• 東芝レビュー 76巻6号(2021年11月)
東芝レビュー 76巻6号(2021年11月)

特集:データ社会に向けたHDD

SNS(Social Networking Service)などで人々が生成するデータに加え,IoT(Internet of Things)により機器・センサーから生成されるデータも爆発的に増加しています。また,このようなデータ社会では,先端学術研究からビジネス・社会サービスまで,それらのデータの分析・活用によるデジタルトランスフォーメーション(DX)が推進され,大量のデータを安価に保存,処理することが重要になっています。

東芝グループは,マイクロ波アシスト記録や瓦記録などの新しい磁気記録技術を用いた大容量HDD(ハードディスクドライブ)を提供することで,データ社会の進展に貢献しています。

特集:データ社会に向けたHDD

山本 耕太郎

本格的なデータ社会の到来によって,世界中で生成・収集されるデータ量は指数関数的に増加するとともに,蓄積されたデータの価値もこれまで以上に高くなっている。この飛躍的に増大するデータを経済的・効率的に保存・活用する上で,ハードディスクドライブ(HDD)の果たす役割は大きい。HDDは,TCO(Total Cost of Ownership)(注1)の優位性から,データセンターや監視カメラ市場の拡大などに貢献すると期待されている。

東芝グループは,エネルギーアシスト記録方式などの様々な革新的技術を適用した大容量HDD製品の開発・提供で,データ社会の推進に大きく貢献している。

(注1)コンピューターシステムの導入費用(初期投資コスト)から,保守・運用・維持費用(ランニングコスト)までを含む総コスト。

竹尾 昭彦・杉山 洋

クラウドサービスの普及やAIによるデータ解析技術の進歩などによって,データ活用が社会全体で進む中,データセンターなどでニアライン市場向けの大容量HDD(ハードディスクドライブ)の需要が高まっている。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,HDDの大容量化に対応し,データの高記録密度化を可能にするエネルギーアシスト記録方式の実用化を推進している。その第1段階として,当社独自の磁束制御型マイクロ波アシスト記録(FC-MAMR:Flux Control Microwave-Assisted Magnetic Recording)ヘッドを搭載した記憶容量18 T(テラ:1012)バイトのニアライン向け3.5型HDD MG09シリーズを製品化した。

下村 和人

インターネット上でプラットフォームを提供するデータセンター事業は,急速に拡大しており,膨大なデータに対応できる大容量ハードディスクドライブ(HDD)の需要が高まっている。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,HDDの大容量化をけん引する瓦記録(SMR:Shingled Magnetic Recording)方式のHDDへの適用を推進している。ヘッドの位置決め予測精度を向上させたサーボ技術及びSMR方式の特長を生かした記録済みデータの品質改善技術をMG09シリーズに適用することで,業界最大容量(注1)の20 T(テラ:1012)バイトのデータセンター向け3.5型HDD MA09シリーズを開発した。

(注1)2021年7月現在,高さ26.1 mmの3.5型HDDとして,当社調べ。

倉兼 紘・青木 隆雄

監視カメラ市場の拡大に伴って,監視用デジタルビデオレコーダーや監視用ネットワークビデオレコーダーで使用される大容量かつ高性能な監視カメラ用HDD(ハードディスクドライブ)の需要が増大している。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,瓦記録(SMR: Shingled Magnetic Recording)技術を適用した監視カメラ用3.5型HDD DT02-VHシリーズを製品化した。磁気ディスク1枚当たり2 T(テラ:1012)バイトの大容量化及び多数のカメラから同時に送られてくる動画データを効率的に記録するために,メディアキャッシュ(MC)を経由せずSMR領域に直接記録する処理を最適化すること,並びにデータサイズが小さいシステムデータを直接記録するCMR(Conventional Magnetic Recording)領域を設けることで,最大64台のカメラを接続できる高性能化を実現している。

前田 知幸・山田 健一郎

高度な機械学習やAIで大量のデジタル情報を処理できるようになり,HDD(ハードディスクドライブ)は,適切な待ち時間と低コストでデータにアクセス可能であることから,基幹となるストレージとして更なる高記録密度化が求められている。

東芝グループは,マイクロ波アシスト記録(MAMR:Microwave Assisted Magnetic Recording)の次世代技術と位置付けたMAS-MAMR(Microwave Assisted Switching-MAMR)の開発を進めている。実用化に向けて,今回新たなスピントルク発振素子(STO:Spin Torque Oscillator)を設計した。シミュレーションにより,STOの発振効率が向上し,マイクロ波磁界のトラック幅方向への広がりを抑制可能なことが確認できた。また,記録密度の向上も期待でき,MAS-MAMR実用化のブレークスルーにつながる技術である。

徳田 孝太・梶 桂子・石崎 聖和

ハードディスクドライブ(HDD)に搭載されるプリント基板には,大容量化に対応する高密度実装技術が求められる。特に,FPC(フレキシブルプリント基板)は,外形の制約が厳しい一方で,プリアンプICの多ピン・大型化によって,実装の難易度が高くなっている。工場でのHDD製造品質や生産性に影響することから,構想設計段階からの仕様最適化が重要である。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,3.5型HDDの大容量化に対応し,設計上流段階で部品仕様を決定するとともに,製造品質や,実装性,信頼性などを考慮した最適化設計を実施し,更に信頼性検証を行うことで,高密度・高信頼性基板を実現している。

一般論文

茂田 智秋・高野 俊也

機械学習の手法である強化学習(RL:Reinforcement Learning)では,制御対象の行動を試行錯誤的に変化させ,より良い状態となるような駆動ロジックを自動で構築できる。産業分野でモータートルクや速度精度が重要視される負荷では,駆動条件ごとに制御の調整が求められるので,RLの適用によって調整時間の短縮が可能になる。

そこで東芝インフラシステムズ(株)は,制御のリアルタイム性が重要となる制御対象として永久磁石同期電動機(PMSM)をモチーフに,RLを実時間で行うための駆動ロジック自動構築手法を開発した。コンプレッサーを模擬した負荷条件で,従来の比例積分(PI)制御と比べ速度脈動を1.6ポイント抑制できることを確認した。

鷲見 毅・小野寺 昭人

ソフトウェア開発では,開発の早い段階からソフトウェアを動作させてテストを行い,不具合を発見・修正して品質を確保する必要がある。しかし,社会インフラシステムなどでは,実際のハードウェアを用いた実機環境でテストを行うことが多く,必要な機材をそろえて実機環境を構築するまでに時間が掛かり,開発スケジュールが遅延するという問題があった。

そこで,東芝グループは,実機環境を仮想化し,実機レステストを可能にする仮想テスト環境を構築した。実機環境と比べ容易に準備できることから,仮想テスト環境を使って早期にテストを開始することで,開発期間の短縮やテスト工数の削減が可能になる。

大野 博司・大野 啓文・岡野 英明

製造工程の外観検査では,非破壊で高速な光学的撮像技術による自動化が進められている。しかし,微小欠陥を鮮明に撮像できない場合が多く,いまだに熟練者による目視検査に頼らざるを得ないことが多かった。

そこで,東芝グループは,微小欠陥の反射光の方向分布(BRDF:Bidirectional Reflectance Distribution Function)が正常面のものとは異なることに着目し,BRDFの違いを色情報として取得することで,深さ数μmの微小欠陥を周囲とは異なる色で瞬時に鮮明な画像にできる,ワンショットBRDF技術を開発した。試作機による評価実験の結果から,様々なサンプルの微小欠陥が鮮明化できること,更に,微小凸形状の光沢面の傾斜角分布も高精度に計測できることを確認した。

山口 雅夫

MFP(Multifunction Peripheral)は,コピーや,プリンター,スキャナー,ファクシミリなど,複数の機能を一つの機器に搭載した複合機で広くオフィスに普及しているが,高速化への対応などから動作音が不快になりやすい。

東芝テック(株)は,MFP動作音の聞き心地を改善する静音化・快音化技術の開発を進めてきた。そして,動作音の聞き心地を効率良く改善する手法を開発した。この手法は,動作音の快適性を表す数式を導出して感性を定量化し,音響シミュレーションを活用することで聞き心地の改善効果が大きい音を特定できる。これにより,試作機を製作する前に改善効果を把握できることから,試作回数や開発コストの低減が可能になる。

中込 宇宙・高橋 優也・古谷 健一郎

再生可能エネルギーとして注目される地熱発電では,地熱蒸気に含まれる成分の一部が蒸気タービン内の構造物表面(以下,タービン内部表面と呼ぶ)に付着・堆積し,スケールが形成されることで機器の劣化や発電出力の低下を引き起こすため,スケールの抑制で地熱発電所の利用率を向上させることが求められている。

そこで東芝エネルギーシステムズ(株)は,環境負荷が小さく,粒子分散性を持つ界面活性剤を蒸気中にスプレーすることで,タービン内部表面へのスケール量を低減できるスケール形成抑制技術を開発し,地熱蒸気を用いた実証試験によって有効性を確認した。この技術の適用で,地熱発電所の利用率向上と地熱発電の拡大に寄与すると期待される。

小川 昭人・紺田 和宣・平栗 一磨

物流の現場では,作業の自動化ニーズが高まっている。しかし,対象となる物品の種類や保管状態は様々であり,指定動作を繰り返すような従来技術での自動化では,対応が困難になっている。

東芝は,物流自動化ソリューションのエッジコンポーネントとして,様々な形状や質量の物品に対応可能な知能化ピッキングロボットを開発した。真空吸着把持方式と挟み込み把持方式の切り替えが可能なハイブリッドハンド,及び計画制御技術の搭載で,真空吸着方式単独では難しかった複雑な形状に対応する。対応品種が拡大したことで,多様な物品を扱う物流現場の自動化に貢献できる。

R&D最前線

牛山 隆文

複雑な荷降ろし動作を計画する技術と,荷物とアームの衝突を回避する制御技術で,作業の安全な実行と高速化を実現

eコマース(電子商取引)の普及に伴う物流量の増大により,物流現場での労働力不足が顕在化しています。省力化や生産性向上のため,AIやロボット技術を活用した自動化への要求が高まっています。

東芝は,不規則に積まれた荷物に対応した荷降ろしロボットを開発しています。荷降ろしの複雑な動作を安全かつ高速に実行するため,ロボット内部での荷物とアームの衝突を事前に予測し,最適なタイミングで複数の動作シーケンスを同時に実行する計画・制御技術を開発しました。これらの技術を適用して荷物の把持と排出の動作を並列化することで,非適用時の荷降ろし性能に比べて約30 %高速化できることを,シミュレーションで確認しました。

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