カーボンニュートラル実現に向けて求められる変革、DXに期待されることとは(後編)

経営、イノベーション

2021年11月18日

カーボンニュートラル実現に向けて求められる産業や社会の変革について、ポスト石油戦略研究所代表の大場紀章氏にインタビューした内容の後編。
前編では、カーボンニュートラル実現に向けた世界の動きや、日本がカーボンニュートラルを実現するために必要な取り組みについて伺った内容を掲載した。後編では、カーボンニュートラルに向けたエネルギー事業や産業活動・社会活動のデジタルトランスフォーメーション(DX)への期待、日本企業の課題などについて伺った内容を紹介する。

エネルギーアナリスト 合同会社ポスト石油戦略研究所代表 株式会社JDSCフェロー 大場紀章氏


電力事業のDXの鍵はブロックチェーン技術を用いた新たなビジネスモデルの創出

福本:
カーボンニュートラルを目指す上で、再生可能エネルギー(再エネ)発電の拡大やデマンドレスポンス(DR)、バーチャルパワープラント(VPP)などの電力の需給調整の取り組みが求められるのではないかと思いますが、エネルギー事業に期待されるDXについてお聞かせください。

大場:
電力事業のDXという視点でお話ししますと、再エネの発電予測や変動する電力のマネジメント、メンテナンスの自動化など多種多様なものがありますが、実は電力は石油・ガスと比べて実際にバリューを生み出しているサービスというのは案外少ないのではないかという印象があります。
私はDXの取り組みを、ブロックチェーン技術を使うか使わないかで分けて考えています。ブロックチェーン技術を使うということの意味の一つは、多数のステークホルダーが参加し認証を共同で信用するというものであるため、そのビジネスモデルは単純なデジタル化と本質的に異なるものになります。また、ブロックチェーン技術を使うというと非常に投資がつきやすく、圧倒的にビジネスが進みやすくなるということも重要な特徴の一つです。
ブロックチェーン技術を使わない領域では、既に発電所のマネジメントの自動化が行われていますが、送電・売電事業のデジタル化で効果を出すのは難しい。その理由は、電力というのはそもそも価格が安いからです。そこにデジタルで付加価値をつけようと思っても、ビジネスとして成立させるのは難しいのです。また、太陽光発電や風力発電の適地選定、設備配置のシミュレーションなどは研究レベルでは進んでいても、実際に事業として行おうとすると、他の制約要因が多くなり現場レベルでうまくいかないことが多いのではないかと思います。
電力事業のDXで期待されるのは、例えばブロックチェーン技術を使う領域の調整系のソリューションです。数年ぐらい前から欧州にはその瞬間の発電権を売買する市場があるのですが、それを複雑なレイヤーで売買するシステムで最適化するという考え方があります。金融テクノロジーに近いのですが、ここでは、ある再エネがある瞬間に発電したら別のある再エネはむしろ止めたほうが全体最適になるため、利益を細分化して最適化することが求められます。


カーボンニュートラルに向けたDXで一番重要なのは、産業全体の変革を促すこと

福本:
では、カーボンニュートラルに向けた産業活動、社会活動のDXの取り組みについてはどのようなことが期待されるでしょうか。GHGプロトコルのお話では、これからはサプライチェーン全体でどれだけCO2を削減するかという考え方が主流になるとのことでした。またEUが国境炭素調整措置(CBAM)を導入するという話もあります。この実現のために必要となるのが、見える化です。このあたりのデジタル化は進んでいるのでしょうか。

大場:
あまり進んでいないと思います。EUが今提案しているCBAMというメカニズムの対象となるのは、セメント、鉄・鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力の5項目。いわゆるバルクと呼ばれるもので、排出係数は決まっています。つまり細かいトラッキングの必要がないものからCBAMを取り入れることになっているのです。将来的にはバッテリーを対象にするという議論がありますが、細かいトラッキングには産業界からの反発が大きいので、まずトラッキング不要のバルクに適用するというのが基本的な考え方です。
米国ではバイデン大統領の選挙公約に国境炭素税が入っていましたが、ホワイトハウスは国境炭素税への支持を保留しています。EUはCBAMが抵触する可能性のあるWTO(世界貿易機関)協定の改革を求めてくるでしょうが、それにはアメリカをはじめ他の参加国の賛同が必要となるため、CBAMの導入はうまくいかない可能性が高いのではと考えています。
カーボンニュートラルに向けたDXにおいて一番重要なのは、産業全体の変革を促すということです。カーボンニュートラルはインダストリートランスフォーメーション(IX)を推進し、これまで関係のなかったものも含めて全てを変える可能性があるのです。
例えば、自動運転のEVをタクシーのように配車するサービス事業を企画したとしましょう。それらの車両はすべて事業車両になるので、EVに搭載するバッテリーの使い方は事業者が管理することになり、いざという時にそれらのバッテリーを電力系統として使うというビジネスも考えられます。自動運転が社会に受け入れられるテクノロジーになると、無人EVタクシーが個人所有のガソリン車よりもランニングコスト面で優位に立つので、大量に導入されるようになります。すると、事業者はそれらのバッテリーを大量に保有して系統運用に活用することができるようになり、モビリティ産業と電力事業がデジタルで融合し、カーボンニュートラルに貢献するということになるわけです。自動運転というDXが起きれば、車、モビリティに加え、再エネの調整力をも解決する、社会全体のイノベーションが起きる可能性があるのです。

福本:
車と信号機などの社会インフラが会話しながら、最適なモビリティサービスを実現するというイノベーションも起きますし、大量にEVを保有している事業者と再エネ発電事業との間で売買調整するようなビジネスが登場する可能性もありますね。

右:エネルギーアナリスト 合同会社ポスト石油戦略研究所代表 株式会社JDSCフェロー 大場紀章氏
左:「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲


企業の事業存続やエネルギー安全保障など広い視点でカーボンニュートラルに挑む

福本:
カーボンニュートラルに向けて進む世界に対して、日本はどう挑んでいくべきなのでしょうか。

大場:
まずは競争環境を理解することです。カーボンニュートラルへの取り組みは、地球環境のためだけではなく、事業の存続のためにも重要です。企業の未来のために脱炭素を目指すべきという意識を持たねばなりません。大きな投資ファンドはCO2排出量で投資先を選定している時代です。経営トップはそういう視点を持った上で事業を営むことが必要なのです。
次に、脱炭素は雇用問題だという視点を持つこと。脱炭素ばかりに目を向けていると、事業がしぼんでしまう可能性があります。単に日本のCO2排出量を減らすだけであれば、究極、国民全員が日本からいなくなればよいということになってしまいますが、日本に住み働きたいのであれば、日本で事業を営まなければなりません。そのためには日本で働ける仕事を維持しなければならないからです。
また、エネルギー安全保障上の視点からも、脱炭素を考えるべきだと思います。CO2を排出する主な化石燃料には石油、天然ガス、石炭があります。CO2排出量の大きさから石炭、石油、天然ガスという順番に悪者扱いされてしまいますが、供給側から見ると、最も開発投資額が削減されているのが石油で、2014年と比較すると約60%も投資が縮小しています。一方でEVの普及のスピードはそれほど加速していません。つまり、石油の開発投資の減少スピードが圧倒的に速いので、このまま進むと必ず供給破壊が起きてしまいます。

福本:
石油が高騰するということですね。

大場:
そうです。それを見越して、中国や欧州はガソリン車を撤廃し、EV化に大幅に舵を切ったとも言えます。しかも日本は主要国でほぼ唯一と言っていいほど、原油の輸入を中東に頼っています。欧州には北海油田があり、北アフリカやロシアからも輸入しており、中東の比率は非常に低い。米国や中国はそもそも産油国です。中東からしか原油を買っていない国は、日本を除けば韓国と台湾ぐらいです。中東の情勢がどんどん悪化していく中で、石油に依存している状況からどう脱却するかが、ある意味、脱炭素の裏テーマだと思っています。脱炭素というトレンドに乗って、脱石油を早期に実現しなければなりません。カーボンニュートラル実現のため、前倒しでガソリン車を廃止するというロジックは、欧州の石油戦略にとって非常に都合がいいストーリーなのです。
最後に、取り残される事業者が出ないよう、国として広い目で脱炭素戦略を考えていく必要があるでしょう。

福本:
カーボンニュートラルへの取り組みは、一社だけでどうにかできる話ではありませんからね。当然、国の政策や世界的な動きなどが絡んでくるため、事業として取り組むためには幅広い視野が必要だということですね。

大場:
他の国の動きや政策はもちろん、機関投資家や株主の意向、天候なども関わってきます。日本の電力事業であれば、需給調整市場、容量市場、非化石価値市場、卸売電力市場などの市場に加え、EEXや電力先物などを加味した上で、リスクテイクをして、事業を運営しなければなりません。これはもう人間の認知能力を超えています。そのため、みんながこれを自動化したいと思っているのですが、データをマネジメントすることはできても、本当にそれでうまくデータを最適化し安定的に電力供給ができるのかというのは、まだわからないのが現状です。

福本:
最後に東芝および東芝デジタルソリューションズへの期待をお聞かせください。

大場:
東芝はエネルギー関連事業だけでも、発電設備製造や電力流通事業など、非常に幅広い事業を展開されています。例えば風力発電事業で使われるパワーコンディショナーの半導体製造、VPP事業のほか、最近では再エネを利用した世界最大級となる10メガワットの水素製造施設を設置し実証実験を進めていますね。特に水素製造装置は世界が注目するテクノロジーで、さらなる技術の発展に期待しています。
また、再エネの普及には需要側の調整力が欠かせません。そこで鍵を握るのがトラッキング技術です。IoT化にかかるエネルギーの省エネも非常に重要になりますし、センサーが増えれば、セキュリティの問題が持ち上がってきます。今後、インフラのデジタル化が進むにつれて、ハッキング被害への懸念がますます大きくなります。サイバーセキュリティに対しても、東芝は長年の実績と研究で培ったノウハウがあり、量子暗号技術などの先端技術をお持ちです。そういう面でも東芝にはとても期待しています。

【前編はこちら】


大場 紀章
エネルギーアナリスト
合同会社ポスト石油戦略研究所 代表
株式会社JDSC フェロー

京都大学理学研究科修士課程修了後、株式会社テクノバに入社。自動車産業の視点から化石燃料や電力などのエネルギー供給や、次世代自動車技術の調査研究に従事。ウプサラ大学、中国石油大学に短期留学。2014年に独立し、フリーランスのエネルギーアナリストを経て、2021年6月にポスト石油戦略研究所を設立。ポスト石油時代における日本のエネルギー安全保障や産業戦略について調査研究および提言を行っている。株式会社JDSC(Japan Data Science Consortium Co. Ltd.)フェロー。主な著書に『シェール革命―経済動向から開発・生産・石油化学』(共著、エヌ・ティー・エス)などがある。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年11月現在のものです。

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