概要
当社は、刻々と状況が大きく変化する現実環境において、組合せ最適化問題を高速かつ安定して解く「量子インスパイアード最適化フレームワーク」を開発しました。
無線通信や車載システム、ロボットなどが実際に使用される現実環境下では、通信状況や周囲の移動体、センサー情報などが時間とともに変化し、問題の規模や条件も逐次変化します。このため、こうした環境で動作する実システムには、変化に応じつつ、短時間で適切な解を導き続ける継続的な最適化が求められます。
今回開発したフレームワークでは、当社独自の量子インスパイアード最適化計算機「シミュレーテッド分岐マシン」(以下、SBM)に、問題の状況を判断するAI(以下、最適化制御AI)とイジングモデル(*1)の圧縮技術を組み合わせました。最適化制御AIは、入力される問題の特徴に応じて、SBMの適切なパラメータと実行マシンを自動で選択します。さらに、イジングモデルの圧縮により、データ転送や演算に要する時間を削減し、システム全体の低遅延化を実現しました。これらの技術により、現実環境における多様な条件下でも高速化と安定性を両立し、継続的な最適化を実行できます。無線通信端末の通信タイミングのスケジューリングを想定した評価では、従来手法に対する速度優位性を確認しました。
本成果は、2026年6月16日付(英国時間)で国際学術誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました(*2)。
開発の背景
物流、通信、モビリティ、ロボットなどの分野では、限られた資源の配分や、複数の候補から最適な組合せを選ぶ組合せ最適化問題が数多く存在します。例えば、無線通信では周波数や時間スロットの効率的な割り当て、車載システムやロボットの分野では周囲の移動体や障害物の状況に応じた認識や追跡、経路選択、タスク割り当てなどを短時間で実行する必要があります。これらの分野の現実環境では、通信状況や周囲の環境、センサー入力の変化に伴い、最適化問題の規模や条件も変化します。そのため、実システムには、条件が変化しても継続的に安定した性能を発揮し続けることが求められます。
当社はこれまで、SBMの研究開発を進め、大規模な組合せ最適化問題を高速に解く技術(*3)(*4)(*5)や、組込み機器上でリアルタイムに最適化を実行する技術(*6)を開発してきました。一方、現実環境での適用拡大に向けては、問題の規模や条件に応じたパラメータ調整の負担を低減するとともに、条件の変化に応じて自動的に適切な実行条件を選ぶ仕組みづくりが課題でした。
本技術の特長
そこで当社は、問題の特徴に応じて状況判断を行う最適化制御AIとイジングモデルの圧縮技術を組み合わせ、SBMで幅広い条件変化に応じた継続的な最適化を実行する量子インスパイアード最適化フレームワークを開発しました。主な特長は以下の通りです。
最適化制御AIによる状況判断と自動調整により、条件変化に対応
SBMなどの最適化計算機の高い性能を引き出すには、対象問題の規模や条件、求められる解の品質、許容される計算時間に応じて、パラメータを個別に調整する必要があります。しかし、無線通信や車載システム、ロボットなどの実システムでは、通信状況や周囲の移動体、センサー情報などが刻々と変化するため、固定的なパラメータ設定では安定した性能を維持することが難しい場合があります。
本フレームワークでは、最適化制御AIが対象問題の特徴を判断し、SBMのパラメータを自動的に推定します。さらに、問題の規模や推定結果をもとに、AIがFPGAとCPUのどちらに実装したSBMによる計算が適切か実行マシンを選択・切り替えます。FPGA実装のSBMは大規模な問題に適しており、CPU実装のSBMは小規模な問題で高速に動作します。問題規模に応じて適切な実行マシンを使い分けることで、パラメータを個別に調整する負担を抑えつつ、多様な条件下でも高速かつ安定した最適化を継続でき、SBMを適用できる実システムの拡大にもつながります。
イジングモデル圧縮により、システム全体の低遅延化を実現
実システムでSBMを利用する際には、対象問題をイジングモデルとして表現し、SBMに転送して解きます。この際、イジングモデルのデータ量が大きいと、SBMへのデータ転送やSBM上での演算時間がシステム全体の遅延要因となる場合があります。特に、無線通信や車載システム・ロボット制御のように短周期で判断を更新する用途では、遅延の抑制が重要です。
本フレームワークでは、イジングモデルに同じ値が繰り返し現れる点に着目し、同じ値をまとめてそれらに番号(インデックス)を割り当てて表現することで、イジングモデルを圧縮します。これにより、SBMに転送するデータ量を削減し、データ転送時間を短縮します。さらに、圧縮後のモデルを展開せずにそのまま計算できるよう、演算方法を工夫しました。同一の値を持つ要素をまとめて処理することで演算効率を高め、SBM上での演算時間を削減します。これらにより、条件が変化する実システムにおいても、低遅延での最適化を実現できます。
本フレームワークを用いて、最大独立集合(Maximum Independent Set:MIS)問題(*7)を解くソルバーを構築し、ベンチマーク問題(*8)および無線マルチホップネットワーク(*9)における時分割多元接続(Time Division Multiple Access:TDMA)スケジューリング(*10)を想定した評価を行いました。
TDMAスケジューリングは、複数のセンサーから基地局へデータを集約する際に、無線干渉を避けながら、同一の時間枠(タイムスロット)で同時に送信できるノードの組合せを決定します。この処理は、通信可能なノード群からなるMISを繰り返し求める問題として扱うことができます。スケジューリングでは、計算の度に生成されるMIS問題の規模や構造(ノード数やエッジ密度など)の特徴が大きく変化します。本評価では、こうした特徴の異なる問題に対し、最適化制御AIがSBMのパラメータや実行マシンを選択しながら連続的に解くことで、従来のソフトウェアベースのMISソルバーと比べて高速に処理できることを確認しました。これにより、無線通信をはじめ、車載システムやロボットなど、特徴の異なる最適化問題を継続的に解く必要がある実システムへの適用可能性を示しました。
動画:TDMAスケジューリングのデモンストレーション
今後の展望
当社は今後、本フレームワークの活用により、無線通信や車載システム、ロボットなどSBMを適用できる実システムの拡大を進めます。また、FPGA実装のSBMを利用可能なオンプレミス型の開発環境において、本フレームワークを搭載したアプリケーション実装例を提供する予定です。これにより、量子インスパイアード最適化技術の社会実装を推進します。
- 物理学のモデルを起源とし、組合せ最適化問題をエネルギー最小化問題として表現する数理モデル
- Y.Hamakawa, T.Kashimata, M.Yamasaki, K.Tatsumura, Machine Learning-assisted High-speed Combinatorial Optimization with Ising Machines for Dynamically Changing Problems, Nature Communications 17, 4877 (2026). http://doi.org/10.1038/s41467-026-73725-6
- 東芝ニュースリリース(2019年4月):
https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/19/1904-01.html - 東芝ニュースリリース(2021年2月):
https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/21/2102-02.html - 東芝ニュースリリース(2026年4月):
https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/26/2604-01.html - 東芝ニュースリリース(2026年2月):
https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/26/2602-02.html - 互いに競合しない要素をできるだけ多く選ぶ組合せ最適化問題で、規模が大きくなるほど最適な答えを見つけることが極めて難しい代表的な問題。
- アルゴリズムやシステムの性能(速度や解の品質)を評価するために作成したテスト用の問題。本フレームワークの評価にあたっては、ノード数やエッジ密度を変えてランダムに生成した問題を用いて評価している。
- 複数の通信機器(ノード)が中継を繰り返しながらデータを転送する無線ネットワーク。遠距離通信や広域エリアの接続に利用される。
- 通信の衝突を避けるために、複数の端末が時間を分割して順番に通信を行う方式(TDMA:Time Division Multiple Access)において、各端末の通信タイミングを割り当てる処理。

