ものづくり企業が「未来のエレベーター」を見据えて挑んだデジタルトランスフォーメーション(DX)(前編)
~東芝エレベータが自らを変革させる推進エンジンとは~

イノベーション、経営

2023年11月13日

50数年にわたり、エレベーター・エスカレーターの開発・設計、製造、販売から、据付、保守、リニューアルまでをワンストップかつ一貫体制で行ってきた東芝エレベータ。同社は、従来からの安全・安心なエレベーターを、利用者に寄り添い成長し続ける「未来のエレベーター」へと昇華させるため、全社をあげてDXに取り組みElevator as a Service(EaaS)事業を立ち上げた。いかにしてDXにより、これまでのエレベーター事業から新たなサービス事業へと踏み出していったのか。同社のキーマン3名に本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では、同社のミッション&ビジョンをベースに、「未来のエレベーター」に向けてEaaSを開発するまでの地固めと体制づくり、カスタマーエクスペリエンス(CX)推進やDXに対する社内の認知と理解に向けた取り組みなどについて紹介する。

左:東芝エレベータ株式会社 執行役員常務 チーフデジタルエグゼクティブ 古川 智昭
中:同社 CX推進部 CX推進企画第一部 シニアマネジャー 隈本 新
右:同社 執行役員常務 CX推進部 ゼネラルマネジャー 浅見 郁夫


安全・安心を前提に、クオリティとコストとデリバリーのバランスを取る

福本:
まず、これまで東芝エレベータがエレベーターやエスカレーターの事業を展開する中で、重視してきたことについてお伺いできますか。

浅見:
東芝エレベータのミッションは「安全・安心の、その先にある笑顔の実現へ。」です。また「わたしたち東芝エレベータは、一人ひとりに寄り添い、つなぎ、新たな価値を創造し、心躍る体験を共有します。」というビジョンも掲げています。このミッション&ビジョンは、我々の事業にとって大前提になるものです。

2022年10月に新規事業の開発、推進を担う組織を立ち上げるにあたり、「新しいビジネスを行うために一体何が大事なのか?」ということを考えました。そして「商品やサービスそのものよりも、その先にある価値が大事だ」と結論づけ、組織名もCX推進部(Customer Experience推進部)としました。振り返ってみると、これは我々のミッション&ビジョンそのものだと気づき、その方向性が正しかったと再認識できました。

福本:
想定するお客様に関しては、設計事務所、ゼネコン、エレベーターに乗られる方々など、幅広いお客様を意識する必要があるのですね。

浅見:
エンドユーザーだけでなく、設計事務所やゼネコン企業のお客様も含めて考える必要があります。また、社員も全てカスタマーという認識で仕事を進めるところがポイントになると思っています。

福本:
社会インフラでもあるエレベーター・エスカレーターの事業は、モノを売った後の保守やメンテナンスの期間が長いと思いますが、ものづくりや保守・メンテナンスにおいて特に重視している点について、例を交えてご紹介いただけますか。

浅見:
安全・安心とコンプライアンスは大前提であり、他のものとは比べられません。その上でクオリティとコストとデリバリーが重要になります。このバランスをいかに上手く取るかが、お客様に選ばれるポイントになります。保守・メンテナンスで最も重視している点はエレベーター・エスカレーターを止めないことです。以前は、安全を突き詰めていくと「何かあれば止めましょう」という考え方でしたが、最近は「動かし続けることが大事」という考え方に変わってきました。例えば、地震の際に震度だけを判断基準にして止めるのではなく、健全性を調べて大丈夫ならば動かし続けるという方向です。安全を大前提に、「動かせるものは動かす」という流れに変わってきています。

提供:東芝エレベータ株式会社

東芝エレベータが進める事業変革・新規事業開発の取り組み

福本:
東芝エレベータでは、DXでエレベーター事業を変革し、新たにElevator as a Service(EaaS)事業を進めています。恐らくエレベーターを機能で差別化することが難しい時代になっているのではないかと想像していますが、新規事業開発に取り組むことになった背景について教えて下さい。

古川:
まずエレベーターの安全・安心は当然のことなので、差異化の要素にはならないと思っています。他社も同じように多種多様なエレベーターを提供していて差異化が難しくなる中で、「乗っている人たち」にアプローチするほうが良いと考えました。そこで、生活という視点での安全・安心から、今後は生活での利便性や快適性、楽しさなどの価値を提供することに踏み出そうとしたのです。ビジョンにもあるように、この考え方を安全・安心の上に乗せることが重要で、これがエレベーターのDXの取り組みの原点になっています。

例えばエレベーター内にサイネージを設置し、広告などのメディアを流せば、多様な情報が得られて便利になります。我々は、既にエレベーターのBIM(Building Information Modeling:企画、設計、施工、維持管理などの建物ライフサイクルを通して属性情報を持つ3次元モデルを活用すること)にも着手していたので、そういったデジタルデータを活用すれば、仕事のやり方も変わってくるだろうと考えました。

提供:東芝エレベータ株式会社

そこで、常時クラウドに繋がりソフトウェアをクラウド基盤から配信することにより各種機能の実装を可能にする「Software Defined(SD)制御盤」を開発し、エレベーターを通してより多くのサービスをお客様に届けられるようにし、「このエレベーターは本当に便利だな、楽しいな」と利用者に喜んでもらえる新しい価値を提供できるようにしたのです。従来はBtoBのビジネスが中心でしたが、利用者に向けたBtoCのビジネスにも取り組み始めたところです。

福本:
これにより東芝エレベータのミッションやビジョンが再定義されたという理解でよろしいでしょうか。CXの捉え方も変わったということですか。

古川:
お客様によってそれぞれ求める価値は違いますが、EaaSやSD制御盤を適用すれば価値を欲しい時に提供できるようになると考えています。デジタルの特性を生かせば柔軟に多様なニーズに応えられるので、DXを突き詰めていくと最終的にCXに行き着きます。それで、今はCXという観点で活動を推進しているわけです。

福本:
確かにデジタルサイネージも一律にすべてのお客様に同じ情報が受け入れられるとは限らないですよね。同じ人でも朝や夜の時間帯、健康状態によって欲しい情報も変わります。

古川:
同じエレベーターでも、乗る人によってサイネージに表示する内容を変えたり、広告だけではなく個々人に適した情報を提供し、価値を高めたいと考えています。

東芝エレベータ株式会社 執行役員常務 チーフデジタルエグゼクティブ 古川 智昭

DX推進に向け、いかにトップを説得し、社内風土や業務プロセスを変えたのか

福本:
ここからは東芝エレベータのDX推進に向けた体制やプロセスについて伺いたいと思います。まずDX推進にあたって工夫された点や苦労された点についてお聞かせ下さい。

古川:
DX推進はトップダウンで社長から落とさないと上手く進まないとよく言われるので、まず役員クラスから理解してもらおうということになりました。理解してもらいやすくするために、最初はSD制御盤によって、ソフトウェアでいろいろなサービスを提供できるという話から始めました。将来像を描きながら、これを使うことによって、具体的にサービスがどう変化していくかを繰り返し説明しました。また、競合や他社とも比較して自社の立ち位置を示し、「このままではIoTやデジタル化で他社に太刀打ちできなくなり、いずれ入札の声も掛からなくなります」と訴えました。

これらの説明を積み重ねることで、「新しいモノをつくるのではなく、現行のエレベーターに価値を加える」という点を理解してもらえるようになり、そこから本格的なDX推進体制をつくりました。まず2020年にIS部門の情報戦略システム部とDX推進部門を一体化して5名で活動をスタートしました。そこでEaaS事業の立ち上げを提案し、承認を得た後、新たなサービスを提供できるようにするためのベースとなるSD制御盤をつくることになりました。

2021年4月に立ち上げた開発体制では、ハードウェアのみならず、お客様側から見た価値を具現化するプラットフォームを構築しようと取り組みました。当時の社長から「2年間で作りきれ」と号令がかかり、各部門で業務に精通したメンバーを集めることができました。

このように1年半かけて組織も形になってきたので、2022年10月にサービス企画とものづくりが一体となってプラットフォームづくりを行うため、新たにCX推進部を設立しました。プラットフォーム構築開始時には15名程度だった体制が、現在のCX推進部は約40名までに増え、今後さらに増強しようと取り組んでいるところです。

福本:
組織が大きくなり事業を立ち上げていく段階になると、人材育成であったり、販売店や代理店、ゼネコンの方々など多くのチャネルの理解をいただいたりと、いろいろな対応が必要になるかと思います。人材育成やパートナリングについてお聞かせ下さい。

古川:
人材については、CX推進部を中心に育てていこうとしています。必要なスキルを洗い出し、それらをどのような教育で身に付けてもらえるようにするか検討してDX人財育成プログラムを構築しました。それをこれから展開していこうとしています。

福本:
パートナリングでは、お客様や社員やパートナーの声に対応するスピード感も重要です。2年のプロジェクトの中で、そのプロセス変革をどう進めてきたのですか。

古川:
CX推進部としての基本戦略を立案しました。ポイントは「アイデア」「VOC(Voice of Customer)/VOE(Voice of Employee)」「技術」の3つです。このうちアイデアを起点にした上で、VOC/VOEに取り組むアプローチにしました。CX推進部としては、立ち上げ直後の段階では、敢えてVOC/VOEを取りに行きませんでした。というのもサービスに固定観念が付くのが嫌だったからです。やはり新しいことを行うには、現状の課題解決の視点だけでなく、新しい視点を取り入れる必要があるので、半年間はエレベーターという枠を取り払い、世の中の動向をしっかりと見ながらアイデアを出し合いました。

提供:東芝エレベータ株式会社

福本:
ゼロベースでアイデアを出したということですね。

古川:
そうです。自分たちでアイデアを積み上げて舞台を整えてから支社店巡りを始め、そこでVOC/VOEとの突き合わせを行いました。自らしっかり考えた上で臨むため、支社店の人たちと話ができる状態になるわけです。彼らに対して「CXが我々のミッション&ビジョンそのもの」ということを強調して、「だから我々は新たに特殊なことを始めるのでなく、根幹のことをやろうとしているのです」と説明しました。また、世の中のビジネスの動きとエレベーター事業の立ち位置を示しながら、DXに取り組む必要性についても説明しています。


BtoBからBtoCへ、顧客の経験価値を高める新たなサービスへの理解を得るための取り組み

隈本:
従来のエレベーター事業は、ほとんどがBtoBビジネスでした。利用者はエンドユーザーでも、C(Consumer:消費者)へのタッチポイントは限定的でした。個人の利用者に寄り添いつつも、公共性の高い乗り物として、全体最適の設計がされていました。エレベーターが世の中にある乗り物と異なる点は、免許不要で誰でも乗れることですが、そうなると製品自体はどんどんコモディティ化します。以前から、これから先のエレベーターは、利用者に寄り添いながら差異化する必要があると思っていましたが、そのきっかけを上手くつかめませんでした。

東芝エレベータ株式会社 CX推進部 CX推進企画第一部 シニアマネジャー 隈本 新

隈本:
新組織ができてから、新しいサービスを世の中にどう伝えていくかが重要になると感じていましたが、一番の大きな課題は、社内に対するプロモーションでした。社員がお客様に届けたいと思ってくれなければ、よい商品ができてもお客様に売りに行ってくれません。

これまで東芝エレベータが製品を市場に投入する際は、内容がしっかり固まるまで情報の公開を控え、明日から発売するというようなプレスリリースばかりで「Coming Soon」的な発信はしてきませんでした。しかしEaaSについては、サービス販売開始前の早い段階からプロモーションを展開し、前線で直接お客様と対面している営業を中心に、直接訪問し対話会を行いました。

ただ、発足したばかりの新組織なので、まずCX推進部が何をする組織なのかという説明から始めました。CXについて知ってもらった上で、CX推進部が作ったEaaSがどのようなものかを理解してもらい、それから全社的なCXの取り組みやDXに向けた計画を説明しました。前線の社員の共感を得てアクションに繋げてもらうために、まずはCX推進部や取り組みについて認知・理解してもらう必要があると考え、一歩一歩、地道に全国行脚を始めたわけです。

福本:
いきなりHowやWhatを説明するのではなくて、Whyが大事だということですね。

隈本:
社内サイトにも新組織のCX専用サイトを立ち上げ、「何でも意見箱」というコーナーなども設置し、各所の声を集めています。いわゆるVOCやVOEを拾う目安箱的なもので「気づいたことを何でも書き込んで下さい」とお願いしています。それをもとにして、CX推進部のメンバーがサービス企画や業務効率改善などの施策を検討しています。

福本:
変革を伴うDXを推進していくとなれば、いろいろなご苦労もあったかと思います。

隈本:
エレベーター保守という現在のベース事業でお金を稼ぐサービス事業は、社内で理解されやすいのですが、我々がやろうとしている市場の将来像から作る新サービスについては、なぜ必要なのかがなかなか伝わらないのです。

業務効率改善に加えて、新事業を立ち上げてワクワクする前向きな議論をし、将来に向けたエレベーター事業を拡大していき、前線の共感を得ることができたことで新たな取り組みを進めることができるようになったと考えています。


古川 智昭

東芝エレベータ株式会社 執行役員常務 チーフデジタルエグゼクティブ 
1992年、株式会社東芝に入社。現在の東芝エネルギーシステムズ株式会社で約30年にわたり原子力事業に携わった後、エレベーター・エスカレーター事業におけるDX、事業開発のために、2020年に東芝エレベータに移籍。同社のDXを強力に推進中。

浅見 郁夫

東芝エレベータ株式会社 執行役員常務 CX推進部 ゼネラルマネジャー
1993年、株式会社東芝に入社。以来、長年にわたりエレベーターの開発部門に在籍。
日本初となる機械室のないマシンルームレスの標準形エレベーターや、東京スカイツリーのエレベーターなどを手掛けた。2022年10月に新たにCX推進部を立ち上げ、現在に至る。

隈本 新

東芝エレベータ株式会社 CX推進部 CX推進企画第一部 シニアマネジャー
1994年、株式会社東芝に入社。当時の交通昇降機事業部に所属し、九州支社に営業技術として配属され、後に営業に転身。2010年に本社営業推進部に移り、新設事業の商品企画・販売戦略づくりなどを推進。2022年10月のCX推進部発足時に着任し、現在に至る。


執筆:井上 猛雄


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2023年11月現在のものです。
  • Elevator as a Serviceは東芝エレベータ株式会社の登録商標です。

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