東芝オンラインカンファレンス2021
TOSHIBA OPEN SESSIONS session1「量子技術によるサステナブルな未来」レポート(第3回)

経営、イノベーション

2021年10月22日

2021年8月19日に行われたオンラインカンファレンス「TOSHIBA OPEN SESSIONS  session1」の内容を紹介する3回シリーズの最終回。第1回では当社 取締役社長の島田太郎による基調講演の内容、第2回ではChicago Quantum Exchange(CQE)のDirectorであるDavid Awschalom氏に「量子で世界はどう変わるのか~米国の最新動向と未来への可能性~」について伺った内容を掲載した。最終回では、東北大学大学院 情報科学研究科情報基礎科学専攻 教授の大関真之氏を迎え、「量子コンピュータが変える未来~社会実装へ向けた取り組み~」について語り合った内容を紹介する。


 量子アニーリング技術の研究者であり、産学連携活動を精力的に進めている東北大学大学院 情報科学研究科情報基礎科学専攻 教授の大関真之氏、および東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 フロンティアリサーチラボラトリーで量子コンピュータの研究開発に従事し、シミュレーテッド分岐アルゴリズムを生み出した後藤隼人をパネラーに迎え、量子コンピュータが変える未来について話を伺った。モデレータは当社 取締役 統括技師長の竹本潔が務めた。


量子コンピュータとは何か

竹本:
最近量子コンピュータというキーワードをよく耳にするようになりました。Googleが量子超越性を実証したというニュースもありました。まずは量子コンピュータとは何か、簡単にご紹介いただけますか。

大関:
量子コンピュータは量子力学という学問分野を基礎としていますが、私たちの体をつくっている分子や原子の微視的な振る舞いのルールを有効利用することにより、新しい科学技術を創生できないかという機運が高まりました。一方、コンピュータの世界では、大量のデータの計算を行いながら社会基盤を支えていくための処理能力の限界や、電力・エネルギーの問題などが出てきて、コンピュータの性能をもっと高め、エネルギーが少なくても動作することが求められるようになってきました。この両者に対する解決策として期待されているのが量子コンピュータです。今までのコンピュータだと処理が遅い、うまくいかない、効率が悪いという壁を、量子コンピュータで初めて乗り越えることができたというのが「量子超越性」です。このように量子コンピュータは非常に大きな可能性に包まれており、皆さんも強い期待を持っているのだと思います。

後藤:
最近ニュースになったり盛り上がっている背景としては、ハードウェアの発展が大きいと思います。量子コンピュータは、原子や超電導など量子力学的な振る舞いをする物理系を正確に操作できないと実現しません。小規模のシミュレーションであれば普通のコンピュータでも簡単にできてしまうので、比較的大規模な量子コンピュータが求められているわけですが、それを実現できるハードウェアがようやく出来つつあり、それによって量子超越性が実証できる段階に来たことで、注目が集まっているのだと思います。


量子コンピュータの開発動向

竹本:
量子コンピュータは人類が新しい世界を開いていく技術だという感じがいたします。量子コンピュータの動向について教えてください。

大関:
量子コンピュータは人類の夢なのですよね。原子や分子など私たちの体やものをつくっているものをコントロールして、研究者や開発者が知見を生かして新しい技術を作りたいということなのだと思います。量子コンピュータは、例えば新素材の開発や創薬という分野で、化学反応を試すために提案されました。最初は夢物語だと思われていたのが、2010年代に入ってから量子ビット(量子情報の最小単位)やその計算装置の精度がだんだん高まっていきました。きっかけは、カナダのベンチャーであるD-Wave Systems社(以下、D-Wave社)が、組合せ最適化問題の選択肢をこの量子ビットによって調べる特殊な装置を最初に利用し、量子ビットの制御技術や作成技術の精度を高め2011年に商用化したことです。ほかにもIBMやGoogleなどが、特殊な問題を解くだけではなく、あらゆる操作を任意に行い精度も非常に高い装置の開発に取り組み、いわゆる量子コンピュータが出来つつあります。2020年代に入り、量子コンピュータはスーパーコンピュータでできるレベルを超え、量子超越性を示してきたのです。そのポテンシャルを生かして今は、本当に薬が作れるのか、材料の予測ができるのか、他に応用事例はないのかという探索が進んでいる段階です。


東芝が取り組む量子コンピュータの研究開発

竹本:
コンピュータの創成記のようなことが起きているのですね。後藤さん、東芝ではどのような研究開発が進められているか教えてください。

後藤:
私が5~6年前から取り組んでいるのが量子アニーリングの組合せ最適化の研究です。この分野はD-Wave社の技術が大変進んでおり、後から追いかけるのは大変な状況です。そこでまず、理論研究で全く新しい原理の量子コンピュータとして、量子分岐マシンという独自のアイデアを出しました。ただ、これは超伝導などを使うため実装が非常に難しく、D-Wave社の水準に追いつくのは大変でした。そこで思いついたのが、普通のコンピュータでシミュレーションするというアプローチ。なぜなら、現在のコンピュータは大規模化が比較的やりやすいからです。ただ、量子コンピュータそのもののシミュレーションはできないため、量子力学を古典力学に変換することを思いつきました。これらのアイデアから生まれたのが、シミュレーテッド分岐アルゴリズムです。このアルゴリズムには、現在のコンピュータのスピードアップを実現している並列計算を非常にやりやすくする高い並列性を持つという特長があります。現在のコンピュータの最先端の並列計算の技術と新しいアルゴリズムとを組み合わせることによって、量子コンピュータが得意とする組合せ最適化問題を普通のコンピュータでも非常に速く解けるようになるということで、今開発に力を入れています。

竹本:
大関先生、このアルゴリズムについて、どうお考えですか。

大関:
非常に良いところに目を付けたと思います。量子アニーリングマシンの性能向上には目を見張るものがありますが、量子コンピュータのポテンシャルは数種類、大きく2種類あり、発揮されるポテンシャルが異なります。一つは大量の並列処理をしていろいろな可能性を探索するもの、もう一つはその並列された中からどれが答えとして適しているのかを絞っていくもので、この2種類をうまく使うことで、量子コンピュータのポテンシャルを最大限利用することができます。組合せ最適化問題を解くためには、並列に処理していろいろな可能性を探索することが必要で、量子コンピュータの全要素を利用する必要はありませんでした。その点から考えると東芝が開発したアルゴリズムは、組合せ最適化問題を解くにあたって重要な側面を抜き出し、特殊な装置を使うことなく現在のコンピュータや技術を最大限使って並列処理をしやすくしたものであり、非常にリーズナブルだと思います。実際に、このシミュレーテッド分岐アルゴリズムを用いて性能評価を行い、実問題のシチュエーションで使ってみたところ、レスポンスが速く、精度も良く、何よりユーザーとして使っていてとても使いやすかった。本当に素晴らしい技術だと思いますし、しかもどんどん弱点を克服していくという東芝のバイタリティにも敬服しています。


量子技術の社会への実装、その課題

竹本:
大関先生は社会実装に関しても精力的に尽力なさっています。具体的な取り組みをお聞かせください。

大関:
2016年に東北大学に着任後、東日本大震災の遺構を訪問したり大学図書館の震災ライブラリーなどを見て、胸に迫るものがありました。地震そのものよりも津波が到来して逃げようとした人々が渋滞に巻き込まれ、逃げ遅れて津波の被害に遭われた方も多かったことを知り、このような未曾有の大災害に対して、新しい技術を使って何かできないだろうかという使命感が生まれました。その時、この問題を組合せ最適化問題として定式化できないかと考えたのです。そうしたところ、量子アニーリング技術を使うことでこの問題を定式化し、人々が最短時間で、渋滞を起こさずに避難できるよう全体を最適化できるとわかり、津波や災害の研究者の方々とコラボレーションして問題を解きました。
今は、例えば新型コロナウイルスを蔓延させないよう人々の行動様態を変えるために、商業施設へのお客の来訪時間や電車の混雑回避のための通勤時間など、個々人のためにもなり全体のためにもなる、自分一人では考えられない複雑な最適化問題を社会のために量子科学技術で解決するという、新しい方向性が見えてきました。これからの新しい生活様式に対して、社会インフラをどう整えるべきか、サービスはどうあるべきかを、研究開発の現場で事例をたくさん作りながら、未来を描いているところです。

後藤:
社会的な課題は、必ずしも量子コンピュータや、我々が作っているイジングマシンなどと相性が良いとは限らないと思います。いろいろな問題を定式化して解いてみると、コンピュータのタイプによって得意・不得意があり、思うように解けなかった問題を違うコンピュータを使ったらうまく解けてしまうなど、解きたい問題に対してどのコンピュータの相性が良いのか試行錯誤してしまうということが課題なのではないかと思っていますが、どうお考えでしょうか。

大関:
もちろん、細かい話をすれば各マシンによって得意・不得意はあると思いますが、それは大きな問題ではないというのが、社会実装をしている側の意見です。確かにそれぞれの開発するアルゴリズムやマシンには善し悪しがありますが、それはまだ発展途上で、飛び抜けていない状態です。技術そのものをどうやって伸ばしていくかを検討していくと、いつか飛び抜けるときが来ると思いますが、現時点ではどのチャレンジャーたちも、それぞれ課題を抱えており横並びです。飛び抜けたものが出てきたときに、例えば、小規模な問題だけど思わぬ答えを求めている場合は量子コンピュータの並列計算能力に頼るといいねとか、大規模で確実に指令した通りの答えを出して欲しいという場合は、デジタルで探索能力に優れている技術がいいよねというふうになっていくのだと思います。これからそのようなキャラクターを持つ技術が登場してくるからといって、量子ビジネスの市場価値がしぼむことにはならず、社会実装が進んでいくと5年後には10倍もしくは100倍の変数規模になると見ており、どの問題はどのマシンが適しているかが振り分けられるようになっていくと考えています。

右:東北大学大学院 情報科学研究科情報基礎科学専攻 教授 大関真之氏
中:東芝 研究開発センター ナノ材料・フロンティア研究所 フロンティアリサーチラボラトリー 研究主幹 後藤隼人
左:東芝デジタルソリューションズ 取締役 統括技師長 竹本潔


量子コンピュータへの期待、豊富

竹本:
最後に、量子コンピュータが開く時代への抱負や期待、人材育成についてお聞かせください。

大関:
私が2000年代に学部生で卒業論文を書いていた頃、量子コンピュータの研究はあったものの、まだ夢物語でした。ですが修士、博士と研究を進めるにつれ、夢から現実へと風向きが変わってきました。そして2010年代に入ると量子コンピュータが登場し、2020年に入るといよいよ使われるようになり、人類は着実に科学技術の先端を伸ばしてきていると実感します。さらにこの先、若い人たちや私たち現役世代は、量子コンピュータを使って何ができるのか、それによって世界がどう変わるかを初めて目にすることができる世代です。これからの時代には暗く辛いことも多いかもしれませんが、粘り強く量子コンピュータの研究開発を続けていき、量子コンピュータにより世の中が変わったと体感できるようにしていきたいと考えています。研究開発者はもちろんのこと、他の分野の方々からも「こういうことは出来ませんか?」と声を掛けていただきたいです。また、日本の大学、研究機関、企業の皆さまが世界に負けないよう頑張っておりますので、サービスを受ける側である消費者の方々には、ぜひ、我々を信じ、期待してもらいたいと思います。新しい結果や成果が出てきた時には、使っていただき、世の中が変わっていることを実感して、楽しく幸せに過ごしてもらえるようにしたいと思っています。

後藤:
企業で量子技術の開発に携わる者としては、これから量子ビジネスを実現して、広げていきたいと考えています。そして、今後それを支えていくために、大学にはぜひ若く優秀な人材をどんどん育て、この分野を発展させて欲しいと思います。

竹本:
大関先生、後藤さん、ありがとうございました。

【第1回はこちら】
【第2回はこちら】


執筆:中村 仁美


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年10月現在のものです。

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