コラム

地域包括ケアひとつばなし(8)

2020.9.25

地域包括ケアの社会実装 “まちづくり” で求められるのは?


市町村等は介護保険の保険者であり、この介護保険運営の最適化案の一例を前話までにお伝えしてきた。今回からは、もう少し大きな観点の「地域包括ケアシステムの社会実装(※1)いわゆる”まちづくり”のあり方」についてその実現方法とともに提言を試みてみたい。

(※1) 社会実装とは、研究成果などから社会問題の解決に応用していくことを指す。

保険者の役割が、介護保険の運用から“まちづくり”へと広がっている

 2000年の介護保険制度創設以来、現在は第3ステージにあると言われている。すなわち、各種介護事務業務をスリム化・外部化しつつ、高齢者の健康寿命延伸に資する、より実践的取り組み(地域マネジメント)が求められている。2018年度以降、自治体の取組み成果に応じた額が交付される保険者機能強化推進交付金等が創設されたことは、コラム(6)で説明したとおりである。

 これは各地域で、新たなまちづくり(地域のリデザイン)が求められていることになる。

地域包括ケアシステム成功のために、全関係者のスクラムが重要

 地域包括ケアシステムを次の各主体が支えており、①行政(国・都道府県・自治体)、②医療・介護等事業者、③利用者本人と家族、④民間団体、⑤アカデミア・研究者と言ったグループに分けられる。

 このような各主体間をスムーズに調整するには、①行政だけでなく①から⑤までのすべての関係者に、一定のコーディネート力と調整能力が必要になると言われている。

 そのためには、全ての主体が常に共通の情報を共有し、各視点で情報の最新化を継続しておく必要があるのだ。

4つの領域ごとに3分析が必要

 4つの領域とは、「疾病予防」、「介護予防」、「介護」、「在宅医療」の高齢者の4つのステージを指しおり、この各領域でPDCA(「P計画策定」⇒「D施策実行」⇒「C実績評価」⇒「A課題分析」)が実施される。この各領域の「P計画策定」では、「現状把握」&「課題抽出」&「施策(解決策)」の3分析をセットで作り確認を進めることで、課題を映した実情に即した施策が見えてくることになる。この際に重要なのは、内在する課題についても、あらゆる観点で洗い出しておき検討材料として活用する準備をしておきたい。

 例えば、国と市町村の施策の相違、市町村の各組織目標のズレ、行政と介護現場との認識のズレ、多職種間の壁や人材の偏りなど様々なところに検討課題があり難易度も様々である。まさに、サスティナブルな制度設計や社会実装に向け真価が問われる。

データ検証を客観的な根拠として活用

 上述した「行政と介護現場のズレ」や「多職種間の壁」は、地域特性と同様に多種多様で、内在する課題である。

 国の施策や方針を紋切型で伝えているだけでは、地域や現場へ浸透しづらく、また、各主体間にできた人間関係や信頼関係についても職員の異動に伴い再構築が必要となる。このように、「認識のズレや壁」の要因は幾つもあり、多職種間では、社会的地位や専門知識量の違いによるヒエラルキーや、科学的か人間的かの価値観の相違なども要因に加わると一朝一夕には解決しにくい困難なものが多く存在する。

 それでは、視点を変え、そういった要因に左右されないものとは何かを考えてみると、誰もが認めやすい客観的な根拠(エビデンス)を共有することが、その壁を越える近道なのかも知れない。

 仮説となるが、地域ケア会議等の際に、悉皆性(しっかい、全対象の意味)あるデータをもとに議論することで、「認識のズレやブレ」のない協議がしやすくなるのではないか?偏見や先入観を排除できる客観情報である必要はあるが、テーマを絞って共通認識しやすくなり、合意形成が効率的に行えるはずだ。

 一つ前のコラム(7)でも述べた6つの施策(小地域データの情報共有、事業所カルテ、効率的な地域ケア会議、推奨ケアプラン、リスク対象者抽出、事業者インセンティブ)は、使い方によって、それぞれの壁を乗り越える策として有効に使えるといえるだろう。

効果を検証し費用対効果が高い施策を伸ばす

 持続可能性の観点から重要なのは、「現状」、「課題」および「施策(解決策)」(3分析)において「導入効果が高い施策」を導くことになる。

 具体には、施策の恩恵を受ける対象人数の多さ、解決された時の満足度や社会コストの削減額は大きいか、解決策を実施するための人材や技術にフィージビリティ―はあるのかなどの視点で選んでいくことになるだろう。

 そして各施策の実施効果を、客観的かつ定量的に検証していくことが非常に重要となり、次のPDCAサイクルにつながる。3分析においてそれぞれ標準化された手順や手段を、現場知識と俯瞰力等に優れた行政マンたちが、その力を結集すれば「ケアの標準化と高度化」の実現が見えてくるはずである。

地域の課題は常に変化し続ける

 現場の課題を拾い集め整理し、個々に仮説を立てるミクロなアプローチがまずあり、それらの仮説についてビッグデータ等を用いてマクロに検証するサイクルが定着できると、個々の課題について、その後の変化もフォローアップできる。

 数年前にモデル自治体で10年分の要介護認定データと介護レセプトデータや住民基本データを突合したビックデーターを構築し、介護サービスの効果分析などを手掛けた時点では、マクロなアプローチを進めたが、変化する新課題は抽出できなかった。その時に気づいたのは、「そもそも課題につながるキー情報が、ビッグデータに入っていなければ、抽出すらできない」ということだ。

 ビッグデータ分析には、それぞれの課題の本質に紐づく各種情報を、確実にキャッチし取り込んでおく準備が肝要である。

“新たなまちづくり”のまとめ役を誰が担うの?

 これまで地域包括ケアの社会実装“新たなまちづくり”について、様々な観点から提言を行ってきた。ここで大きな疑問として挙がってくるのが、誰がまとめ役を担うのかということだ。

 理想としてはやはり、自治体が中心となりキーマン職員がその役を担うことが、推進力も大きく、「認識のズレや壁」も取り払いやすくなる。自治体と現場にそれぞれ意識の高いキーマンが偶然そろい緊密に連携できるケースもあるが、このように偶然性に左右される連携では安定的に継続できない。それぞれの担当職員が異動しても引継げる関係性の構築と、諸々の課題に対する各主体の普遍的な役割の整理と合意、これらを継続する仕組づくりは早くから着手しておきたい。

ウィズ・コロナ時代における地域包括ケアシステムとは?

 今回のコロナ禍で、様々な社会問題が顕在化している。介護スタッフと利用者の集団感染、高齢者の施設入所回避や訪問サービス拒否および介護崩壊・介護事業所倒産などだ。

 このような情勢の中、様々な意見を耳にした。代表的な意見の一つとしては、コロナ禍により、命を守ることが最優先され、医療・介護基盤の根幹が崩れ、「“まちづくり(地域包括ケアシステム)”どころではない」という声だ。

 このように、ウィズ・コロナ時代における地域包括ケアシステムは、新たな地域課題を乗り越え、さらなる進化を遂げていくことになるだろう、また、そうなるように、全てのステークホルダーがスクラムを組んで欲しい。