コラム

地域包括ケアひとつばなし(7)

2020.9.11

介護保険事業の最適な運営に向けて


 介護保険を最適に運営するには、支える立場の「行政」「関連団体」「介護事業者」のそれぞれが異なる利害を共通化するために、「利用者ファースト」に舵を切り「健康寿命の延伸」を最終ゴールに団結する必要があるはずだ。しかも、これが結果的に、全関係者がWin-Winとなる理想形になれば、恒久的に持続する社会システムへと進化する。

 また、それぞれの取り組みやケアそのものも、事後評価を行い、改善点などを見つけ、修正していくというサイクルを定着させることができれば、次に、その循環をより高度化させていくための近道が見えてくるはずである。

 ここで重要なのが、事後評価をいかに正確に、しかもその地域の特徴を捉えながら見直しできのるか、これがPDCAサイクルの好循環を定着させる鍵となりそうだ。

 「行政」「関連団体」「介護事業者」の各階層にはそれぞれのPDCAがあるため、次期計画初年度からさっそく、「施策実行:Doフェーズ」についてどこまで計画通りに実行できているのかなどを自己評価していく事になるだろう。

 では、この施策実行(Do)において、果たして幾つの「自治体(保険者)」が介護事業所に寄り添った地域マネジメントを遂行でき、地域の実情を反映した行政支援が実現できるのだろうか。これには、サービス利用者(住民)の全情報を保有する自治体が各組織を横断して協力体制を組み、地域住民の最新状況を共有できる仕組みが必要であり、これにより「我が街の取組み」が見えてくるのかも知れない。

 全利用者の生活実態や心身状態、全事業所のサービス提供体制やケアの具体内容等から、各地域の特性を可視化し、重点課題が的確に抽出できれば「我が街の取組み」を実行に移せるようになる。このように、各事業所や団体単体では決して見えてこない諸々の課題を、自治体が行政視点で俯瞰できれば「その地域(我が街)」を客観視できるようになるのだ。

 今回は、その地域ならではの「我が街の取組み」について具体的に考えていこう。

自治体と介護サービス事業所へ伝えたいこと

 これまで我々が経験した、全国データの活用と集計・分析から見えてきた、「自治体(保険者)だからこそできるサービス現場への支援策」について、自治体及び介護事業所へのメッセージとしてまとめてみた。

 自治体の方々には、行政の結束による「状態の維持・改善策」から「健康寿命の延伸」や「介護給付費の適正化」までの取組みにより、大きな山を動かす力(ポテンシャル)がアップすることを認識してほしい。また、介護事業所の方々には、自治体からの支援を活かすことで、「サービスの質を改善」でき、「PDCAを好循環」できる可能性に期待を持ってほしい。

 こうした認識と期待のもと、自治体と介護事業所が緊密に手を取り合いながら、地域包括ケアシステムの真の成功を目指していただきたい。

データ利活用によるサービス現場への行政支援策

 地域のリソースや高齢者の状態変化などのデータを効率的に活用し、介護事業所と緊密に情報連携を進めるには、サービス現場に最も有効な6つの支援策が考えられる。

① 小地域単位に需給バランスを情報共有

 日常生活圏域単位に高齢者の状態像(認知症、心身状態、世帯構成および経済力など)の存在状況を把握し、サービスの需要と供給のバランス(地産地消)をデータから可視化。

 例えば、「訪問看護が不足している地域」とか、「重度認知症の人が急増している地域」といった小地域の傾向を捉え、計画の見直しや、不足地域ではサービス資源の発掘に役立つ情報となる。

② 各事業所の取り組みを双方で評価

 介護事業所の取り組みとその成果について、利用者の経時変化や他の事業者との相対比較により、どの程度の改善が必要かをデータから実感することができる。

 例えば、「事業所カルテ」により相対的に優れている部分や劣っている部分が見え、得手不得手を自己診断できると、サービスの提供課題を客観的に確認でき、改善へのアプローチが鮮明に見えてくる。

③ 地域ケア会議等の効率を改善

 「利用者の心身状態の変遷」と「介護サービスの利用状況、入院や服薬等の医療イベント」などの遷移を数年分まとめて確認できると、利用者単位のケア方針などを決める会議や、小地域ごとの取り組み方針を決める会議などで、利用者の実像を見落とす事なく各主体の視点で課題を見つけ出し、その解決にむけた本質的な議論に集中できる。

④ 推奨ケアプランの提示

 自治体で保有するビックデータ(数年分の膨大な介護関連データ)から「ケアプラン辞書」が出来上がれば、AI(人工知能)なども活用し、高齢者の状態像とその地域の社会資源を加味した最適な推奨プランも作り出せる。ケアマネジャーに共有すれば、ケアプランの自己点検に活用したり、自治体側では社会資源の発掘根拠としても活用できる。

 これは、あくまで推奨プラン(ひな形)であって、高齢者一人一人の家庭事情やQOL等に応じた補正は必要であり、AIとは言え万能ではないが平準化や底上げの基礎情報としては有用である。

⑤ 改善が期待できないリスク対象者の抽出

 「在宅介護の限界点」という重要なキーワードがある。とある研究では、認知症が中程度以上で排泄にサポートを要する要介護者は、在宅サービスを継続することが困難なケースが多いと報告されている。

 このような困難ケースを未然に防ぐために、自治体と介護事業所の間でハイリスク者のデータを緊密に共有しながら、アプローチ対象を的確に抽出する必要がある。

 地域全体に広く行う施策とは異なって、レイヤーごとのメッシュに合わせた対応にもデータ活用が効果的である。

⑥ 事業所のPDCAを支える事業所インセンティブ

 要介護者の状態が改善すると、要介護度と共に月額数万円が軽くなり、例えば、その差額を一定期間補填する(成果型)の報奨金等を支給、介護事業所の減収を防ぐ。成果に応じた見返りとしてインセンティブ(表彰、報奨金、HPで事例紹介)が支給されるような行政支援も必要で、介護事業所は知名度と共に評判が良くなり、集客力も上がる。

 この取り組みが定着もしくはさらに成果を出す取り組みへと、介護従事者や利用者が行動変容を起こせば、好循環の始まりに期待が持てる支援策である。

 いま、このような「事業所インセンティブ事業」は、数年前から幾つかの自治体でモデル的に独自ルールのもとで行われ、一定の成果が見られる好事例が出来てきている。

 このように幾つかの参考事例の中から、「我が街ならでは」の支援策を選定するためには、シミュレーションと根拠データによる客観的な導き方が必要になる。

国からの支援策を活用するには

 自治体の原資として、自治体予算とは別に国が推進する総額400億円の保険者機能強化推進交付金等(コラム(6)参照)の活用も視野に入れ、自治体の支援策を検討して欲しい。

 また、国の報酬制度に成果型介護報酬(加算または減算)というものを積極的に取り入れることで、自治体の財政状況によらず、事業者向けインセンティブが全国展開できることになる。このような国からの行政支援として網羅的に一定の効果を出すためには、局所的にならないよう定期的な効果計測を各加算に対して行う必要があるだろう。

介護予防や医療介護連携でのデータ活用

 これまでは介護ステージにおける話をしてきたが、「介護事業所」を地域包括支援センター、在宅医療機関及び医療機関に置き換え、さらにデータを介護データに医療データ(医療レセプト、健診)も加えることで、介護予防や在宅医療連携の各場面においても、同様な取り組みとデータ活用が可能となる。

 次回(最終回)は、「地域包括ケアの社会実装 “まちづくり” に求められることとは?」と題して、提言を行いたいと考えている。