社会変化の激しい現代、生活やビジネスの先行きを過去の経験や感覚だけで判断することはますます難しくなっています。報道やイメージでつい判断しがちになりますが、そこには偏りや局所的なトレンドが強く反映されることもあるため、実態を正しく捉えきれないリスクが生じます。いま求められているのは、客観的な事実や定量的な数値に根ざした意思決定――すなわち「データ」に基づいて未来を見通すことです。東芝デジタルソリューションズでは、データを社会のインフラにし、消費者や企業、自治体といった幅広いステークホルダーと共に、持続可能な未来を創ることを目指しています。300万人規模の購買データを独自のAI技術で加工・分析し、交通や気象などのデータと掛け合わせて潜在するニーズや変化の兆しを可視化。多様な領域で新たな価値の創出につなげています。
混迷の時代を読み解く鍵は「データの真実」
市場の変化は、必ずしもニュースや世間の印象と一致するとは限りません。報道は焦点が偏ることがあり、SNS(Social Networking Service)上の表現も一部の声が過大に見えることがあります。それらは、「社会がどう語られているか」であって、「市場が実際にどう動いているか」とは別物です。一方で、購買データのような消費者の行動そのものを捉えた情報は、社会の動向を定量的に示す「実測値」として機能し、人びとの価値観や需要の変化を忠実に映し出します。実測値に基づく視点によって、急激に変化する社会を正しく捉えることができるようになります。印象に左右されず、現実の動きを客観的に読み解くためには、このような行動に裏づけられたデータが欠かせません。
例えば、米の価格の高騰に伴い、近頃は消費者の「米離れ」を指摘する声を耳にするようになりました。しかし、東芝デジタルソリューションズが把握する消費者の購買データからは、異なる動きが見られます(図1)。米の需要は、2025年の初頭に一時的に落ち込んだものの、備蓄米の放出により回復し、同年6月には例年並みに戻っていました。また、1年前のデータと比較すると、10キログラム以上で販売されている米の購入数が減少した一方で、2キログラム以上10キログラム未満の米の購入数が増えている傾向が見て取れます。たとえ割高だとしても必要な分だけを購入する買い方に、消費者の行動が変化している現状が確認できました。さらに、購買金額の比率からは、米からパンや麺類への大きな代替は見られません。一見すると「米離れ」と受け取られる世の中の現象も、購買データからは、「米離れ」ではなく、購入スタイルが変化しているという示唆が得られます。
このように、市場の変化の兆しや実態はデータに現れます。私たちが生活やビジネスで判断を迫られる際、複数の客観データを照合して的確に情報を読み取ることが重要になります。日々手軽に入ってくる目の前の情報を鵜呑(うの)みにせず、データを基に社会全体の動きを立体的に捉える視点が必要です。
データが社会全体の意思決定を支える基盤になる
単独のデータがもたらす価値には、限界があります。そこにメタデータ(付帯情報)を付与したり、購買データや移動データ、人口の統計、気象といった性質の異なるデータを統合して相互に意味付けをしたりすることで、データの価値を高めることができます。言い換えれば、一見するとまったく関係のなさそうなデータが互いに結びつくことで、社会の動きを読み解く「地図」へと変わっていくのです。
例えば、ある人がA地点からB地点に行ったという移動データだけでは、移動の理由までは分かりません。そこでこの移動データと、ライブへの参加やショッピング、食事といった一連の購買行動のデータをひも付けることで、移動の目的やその継続性の有無などが見えてきます。偶発的な移動なのか、継続的な人流の変化なのかといった情報は、鉄道事業者のダイヤ改正や施設運営の改善などに活用できます。このように人の行動や街の変化を統合的に捉えられれば、新規事業の開拓やビジネスの見直しの機会になるのです。単独のデータでは捉えきれない「背景の構造」までを見通せることこそが、データ統合によりもたらされる大きな価値です。
一方で、現在の日本ではあらゆるデータが企業や団体という限られた枠組みの中でしか使えておらず、その価値を生かしきれていません。これを改善し、業界や分野を越えてデータを循環させる「データ流通」の仕組みを広げられれば、データの価値が高まり、モノやサービスはより高度に、より賢く進化していきます。そこで当社が目指しているのが、社会を構成するモノやサービスの基礎としてデータを位置づけること。すなわち、「データを社会のインフラにする」ことです。
これは、データを活用する枠組みを社会全体に広げ、共通の土台として誰もがデータを使えるようにしていくという考え方です。消費者が生み出す購買データを起点に、さまざまなデータを組み合わせながら、社会全体の意思決定を支える基盤をつくる。この基盤こそが、多様な情報と選択に満ちた時代において、より確かな判断に寄与すると私たちは考えています。
東芝が保有するビッグデータの特徴
当社が考える基盤において、データの収集からそれを統合して分析し、活用する、つまり流通させるまでの全体像を示します(図2)
起点となる購買データの量や質の高さ、そしてデータの加工や分類、分析、可視化をする技術は、その後のデータ流通において重要な要素です。東芝グループでは、消費者の購買行動や購買情報の管理を支援するスマートフォン(スマホ)のアプリケーション(アプリ)を2つ展開しています。それは、レシートを紙ではなく電子的に受け取れる「スマートレシート」と、紙のレシートをスマホのカメラで撮影して電子化する「レシートスキャン」です。スマートレシートとレシートスキャンを連携することで、スマートレシートに加盟していない店舗でもらった紙のレシートも簡単に電子化してまとめて管理することができます。
この2つのサービスは、日々の買い物を記録する「入り口」として機能し、多様な購買情報をデジタルで一元的に蓄積できる点が大きな特長です。会員数は合計で300万人を超え、スマートレシートの加盟店は食品スーパーやコンビニエンスストア、ドラッグストア、ホームセンター、生協、飲食店など、実に573社17,657店舗に及びます。※ この規模の大きさがあることで、分析したデータの質が高まり、市場の動向を真に捉えることが可能となるのです。
※会員数は2025年11月時点、加盟店の数は2025年6月時点の情報です。
スマートレシートやレシートスキャンで取得したデータは、購買データとして当社のビッグデータプラットフォームに蓄積されます。このプラットフォームで保有する購買データには、「深さ(購買インサイト)」と「ボリューム(データ量)」があるのが特長です。一般に、世の中の購買データは、深さとボリュームのどちらかに偏りがちです。例えば、小売店などのID-POSデータ(ポイントカードのIDとPOS(Point of Sales: 販売時点情報管理)データをひも付けたデータの集合体)は、データ量は取れてもそのお店での購買しか捕捉できず消費者像が見えにくい難点があります。一方、個人の購買傾向が見えやすい家計簿のデータは、購買インサイトの把握には役立ちますが、記録する人が限られているために定量的な観測が困難です。この両輪のバランスが取れているのが、当社の購買データです。スマートレシートとレシートスキャンのデータは一つの顧客IDで管理されているため、さまざまな店舗で購買行動をした300万人分のデータを統合的に見ることができます。特に、消費者の「店をまたいだ行動」を捉えられる点は、購買データとして大きな独自性であり、単一の事業者のデータでは得られない視座を提供します。
こうした、深さとボリュームのある購買データを蓄積したビッグデータプラットフォームでの分析には、会員(消費者)との利用許諾や加盟店との規約などを順守し、個人や店舗などが特定できない粒度のデータを用います。例えば、「A県に在住する30代の女性が、B県のスーパーで、2026年1月1日10時10分に500ミリリットルのペットボトルの水を、単価148円で3本購入した」といったデータです。このようなデータを、レシートデータに特化したAI技術で加工や分析して、潜在的なニーズや変化の兆しを把握できるデータへと変換し、意思決定の材料としてさまざまなお客さまに提供しています。
実際に、スマートレシートとレシートスキャンが生み出す購買を起点とするデータは、消費財メーカーの需要予測や金融機関による株価予測、自治体の地域分析などで幅広く活用され始めています。一つのプラットフォームが、異なる分野の価値創出につながっている点が大きな特徴です。
東芝独自のAI技術でデータをさらに価値あるものへ
レシートのデータを効率的に加工し、分析し、付加価値の高いデータとして活用できるようにするために、東芝ではレシートデータに特化したAI技術「レシートインフォマティクス技術」を独自に開発しました。これは、商品をグルーピングして発見した分析軸で隠れた購買トレンドを発掘する「クラスタリングAI技術」と、「グラフ解析AI技術」および「大規模言語AI技術」という複数のAI技術によってレシートの印字名から適切な分類名を高い精度で推論する技術の総称です。
店舗で販売されている商品には、国内で共通した「JANコード」で管理されている商品と、インストア商品と呼ばれるJANコードではなく店舗独自のコードで管理されている商品があります。例えばスーパーでは、肉や魚、野菜、惣菜などがインストア商品にあたり、購買データの約4割を占めています。これらインストア商品は内訳の把握が難しく、これまで多くのデータが活用できていませんでした。私たちはここに着目し、レシートの印字名から商品の分類を特定して、生きたデータとして活用できるようにする技術を開発したのです。この技術によってJANコードを持たない商品も含めて網羅的に分類できた結果、「購買の全体像」を抜け漏れなく把握できるようになりました。
※ニュースリリース「レシート印字名に基づきJANコードがない商品をAIで自動分類する技術を開発」
これらのAI技術に加え、製造分野で培ったAI技術や先進のAI技術、省エネや高効率化のためのビッグデータ処理技術なども用いて、ビッグデータプラットフォームを構築しています。このプラットフォーム上の複数のAIを駆使して、お客さまの販売戦略の高度化につながる分析を実現しています。
データの信頼性の高さにも留意しています。ことスマートレシートにおいては、ビッグデータプラットフォームにデータが取り込まれた後は、アプリのユーザーも販売した店舗も恣意的にデータを操作できません。従って、例えば購買証明として、確定申告書に添付するセルフメディケーション税制の明細などにも利用が可能です。
そしてもちろん、データの取り扱いは厳格に行っています。前述したとおり、データの活用にあたっては個人や店舗を特定できない形で進め、また、プライバシーの保護に関する社外有識者会議を設置し、データの利活用に問題がないかどうかについて定期的に中立的な視点によるチェックをしています。安心して利用できるように、「透明性」と「信頼性」を確保している点も、データプラットフォームとして欠かせない要素です。
さまざまなシーンで活用が進む購買データ
当社の購買データとAI技術を駆使した分析データは、多くの企業や団体から消費者のリアルな購買行動を把握できる点が評価され、活用される領域が年々広がっています。
例えば、株式会社ZENB JAPANでは、「グルテンフリー」という商品カテゴリー(商品の分類)がないために市場の規模を示すことが難しいという課題を抱えられていました。そこで私たちのクラスタリングAI技術を活用したところ、関連が強い消費者の嗜好として「糖質OFF」「タンパク質摂取ON」「食物繊維摂取ON」などの購買軸を発見(図3)。消費者の購買特性と潜在する市場のつながりを明らかにすることができました。これまでカテゴリーごとに分断されて統合的に見ることが難しかったところを可視化でき、クロスマーケティングを含めて市場の開拓に戦略的に取り組めるようになったと評価をいただいています。
※導入事例で詳しく紹介しています。
このように、市場の見えなかった関係性を浮かび上がらせる分析は、商品企画やブランド戦略の精度向上にも寄与します。
また当社は、株式会社NTTドコモとマーケティングソリューションの領域で協業しています。NTTドコモの「dアカウント」とスマートレシートを連携し、購買データを元に顧客行動の理解を深化させることで、マーケティングの高度化を後押ししています。購買データが行動理解の「最後の1マイル」を補完し、デジタルマーケティングの解像度を高めている事例です。
このほか、全国の自治体においても地域の活性化や健康、環境などの取り組みで活用されています。例えば、食品の購買データを生かして地域の食生活に関する傾向を捉え、健康寿命を延ばす食事を分析する研究などが進行中です。ビジネスや公共の場面を問わず、持続可能な未来へ向けて客観的な裏付けのある施策を打ち出すために、私たちが支援する意義は大きいと考えています。このようなデータを通じて地域の課題を可視化し、自治体の政策立案を支える取り組みも広がっています。
AIエージェントでデータ領域を拡大し、インサイトもより高解像に
購買データを起点に複数のデータを統合し、人や街の動きを深く理解する取り組みを進める中で、当社はその中核となる技術としてAIエージェントの活用を推進しています。これまでのAIは、個別のデータを処理することには優れていたものの、購買や移動、属性、地域特性などの複数の事象が絡み合う文脈を横断的に理解するには限界がありました。言い換えれば、データの背景にある「人の意図」や「行動の意味」を推定することは容易ではなかったのです。
そこで当社が目指しているのが、人の行動や意思を反映できる「人間代行型」のAIエージェントと、バイアス(先入観や偏り)のない高精度な分析ができる「人間拡張型」のAIエージェントの実現です。この2つのAIエージェントによって、個人の行動から得られた購買データと、不動産や人口、気象、鉄道の乗車率といったインフラ事業に関係する客観的なデータを、文脈に沿ってより有効に扱えるようにすることを目指しています。例えば、購買データと移動データと利用者の属性を掛け合わせて利用者に有用な情報を導き出せるようにしたり、購買データと不動産のデータを掛け合わせて地域のポテンシャルを推定できるようにしたりするなどして、データに基づく信頼性のある情報を提供していきたい。さらには、通信や交通、電力などのインフラ事業者に関係するデータも含めて多角的に分析し、観光の提案やテナントの誘致、人流のピークの平準化といった消費者一人ひとりの利便性を高める施策において、事業者の意思決定を支える示唆の提供につなげていきたいと考えています(図4)。
さらに日本では産官学が連携して、企業や団体が自らのデータに対する制御権を保持したまま、組織をまたいでデータを共有可能にするデータスペースの構築やその拡大を進める動きもあります。データスペースは、データを循環させるための社会的な枠組みであり、その枠組みの上で文脈を理解し、価値を創出する頭脳としてAIエージェントが機能します。
当社は、日本のものづくりやデジタルトランスフォーメーション(DX)を支えてきた経験をもとに、データの保護と連携を両立した仕組みづくりと、その上で稼働するAIエージェントの実装の両面で貢献できると考えています。
購買データを起点に、AIエージェントがデータの文脈を深く理解し、データスペースの枠組みによってその価値を社会全体へと届けていく――。データを社会のインフラへと進化させ、企業や自治体、そして消費者と共に新たな価値を創出していくことが、東芝デジタルソリューションズの使命です。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年3月現在のものです。
- この記事に記載されている社名および商品名は、それぞれ各社が商標または登録商標として使用している場合があります。


