2026年9月4日
株式会社東芝

通信・広告・金融などの分野で動的に変化する環境に対応する「量子インスパイアードリアルタイムブラックボックス最適化技術」を開発

-利用者や市場の状態を直接把握できない環境でも、状態変化にリアルタイムで追従しながら最適な制御を実現-

概要

当社は、通信、広告配信、金融など、利用者や市場などの状態を直接把握できない環境においても、状態の変化にリアルタイムで追従しながら最適な制御を実現する「量子インスパイアードリアルタイムブラックボックス最適化技術」(以下、本技術)を開発しました。
制御対象の内部の状態を把握せずにブラックボックスとして扱い、制御条件の変更等を繰り返して、その結果となる応答を観測する試行錯誤サイクルを通じて望ましい応答を実現する技術は「ブラックボックス最適化」と呼ばれています。
従来のブラックボックス最適化は、対象の状態が変化しないことを前提としていました。本技術はこれを拡張し、利用者や市場のように動的に変化する対象に対しても適用できるようにしたものです*1。本技術により、無線通信における効率的な利用者と基地局の割り当てや、利用者の特性に合わせた広告の選択、需要供給に応じて価格が変動するダイナミックプライシングなどを、より高効率に制御できるようになります。本技術は、量子技術に由来する(量子インスパイアード)最適化計算機である「シミュレーテッド分岐マシン(以下、SBM)」*2-7の高速な組合せ最適化能力を活用しています。

無線通信、広告配信、金融などの分野においては、対象とする利用者や市場の状態を直接把握することなく、望ましい応答を実現する制御システムが求められます。例えば、無線通信では、多数のユーザーの位置を直接把握することなく、基地局からの電波の方向と強度を制御し、単位時間あたりに送受信可能なデータ量(以下、通信スループット)を最大化することが求められます。このような課題に対する有力なアプローチの一つが、ブラックボックス最適化です。
このたび、当社は、既存のブラックボックス最適化技術を拡張させるアルゴリズムと、独自の量子インスパイアード最適化計算機であるSBMの革新的な低遅延性と最適化能力を活用することで、従来難しかった対象を制御可能としました(図1)。具体的には、(1) 利用者の位置や嗜好などを直接把握できない、(2)利用者や市場など状態が常に変化する、(3) 多数の制御パターンの組み合わせからの最適な選択が必要、という実用上重要でありながら従来困難であった対象を新たに制御可能としました。移動する多数のユーザー向けの無線基地局の最適な制御を想定した評価では、通信スループットを従来技術比で平均21%向上できることを確認しました(図2,動画)。また、本技術は1回あたり平均38.5ミリ秒で制御条件を更新でき、リアルタイム制御を実現しています。
本成果は、2026年9月3日付(英国時間)で国際学術誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました*1

図1:今回開発した「量子インスパイアードリアルタイムブラックボックス最適化技術」

開発の背景

制御対象の内部の状態そのものの情報を必要とせずにそれをブラックボックスとして扱い、制御対象へ実施する行動とその結果として観測される応答の情報から、制御対象の望ましい応答を得られるようにする技術をブラックボックス最適化と呼びます。ユーザーにサービスを提供する産業システムにおいては、ユーザー側の状態、行動や嗜好などを産業システム側は直接把握することができないことが多いため、ブラックボックス最適化は有用なアプローチの一つです。しかし、制御システムが、複数の要素行動の組合せからなる組合せ行動の選択を扱う場合、取り得る行動の数が膨大となり(組合せ爆発)、その要素行動の間に相互作用(協調的作用やトレードオフ関係)があると、最適な組合せ行動の選択は難しい問題となります。さらに、従来の組合せ行動を考慮できるブラックボックス最適化技術は、対象の内部状態が変化しない(静的である)ことを前提にしており、時間とともに内部状態が変化する(動的である)対象を扱うことはできませんでした。
組合せ行動を考慮するブラックボックス最適化技術を、さらに動的な変化に追従できるように拡張する問題が、難しい課題として残されていました。

本技術の特長

そこで当社は、従来のブラックボックス最適化技術を拡張し、内部状態が直接把握できずかつ動的に変化する場合でも、組合せ行動を扱う制御を実現する「量子インスパイアードリアルタイムブラックボックス最適化技術」を開発しました。本技術は、ブラックボックス最適化技術を、動的な変化に追従し、かつ、組合せ行動を扱えるように拡張する新たな(1)ブラックボックス最適化アルゴリズムの開発と、(2)SBMを用いた試行錯誤サイクルの高速化の2点からなります。

(1)ブラックボックス最適化アルゴリズム

ブラックボックス最適化では、これまでに試した行動とその時の応答の履歴(学習)データに基づき制御対象の内部を推定した代理モデルを構築します。今回、動的変化への追従を実現するために3つの機構、①学習データのスライディングウィンドウ管理(古い学習データから逐次忘却する仕組み)、②代理モデルの自然忘却(試行錯誤サイクルの度に前回の代理モデルを一部忘却し、最新の学習データにより適合させる仕組み)、③探索インセンティブ(探索を促進するよう代理モデルを修正する仕組み)を導入しました(図1)。これらにより動的に変化を続ける内部状態を推定しながら、安定して望ましい応答を実現・維持することを可能とします。

(2)SBMを用いた試行錯誤サイクルの高速化

本技術では制御対象が次に実施する行動は、代理モデルの最適化問題の解として決定されます。組合せ行動に対応できる代理モデルの最適化は、膨大な選択肢の中から相互作用を考慮しつつ最適な組合せを探索する難しい問題となります。当社はこれまで、大規模・複雑な組合せ最適化問題を高速に解くSBM*2*3*4および、SBMを核とする車載*5、通信*6、金融*7などの様々な産業システムを開発してきました。本技術で、計算時間だけでなく他のシステムモジュールとの通信時間も短いことを特徴とする組込み型SBMを使用することで、試行錯誤サイクル全体の実行時間を短縮し、リアルタイム応答性を実現しています。
本技術を、移動する多数のユーザー向けの無線基地局の最適な制御に適用しました(図2、動画)。設定した問題では、37個の基地局がそれぞれ、方向と強度の異なる9通りの電波送信パターンから1つを選択します。組合せ数は9の37乗通りと膨大になります。制御システムはユーザーの位置を直接知ることなく、移動する多数のユーザーとの総通信スループットを最大化するように、複数の基地局から送信する電波の方向と強度を電波干渉を考慮しつつ最適化します。その結果、通信スループットの向上とリアルタイム制御の両立を確認しました。

図2:無線基地局の最適な制御における提案技術と従来技術の比較

動画:無線基地局の最適な制御のデモンストレーション(動画リンク有)

今後の展望

今後は無線通信システム、広告推薦システム、ダイナミックプライシングシステムなどへの適用を進めます。また、組込み型SBMを利用可能なオンプレミス型の開発環境において、本技術を搭載したアプリケーション実装例を提供する予定です。これにより、量子インスパイアード最適化技術の社会実装を推進します。