特集:社会の新たな価値を拓くデータの力

AIをはじめとするデジタル技術の進展により,私たちの身の回りでは日々,膨大なデータが生まれ,その活用が急速に広がっています。一方で,データの改ざんやAIを標的にしたサイバー攻撃など,データ活用に伴う新たなリスクが顕在化しています。この特集では,こうした課題に向き合い,信頼できるデータ活用技術とデータの力で社会の新たな価値を拓(ひら)く,東芝の取り組みを紹介します。

特集:社会の新たな価値を拓くデータの力

谷川 均

設備のIoT(Internet of Things)化や各種センサーの普及は,産業の領域を超え,人々の社会生活の隅々にまで浸透して,膨大なデータを生成する源泉となっている。これらのデータをどのように活用するかが企業の競争力を左右する時代に突入した。近年,飛躍的な進化を遂げるAI技術は,この膨大なデータの力を実用的な“価値”へと転換する強力なエンジンとして機能し,企業の持続的成長や社会の安定に不可欠な基盤となりつつある。このような中,データの力を最大限に活用すると同時にリスク管理も行う“信頼できるAI”の実現が,急務となっている。

東芝は,最新の技術と信頼できるAIにより,攻めのデータ活用と守りのリスク対策を進め,データの力を最大限に引き出して社会の革新と安定化に取り組んでいる。

山上 優太・古田 哲朗

近年,局地的大雨が頻発しており,鉄道などの社会インフラの現場では,こうした降雨を想定した安全かつ安定な運用が求められている。しかし,局地的な降雨は空間的なばらつきが大きく,運用判断に十分な精度で降雨状況を把握することは容易ではない。

このような中で,東芝は,長年培ってきた気象レーダーの解析技術を基盤として,気象データサービスを提供している。その一つである現況降雨量サービスは,高精度な雨量推定技術により,現在の降雨状況をリアルタイムに把握することを可能としている。今回,実際の鉄道路線を対象として現況降雨量サービスの雨量推定技術を適用した結果,従来は困難だった局地的大雨の観測が可能になり,鉄道運行の安全性向上及び安定運用に寄与することを確認した。

和氣 正秀・吉谷 直人

社会インフラの老朽化と担い手不足により,AIを活用した保全点検の効率化と判定品質の平準化が急務となっており,インフラ事業者が保有するデータを生かしたAI内製化と,継続更新を支える共通基盤が求められている。

東芝は,中日本高速道路(株)(ブランドネーム:NEXCO中日本)と連携し,東芝のAI共通基盤 SATLYS上でモデルベース型画像異変検知AIを用いた実証を行い,AIの専門知識がない人でも路面変状を検出するAIモデルの構築が可能であることや,運用面でも導入の迅速化に貢献できることを確認した。

小林 俊彦・岩佐 健治

半導体の製造工程は,デバイスの微細化や,工程数の増加,装置の高度化に伴い,品質データが大規模化かつ多様化していることから,品質解析業務の効率化・高度化が求められている。その手段としてAI技術が注目されているが,AIの効果を最大化するには,データを工程・装置・条件といった関係性を保ったまま一元的に管理できるデータ基盤が不可欠であり,従来型のリレーショナルデータベース(RDB)では,柔軟なデータ統合が困難であった。

このような背景から,東芝グループは,長年にわたる半導体製造の知見と独自のAI技術を融合し,製造データを一元的に管理・活用できるデータ活用基盤としてMeister SemiSmartDFを開発し,提供を開始した。実際の製造現場に適用した結果,不良解析に要する一人1日当たりの時間を4.2時間から0.5時間に短縮するとともに,スパースモデリングによって膨大な数の不良要因から可能性の高い要因を抽出可能とし,不良要因探索に寄与している。

船江 公希・合屋 琢・遠藤 清和

設備集約型事業では,設備の高経年化や人材不足から,限られたリソースで設備の保全・更新を行う必要があり,その意思決定を高度に支援するソリューションが求められている。一方で,設備状態を示すOT(制御・運用技術)データと,保全履歴や計画,コストなどのIT(情報技術)データは,現状では組織の中で分断されているため,全体最適な判断には十分活用できていない。

このような背景から,東芝は,OTデータとITデータを統合しデジタルツイン上で活用することで,データに基づく設備保全・運用の意思決定を支援する設備保全・運用統合ソリューションを考案した。OT・ITデータ統合により,従来の時間基準保全(TBM)や状態基準保全(CBM)に比べて,より高度なリスク基準保全(RBM)に基づく,全体最適な保全計画,設備投資計画の策定を支援できる。

城田 祐介・若松 友裕・金井 達徳・中田 康太

生活者の実購買行動を捉えるビッグデータとして,電子レシートへの注目が高まっている。一方,その膨大で多様なデータから市場構造や潜在ニーズを抽出するには,従来では対応が困難であった分析に,高度AIを適用することが求められていた。特に,従来のカテゴリー体系に依存せず,“買われ方”に基づいて商品を独自に再分類して市場構造を理解することや,分析結果を迅速かつ客観的に意味付けすることが課題となっていた。

これらの課題に対応するため,東芝は,購買ビッグデータに特化した複合AI技術“レシートインフォマティクス”を開発した。嗜好(しこう)クラスタリングAIによりニーズ軸を自動抽出し,従来は得られなかった高付加価値な市場インサイト(気付き)の創出を可能にした。また,AIであるLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)による特徴要約との統合により,クラスター(グループ)への適切なラベル付与を自動化し,市場全体を俯瞰(ふかん)した構造理解を容易にした。

山口 泰平

高齢化や慢性疾患の増加に伴う医療費の拡大抑制に加え,感染症流行への備えが社会課題となっている。これに対応するため,実世界で継続的に得られる健康・医療データを統合・解析し,得られた知見を医療・ヘルスケア分野に還元して予防医療支援や施策改善に役立てる基盤が求められる。

東芝は,国内の東芝グループ従業員約19,000人の健康・医療データに,勤怠や購買といった職域・行動データなどを個人単位で連結して蓄積した企業コホート(以下,東芝企業コホートと呼ぶ)を構築し,複数の研究機関と共同研究を進めてきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの追加接種後副反応調査では,蓄積データに追加問診データを接続して遺伝要因を探索し,減塩介入RCT(ランダム化比較試験)では,個別化予防の実装可能性と課題を明らかにした。これらは,企業コホートが平時の予防医療と有事の迅速な要因解析を支える実践的基盤となり得ることを示唆する。

齋藤 稔・遠藤 浩太郎

生成AIの進展によりデジタルデータの偽造が容易になる中,企業間でやり取りされるデータの真正性確保が喫緊の課題となっている。改ざん困難な分散台帳であるブロックチェーンは,第三者に依存せずにデータの信頼性を確保でき,この課題に対する有力な基盤技術である。

東芝グループは,改ざん検出・業務ルール強制・機密性確保を多層的に備えた企業向けブロックチェーン DNCWARE Blockchain+(以下,BC+と略記)を開発し,物流管理や自治体電子契約で本格稼働を実現した。更に,ステーブルコインとのブロックチェーン間通信(IBC:Inter-Blockchain Communication)による決済自動化や,AIエージェントの統制と取引自動化に向けた技術検証を進めている。

三原 功雄・小松 みさき

AIの利活用が拡大する中で,その安全性や信頼性を確保するためのリスク管理が重要な課題となっている。これに対し東芝は,信頼できるAIシステムの実現に向けてAIガバナンス(注1)を構築し,AIリスクマネジメントに取り組んでいる。特に,AIセキュリティに関するリスクへの対応は重要であり,継続的な評価と対策が求められる。しかし,外部提供API(Application Programming Interface)や既製モデルの利用など,内部情報へのアクセスが制限される実務環境では,従来の評価手法だけでは十分でない。

そこで,AIシステムをブラックボックスとして扱い,入出力挙動の分析によりリスク評価を行う“ブラックボックス型AIリスク評価技術”を開発した。この枠組みにより,運用中のAIシステムを含めた継続的なリスク管理を実現する実践的な手法を示した。

(注1)AIの利活用によって生じるリスクをステークホルダーにとって受容可能な水準で管理しつつ,そこからもたらされる正のインパクトを最大化することを目的とする,ステークホルダーによる技術的,組織的,及び社会的システムの設計及び運用。

一般論文

平野 樹・塩川 美雪・五反田 武志

再生可能エネルギー(以下,再エネと略記)は,将来の主力電源として期待されている。特に太陽電池は導入量が増えており,これまで以上に高効率化と長寿命化への要望も高まっている。

東芝のタンデム型ペロブスカイト太陽電池(ペロブスカイト/シリコンタンデム太陽電池:以下,タンデム太陽電池と略記)は,発電層の電流整合を含むデバイス設計と,パッシベーション(不動体化処理)により,エネルギー変換効率(PCE)において,2025年に,主流の単結晶シリコン太陽電池を上回る性能である約31.3 %を達成した。また,透明電極の成膜条件を最適化することで劣化を抑制して,長時間の光照射試験及び屋外試験において,優れた安定動作を実証した。更に,壁面・高架下など多様な日射条件での評価や,ガラス破損時に鉛が溶出するリスクに関する評価解析やフィールド実証を進めている。

森 義憲・吉田 剛・齋藤 卓也

真空バルブは,真空開閉機器の開閉部に用いられ,特に,電気接点に銀(Ag)–タングステンカーバイド(WC)系複合材料を適用した真空バルブは,優れた遮断性能と低サージ性能を実現している。真空開閉機器のうち,“真空コンタクタ”は,真空遮断器に比べて電気接点の開閉動作が多頻度であるため,機械的耐久性及び経時的な抵抗安定性も合わせて要求される。

東芝は,電気接点が真空中で接触/開離することにより生じる凝着現象に伴う電気接点表面の性状変化が,真空バルブの機械的耐久性と抵抗安定性に影響を与えることを明らかにした。この要因に基づいて改良を施した電気接点を真空バルブに適用し,実機を用いた長期性能評価により検証した結果,安定した抵抗値を示すことを確認した。

板寺 龍義・松浦 正和・樽木 久征

リニアーイメージセンサーは,コピー機などのOA機器だけでなく,工業・農業分野で不良・欠陥品検出を行う画像検査機器にも使用されている。このような用途では,高精細な画像を高速に取得することが求められる。高速化には,リニアーイメージセンサー自体の性能向上に加え,駆動回路や,出力信号の増幅回路など,外部のAFE(アナログフロントエンド)への対策も重要である。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,画素部の高感度化・電荷転送の高速化・SN比(信号対雑音比)向上などの技術の開発や,AFEの一部の内蔵化により,ラインレートを従来機種の約2倍の22.7 kHzに高速化したCCD(電荷結合素子)リニアーイメージセンサー TCD2400DGを実現し,2025年12月に製品化した。

R&D最前線

林 恭太朗

RAGとPython実行環境を備えたAIエージェントを構築し,画像処理の専門家と同等の検査パラメーター調整を実現

製造現場での外観検査では画像検査による自動化のニーズが高まる一方,画像検査の立ち上げまでに時間を要し,立ち上げ後も運用の負荷が高いという問題が顕在化しています。また,生成AIなどの発展で,自然言語の指示で生成AIが複雑なタスクをこなす仕組み(AIエージェント)が登場しました。

そこで,負荷低減のニーズが高い検査パラメーター調整のタスクで,画像検査の立ち上げ・運用を支援する“検査用AIエージェント”を開発しました。RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)とPython言語の実行環境を備え,画像処理の専門家と同等の調整ができ,負荷低減に有効であると確認しました。

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