カーボンニュートラル実現に向けて求められる変革、DXに期待されることとは(前編)

経営、イノベーション

2021年11月11日

2015年の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択された「パリ協定」に基づき、世界各国で2050年カーボンニュートラルに向けた動きが本格化しつつある。カーボンニュートラル実現に向けて求められる産業や社会の変革について、ポスト石油戦略研究所代表の大場紀章氏に本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では、カーボンニュートラル実現に向けた世界の動きや、日本がカーボンニュートラルを実現するために必要な取り組みについて伺った内容を紹介する。

エネルギーアナリスト 合同会社ポスト石油戦略研究所代表 株式会社JDSCフェロー 大場紀章氏

世界のカーボンニュートラル、脱炭素に向けた動きはまだ目標設定レベル

福本:
まずは大場さんのご経歴をお聞かせください。

大場:
大学院では超伝導や磁性体の研究に従事していました。その後、民間のシンクタンクに入社し、7~8年間、自動車業界の視点からエネルギー産業を見てきました。その後、フリーランスのエネルギーアナリストとして活動し、2021年にポスト石油戦略研究所を設立しました。
20世紀が石油の時代だとすれば、21世紀はポスト石油の時代です。ポスト石油戦略研究所では、そのような時代を生きる日本の戦略について研究し、情報発信しています。最近では、JDSC(旧日本データサイエンス研究所)と共に日本のインフラ事業者のデジタルトランスフォーメーション(DX)支援にも携わっています。

福本:
世界のカーボンニュートラル、脱炭素に向けた動きについてはどのように捉えていますか。2019年12月に欧州委員会は、気候変動対策と経済成長の両立を目指した包括的な欧州連合(EU)の新経済成長戦略である「欧州グリーンディール」(A European Green Deal)を打ち出しました。ドイツではCatena(カテナ)-Xという、バリューチェーン全体で効率化、最適化、競争力の強化、持続可能なCO2排出量削減を目指す自動車業界のエコシステムが立ち上がりました。欧米におけるカーボンニュートラルへの取り組みの動きと、その方向性についてご解説ください。

大場:
欧州では以前から環境対策を積極的に行い、再生可能エネルギー(再エネ)や電気自動車(EV)の普及が進んでいましたが、カーボンニュートラルへの取り組みが本格的になったのは、2015年のパリ協定以降です。2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、産業革命前と比較して1.5℃と2℃の気温上昇による影響の違いや気温上昇を1.5℃に抑えるための道筋を記した「1.5℃特別報告書」を発表。2019年にイギリス、フランス、ドイツが2050年にすべての温室効果ガス排出量をプラスマイナスゼロにすると宣言しました。その後中国が目標年度を2060年としてそれに続き、日本も昨年10月の臨時国会で2050年カーボンニュートラルを宣言しました。
欧州は2020年に総発電量に占める再エネ電力の比率が化石燃料を上回ったと発表したことから、カーボンニュートラルへの取り組みが他の地域よりも進んでいるという印象があります。しかし、全エネルギーに占める電力の割合は、例えば日本では4割程度に過ぎず、石油や熱源など電力以外のエネルギーの方が多いことが普通です。また、カーボンニュートラルを実現するには、エネルギーを再エネに置き換えていくだけではなく、すべての産業と生活から極力CO2を排出しないようにすることと、排出したCO2を回収することが必要になります。欧州であっても、カーボンニュートラルは道半ばというよりかは、まだ目標をうちたてただけという状態ではないかと考えています。
米国では、国としてカーボンニュートラルに取り組み始めたのはバイデン大統領の当選以降なので、まだ1年も経っていません。日本は遅れていると言われますが、欧州が再エネ率という点で一歩先んじているだけで、大きく遅れているとは考えていません。

福本:
各国のカーボンニュートラル政策について教えて下さい。日本では、省エネや再エネ化などエネルギー政策として捉えられる傾向が強いと感じています。

大場:
従来の地球温暖化対策については国が主導して行ってきましたが、カーボンニュートラルのムーブメントというのは、実は企業サイドの活動が中心です。例えば、アメリカがパリ協定を脱退してもGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)などのビッグテック企業はカーボンニュートラルに関する基金を作って取り組んでいました。この背景には、ESG投資や気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)など、投資ファンドや金融機関の投融資の判断基準として気候変動問題が重視されるようになり、お金の流れがグリーンにシフトしていることがあります。
政府の動きとしては、コロナ禍により縮小した経済を再生する戦略としてグリーンに着目し「グリーン・リカバリー」などのスローガンを掲げて、カーボンニュートラル関連の大型財政出動を行う国が増えています。欧州はその典型で、これまで財政規律に非常に厳しかったにも関わらず、グリーンという名が付けば、国債をどんどん発行できるようになっています。米国も同様で、5年間で総額1兆ドルの環境対策を中心とするインフラ投資計画が上院で可決され、今後も気候変動系に対してさらに3.5兆ドルもの財政支出計画が予定されています。一方、日本政府は2兆円のグリーンイノベーション基金を創設しましたが、欧米の予算と比較すると100分の1程度の金額です。


サプライチェーンでの温暖化ガス排出量を重視するGHGプロトコルにより拡がる産業界への影響

福本:
カーボンニュートラル化の動きによって大きく影響を受ける産業分野について教えて下さい。

大場:
カーボンニュートラルというと発電などのエネルギー産業の話になりがちなのですが、大きなセクターとして注目すべきなのが、自動車です。欧州では2035年に内燃機関車の販売を禁止、バイデン大統領も2030年までに新車販売の50%をEVにすると発表しました。2050年にカーボンニュートラルを実現するには、この頃までには内燃機関車の販売を停止しないと間に合いません。2035年までにすべての車をEVにするには、工場はその10年前には計画を立てなければなりません。ここ数年で、自動車業界はEV以外への新規投資ができないような状況に追い込まれるでしょう。このことから、カーボンニュートラル時代に向けて、特に大きな変化の圧力にさらされるのは自動車業界だと考えています。

福本:
自動車以外ではどのような分野に影響がありますか。

大場:
鋳造や鉄鋼業界など数百から数千度の熱や炭素の還元力を必要とする電化が難しい産業では、水素やアンモニアといったキャリアも検討されています。しかし、そうなるとエネルギーが高コスト化し新たな設備投資も必要となるため、価格競争力を考慮すると先に手を出すのが難しいという問題があり、そこで、カーボンプライシングにより調整をはかろうとしています。欧州では、熱需要向けや材料向けなど多くの分野で水素化のプロジェクトが立ち上がっており、インフラを変えていく動きになっていくと考えられます。
また、温室効果ガスの排出量の算定と報告の基準を定めた「GHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)プロトコル」も、さまざまな産業に影響を及ぼすでしょう。これまでの気候変動枠組み条約などでは、温室効果ガスの排出責任は排出者が存在する国家にあるという考え方に基づいていました。しかし、パリ協定では、国家に対して排出削減目標は義務化されておらず、達成できなくても罰則はないのです。では、温室効果ガスを排出した責任は誰にあるのか。それを決めているのがWRIなどのNPOが提言しているGHGプロトコルです。GHGプロトコルにおいては、1つの企業が排出する温室効果ガスではなく、サプライチェーン排出量を重視しています。そのための考え方として「スコープ」があります。
スコープ1は「直接排出量」。温室効果ガスの排出者が責任を持つという考え方です。スコープ2は「間接排出量」。その会社が消費した電力分の発電に伴う温室効果ガスの排出量を算出するので、電力の使用者に責任がある。つまり、これまでのように火力発電所を運営する電力会社が排出の責任を負うのではなく、その電力の使用者も責任を負うという考え方です。解釈が難しいのがスコープ3の「その他の間接排出量」。これは、会社の企業活動の結果として生じてはいるものの、その事業者が所有や管理をしていない排出源から発生した温室効果ガスの排出量のことです。自動車メーカーを例に説明すると、自社が製造した車をお客さまに販売した後に、その車が排出する温室効果ガスに対しても自動車メーカーが責任を負わなくてはならないということです。

福本:
スコープ3は、BtoB(Business to Business)も適用対象になるのでしょうか。

大場:
BtoBでも同様です。例えば、部品メーカーが自動車会社に納めた部品が納品先でどのように使われるのかについても、部品メーカー側も責任を持つ必要があるのです。逆に、部品を納められる自動車会社は部品メーカーの排出量も責任の範囲に入ります。つまり、サプライチェーンに紐づくすべての関係者は取引先の排出量を気にしなければなりません。また、従業員の通勤車両が内燃機関車かどうかも企業責任の対象になるなど、企業には、従来の概念を超えて排出量を管理する責任が出てきています。調達から販売、運用まで、その企業が関わるサプライチェーンにおけるCO2の排出量を細かくトラッキングして報告し、その上で削減していくことが金融市場で求められています。

福本:
そのためにはIoTなどのテクノロジーを活用して対応していくことになるのでしょう。また、デジタルテクノロジーの活用だけではなく、業界全体でDXに取り組むことも重要になってくるということですね。

大場:
DXが鍵を握っていることは間違いありません。しかし、トラッキングすべき対象は際限がなく、これからデータや通信はどんどん増えていくので、その通信や計算に使うエネルギーの方が削減効果を超えてしまうことも懸念されています。デジタル化すれば必ずうまくいくとは限らないのです。


カーボンニュートラルへの取り組みが企業価値を左右する時代に

福本:
日本がカーボンニュートラルやグリーンイノベーションを実現するには、どのような取り組みが求められるでしょうか。

大場:
今やカーボンニュートラルへの取り組みが株価を左右しています。端的な例で言うと、テスラが2021年1月に株式時価総額7千億ドルを超えました。これはトヨタ、フォルクスワーゲン、フォード、ホンダ、フィアット・クライスラーをすべて足した時価総額を超えています。この6社の販売台数は年間約4,200万台。一方テスラの年間販売台数は約40万台です。つまり、100倍の事業規模の会社よりもテスラの時価総額のほうが大きいわけです。
国内の例をご紹介します。日本の再エネ大手の1つにレノバという企業があります。レノバの風力発電の規模は開発中・計画中も含めると約1.8ギガワット。一方で日本の石炭火力発電所を多数持つJ-POWERは、レノバと同規模の風力発電事業のほか、その10倍の規模の水力発電所と火力発電所を持っています。しかし、時価総額はレノバの方が大きいのです。今は、温室効果ガスを出す事業を持っていると、マーケットに評価してもらえない時代になっています。経営者の方々は、カーボンニュートラルへの対応は経営課題であるという意識を持つ必要があると思います。
このような中で企業価値を維持向上するための対策についてお話ししたいと思います。今年、日本の非化石価値市場が再エネ価値取引市場に改変される予定になっています。この制度の利用がその1つです。再エネ価値取引市場では、証書を買うことで、再エネ100%と見なされるようになります。GAFAMは既にこのような制度を使って再エネ100%を達成しています。
もう1つの方法は、石炭アンモニア混焼発電を採用すること。火力発電のCO2排出量は総排出量の約4割を占めています。そこで石炭火力発電のボイラーにアンモニアを混ぜて燃焼させる「火力混焼」を用いることで、CO2の排出量を2~4割削減できると言われています。これはつなぎのテクノロジーとして、日本をはじめ、東アジアの石炭火力に依存している国においても、有効な方法として期待されています。日本が持つ技術がアジアの脱炭素に貢献できるかもしれないという、重要な挑戦だと思います。

【後編はこちら】


大場 紀章
エネルギーアナリスト
合同会社ポスト石油戦略研究所 代表
株式会社JDSC フェロー

京都大学理学研究科修士課程修了後、株式会社テクノバに入社。自動車産業の視点から化石燃料や電力などのエネルギー供給や、次世代自動車技術の調査研究に従事。ウプサラ大学、中国石油大学に短期留学。2014年に独立し、フリーランスのエネルギーアナリストを経て、2021年6月にポスト石油戦略研究所を設立。ポスト石油時代における日本のエネルギー安全保障や産業戦略について調査研究および提言を行っている。株式会社JDSC(Japan Data Science Consortium Co. Ltd.)フェロー。主な著書に『シェール革命―経済動向から開発・生産・石油化学』(共著、エヌ・ティー・エス)などがある。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


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  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年11月現在のものです。

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