• 東芝レビュー 78巻1号(2023年1月)

特集:カーボンニュートラルに貢献するデバイス・材料技術

二酸化炭素(CO2)の排出量を実質的にゼロにするカーボンニュートラルを2050年までに達成することが,我が国を含む多くの国で目標として掲げられています。その実現には,電源制御や送配電の高効率化,各システムの省エネ化などが大きな柱になります。

東芝グループは,CO2排出量削減に有効な半導体や,HDD(ハードディスクドライブ),材料などの製品を幅広く提供し,それらの性能を継続的に向上させることでカーボンニュートラルの実現に貢献します。

特集:カーボンニュートラルに貢献するデバイス・材料技術

川口 雄介・池田 貞男・山本 耕太郎・那波 隆之

地球温暖化への対応が喫緊の課題となる中,原因である温室効果ガスの排出を実質的にゼロにするカーボンニュートラルを2050年までに達成することが,我が国を含む多くの国で目標として掲げられている。

東芝グループは,エネルギーの効率的な利用など二酸化炭素(CO2)排出量削減に寄与するデバイス・材料製品を幅広く展開し,それらの性能を継続的に向上させることで2050年までのカーボンニュートラル実現に貢献する。

加賀野井 啓介・鈴木 誠和子・金子 敦司・嶋村 伸也

データ通信量及び記憶容量は増加し続け,データセンターや通信基地局などは最も消費電力が増加しているアプリケーションの一つとなっている。カーボンニュートラルの実現に向け,電源の低消費電力化が喫緊の課題であり,パワーデバイスの消費電力低減も求められている。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,パワーMOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)の損失低減に取り組んでいる。今回,従来のオン抵抗(Ron)やゲート電荷量の特性向上だけでなく,ライフタイム制御プロセスの導入による最適化で逆回復特性の大幅な改善を図った,U-MOSⅩ-Hプロセスを用いた150 V耐圧,及びDTMOSⅥプロセスを用いた650 V耐圧のパワーMOSFETを開発した。データセンター・通信基地局用電源の高効率化に寄与する。

岩鍜治 陽子・下條 亮平・山川 祐司・坂野 竜則

IGBT(絶縁ゲート型バイポーラートランジスター)は,高耐圧かつ低損失を実現可能なデバイスとして,小型の家電機器から大型の電力変換設備まで,様々な用途に適用されている。

カーボンニュートラルな社会の実現へ向け,東芝デバイス&ストレージ(株)は,IGBTの更なる低損失化へ向けたマルチゲート制御技術の開発を進めている。マルチゲート制御により,導通時の損失を低い状態に保ったままスイッチング時の損失を大幅に低減することが可能になる。試作・評価の結果,従来のシングルゲート構造と比べ,1,200 V耐圧のIGBTではターンオフ損失(Eoff)を27 %,ターンオン損失(Eon)を50 %低減,また,4,500 V耐圧のRC-IEGT(逆導通型電子注入促進型絶縁ゲートトランジスター)ではEoffを24 %,Eonを18 %,逆回復損失(Err)を32 %低減できることを確認した。

古川 大・清水 康弘・小林 政和

SiC(炭化ケイ素)は,Si(シリコン)に比べ高耐圧で低損失化が可能なパワー半導体の材料であるが,信頼性上の課題があった。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,SiC MOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)にSBD(ショットキーバリアダイオード)を内蔵することで,SiCの信頼性上の課題を解決している。一方,SBDを内蔵することでMOSFETとして機能する領域が減り,MOSFETの性能には不利となる。そこで第3世代SiC MOSFETでは,デバイス構造を見直すことで,SBD内蔵による信頼性の向上を図りつつ,MOSFETの性能の向上にも成功した。

蟹江 創造

SiC(炭化ケイ素)パワー半導体の開発では,TCAD(Technology CAD)シミュレーションモデルが,Si(シリコン)パワー半導体の場合と比べて十分に整備されていない状況にある。例えば,電気特性に影響する主要な点欠陥である炭素空孔(VC)の,不純物イオン注入や活性化アニーリング時における挙動が,現行の商用TCADではモデル化されていない。また,比較的低温の熱酸化時の挙動と,SiC特有の超高温活性化アニーリング時の挙動については,それぞれにモデルが提案されているものの,互いの実験結果を再現することができない。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,広い温度範囲にわたって格子間炭素(Ci)とVCの挙動を表すことができる,普遍的なシミュレーションモデルの開発に取り組んでいる。今回,基板中の欠陥によるCiの捕獲・放出を考慮した結果,両者の実験結果を再現することに成功した。

林 庸行・戸田 修二・和田 浩・高橋 祐一

カーボンニュートラルの達成に向け,電子機器には,省電力化や,電力密度の向上,電源の高効率化などが求められる。

東芝グループは,パワーマネジメントブロックのロードスイッチ回路に着目し,小型で低損失のスイッチングを実現するNチャネルMOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)ゲートドライバーIC TCK42xGシリーズを開発した。消費電力を抑えながらMOSFETを効率的に動作させる制御機構の採用で,100 Wクラスの電力供給に対しても低損失でのスイッチングを可能にした。また,超小型パッケージの採用で,電子機器の小型化にも貢献できる。

渡辺 宏樹・坂口 翔一

エネルギー政策が気候変動問題解決に向けた脱炭素化へと世界的に変化する中で,自動車産業では,電動車(xEV)の登場による動力源の電動化をはじめ,環境性能の向上を目的とした様々なシステムの電動化が進められている。中でも急速に搭載数が増加している部品がモーターで,それを制御する電子制御ユニット(ECU)には,小型・軽量・高効率化が強く求められている。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,第5世代アナログ基幹プロセスを用い,マイコン内蔵統合モーターコントロールドライバー(MCD) SmartMCD™シリーズを開発している。モーターの効率的な制御に必要な様々な機能を1チップ上に集積したことで,ECU基板の小型・軽量化に貢献できる。

卯尾 豊明・高宮 志門・藤 慶彦

カーボンニュートラル実現に向けた動きの中で,温室効果ガスが従来のガソリン車に比べて低排出量であるハイブリッド車(HEV)や電気自動車(EV)が急速に普及し,開発も加速している。デジタルアイソレーターはHEVやEVのインバーターやバッテリー制御部などで,高電圧部と低電圧部の間の絶縁を確保しつつ,信号を伝送するために用いられる電子部品である。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,インバーターやバッテリー制御部などにおける安定動作に重要な,高いコモンモード過渡耐性(CMTI:Common Mode Transient Immunity),及び高い絶縁信頼性を確保したデジタルアイソレーターの開発に取り組んでいる。

石井 幸治・佐藤 巧

インターネットとクラウドサービスの普及により,企業や個人の情報の保存と発信を行うデータセンター事業の拡大が続き,ニアライン市場向けに大記憶容量HDD(ハードディスクドライブ)の需要が高まっている。記録密度を向上し大容量化を推進することが情報化社会への貢献となる一方,温室効果ガスの排出量を削減してカーボンニュートラルに対応するには,長期にわたってデータセンターで稼働するHDDの消費電力を抑えることが大きな課題である。

東芝デバイス&ストレージ(株)は,米国を中心にした顧客ニーズに応えて,SDGs(持続可能な開発目標)に配慮した記憶容量20 T(テラ:1012)バイトのニアライン3.5型HDD MG10シリーズを開発した。MG10シリーズには,機構設計,シーク制御設計,及び電気設計を最適化して消費電力を抑える技術を適用した。

那波 隆之・寶槻 直十・長谷川 浩司

カーボンニュートラルに関し,非電力部門が取り組んでいる代表例として,近年,自動車の電動化が加速している。電動車(xEV(注1))では,駆動用モーターとそれを制御するインバーターを含むパワーコントロールユニット(PCU)が対となっており,それらの更なる小型化・高出力化及び高信頼化・軽量化が求められている。

東芝マテリアル(株)は,このようなxEV市場のニーズに応えるため,窒化ケイ素(Si3N4)セラミックス製品を開発している。急速に進むそれらの採用を見据えて,製造工程での環境負荷低減にも配慮しながら,モーター用ベアリングとして高強度で高信頼性のSi3N4ベアリングボール及びPCU向けとして高放熱性のパワー半導体用Si3N4絶縁基板の更なる開発に取り組んでいる。

(注1)電気自動車(EV),プラグインハイブリッド自動車(PHEV),ハイブリッド自動車(HEV),燃料電池自動車(FCEV)の総称。

一般論文

伊藤 和幸・菊地 拓雄・織田 達広・西口 俊史

東芝グループは,トレンチ型Si(シリコン)パワーMOSFET(金属酸化膜半導体型電界効果トランジスター)のオン抵抗(Ron)予測技術を開発した。測定されたウエハーの反りから,マルチスケール応力解析を用いてデバイス構成膜の応力を推定し,Ronを算出する。

この手法を試作デバイスに適用し,トレンチに隣接するSiの応力を10 %以内,Ronを3 %以内の誤差で予測できることを確認した。また,製造工程ごとの応力分布の推移を調べ,応力の制御が重要な製造工程を明らかにした。この技術により,デバイス開発の後戻り防止が可能になり,設計効率を向上できる。

高柳 佳幸・山地 雄土

製造現場では,生産性・稼働率・安全性向上のための改善業務が不可欠である。作業状況をハンディーカメラなどで撮影し,映像を目視で分析する手法があるが,映像の確認に時間が掛かって効率が悪い。

東芝ライテック(株)は,既設の照明器具と付け替えることができるカメラ付き照明器具を提供している。今回,天井視点の映像を解析できる独自の人物検出AI技術を応用し,カメラ付き照明器具で撮影した映像をクラウドシステム上で解析する映像解析システムを開発した。これによって製造現場における,安全管理,作業動線の解析,及び製品当たりの作業所要時間(タクトタイム)の見える化が可能になり,改善業務の効率向上を図ることができる。

三島 直・関 晃仁

インフラ点検などの現場では,保全作業の効率化や安全性向上のために,高所や斜面などの危険な場所に近づかないで,対象物のサイズを計測したいというニーズがある。しかし従来は,単眼カメラのような簡易な機器だけでは,相対スケールの3次元計測しかできなかった。

東芝は,ズームレンズやオートフォーカスで撮影した単眼カメラの画像だけから,絶対スケールの計測ができる世界初(注1)の3次元計測技術を開発した。市販の単眼カメラの多視点画像から求めた相対的な奥行きに,画像に含まれるぼけ情報を組み合わせることで,絶対スケールの3次元計測を可能にした。特殊な機器は不要であり,遠隔から単眼カメラで撮影した数枚の写真だけを用いて,撮影位置や焦点距離などの既知情報がなくても,対象部分のサイズを計測できる。

(注1)2021年11月時点,当社調べ。

R&D最前線

山下 蘭

多様な製品データから生成したアセット管理シェルデータと製品のCO2排出量データを自動連携させ,製品カーボンフットプリント対応とデジタルパスポート対応を容易化    

東芝は,データ記述方式が異なるシステム間でのデータ連携を自動化する“データ相互運用技術”を開発し,そのIoT(Internet of Things)分野での適用を目指して,ISO/IEC 21823-4を提案し,国際規格として成立させました。この技術により,既存機器・システムのデータ記述方式を変えることなく,他機器・システムとのデータ連携が可能となります。現在,製品の二酸化炭素(CO2)排出量データを含む,デジタル製品パスポート(Digital Product Passport:DPP)に対応する製品カーボンフットプリント(Carbon Footprint of a Product:CFP)データ流通基盤への適用に向けた取り組みを進めています。

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