東芝オンラインカンファレンス2021
TOSHIBA OPEN SESSIONS session1「量子技術によるサステナブルな未来」レポート(第2回)

経営、イノベーション

2021年10月15日

2021年8月19日に行われたオンラインカンファレンス「TOSHIBA OPEN SESSIONS  session1」の内容を紹介する3回シリーズの第2回。第1回では、東芝 執行役上席常務/最高デジタル責任者、東芝デジタルソリューションズ 取締役社長の島田太郎による基調講演の内容を掲載したが、第2回では、島田が聞き手となり、量子科学技術をけん引する米国の学術コミュニティChicago Quantum Exchange(CQE)のDirectorであるDavid Awschalom氏に「量子で世界はどう変わるのか~米国の最新動向と未来への可能性~」と題してお話しいただいた内容を紹介する。


Chicago Quantum Exchange(CQE)とは?

島田:
今回はCQEのDavid Awschalom教授をお招きしています。東芝は量子技術の幅広い分野でCQEとの提携を発表しました。Awschalom教授、まずはCQEについてお話しいただけますか

Awschalom:
CQEは2017年にシカゴ大学が作った組織で、教育機関や東芝のような産業パートナーや政府機関が連携し、量子科学エンジニアリングの重要課題に取り組んでいます。100人以上の研究者を抱えており、シカゴ大学だけでなく、イリノイ大学アーバナシャンペーン校、ウィスコンシン大学マディソン校、ノースウェスタン大学、米国エネルギー省傘下のアルゴンヌ国立研究所とフェルミ国立加速器研究所などの基礎科学研究機関とも協力。企業パートナーは、テクノロジー企業だけではなく、金融機関、材料や検出器メーカーなども参加しています。中でも東芝とは素晴らしい取り組みを始めています。欧州や豪州やイスラエルなど、各国の量子科学技術をリードする大学との国際的な連携も拡がっています。
研究内容としては、CQEは量子コンピューティングの分野に限らず、量子通信や量子センシングでもリードしています。これら量子3分野を強力に推進するため、コンピュータサイエンスや物性物理学、材料科学、デバイス物理の分野、高エネルギー物理学や素粒子物理学など基礎研究も行っています。
CQEでは共創コミュニティを作り、結びつきを強めるため、年に1度Quantum Summitを開催しています。セミナー、ワークショップ、カンファレンスなどを通して、科学者やエンジニアが協働して量子分野の新たな機会を生み出しています。
また、人材の創出にも力を入れています。全米科学財団(NSF)の支援を受け、学生と企業を結ぶ2つの取り組みを行っています。一つ目は、大学や国の研究パートナーは、共同プロジェクトで3年以上働けば博士号が取得できることです。もう一つは、全ての大学が共有できる量子のカリキュラムの構築です。こうすることで、量子情報科学を各地の大学で教えられるようになります。また、企業の取り組みを見てもらえる仕組みにより、早期に学生にアプローチし、有望な人材を見極めて採用することもできます。企業で働く人向けの研修プログラムも始めました。そして最終的に科学的検証や研究の段階を終えたら、既存企業と協業するだけではなく、周辺会社設立の支援もしています。我々が最近設立したデュアリティ(Duality)は、米国発のスタートアップ向け量子事業促進プログラムです。デュアリティはシカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスと提携し、専門技術と共に経営面でも企業を支援しています。


多くの企業が参入、量子技術はすでに世界的な競争状態に

島田:
世界における量子技術の動向をどのように捉えていらっしゃるかお聞かせください。

Awschalom:
量子技術には、全世界で200億ドルもの投資額が見込まれ、すでに世界的競争状態に入っています。米国だけでも今後10年以内に100万人以上の量子エンジニアが必要になるとみられています。CQEは、これだけの人材を確保するには、企業と協働することが必要だと考えています。
私は大学教授ですが、量子情報科学とは何か?について今日は詳しい講義をするわけではありませんが(笑)、少しだけ触れておきます。量子情報科学には、知っておくべきユニークな特性が2つあります。1つは「重ね合わせ」現象。データや量子システムが同時に複数の状態で存在できる現象です。オンとオフや0と1のデジタル世界とは違い、量子ビットは同時に無数の状態になり得ます。しかもそれを目にした瞬間が最終状態なのです。2つ目が「もつれ」です。これはアインシュタインでさえも理解困難なほど、誰もが理解に苦しむ概念です。量子情報は多数の量子ビットに載せることができ、それらの量子ビットは物理的に極めて遠く離れても繋がったままの状態でいることができ、物理的に繋がっていなくても相互に影響し合います。この「重ね合わせ」と「もつれ」という2つの特性が合わさって、量子情報科学の分野が開かれました。従来のデジタル世界には似たものはなく、まったく新しい情報の作成・制御方法であり、だから面白いのです。

島田:
非常に面白い話です。デジタルを超えるようなものですね。

Awschalom:
そうです。日常的に扱うすべての材料が原子レベルではこのように動くと知ると妙な感じがしますよね。我々に見えていないだけで、これが世界を形作っているのです。量子エンジニアリングとは、原子レベルの物質の性質を設計し、我々のスケールの世界に持ち込むことです。

島田:
その現象は、どこでも起きるのですね。

Awschalom:
その通りです。例えば私が使っているパソコンでも、個々の電子レベルまで見れば量子力学です。量子ビットを世界中に広げ、検出器を作れば、新しい方法で電界や磁界や温度やひずみを検知できます。この技術が最も影響を与える領域は予測できませんが、例えば物流や金融、生物学や健康医療、エネルギーに至るまで、あらゆる活動が量子技術の影響を受けると考えています。

島田:
あらゆる領域に影響するのですね。

Awschalom:
最も影響を与える領域は未知ですが、すでに影響を与えている例を挙げましょう。ゴールドマン・サックスは量子コンピューティンググループを設立し、JPモルガン・チェースとマイクロソフトとフォードは、量子方式のコンピューティングを用いてシアトルの交通問題に挑んでいます。またベライゾンは、東海岸に量子通信網を構築し、量子技術によるデータ通信路の課題に取り組んでいます。これには東芝も尽力されていますよね。このように量子技術を導入する企業が加速度的に増えています。大企業だけではなく、スタートアップや小規模企業が多いのも特徴です。
次に米国企業の量子技術の適用拡大と構築の取り組みについてお話ししたいと思います。アプローチが異なる2つの大企業の事例を紹介しましょう。IBMは超伝導回路を採用し、年々量子ビット数の向上を目指すロードマップを掲げています。1,000ビットへの到達は目前です。一方、インテルは自社の既存生産ラインを活用し、ナノスケールのトランジスタに用いて、電子と量子ビットを同じシリコンに載せられることを示そうとしています。東芝とは、複数地点をつなぐ量子通信ネットワークをシカゴ郊外に構築するというプロジェクトを行っています。アルゴンヌ国立研究所、シカゴ大学、フェルミ国立加速器研究所の複数地点を繋ぐシステムを東芝と構築して、量子通信の実地調査を行う予定です。ただ、シカゴは寒暖の差が激しい。光ファイバーは温度によって伸縮するため、現実世界でトラフィックや温度の変化に対応し、量子状態を正確なタイミングで送信するはどうすればよいかなど、克服すべき課題もあります。

島田:
シカゴは非常に厳しい環境でテストするのに最適な場所ですね(笑)。

Awschalom:
東芝とは、実運用できる複数ノードの量子ネットワークの構築に取り組んでいます。課題の1つはメモリです。ノートパソコン用のメモリなら買えば済みますが、量子メモリは原子サイズで商用の電子機器に対応しなければならず、それには新しい素材やアイデアに加え、テストや製造も必要になります。東芝との共同作業では、量子状態を比較的長時間保持できるよう、半導体に希土類(レアアース)イオンを添加した量子メモリを使おうとしています。当研究所のTian Zhong准教授が、さまざまなデバイスが商用通信周波数で機能するか、情報を蓄積できるかを試しています。例えば東芝の量子ネットワークからの情報を単体のイオンに格納し、またそれを返送できれば、拡張可能なネットワークの基盤になります。

島田:
エキサイティングですね。通信の新たな未来が広がります。

Awschalom:
研究結果が御社の研究開発者のヒントになれば幸いです。国を超えたパートナーと協力すれば、非常に多くのことが学べます。
私たちは量子ネットワークについても、原子から情報をどう取得し、量子通信ネットワークを介してどう転送するかを検討しています。半導体、原子、超伝導体に関する技術のすべてを組み合わせるのですが、1つの方法は小さな光子を捕えるくぼみを半導体プラットフォーム上に作ることです。半導体結晶に原子を配置し、その出力をネットワークに送るのです。こうした量子科学の利用は、“原子単位”で少しずつですが確実に進み、通信を次世代の技術へと向かわせています。


CQEと日本企業・大学との取り組み

島田:
最後の質問です。教授は日本企業や大学とも連携されています。その取り組みをご紹介ください。

Awschalom:
日本企業では、浜松ホトニクスとも連携しており、同社もCQEのパートナーです。NTTとは共同で通信ネットワークの用途を考えています。東北大学や大野英男教授(東北大学総長)とは量子情報の材料工学において長い間協力関係にあります。東北大学とは学生同士の交流もありワークショップを行っています。東京大学や理化学研究所とも同様のワークショップやプロジェクトを検討しています。米国と日本の学生交流を支援し、国際プロジェクトに取り組めるようにしています。そして、学生が各国の研究所を訪問し、世界レベルの量子研究の現場を見られるようにできればと考えています。ワクワクする多文化環境をつくり、学生たちが研究を通じて長きにわたる関係を築くことは、彼らのキャリアにも科学全体の発展にも役立つと考えています。

島田:
ぜひ一緒に未来を創りましょう。本日は素晴らしいお話をありがとうございました。

Awschalom:
こちらこそ、お話しできて光栄でした。

【最終回はこちら】


執筆:中村 仁美


関連情報


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年10月現在のものです。

おすすめ記事はこちら

「DiGiTAL CONVENTiON(デジタル コンベンション)」は、共にデジタル時代に向かっていくためのヒト、モノ、情報、知識が集まる「場」を提供していきます。