東芝オンラインカンファレンス2021
TOSHIBA OPEN SESSIONS Session1「量子技術によるサステナブルな未来」レポート(第1回)

経営、イノベーション

2021年10月8日

2021年8月19日、「TOSHIBA OPEN SESSIONS Session1」が開催された。今回のテーマは、世界の企業が注目し開発に勤しむ「量子技術」。東芝は20年以上にわたってこの研究開発に取り組み、2020年10月に量子暗号通信技術の実用化を発表した。同技術は2021年4月に東芝デジタルソリューションズに移管され、事業化に向けた取り組みが進められている。量子技術の活用で、どのような未来を実現しようとしているのか。本セッションで語られた概要を3回にわたって掲載する。
第1回では、東芝 執行役上席常務/最高デジタル責任者、東芝デジタルソリューションズ 取締役社長の島田太郎による基調講演「未来を拓く、Quantum Transformation(QX)~東芝の量子技術が目指す世界とは~」の内容を紹介する。


量子技術でどのような未来が実現するのか

 これまでの10年間はサイバーからサイバーというDX1.0の時代でした。これからの20年はDX2.0、サイバーとフィジカルの時代に突入すると考えています。DX2.0の時代は、さまざまなインフラを納めてきた東芝にとって大きなチャンスです。本日はさらにその先のクオンタム(量子)・トランスフォーメーション(QX)の時代についてお話しします。
 QXの時代とは、これまでエレクトロン(電子)によってデータを送っていたのが、量子によって送るというファンダメンタルな変化が起こる時代です。世間では間もなく量子コンピュータが作られるのではと言われていますが、量子を産業として捉えると、量子コンピュータという箱だけを作ってもあまり意味はありません。ではアプリケーションソフトがあれば良いと考えるのも短絡的です。量子コンピュータの実用化は、膨大なデータへのアクセスと、それを効率的に通信するシステムがすべて組み合わされて初めて成立するのです。
 量子コンピュータでは、従来のコンピュータでは困難だった領域の計算や、巨大な空間での最適化ができるようになります。解ける問題は大きく2つに分けることができ、1つは一度解いてしまえば答えが分かる「静的な問題」。創薬や材料開発などがこれに当たります。もう一つが「動的な問題」で、金融ポートフォリオの最適化や電力の最適分配、ウィットに富んだ会話などで、膨大なデータの蓄積と瞬時の判断によって解決できる問題です。このような動的な問題は果てしなく発生するため、量子コンピュータの産業化にとって、非常に魅力的な領域だと捉えています。
 昨年、私は『スケールフリーネットワーク ものづくり日本だからできるDX』という本を出させていただきました。この中で、データを繋ぐ世界とは何か、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)がそれをどのように作ってきたのか、などを説明しています。データが繋がるだけではなく、そこから価値を創造するには、AIだけでは限界があります。実はここで活躍できるのが量子コンピュータや量子通信なのです。
 1970年代にインターネットが誕生した頃、たった50年で数百兆円にも及ぶ巨大な市場を創り出すことになると、誰が想像したでしょうか。今後そのネットワークが量子で繋がるようになると、過去50年間にインターネットで起こったようなことが再び起こる可能性があるのです。なぜなら量子には面白い現象があるからです。重ね合わせ現象を使うと、わずかな量子で大量のデータを送信できます。また、量子のもつれ現象を使うと、数百キロ離れた量子コンピュータ内の情報を同時に更新できます。これをスケールフリーに広がるような量子インターネットとして提供することで、インターネットの時代を凌駕する産業が創出されると私は予想しています。
 東芝が開発している量子暗号通信(QKD)は、量子インターネットの最初のアプリケーションになるでしょう。この分野の関連特許で、東芝は世界一位を維持しています。そのほかにも東芝では量子技術の商用利用を目指して、量子アニーラ、量子シミュレータ、シミュレーテッド分岐マシンなどの開発を進めています。
 さらにこれからの50年間で、量子中継器や量子通信、量子メモリ、さらに量子アプリケーション、誤り耐性量子コンピュータなどが開発されることで、未来の量子インターネットの世界が実現していくことになります。QKDの技術は、この量子インターネットの世界に繋いでいくことを可能にするのです。


東芝の量子技術への取り組みと目指す未来

 東芝の20年以上にわたる量子技術の研究開発が、まさに今、花開こうとしています。2020年10月、東芝はQKDシステムの事業化を発表しました。2021年4月には事業化を前提に、同技術を東芝デジタルソリューションズに移管しました。その際に発表した製品は、世界最高の鍵配送速度、世界最長の鍵配送距離を達成し、2020年度のグッドデザイン賞を受賞しました。量子暗号通信サービス市場は、2030年には1.5兆円を超えるとみられ、東芝はそのうちの25%を獲得したいと考えています。
 将来性のある分野だけに、海外の企業も技術開発に力を入れています。中国は、圧倒的なスピードと規模で先行しています。ヨーロッパでは、大型プロジェクトEuroQCI(European Quantum Communication Infrastructure)が始動し、EU各国でフェーズ1(テクノロジー・バリフィケーション)が実行中で、東芝もこれらの実証に積極的に参加しています。韓国でも、2018年度から政府の動きが活発化し、さまざまなインフラ構築が始まっています。
 特に中国では、北京と上海間にQKDサービス網を用意し、外国取引情報や各種規制情報の収集、インターネットバンキング取引に使用するなど、社会実装を進めています。技術を活用することがその技術の進歩には非常に効果的です。今はQKDシステム装置の性能ではリードしていますが、うかうかしてはいられません。
 日本国内でも、QKDの実用検証を進めています。ある2省庁間でクローズドでの1対1のQKDを使ったサービスの実証を始めました。次のステップとして、首都圏(メトロ領域)で多くの民間企業、政府機関、学術機関が利用できるオープンな量子暗号プラットフォームの構築にも着手しようとしています。このようなメッシュ型のネットワークを作ることが、量子インターネットの世界に繋がると考えられるからです。これらの実用検証の成功を積み重ね、最終的には日本全体をジャパン・クラウドというセキュアなクラウドにQKDで繋いでいく。海外拠点を含めた全国網を構築し、安心・安全・快適に利用できるデータ流通基盤を実現したいと考えています。
 QKDを使うと価格が高くなるのでは、と思われるかもしれません。例えば現在、金融機関の間のデータ転送には専用線と専用ハードウェアを使っていますが、QKDでプロテクトしてオープンに使えるようになれば、コストダウンできる可能性があります。さらにクラウドに実装した場合には、これまでクラウドを利用できなかった領域にも適用が進み、コストメリットを超えた利便性を提供できると思います。その先では、衛星を使って、各ノードから国を超えた安全・安心な通信を可能にする量子暗号通信の検討を進めています。
 量子コンピュータは開発途上にあり、特に万能なゲート方式の実用化には、まだ時間がかかります。そこで今、非常に注目を集めているのが、量子アニーラというイジングモデルを使った方式の量子コンピュータで、今のコンピュータを超える能力を一部示し始めています。しかし、これらもまだ途中段階にあると考え、東芝では疑似量子アニーラという古典的な物理の力を活用した、通常のコンピュータに量子コンピュータのような振る舞いをさせられる「シミュレーテッド分岐マシン」の開発に取り組んでいます。
 シミュレーテッド分岐マシンは、FPGA(Field Programmable Gate Array:製造後に購入者や設計者が構成を設定できる集積回路)等の高速ハードウェアやAWSなどのクラウド等、幅広いプラットフォームに展開できるもので、量子インスパイアアルゴリズム(量子コンピュータの理論から生まれた従来のコンピュータで計算できるアルゴリズム)を採用した、世界最速・今すぐ使える東芝独自のイジングマシンです。高額な費用をかけずに、アプリケーションを開発するだけで、金融、交通・物流、創薬、科学、製造など、組み合わせ爆発が起こる領域で圧倒的な成果が出せると考えています。
 これを実証すべく、2021年5月にFPGAに搭載した世界最速のシミュレーテッド分岐マシンを証券取引所の中に置き、ダルマ・キャピタル様と共に株式市場における高速高頻度取引の実験を行うことを発表しました。これは、金融取引システム上で、疑似量子計算機が提示する最適解に基づいた投資戦略の有効性を検証するという世界初の試みです。
 またこの技術は「CEATEC AWARD 2020」においてニューノーマルソリューションズ部門準グランプリを受賞し、社会課題の解決に貢献する技術として高く評価されています。


「量子技術による新産業創出協議会」の設立

 2021年5月に、東芝をはじめ、量子技術で社会構造変革を目指す民間企業による「量子技術による新産業創出協議会」の設立発起人会を東芝本社で行いました。東芝はこの協議会の事務局を務めさせていただいています。ドイツのインダストリー4.0のように、政策提言、標準化連携、研究開発拠点連携、テストベット連携、海外産業連携など、協議会ならではのメリットを最大限発揮できる組織にしていきたいと考えています。連携先の選定や連携方法などの検討はこれからですが、すでに多くのお話をいただいており、この分野における日本の技術への期待の大きさを感じています。
 さらに、この協議会では、インダストリー4.0のリファレンスアーキテクチャーであるRAMI4.0(Reference Architecture Model Industrie 4.0)を参考に、量子のリファレンスアーキテクチャモデル、つまり産業化モデルを作ることを目指しています。
 量子技術が実現する未来には、さまざまな社会課題を解決する新たなビジネス・産業が生まれるでしょう。誰も見たことのない世界に向かって、私たちは頑張ってまいります。

【第2回はこちら】


執筆:中村 仁美


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年9月現在のものです。

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