ものづくり企業が「未来のエレベーター」を見据えて挑んだデジタルトランスフォーメーション(DX)(後編)
~Elevator as a Service(EaaS)による新たなCX創造の取り組み~

イノベーション、経営

2023年11月16日

東芝エレベータのキーマンへのインタビューの後編。前編では、東芝エレベータが「未来のエレベーター」を見据えた新規事業の立ち上げを進めてきた体制づくりや、CX推進やDXの社内浸透の取り組みなどについて紹介した。
後編では、「未来のエレベーター」を実現するElevator as a Service(EaaS)の新たなサービスとして提供を開始した「ELCLOUD」や、それを実現するSoftware Defined(SD)制御盤のプラットフォーム、それにより提供可能となる革新的なエレベーターサービスなどについて伺った内容を紹介する。

右:東芝エレベータ株式会社 執行役員常務 チーフデジタルエグゼクティブ 古川 智昭
中:同社 執行役員常務 CX推進部 ゼネラルマネジャー 浅見 郁夫
左:同社 CX推進部 CX推進企画第一部 シニアマネジャー 隈本 新


エレベーターに関わるさまざまな事業者やユーザーにCXの価値を届けるEaaS

福本:
東芝エレベータのElevator as a Service(EaaS)とはどのようなものかを説明していただけますか。

浅見:
EaaSはエレベーターの利用者に新しい価値を提供するサービスで、それを実現するためにはエレベーターをネットワーク経由でサーバに接続することが前提になります。サーバを経由し、スマートフォンやロボットなどに繋げることでサービスが実現できるようになります。

立ち上げ期ということもあり、エンドユーザーにCXを訴求するにはまだ踏み込みが足りない部分もありますが、今後はエレベーターに繋げられるパーツをたくさん揃えていきたいと考えています。

というのも、個々のパーツとエレベーターとの連携ではなく、デバイス同士を繋いで一連のシステムとして組み合わさると、たとえば、建物の中の物流を一括で管理できるなど、シナジー効果が出て新しい価値が生まれると考えているからです。その際、何を繋げ、どこに価値を提供するかという点を意識する必要があるのですが、それがCXの考え方に繋がるところです。顧客によって求められる価値も多様なものがあると考えています。

具体的には、宅配業者が建物の中の個々のお宅に荷物を配送するのは大変なので、それを荷受けボックスにポンと放り込んだら、あとは自動で配送してくれるといった仕組みも考えられます。配達先の人が不在時に配達された荷物も、帰宅してスマートフォンのアプリで「運んでね」とコマンドを押すとロボットが自宅まで届けてくれる。そうすると、自分の好きな時間に荷物の受け取りができて利便性が向上します。ロボットを上手く活用して清掃や警備にも展開できれば、CXの向上にも繋がるでしょう。

更にいえば、ゼネコン、設計事務所、施主は、このような仕組みを取り込むことで他社と差異化した設計ができるようになります。宅配業者もラクになり、ロボットメーカーもロボットの需要が増えて顧客が広がる可能性があります。

このように単品のものを繋げて、いろいろなところに価値を生み出す仕組みをつくることがEaaSの流れであり、大きな役割だと考えています。

東芝エレベータ株式会社 執行役員常務 CX推進部 ゼネラルマネジャー 浅見 郁夫

エレベーターの遠隔操作や多様なサービス提供を可能にするプラットフォームを構築

隈本:
東芝エレベータのEaaSの中には、先行して着手していたBIM(Building Information Modeling)も含まれますし、既存のエレベーターにサイネージをつけて広告収入を得るという情報サービスもEaaSの1つです。

今回新たにEaaSとして、昇降機新付加価値サービス「ELCLOUD」を提供開始しました。
本サービスのプラットフォームは、「Software Defined(SD)制御盤」とクラウド基盤で構成され、クラウド基板は、東芝デジタルソリューションズの設備・機器メーカー向けアセットIoTクラウドサービス「Meister RemoteX」とも連携して開発されています。SD制御盤にはクラウドと通信するコントローラーが搭載され、ソフトウェアをクラウド基盤から配信することにより各エレベーターへの各種機能の実装・制御が可能となります。これにより、先ほどのエレベーターとロボットやスマートフォンとの連携、遠隔からのエレベーターの設定・操作などが可能になります。

提供:東芝エレベータ株式会社

例えば、従来のエレベーターでファンのオン・オフの操作を行うだけでも現地でスイッチを切り替えなければなりませんでしたが、遠隔で複数のエレベーターを一元的に操作できるようになれば、管理者がわざわざ現地に出向く必要もなくなりますし、それにより建物管理会社の省力化にも繋がります。エレベーターの心臓といわれるモーター、頭脳といわれる制御盤は共に現地のハードウェアとして収められており、特に制御盤内の制御ソフトの書き換えやアップデートなども、保守員が現地に赴きPCを繋いで作業をしなければなりませんでした。これが「ELCLOUD」ではクラウド経由で遠隔から簡単にコントロールできるようになります。

このようなサービスのプラットフォームを構築できれば、スマートフォンやロボット以外のものとも繋がり多様なサービスに展開できるでしょう。これまでハードウェアの変更が必要だった制御の変更がSDで簡単にできるようになり、台風などの災害時には、あらかじめエレベーターを避難させたり、混雑状況に応じ朝と午後は違う最適運転などの設定を遠隔でできるなどの個別ニーズにも応えられるようになります。

福本:
これまでものづくりでは、ハードウェアを中心に作り機能の一部をソフトウェアで補完していたのが、SDにシフトすることで、東芝エレベータの理念や長年培った経験などをベースに、ハードウェアがクラウドと一体化した、多様なサービスを実現できるようになるわけですね。

隈本:
その通りです。たとえ話でいうと、東芝エレベータの理念やお客様の要望に対する知見の土壌に、新たな種を撒いて、サービスの土台となる芽が出て、幹となったクラウドとコントローラーから枝・葉を成長させていくイメージです。その1本の枝がロボットだったり、もう1本の枝がスマートフォン連携だったりします。さらに多くの枝が未来に向けて大きく生い茂るように広げていきたいと考えています。そのために、お客様のいろいろな声を伺いながら「こんなサービスがあると嬉しいよね」ということを実現していきます。お客様の笑顔を太陽とし、我々はプラットフォームに水をやってサービスを成長させていくイメージですね。

提供:東芝エレベータ株式会社

福本:
EaaSが実現してくると、モノのあり方や価値観が再定義されると思います。従来はハードウェアの品質だけを考慮すればよかったものが、ソフトウェアの品質も考慮しつつ、企画から製造・設計・アフターサービスに至るまでの情報をデジタルで繋いでいく必要が出てくるでしょう。

隈本:
従来のエレベーターのビジネスモデルは、契約体系が決まっていました。新築の場合は建築会社か施主に販売する、保守サービスの場合は建物の管理会社やオーナーと直で契約するというように、お金の流れも2つしかありませんでした。それが新しいサービスでは、エレベーターのエンドユーザーとのタッチポイントも生まれ、「あなただけのエレベーターとして途中どこにも止まらず動きます、その代わり10円がかかります」といった個人顧客向けサービスも実現できるようになるかもしれません。また、輸送会社などこれまで繋がりのなかった業態にも顧客企業が広がり、そこからの収益も望めるようになると、収益力の大きなサービスになってくるものと期待しています。そのためには、お客様が望む価値サービスを的確にとらえて、提供できるサイクルを回していく必要があり、その実現のために情報をデジタルで繋いでいくことが重要だと認識しています。


エレベーター内の防犯カメラ連携や、エレベーターの待ち時間を最小限にする最適制御も

福本:
今後展開するサービスの計画や構想があれば教えて下さい。

隈本:
「ELCLOUD」のサービス範囲を拡大し、既存のエレベーターが持つ機能でまだクラウド化できていないものが残っているため、それらを早くクラウドに移行したいですし、スマートフォンやロボット以外のものにも繋げていこうと考えています。また、DXという視点では、東芝エレベータ独自の新機能・サービスを開発していきたいと思います。さらに、クラウドの繋がりにより、他の企業とタイアップしながら新規ビジネスを企画していきます。この3つを進めていく計画です。

古川:
お客様向けのサービスだけでなく、保守業務の改善、既存事業の効率化に向けて、社内向けサービス、情報共有の強化の取り組みも並行して進めていきます。既存事業の効率化と新規事業の拡大の両輪により、東芝エレベータを成長させていきたいと考えています。

ものづくりについては、従来のエレベーターのように開発メンバーが仕様を固めてからつくるウォーターフォールのやり方ではなく、サービスを考えたら完全に作り込まれていなくても早く世に出し、利用者の反応をみてトライアルしながら進めていく、というアジャイルなやり方を理解して取り組んでいきたいと思っています。

福本:
最後のまとめになりますが、DXやCXの取り組みに苦労をされてきた中で、ハードルを乗り越えていくためのアドバイスや、今後の抱負などをお聞かせ下さい。

古川:
未来の絵図をしっかり描いて、それに向けてバックキャストし、現在すべきことを確認しながら進めていくことが大事ですね。身近なところで「これだけやろう」という話になると、将来に繋がりません。まずWhyを明確にしてしっかり伝え、それに向けてWhatやHowで現状を変えながら、目標に近づけるようにアプローチすることが求められると思っています。

浅見:
私は意識改革が重要だと考えています。東芝エレベータは、順風満帆で来た会社なので、これまでやってきたことに自信もあり、新しい取り組みに対するハードルが高い側面もあります。「いままで通りやったほうが儲かるのでは」という考えが残っているので、それを打破する時期に来ているのかなとも感じます。あとはビジョンが掛け声だけにならないように、具体的な絵を描いてストーリーをつくり、それを繰り返し伝えて仲間を増やすことが大事です。

私自身の話ですが、開発部門で新しいことをやりたくなって、勝手に絵を描いて見せると周りに「いいね」と言ってくれる仲間が現れ、開発会議で紹介したら「お前がやってみろ」ということになり、当時の社長も「いいね」と言ってくれて組織をつくることができ、今や仲間が40名になりました。一朝一夕には難しいことですが、夢を描き、形にして、仲間を集い、意識改革を続けることが大切だと思っています。

隈本:
個々人に寄り添う「未来のエレベーター」をEaaSや「ELCLOUD」で実現し、「エレベーターの新たな常識を世の中に植え付けていく」ために、どのように伝えていけばよいかを常に考えています。無意識に乗っていたエレベーターが、これから変わっていき、エンドユーザーの日常も変わる、それを広く示したいですね。そのためにも、まずは社内全体に想いが伝わるよう、アクセル全開で疾走して行きたいと思っています(笑)。ぜひ今後の展開にご期待ください。


古川 智昭

東芝エレベータ株式会社 執行役員常務 チーフデジタルエグゼクティブ 
1992年、株式会社東芝に入社。現在の東芝エネルギーシステムズ株式会社で約30年にわたり原子力事業に携わった後、エレベーター・エスカレーター事業におけるDX、事業開発のために、2020年に東芝エレベータに移籍。同社のDXを強力に推進中。

浅見 郁夫

東芝エレベータ株式会社 執行役員常務 CX推進部 ゼネラルマネジャー
1993年、株式会社東芝に入社。以来、長年にわたりエレベーターの開発部門に在籍。
日本初となる機械室のないマシンルームレスの標準形エレベーターや、東京スカイツリーのエレベーターなどを手掛けた。2022年10月に新たにCX推進部を立ち上げ、現在に至る。

隈本 新

東芝エレベータ株式会社 CX推進部 CX推進企画第一部 シニアマネジャー
1994年、株式会社東芝に入社。当時の交通昇降機事業部に所属し、九州支社に営業技術として配属され、後に営業に転身。2010年に本社営業推進部に移り、新設事業の商品企画・販売戦略づくりなどを推進。2022年10月のCX推進部発足時に着任し、現在に至る。


執筆:井上 猛雄


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年11月現在のものです。
  • Elevator as a Serviceは東芝エレベータ株式会社の登録商標です。

関連リンク

おすすめ記事はこちら

「DiGiTAL CONVENTiON(デジタル コンベンション)」は、共にデジタル時代に向かっていくためのヒト、モノ、情報、知識が集まる「場」を提供していきます。