製造業において、生産性の改善は重要な課題です。それは試作段階でも同様です。設計変更に伴う治具の作り直しや、図面や指示書などを見ながら行う作業で抜けや漏れが発生してしまうことは、少なくありません。また、設計部門と試作部門で情報が円滑に共有されず、部門間で認識がずれることもあります。現在、このような課題の解決に、MR(Mixed Reality:複合現実)技術の活用が注目されています。
しかし、MRの実現には、専用の機器や環境を準備する必要があるという課題があります。これを解決するために、「手軽に、すぐに、安く」導入できることを目指して開発した、東芝デジタルソリューションズの「Meister MR Link」について、自動車メーカーでのユースケースを交えながらご紹介します。


さまざまな分野で活用が加速するXR技術


近年、仮想世界と現実世界を重ね合わせて融合し、新しい体験を作りだす技術の総称として、「XR(X Reality)」という言葉が使われるようになりました。すでに、音楽やゲームなどエンターテインメント分野での活用だけでなく、自動車や製造、医療など、幅広い分野での活用が始まっています。2025年には、国内だけで約1.2兆円にまで市場規模が拡大するという予測もされています。
※出典:矢野経済研究所「国内XR(VR / AR / MR)360°動画市場規模予測」(2020年1月6日発表)

XR技術には、「VR」「AR」「MR」などの技術があり、仮想世界と現実世界のどちらに視覚情報の「主体」があるのかで区分することができます(図1)。

仮想世界に主体があるのはVR(Virtual Reality:仮想現実)技術です。これは仮想世界そのものであり、見えているものはすべてバーチャルな情報(CG:Computer Graphics)、つまり視覚対象となる物体はすべて仮想世界で表現されるというものです。ゲームなどエンターテインメントの分野でよく使われています。

一方で、現実世界に主体があるのは、AR(Augmented Reality:拡張現実)技術です。現実世界に対してCGを視覚的に付加させることができるものです。CGを用いてマニュアルや指示書の内容をわかりやすくビジュアル的に表示する際などに効果的です。例えば産業分野では、設備の保守やメンテナンスの現場で活用されています。
※当社のARソリューションとその事例について、こちらの記事で詳しくご紹介しています。

最後に、MR(Mixed Reality)技術を説明します。MR技術は、現実世界にある物体と、仮想世界に表現された立体的なCG(3Dモデル)からなる物体を、同じ空間座標上で直接重ね合わせて比較できる技術です。今までできなかったような、CGに手で触る、移動させるといった具体的なアクションや、現実にある物体との干渉関係を表現することができます。例えば3Dモデルを、製品にぴったりと重ね合わせて表示することで、さまざまな角度から比較したり、紙の図面や治具の代わりに活用したりするなど、さまざまな場面での活用が期待されています。


設計データの再利用とMR技術の活用で製造現場を改善


製造業の主に量産前試作(以下、試作)と呼ばれている工程には、試作品の検証業務があり、そこでは検証する準備から検証、検証結果のまとめ、結果の共有(設計へのフィードバック)までの一連の作業を担っています。検証の前後に行う作業を付帯作業といい、検証に使う図面の手配や治具の準備などをする前作業と、検証結果をまとめてレポートし、情報の共有とフィードバックをする後作業がありますが、いずれも人手による作業となっていることから多くの時間が費やされています。また、検証自体も人手による作業が主であるため、作業ミスや抜け漏れによる手戻り作業が発生しています。

このような課題に対して、設計データとしてすでにある3D CADデータとMR技術の活用は効果的で、作業の効率化や品質の改善を行えるようになるのです。

自動車業界においても、設計や企画のような上流工程でのシミュレーション用途だけでなく、この試作や量産(生産ライン)といった、より現場に近い工程に、MR技術の活用が広がっています。

そこで、これから本格的な活用が見込まれる自動車の試作の工程において、先行して活用されている事例をご紹介します。


自動車業界でのMR活用事例


東芝デジタルソリューションズが開発した、MR技術の活用ソリューションは、2019年からすでに自動車業界で使われています。

自動車を試作する工程において、試作車の溶接箇所(溶接打点)が正しいかどうかを検査する業務で活用いただいています。このお客さまでは、溶接打点の検査にあたり、これまで設計図面上の打点するべき位置に穴をあけた実寸大模型(ガバリ)を作り、それを試作車に直接押し当てて、正しく溶接されているのかをチェックされていました。しかし、このガバリは、試作車全体分を作るだけで多くの時間がかかる上、設計が変更されるたびに作り直す必要があることから、検査作業前の付帯作業の負荷が非常に高く、さらに経験の少ない作業者は検査自体にも時間がかかるという課題を持たれていました。

そこで、この検査の業務に当社のソリューションを活用いただいたところ、付帯作業や検査作業の効率化に大きな効果を発揮しました。付帯作業の中で苦労されていたガバリ作成の代わりに、試作車の設計データ(3D CADデータ)を3Dモデルに変換するだけで検査前の準備作業が完了します。また、設計に変更があってもデータをアップデートすればすぐに3Dモデルに反映できる点や、検査の際にタブレット端末の画面内で試作車と3Dモデルを重ね合わせて視覚的に溶接打点のチェックができる点も喜ばれました。付帯作業の工数削減に加え、経験の少ない作業者でも短い時間でミスなく検査ができ、抜け漏れの件数も削減するなど、検査業務の全体で効果が出ています。(図2)。

また、試作車に塗布剤を塗布する作業での活用も期待できます。
ロボットが行う量産工程(生産ライン)での作業とは異なり、試作工程での塗布作業の多くは手作業によるものです。この塗布作業は、塗布剤を塗布する位置を明示する治具を試作車に貼り付けて行われますが、治具を作成する費用や貼り付ける作業には多くの工数がかかる上、塗布作業や塗布後の品質検査などは図面を見ながら行われるなど、品質の平準化が難しい業務だといわれています。そこにこのソリューションを導入することで、塗布剤の種類や塗布する範囲を、タブレット端末の画面内で視覚的に確認できるようになります。画面を見るだけで塗布作業やチェック作業が正確に進められるため、作業品質の平準化と作業時間の短縮に大いに役立つのではないかと考えています。


手軽に、すぐに、安く、始められる「Meister MR Link」


このような、実際の現場へ導入しながら進化させてきたMR技術の活用ソリューションを、より多くのお客さまにご活用いただけるように、2021年10月に「Meister MR Link」として発表しました。

Meister MR Linkは、専用の機器や環境を持たなくても市販のタブレット端末でMRを実現でき、そこで使う3Dモデルは、3D CADデータがあればパソコンの画面内でのクリック操作で作成できるものです。さらにお客さまが導入しやすい価格で、かつ月額定額料金(サブスクリプション)でお使いいただけるものとし、トライアルにも対応しています。

機能は、東芝グループのプラント系の事業で活用した技術を基にし、そこに導入実績から得たノウハウを生かして製造業向けに作り上げました。また東芝グループには、設計や開発を行う部門が数多くあり、そこで作られた多種多様な3D CADデータを3Dモデル化して製造現場の改善につなげる取り組みも進めています。このような背景から、主に製造業で必要とされる機能を整理して標準で搭載しているため、導入効果をすぐに体験いただけます。

Meister MR Linkは、3D CADデータを、MR表示に使う3Dモデルに変換する「データ変換ツール」と、3DモデルをMR表示する「タブレットアプリケーション」で構成されています(図3)。

一般的なパソコンで動作するデータ変換ツールにより、お客さまは「いつでも」「いくつでも」「何度でも」、3D CADデータを簡単操作で3Dモデルに変換できます。

またタブレットアプリケーションは、タブレット端末で動作します。3Dモデル化されたデータを取り込むだけで使用できるため、インターネット接続が困難な現場でも使用できます。タブレット端末を現実の物体にかざすと、自動的にマーカーを認識して、選択した3Dモデルの位置合わせが行われます。さらに、現場のニーズに合わせて搭載した作業中の実績確認や、バーチャル付箋による証跡管理といった機能により、業務適用性の向上やさまざまな情報を関係者と共有しやすくなる工夫をしています。

バーチャル付箋とは、タブレット端末の画面をタップして、3D空間上の座標にテキストや写真などを貼り付ける機能です。例えば、工場にある設備のメンテナンス業務などで修理が必要な個所を見つけたとき、その場ですぐに画面をタップしてその位置にバーチャル付箋を貼り付けます。修理担当者は、付箋内のコメントや写真を確認することで、修理する箇所とその内容が一目で理解できるため、作業時間の短縮が図れるとともに、証跡管理としても使えます。そのほか、経験豊富な作業者の視点やアドバイスなどをバーチャル付箋で記録しておくことで、他の作業者への技術の継承や教育にも役立ちます。


Meister MR Linkの今後


当社では現在、試作車の検査業務において、溶接打点された位置が正しいかどうかを、AIの画像処理技術を使って自動的に判定する機能の開発を進めています。人の手で行っている品質評価を自動化して、作業者それぞれの判断に頼らない品質の平準化を支援することで、さらなる導入効果が期待できます。

また、3Dモデルの利用範囲を、完成品メーカーだけでなくサプライヤーにも広げれば、サプライヤーは部品を納品する前に、Meister MR Linkを使って作業項目のチェックや作業記録の確認を効率的に行えると同時に、一定の品質を維持することにもつなげられます。

今後、広くさまざまなところで3DモデルとMR技術を活用していただくために、3Dモデルや作業内容とその記録をリアルタイムに共有する環境、さらには良品判定をするAIツールやIoT連携の機能などを組み込んだプラットフォームをサービスとして提供することを目指しています。これにより、作業の効率化や品質の改善だけでなく、部門間での共有などさまざまな業務の課題解決に有効活用できるようになります。

東芝デジタルソリューションズは、XR技術のさらなる可能性を追求し、お客さまの課題解決に貢献していきたいと考えています。今後の展開にご期待ください。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年11月現在のものです。

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