日本では、1970年頃から高齢化率が急激に上昇し、大きな社会問題となっています。それに伴い、医療費は年々増加。人々の健康状態は、経済、そしてそれを支える企業の活動に大きな影響を及ぼしています。働き盛りの世代である社員の病欠による生産性の低下や、早期退職などでの労働力の損失、企業が負担する健康保険料の増加などが大きな要因となっています。このような背景から「予防医療」への意識が高まり、健康経営に積極的に取り組む企業も増えてきました。
東芝は、人々の健康な生活を支えるために「精密医療」の領域に取り組んでいます。デジタルの力を生かして、次の世代も見据えた予防医療を支える取り組みを進めています。ここでは、その中から、東芝のAI技術を活用した「疾病リスク予測AIサービス」についてご紹介します。


生活習慣病が社会課題に


現在、日本で大きな社会課題となっていることのひとつに、生活習慣病の増加とそれに伴う医療費の増大があります。厚生労働省が公表している2018年度の「国民医療費の概況*」によると、生活習慣病に関する医療費の割合は、全体の医療費の2割に及びます。
* 厚生労働省の「平成30年度 国民医療費の概況」は こちら(1.0MB)

生活習慣病は、個人が持つ体質などによる疾患のなりやすさである「遺伝素因」と、育った環境や生活している環境などからなる「環境因子」が重なることで発症につながる、また年齢が進むにつれて発症しやすくなると考えられています。例えば糖尿病は、いったん発症すると根治が難しく、進行すると網膜症や腎症、神経障害などの合併症を引き起こすことが多いため、患者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)が著しく低下します。そこで、この糖尿病*をはじめとする生活習慣病の発症を未然に防ぐため、まだ症状のない発症前期の段階で、個人の特徴に応じて保健指導を行うことが、医療費の削減と個人のQOLの改善に、とても効果的です。
* 糖尿病は大きく1型と2型に分けられ、生活習慣病と考えられているのは2型糖尿病です。

しかし、このような指導を実現するためには、(1)将来、生活習慣病を発症するリスクを的確に予測して、(2)個人のデータに基づく客観的な保健指導を行い、(3)受診者にとって達成可能な生活習慣の改善目標を設定するという、いずれも困難な課題があります。たとえ保健指導を行った場合でも、受診者の多くは、疾患の発症を抑え続けるための継続した行動変容を起こすまでには至っていないのが現状です。


東芝のAI技術を活用した疾病リスク予測とは


こうした課題を解決するため、医療現場におけるビッグデータを活用したデータ分析と、AI活用を推進する「データヘルス改革」が、国の主導で進められています。従来のデータ分析では困難だった複雑な判断の支援をAIで実現し、多くの人に客観的な保健指導を提供すると同時に、医師がより高度な判断に集中できるような臨床現場の改善が求められています。

このような社会動向を踏まえ、課題の解決に貢献するべく、東芝は、生活習慣病に関するデータ分析技術やAIの開発に取り組んでいます。その中には、すでにお客さまに提供しているリスクを知り危険を知らせる疾病リスクの予測や重症化を予防するためのソリューション、そして研究段階である、最適な予防法を開発する取り組みがあります(図1)。

「疾病リスク予測AIサービス*」は、1年分の健康診断データ(以下、健診データ)を入力し、6年先までに、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、腎機能障害、肝機能障害、そして肥満症という6つの生活習慣病を発症する可能性を予測するサービスです。 
* 疾病リスク予測AIサービスのニュースリリースは こちら

このサービスで予測する疾病のひとつである糖尿病の場合、その発症を予測するAIモデルの精度は9割を超えています。これだけの高い精度が実現できたのは、東芝には50年以上にわたるAI研究により蓄積してきた広範なAI技術があったことに加え、複数年分の東芝グループ社員の膨大な健診データとレセプトデータを活用できたからに他なりません。ここでは、社員の大切な個人情報を扱うにあたって、データを匿名化して活用するなど、東芝の情報セキュリティ技術による適切なデータの管理・活用を行っています。

東芝のAI研究者には、データを日々活用している現場で蓄積されたノウハウや知見を重視し、現場との対話を大切にする伝統があります。AIの研究者と産業医、保健師などが連携し、これらのデータの活用方法や、開発するAIの方向性について議論を進めてきました。

このような活動を経て、機械学習により予測AIモデルを生成し、生活習慣病を発症する人のパターンや関連性などを分析しました。AIモデルの構築には、学習させるデータの質が大変重要です。特に膨大な学習用データを必要とする機械学習の場合、そのデータの質がAIモデルの予測精度に大きく影響します。

今回、学習用データとして健診データとレセプトデータを使用しました。健診データにおける検査値の変化や、レセプトデータにおける投薬の情報から、生活習慣病を発症しているのかどうかを選別し、健診データにおける生活習慣や検査値の経年変化を、AIモデルに学習させました。

東芝は、社員数が多く、離職率が低い会社です。そのため、各社員の複数年分のデータが大量にあったこと、そしてそれらを機械学習に使用できたことで、精度の高い予測を行えるAIモデルの構築が実現したのです。

このほか、ランダムサバイバルフォレストという統計的機械学習手法を用い、そこに東芝独自の最適化技術を適用したことで、高い予測精度を達成することができました。このAIモデルでこれから3年以内に糖尿病を発症するリスクを予測してみたところ、AUC*0.96という高い予測性能が得られました。
* AUC(Area Under the Curve) : 予測の性能を表す指標。0.0から1.0までの値で表し、1.0に近いほど予測性能が高く、0.5はランダムな判定と同等なことを意味する。

予測性能が高いだけでなく、未知のデータに対しても有効に働く汎化性にも優れています。実際に、このAIモデルを使って東芝健康保険組合とは別の集団で実証実験を行ったところ、AUC0.94を達成。この結果は、日本人間ドック学会学術大会* および国際人間ドック会議** で発表しました。
* 第60回日本人間ドック学会学術大会 (2019)「健康診断データの AI 解析による糖尿病発症予測アルゴリズム開発」
** 第27回国際健診学会 第4回国際人間ドック会議 (2020)「Prediction of diabetes, dyslipidemia, hypertension, liver function & renal function using AI」

また、「重症化予防ソリューション」は、健康診断やレセプトなどのデータから糖尿病が重症化しそうなハイリスクな人を抽出し、危険を知らせるものです。そのほか、現在、大学と共同で、東芝のAI技術を活用した糖尿病性腎症の重症化を予防するための研究を進めています。AIモデルにより、糖尿病性腎症の患者を複数のパターンに分け、リスクごとに層別化・体系化された最適な予防法の開発につなげます。この予防法で、患者それぞれのリスクや症状に適した生活習慣の指導を支援することにより、患者のQOLの改善に貢献したいと考えています。


受診者中心の生活習慣改善の提案にも寄与


将来の疾病リスクを把握できる疾病リスク予測AIサービスの、具体的な活用方法をご紹介します。

このサービスは、対象者が受診した1年分の健康診断の結果を入力すると、その人がこの先6年の間に、糖尿病や高血圧症をはじめとする6つの疾病にかかる可能性を予測します。さらにリスクを予測するときに重要な特徴量(生活習慣)をAIモデルから抽出することで、保健指導で行う、データに基づいた具体的なアドバイスの支援としても活用いただけます。現在の状況や将来の疾病リスクを数値で把握できることは、受診者にとって納得感が高く、生活習慣を改善する行動変容にもつながりやすくなります。

また、このサービスは、生活習慣を改善する方針を、受診者と協力して検討する保健指導の確立にも役立つと考えています。特に生活習慣の改善に向けた目標は、医師などによる指導よりも受診者自らが設定したほうが、効果が高まることが知られています。例えば、保健指導の際に、糖尿病を発症する確率などを数値で明示されると、受診者自身に慢性疾患の予防を怠らないようにしようという自覚や向上心が生まれます。さらにそこで、受診者が自身の生活スタイルに合った改善目標を設定することで、生活習慣の改善と維持に積極的に取り組めるようになり、確実な効果へと結び付けられることが期待できるのです。


企業の「健康経営」への活用で社員の健康リスクを見える化


疾病リスク予測AIサービスに対して、「健康経営」を掲げる企業からの問い合わせが増えています。

健康経営とは、社員の健康管理を経営的な視点で捉え、企業が戦略的に社員の健康増進に投資を行うことです。近年、人手不足などを背景に健康経営が注目され、その取り組みを始める企業が増えています。積極的に実践している企業では、社員が健康に生き生きと働くことで、病気による離職率の低減や、組織の活性化、生産性や業績の向上など、良い効果が表れています。最近では、健康経営への取り組みを自社のウェブサイトなどで発信する企業も多く、企業イメージを高めることにも役立っています。

このように、多くのメリットが期待できる健康経営に、東芝の疾病リスク予測AIサービスを活用することで、よりきめ細かい健康管理や的確な保健指導ができるようになります。例えば、デスクワークや車通勤が多く運動不足になりやすい、睡眠時間が短め、塩分の高い食べ物を好むといった生活因子の傾向を職種や地域別に捉えたり、同じ業界との比較分析をしたりして、さまざまな分析結果を元にした社員の健康リスクの見える化と、具体的な対策の検討を行うことができます。


さまざまなデータ連携で、健康増進サポートを拡大


さらに、このサービスをさまざまなデータやサービスと連携することで、人々の健康的な生活をサポートするとともに、健康増進に向けた具体的な提案ができるようになると考えています。例えば、疾病リスク予測AIサービスが予測した結果に応じて、食事の内容を指導するサービスや、健康器具やサプリメントなどをレコメンドするサービスなどもつくることができるでしょう。

東芝では現在、東芝グループで展開する電子レシートサービス「スマートレシート」を社員食堂に導入し、社員の食生活の改善をサポートしています。さらにこのスマートレシートで取集した食生活に関連するデータと健診データを組み合わせて、社員個人の特徴に応じた保健指導を行うなど、AI技術を活用したデジタルヘルスの実証実験を計画し、社員の健康増進と会社の健康経営の実現を進めています(図2)。
* 東芝の社員食堂で実施している実証実験のニュースリリースはこちら

人生100年時代に向けて、人々が長い人生を健康に過ごせる社会環境づくりが求められています。

私たちは「疾病リスク予測AIサービス」をはじめ、東芝が持つAI技術とノウハウをさまざまなサービスに応用して、人々の健康な生活をサポートし、豊かな長寿社会の実現に貢献していきます。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年6月現在のものです。

>> 関連情報

関連記事

このマークが付いているリンクは別ウインドウで開きます。