要の技術だと思います。何でも吸収し、良いものを貪欲に取り込んでいきたいです。

伊藤:
難しい、無理なのではないかと思っていたことが、皆が考える中で誰かがポンとブレイクスルーして、次々とできるようになってきた連続の20年で、いま量子コンピュータになっているわけです。ですから、この加速のままいくと、何ができないかではなく、何を克服すべきかが問題だと思います。
意外と奥が深いようでいて、実は非常に自由なのが量子の研究です。面白いのが、数学、応用数学と計算科学などの分野の基礎研究と非常にリンクしていることです。企業にも得意な方が多くいらっしゃる分野ですが、アカデミアの数学力と一緒に組むと克服できることがあると思います。


まずは量子の世界に触れ、最先端の研究にどっぷりハマることが大事!

島田:
量子コンピュータのビジネス応用で、注視したい点があれば教えてください。

伊藤:
もともと量子の性質で決まる分子の化学反応や合成などのナチュラルなものは、ゼロイチの二進数の世界に無理やり変換すると、すごくコストが掛かります。だから素直に量子でやればよいとリチャード・ファイマンは言っています。このように、量子コンピュータの中で化合物などを作っておき、量子の世界で機械学習を適用する量子機械学習というビジネス応用があります。
もうひとつは、超並列計算が使えるなら、モンテカルロ・シミュレーション(乱数サンプリングを繰り返し実行することによって、ある範囲の結果が発生する可能性を算定する計算アルゴリズム)のように何種類もの「場合の数」を試せばよいのです。ただ古典的データを量子側に移し、また古典に戻すとコストが掛かかるため、計算が圧倒的に速くなることが必要条件です。コストと処理のバランスを考える必要があります。

島田:
昔、私は飛行機設計で流体解析をやっていたのですが、本当に大変でした。そういう計算も量子コンピュータで可能ですか。

富田:
解けることにはなっていますが、もう少しコンピュータで誤り訂正ができるようにしないと厳しいという話もありますね。

島田:
粒子の流体を可視化する作業はデジタルではアンナチュラルな世界で、空間メッシュを切るだけで1ヵ月も掛かりました。最後に、量子技術をビジネスや産業に活用したい皆様に一言いただけますか。

伊藤:
個人か企業かで立ち場が変わりますが、企業であれば大学に誰か派遣してはいかがでしょうか。研究にどっぷり浸り、博士号取得を目指してみてはと思います。まず量子技術の最前線を体感し、従来の古典力学の経験と合わせてみる。そこで得たものを1か月に1、2回会社に戻って共有するだけでも、投資の元が十分に取れると思います。

富田:
それはとても良いアイデアですね。やはり触ってみることが大事です。特に量子コンピュータや量子通信は、モノがついて回るところがあります。実際に光を飛ばし、フォトンカウンタで光子を検出するだけでも楽しい。やがて「光子が見えてくる」「光子の気持ちがわかる」ようになりますよ。また、そのような自分の体験と、数学と言いますか理論的な形式とがうまくはまってくると、量子が分かってくるのではないかと思います。

島田:
触れて体感してみることが大事。こういうことを実践している人たちがQ-STARにも多く集まっていますので、ぜひご参加ください。本日はありがとうございました。


執筆:井上 猛雄


関連情報

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2022年3月現在のものです。

おすすめ記事はこちら

「DiGiTAL CONVENTiON(デジタル コンベンション)」は、共にデジタル時代に向かっていくためのヒト、モノ、情報、知識が集まる「場」を提供していきます。