社会インフラや産業領域のオペレーション&メンテナンス(O&M)に求められるデジタル化・DXとは?(前編)

経営、イノベーション

2021年8月17日

日本をはじめ世界123カ国と1地域が2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「2050年カーボンニュートラル」を表明している。この達成に欠かせないのが、社会インフラ/産業領域のグリーン化およびデジタル化・DXである。その実現課題や求められる取り組みについて、K-BRIC Advisory & Investment代表 藤田研一氏に、本ウェブメディア「DiGiTAL CONVENTiON」編集長 福本勲が話を聞いた。
前編では、カーボンニュートラルを取り巻く動向や、どのような技術・ノウハウを持つ企業がこれからの時代をリードしていくのかについて伺った内容を紹介する。


「サステナブルな社会」への貢献をミッションとするK-BRIC Advisory & Investment

福本:
まずは藤田さんのこれまでの経歴についてご紹介ください。

藤田:
社会人フェーズで言うと、今はフェーズ4の段階です。新卒で就職したのは日系の電機メーカーです。ドイツ法人に赴任した後、日本に戻り、三和総合研究所(現在の三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に入社して、国際部門のコンサルティングヘッドを務めていました。マネジメント・バイ・イン(企業の買収者が、その企業に外部から経営陣を送り込み再建を行いキャピタル・ゲインの獲得を狙う手法)した企業に経営者として赴き経営に携わっていた時に、ドイツ企業から買収の話がありました。買収交渉の最中、ヘッドハンターから、独シーメンスの自動車部品製造子会社の日本法人社長への就任を打診され、受けることにしたのですが、実は買収を仕掛けてきたのがこの会社。だからディールは成立しなかったのです。その後シーメンス本社に移り、2020年まで約15年間勤務しました。エネルギー事業に携わり、最終的にはシーメンス日本代表(日本法人代表取締役兼CEO)、日本法人会長などを務めました。2021年1月にK-BRIC Advisory & Investmentを立ち上げ、その代表に就任しました。現在は国内外企業数社での取締役・顧問業務を通じて、継続可能な日本企業と社会を目指すべく活動しています。

福本:
藤田さんが代表を務めるK-BRIC Advisory & Investmentについてご紹介ください。

藤田:
私たちは「サステナブルな社会に貢献する」という志の元に立ち上げたバーチャルアドバイザリーグループです。サステナブルな社会、企業経営、人材づくりを目指して、経営戦略、新規事業、DX(デジタルトランスフォーメーション)による構造改革、人事制度改革を中心に、アドバイザリーおよび投資活動をしています。現在はスタートアップを支援することが多いですね。


社会インフラや産業領域の「オペレーティング&メンテナンス」を取り巻く環境変化と課題

福本:
今、社会インフラや産業領域のオペレーティング&メンテナンス(O&M)を取り巻く環境は大きく変わってきています。どのような課題があるのでしょうか。

藤田:
日本の社会インフラ領域で今、大きな課題になっているのが、メンテナンス・維持をどうしていくかということです。鉄道や道路、発電所などのインフラを造ることも大変ですが、それを維持することも大変であり、コスト的なチャレンジも求められています。産業領域での一番の課題は、生産設備が古く、デジタル化できないケースが多々あることです。これに対してはパッチワーク的にメンテナンスでカバーすることが行われているのが現状です。第二の課題は、現場作業担当者の高齢化が進んでいること。大きなプラントには音を聞けばジェネレーターの良し悪しが分かったり、振動を見ればタービンの不良具合が分かったりする、現場の神様と呼ばれる匠がいます。ですが、そういった匠の高齢化が進んでおり、彼らの知見をいかにデジタルに継承し、維持していくかという課題があります。

福本:
社会環境の変化という意味では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大も大きな影響を与えたと思います。

藤田:
新型コロナは、デジタル化には追い風になったと思います。例えば発電所でメンテナンスが必要になった場合、従来は本社からスーパーバイザー級のメンテナンス要員を送り込んでいたのですが、国単位だけでなく県単位でも「域外から来る人は2週間ホテルで待機」といった要請が出されるなど、現地に行くことが困難になりました。ですが現場の人だけで対応しようと思っても、知見が不足して難しい。そこで進んだのが、メンテナンスのリモート化です。各機器の挙動をデジタルで共有し、本社にいる専門エンジニアがその数値を見て、カメラ、端末機器、音声などを用いリモートで現場作業者に指示を出す。これは一例ですが、こういうことがあちこちで起こっていたと聞いています。在宅勤務もそうですが、コロナ禍で必要に迫られ強制的にリモート化したら案外できてしまい、デジタル化が進んだ部分は多くあるのだと思います。


「カーボンニュートラル」は国際政治の主役に

福本:
カーボンニュートラルに向けた取り組みについて伺いたいと思います。2015年に採択されたパリ協定(気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定)では、2050年までに世界全体で大気中に排出される温室効果ガスを実質ゼロにすることを目指す、と定められています。これを背景に企業や国・地域の枠を超えて、カーボンニュートラルへの取り組みが急速に進みつつあると言われています。これについてはどう捉えていますか。

藤田:
2050年カーボンニュートラルへ向けた取り組みは、国際政治においても主役になりつつあります。この政治的な動きは、民間企業にとってビジネスチャンスになります。例えばEUでは今後10年間、グリーン戦略に約130兆円をつぎ込むと言われています。アメリカでもバイデン大統領が雇用改善のため、約200兆円の経済政策を発表しました。そのうち約80兆円がいわゆるグリーン産業への投資なのです。つまり、カーボンニュートラルは政治の材料でもあり、企業としては取り組むのが当たり前になりつつあります。これまでのようにNPOやNGOが取り組むという流れだけではありません。

福本:
欧米ではカーボンニュートラルの時代をリードしていくため、テクノロジーに加え、法規制などルール作りも先行し、イニシアチブを握りたいという思惑があると思われます。欧米諸国の狙いはどこにあるのでしょうか。

藤田:
欧州では「エミッションフリー(CO2や窒素酸化物(NOx)など、気候変動を引き起こしてさまざまな影響を与える温室効果ガスの排出を少なくすること)」を宣言しているように、カーボンニュートラルは政策の一部となっています。その狙いについては、例えば、エミッションフリーで非関税障壁を作り、対応していない製品に対して輸出入制限や炭素税をかける可能性が考えられます。これを実施する際の課題としては、各製品にカーボンフットプリント(商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して、商品やサービスに分かりやすく表示する仕組み)を搭載できるかです。あるいはカーボンプライシング(CO2の排出量に応じて、企業や家庭に金銭的なコストを負担してもらう仕組み)を採用する可能性もあります。グリーンディール(気候変動対策と経済成長の両立を目指した包括的な新経済成長戦略)の流れは、必ずしもきれい事ではなく、政治が絡んだものです。企業としてはその点を把握し、乗り遅れないようにすることが大事です。気が付いたら自社の製品が欧米に輸出できなくなっていた、ということも起こるかもしれません。


「カーボンニュートラル」をリードする企業とは

福本:
日本では再生可能エネルギーによる発電コストが高いという課題がありますが、カーボンニュートラルを目指すために部品や製品のコストを上げてもいいということにはならないと思います。国境炭素税(炭素税の差がある国同士で輸出入を行う際に、差額を徴収する課税)のような話も出てきている中で、カーボンニュートラルに取り組まなければ製品を輸出できなくなる可能性もある。非常に難しい時代になっていくということですよね。

藤田:
日本の産業界では「グリーンは金がかかる」という捉え方が根強いですが、欧州は逆で、「グリーンで儲ける」という考え方が台頭してきています。技術開発や設備投資などの企業側の負担はありますが、グリーンをテコにして新しいビジネスを展開する、あるいはポストコロナ時代の産業復興のネタとしてグリーンを使っていくという考え方をしているのです。社会環境を変えるには、投資は不可欠です。新しく投資する部分と失う部分を差し引きして、それほど大きな負担にはなっていないのなら良いではないか。あるいはそこに新たなビジネスチャンスを足せばプラスとなる。そういう考え方です。

福本:
そういった新しいビジネスはエネルギーをはじめ、モビリティや建設、農業などさまざまな分野が対象になると思います。エネルギーチェーンや資源効率、アセット効率をより良くするために、どのような取り組みが重要になっていくと思われますか。

藤田:
グリーンディールの中で何を主力でやっていくかによって多少違いはありますが、いずれの分野でも重要になるのがデジタル化です。例えばアセットマネジメントの効率化であれば、まずは自分の持っている資産とそれに対する影響について考えます。例えば電力会社であれば、資産は火力や風力、水力などの各種発電設備です。これらの組み合わせの最適化はコントロールシステムで行いますが、シミュレーションはデジタルの世界で行うことになります。気温などの外的要因や、電気の売電をする場合はマーケットプライスなど、様々なデータを全て処理して自動化していかなければなりません。これまさにエネルギー分野のアセットマネジメントのDXです。
もう一つ重要になるのが、水素のセクターカップリング(エネルギーを別のセクターに変化させて利用すること)の技術です。例えば欧州はグリーン水素に舵を切っています。グリーン水素とは、再生可能エネルギーで発電し、PEM(固体高分子膜)水電解装置で水素を作り、その水素を産業界に応用するというもの。ある時は製鉄の高炉での還元剤(鉄鉱石中の酸素除去に利用)、ある時は化学肥料の材料、ある時はビルの暖房に使われる。いわゆる水素化社会を実現するには、様々な産業界がつながることが必要で、それには相当の時間が必要ですが、十分あり得る未来だと考えています。ただ、日本については再生可能エネルギーが十分ではなく完全にグリーン化できないため、化石燃料から生成するブルー水素(天然ガスや石炭を水素とCO2に分離し、CO2を大気に排出する前に回収する方法で抽出した水素)が当面は中心になるのではと考えています。

福本:
そのようなカーボンニュートラル社会に向けた動きがある中で、どのようなテクノロジー、ノウハウを持つ企業がこれからの時代をリードできるのでしょうか。

藤田:
一つはコントロール系のデジタル技術を持つ企業です。発電分野であればバーチャルパワープラント(VPP)やデマンドレスポンス(DR)といった技術を持つテック企業です。もう一つは現場のデジタル化、リモートメンテナンスやモニタリングなどの技術やノウハウを持っている企業ですね。そのほかにもEVや水素、メタノール、アンモニアなど、カーボンフリーに向けた技術を持っている企業がリードしていくのだと思います。

【後編はこちら】


藤田 研一
K-BRIC & Associates代表
ENECHANGE株式会社 取締役
リプコン株式会社 上級顧問
Red Yellow and Green株式会社 顧問
経済同友会環境資源エネルギー委員会副委員長/ 同国際委員会副委員長
社団法人国際投資情報財団シニアフェロー

日系電機メーカー、金融系シンクタンクを経て、2006年よりシーメンスに勤務。シーメンスでは、自動車部品子会社の日本法人代表取締役兼CEO, ドイツ本社事業開発ダイレクターを勤め、2012年にエネルギー部門日本代表となる。2016年より、シーメンス日本法人代表取締役社長兼CEO。同社会長を経て、2021年1月より現職(在独13年)。

主な著書に『グローバルビジネス重点戦略ノート』(共著:ダイヤモンド社)、『戦略経営ハンドブック』(共著:中央経済社)がある。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


関連情報


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年8月現在のものです。

おすすめ記事はこちら

「DiGiTAL CONVENTiON(デジタル コンベンション)」は、共にデジタル時代に向かっていくためのヒト、モノ、情報、知識が集まる「場」を提供していきます。