特集:あかり・光の基盤技術とデータ活用による新しい価値の創造

あかり・光は,生活空間の照明や,産業用途での紫外線(UV)照射などに使われてきました。近年は,これらの基盤技術に加え,目覚ましく進化するデジタルやIoT(Internet of Things)の技術を取り入れて,空間や人の状態の画像認識や,照射装置自体 が持つデータの活用によって,これまでにない価値やサービスを生み出し,利便性を向上させています。この特集では,センサーや,AI,画像処理などの技術を適用した,あかり・光の新たなアプリケーションやソリューションを紹介します。

創業150周年記念シリーズ

特集:あかり・光の基盤技術とデータ活用による新しい価値の創造

井上 優

Lighting 5.0の理念の下,照明は,明るさを提供するための機器から,安全性・快適性・環境適合・データ活用といった多様な価値を提供する知的インフラへと進化し,その技術領域が拡張している。

東芝ライテック(株)は,照明器具を利用したセンシングと人物認識AI解析を組み合わせた不安全行動検知や,照明機器の無線通信による省エネ性・施工性改善,UV(紫外線)光を利用した除菌技術,CPS(サイバーフィジカルシステム)のデジタルツインを活用した照明装置の現地調整・保守の遠隔化など,照明を起点とした新たな価値創出に取り組み,社会課題の解決に貢献している。

大鳥 海空・高柳 佳幸・西垣 英則

製造現場では,事故の未然防止と事故発生後の迅速な対応を両立することが求められている。従来の安全活動は,現場管理者の目視確認に頼っており,事故につながる不安全行動の見逃しや事後対応の遅れといった問題があった。

東芝ライテック(株)では,カメラ付き照明器具を提供しており,今回,これによって捉えた映像を元に,AIによる映像解析技術を活用して,現場の不安全行動を自動検知・通知する映像解析システムを開発した。保護眼鏡や手袋といった保護具の着用/非着用の誤りや,製造現場における代表的な不安全行動及び転倒を対象とし,これらの即時検知と即時通知を可能にした。

石坂 大介・藤原 健一・南澤 晃

カーボンニュートラルの実現に向けて,省エネへの関心は年々高まっている。一方,オフィス環境は,テレワークやフリーアドレス化などが普及したことで出社形態や作業内容が多様化し,照明や空調を適切に制御することが困難となっている。

東芝グループは,東芝グループの研究開発新棟のオフィス空間にて,カメラ付きLED(発光ダイオード)照明 ViewLEDと各種機器から得られるデータを連携・活用し,執務者の人数・位置などに対して照明と空調の運用を最適化する制御で,デジタルツインを活用した省エネ実証実験を行っている。今回,在席率60 %では,既存の制御に比べ,照明での約46 %の削減と空調での約15 %の削減などの省エネ効果を得た。また,在席率が10~50 %の範囲では在席率が低いほど,効果が大きい傾向にあることを確認した。この最適制御で,オフィス環境多様化に対応した提案が可能である。

小野 智嗣・村木 健佑・杉田 瑞樹

照明の制御による省エネは,ビルなどの大規模施設で導入が進んでいた。近年,小規模の施設でも導入の要望があるが,導入する際の手軽さが求められている。

東芝ライテック(株)は,小規模施設向け無線照明制御システム LinkLED Airを2024年4月より提供している。LinkLED Airは,無線で照明制御することで,照明器具のリニューアル時に配線工事が不要で,容易に導入できる。今回更に,センサーによる自動制御機能を追加するために,データ欠損の確率を下げる通信方式と,設定・操作用のタブレットやセンサーの情報などに優先度を設定して,重要なデータを優先的に伝送する制御技術を開発し,信頼性と応答性を向上させた。これにより,多数のセンサーが同時に動作する環境でも,安定した動作を実現した。

佐古田 莉々杏・酒井 香美・諏訪 天嶺

劇場運営では,下見機会の不足や,設備・座席に関する問い合わせ対応,保守管理の煩雑さなどが課題となっている。また,近年,社会全体でデジタルトランスフォーメーション(DX)が進展する中,劇場分野でも3D(3次元)視覚化やデータ活用による業務支援が求められている。

東芝ライテック(株)は,空間3Dスキャン技術を用いて劇場内部を高精度に再現して様々な劇場情報を搭載し,教育や遠隔対応にも応用可能なバーチャル劇場案内サービス Theatre Conciergeを開発した。このサービスを導入した劇場では,座席案内の効率化や,クレーム削減,月平均4,000回のアクセス実績などの効果が得られ,顧客満足度向上に貢献している。

伊東 慧

近年,ウイルス・細菌の除去や,製造工程の樹脂硬化などの目的で,紫外線(UV)照射装置の需要が高まっている。一方,社会全体の労働力不足の影響で,UV照射装置の利用現場でもメンテナンスの人材が不足している。

東芝ライテック(株)は,UV照射装置に外付けして,装置が持つ各種センサーのデータを基に,常時,状態監視するUV照射装置モニタリングシステムを開発した。突発的な異常や,緩やかな性能劣化を検知することで,メンテナンス業務を支援する。今後は予知保全などの機能を拡張し,照明メーカーとしての長年のノウハウを生かした付加価値を提供していく。

一般論文

大野 博司  ・ 加納 宏弥  ・ 大野 啓文

半導体をはじめとする様々な製造工程で行われている外観検査では,製品表面の微小欠陥を迅速かつ高精度に検出し,その3次元(3D)形状を正確に識別して不良判定を行うことが求められる。しかし,高低差がナノメートルレベルの極微小欠陥は,傾斜が非常に緩やかなため,従来の撮像技術では明暗のコントラストが付きにくく,検出が困難であった。

そこで東芝は,極微小欠陥からの反射光の微細な方向変化を色情報として捉える撮像光学系と,教師なしの深層ニューラルネットワーク(DNN)により3D形状を再構成するアルゴリズムを構築した。これにより,1枚の画像から高低差32 nmの欠陥形状が再構成可能であることを試作機で実証し,開発した技術の有効性を確認した。

安住 壮紀・山下 浩明 ・子迫 修司

東芝グループは,Si(シリコン)パワーデバイスであるMOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)やIGBT(絶縁ゲート型バイポーラートランジスター)の動作中に生じるスイッチングノイズを予測するシミュレーション技術を開発した。実機動作を再現する等価回路の詳細なモデリングによって,パワーデバイスの設計段階でスイッチングノイズが計算可能になった。

この技術を,試作したMOSFETやIGBTに適用し,それぞれのスイッチングノイズのレベルとその発生メカニズムを明らかにした。メカニズムを基にスイッチングノイズを抑えた設計をすることで,設計の後戻りを抑制し,開発効率の向上を図る。

新井 卓郎・張 剣韜

蓄電池や空調機などに用いられる電力変換器は,高効率化が望まれている。これは,省エネだけでなく,冷却器の小型化や削減による軽量化,故障率低減などにも寄与する。低圧向けでは低コストの要望もあり,高価な半導体デバイスや制御回路用ハードウェアを用いた高効率化は難しい。

東芝は,車載機器や情報通信機器などで使われる安価な低耐圧デバイスを利用し,高効率で経済性も考慮した低圧向けマルチレベル変換器を開発した。独自開発の変換器制御アルゴリズムで,損失増加を抑制しながら経済的な汎用マイコンでの制御を可能にした。開発したマルチレベル変換器を日本キヤリア(株)製200 V系空調機用アクティブフィルター(APF:Active Power Filter)に適用し,同空調機に従来使用されていたAPFと比較して,デバイス損失を約70.6 %,APF全体損失を約38.6 %低減し,変換器の冷却ファンやヒートシンクの削減も実現した。

R&D最前線

久保 悠

設計段階で超音波接合プロセスを適正化し,開発リードタイムを短縮可能にする接合挙動予測技術を開発

カーボンニュートラルの実現に貢献するパワー半導体や二次電池では,アルミニウム(Al)などの金属板の接合に超音波接合が多用されます。しかし,超音波振動と接合荷重を同時に加えて接合するため,接合状態の予測が難しく,接合ツールや接合プロセスの選定に試行錯誤が繰り返されています。

そこで東芝は,試作せずに接合状態を予測し,設計段階でツール形状やプロセス条件を適正化することを目指し,音響解析を活用した熱–構造–音響連成解析技術を開発しました。2枚のAl板を積層する構造をモチーフに,超音波接合中の変形形状・温度分布・接合率を予測し,実現象を良好に再現することが確認できました。

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