生成AIが製造業にもたらす革新と活用促進の課題(3/4)
イノベーション、経営
2024年11月28日
生成AI活用を促進するための課題
福本:
生成AIの活用に向けた多くの取り組みを紹介していただきましたが、まだ現場に導入するために解決すべき課題も多く残っています。具体的にどういった課題を解決すれば良いと思われますか。
岡嵜:
まずは人材面ですね。どの領域で生成AIが活用できるのかの見極めができる人が必要です。印象的だったお客様の話があり、「生成AIの知識があるだけでは不十分で、ドメインのナレッジを持ちこのデータを活用したら何ができるのかを発想できる人、業務を理解している人の方が圧倒的に成果を出すのが早い」とのことでした。先ほど紹介した複数エージェントの連携の取り組みも業務側の方が推進されていて、どのような課題を解決したいのか、それにはどのようなデータが必要なのかが分かる人材が必要になるのだと思います。
福本:
ディープラーニングでも、例えば温度が上がるとこういう事象が起きやすいというようなベテランや匠の方の経験値を活かし、AIの結果をデータで検証しながら進めるのが近道だと言われますが、それと近いですね。
岡嵜:
ハルシネーションの課題もあります。生成AIはもっともらしい答えを返してきますが、正しい答えかどうかは業務が分かっている人でないと判断できません。精度がないと許されない業務では、満足な精度がすぐには出ないため、試行錯誤が必要になります。データを揃えてモデルを進化させ、チューニングや組み合わせを変えながら業務に適用していかなければならないため、短い期間ごとに開発サイクルを繰り返すイテレーション型のプロセスで進める必要があります。
そのため、生成AIでクイックに動くものを作れるエンジニア的な人材や、社員の生成AIに関するベーシックな知識の底上げも重要です。ユーザー側も、生成AIによってどのように便利になるのかを体感しなければ実感が湧かないと思います。「生成AIなんて信用できない」と食わず嫌いにならないように、役立つ点を上手く提示していくことも大切です。
福本:
全ての業務を人間が処理するよりも、生成AIに手伝ってもらった方が遥かに効率的になることを示さなければいけませんね。
岡嵜:
日本は現場の職人さんやベテランが優秀で、まだ終身雇用のカルチャーも残っているため、当事者が辞めない前提で、彼らのノウハウが形式知化されていません。人手不足が深刻になる中で、そういった知見やナレッジをどのように後進に引き継ぐか、技能継承という大きな課題も残っています。さらに事業をグローバル展開する中で、海外メンバーにもノウハウを伝えなければなりませんが、言葉の壁を乗り越えるのは大変です。それも生成AIならば、どの言語で聞いても答えてくれ、どの言語のナレッジでも活用できるようになります。言語の壁を超えることができれば、海外に進出しやすくなり、海外人材を活用しやすくなる可能性もあります。
日本マイクロソフト株式会社 執行役員 常務
クラウド&AIソリューション事業本部長 岡嵜 禎氏
福本:
生成AIの活用を推進する人材はどのように育成すればよいでしょうか。
岡嵜:
我々は「AX」「AIトランスフォーメーション」と称していますが、それを推進できる人材を増やしたいという姿勢は一貫して変わりません。ですが、インターネットやモバイルと同じように、生成AIも誰もが当たり前のように使えるようになると、人材不足の壁を越えられると考えています。例えば我々のAIコーディングアシスタント「GitHub Copilot」を使うと、ソースコードの半分以上を自動生成し、開発スピードを半減できるようになります。簡単な開発であれば、画面もソースコードもテストコードも生成してくれるため、開発者が少なくても開発業務を回せるようになるでしょう。エンジニアに頼らずにビジネスユーザー自身が要望を伝えて簡単なアプリケーションを手早く作れるようになると、イテレーションが非常に早くなります。製造業のお客様からは、組込み系や制御系のソフトウェア開発で使いたいという声を多くいただいています。
福本:
製造現場では、PLC(Programmable Logic Controller)のプログラミング言語としてST(Structured Text)言語しか知らない方もいますし、ラダー言語(リレー回路を記号化して梯子のような図形で表した、多くのPLCで採用されているプログラム言語)はベンダーごとに方言があり、それに準ずる必要があるため社内で対応しづらく、結局ハードウェアベンダーに制御プログラムのカスタマイズを依頼しています。もし生成AIを活用してユーザー側がプログラムを変更できるようになると、ゼロからのコーディングはハードルが高くても、ソースを少し改変するだけなら、ベンダーにお願いしなくても済むようになりますよね。
岡嵜:
ハノーバーメッセでの展示では、Copilotでロボット制御のプログラム変更をする一連の流れを示しました。モデルを作成し、そのソースコードを作成し、シミュレーションまで実施できるため、開発スピードを上げるだけでなく、ベンダーに依頼するコストも抑えられるようになります。ベンダーにとっても、お客様との折衝時に専門のエンジニアがいなくてもフロント側の担当者だけでカバーできるようになります。
福本:
生成AIでは、質の高いデータ収集や前処理の仕組みの整備、データを組み合わせるモデリング、より良い答えを出せるプロンプトエンジニアリング、製造業では設計情報と製造現場の物を一致させる「情物一致」といったアプローチも重要です。データ面では、どのような課題がありますか。
岡嵜:
データについては、業務データを組み合わせて信頼性の高い処理を施し、高精度な結果を引き出すことが共通課題です。結局、データの質に依存することになるので、それを担保する精度や量のデータを溜めているかという点が一番大きなポイントですね。今は知見やノウハウが形式知化されシステムにしっかりと保存されている企業の方が少ないため、そういった形式知になる情報としてきちんと残して蓄積していくことが重要になります。
ただし、データを整備するには時間もかかりますし、システムにデータを登録するのを面倒に思う方もいらっしゃいます。そこで、例えば製造現場で何か対応した際にどのような課題がありどのように対応したかを音声で入力し、生成AIで構造化する手法も選択肢になります。従来の音声認識では専門用語を十分に理解できず間違いが多いということもありましたが、生成AIでフィルターにかけると、表現の揺らぎや修正も可能になり、参照データを示して文章校正を指示すれば、更に精度の高い情報にすることができます。また、製造現場のノウハウを画像や映像で撮っておけば、生成AIが各シーンでどのような作業をしているかを判断して文章に起こすこともできます。このような情報が蓄積されていくと、生成AIが作業マニュアルのベースを作れるようになり、情報整備や手順書を作る手間が省け、更にはそれをインプットとして新たな気付きや取り組みに繋げやすくなるのではないでしょうか。
福本:
現状の製造現場では、例えばトラブルシューティングなどのフォーマットがあり手書きで情報は残しているのだと思いますが、単語しか書かれておらずそれをOCRで読み込んでも生成AIが理解できないという問題があります。つまり、我々がいかに正しい日本語を使って情報を形式知化していけるかが大事なのだと思います。今後、AIと人の作業分担がどんどん変化していくと予想されますが、どの作業で生成AIを活用できるのかの見極め方や、AIに任せるための作業のルーチン化、形式知をきちんとした言葉で出力してもらうことなど、多くの工夫が求められそうですね。
岡嵜:
生成AIに何をさせるか、それが本当に役立っているかは、人間が判断しなければならないことですが、生成AIを導入することで、より重要な仕事に時間を振り向けられるようになると考えています。お客様の中には「まだ生成AIは使えないので」とおっしゃる方もいますが、私は「今から始めるべきですよ」とお伝えしています。というのも、この1年間で生成AIの活用は急速に進展し、RAGなどを組み合わせて業務で使えるレベルに達しています。その中でアプリケーションを構築するノウハウや、生成AI活用のために必要なデータの蓄積、セキュリティ面で安心・安全に活用していく社内ルールの整備などが進み、どこで生成AIを活用すればよいのかという感覚も磨かれていくでしょう。
福本:
まずは使ってみて知見を溜めていく。これはプロンプトの使い方でも同じですよね。
岡嵜:
生成AIに対してどのような命令を投げれば正しく機能するのかというプロンプトエンジニアリングは、仕事で分かりやすい指示を出せばきちんとしたアウトプットが返ってくるということと同様だと思います。そのようなノウハウを蓄積することが大事ですし、それを継続して適用する仕組みも求められます。1年前に使えたノウハウが陳腐化し、生成AIモデルも賢くなり、周辺ツールも進化していくため、その進化に備えて柔軟に組み合わせて使えるようにしておく必要があります。
福本:
生成AIを利用する際のセキュリティについても教えて下さい。御社は企業向けにAzure OpenAI Serviceを提供し、閉じられた環境で安心して使えるようにしています。どのようなセキュリティリスクがあり、何を念頭に取り組んでいくべきでしょうか。
岡嵜:
多くの企業の不安材料は、先ほど話した職人の知恵や設計ノウハウといった「秘伝のタレ」を取られてしまうのではないかという心配です。また生成AIで作り出したコンテンツが間違った情報に基づいていたり、ハルシネーションが起きたり、生成した画像や文章のキャッチコピーなどが著作権に触れていたり、といったリスクも気にされています。生成AIでロボットを制御する際、何か不審な動きをした場合に、安心・安全な制御を担保することも課題になっています。これからは生成AIをセキュアな環境で動かしたり、厳重にアクセスコントロールを行うことが重要になってくるでしょう。また著作権を保護する仕組みを取り込むことも重要です。サーバーセキュリティについても、攻撃側が生成AIを活用してアタックするプログラムを自動生成するなどの動きが出てくるのに対して、ディフェンスできる仕組みも必要になります。
【次ページ】 日本企業が生成AI導入を促進していくための心構え
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2024年11月現在のものです。
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