社会インフラや産業領域のオペレーション&メンテナンス(O&M)に求められるデジタル化・DXとは(後編)

経営、イノベーション

2021年8月25日

K-BRIC Advisory & Investment代表の藤田研一氏へのインタビューの後編。前編では、カーボンニュートラルを取り巻く動向や、どのような技術・ノウハウを持つ企業がこれからの時代をリードしていくのかについて伺った内容を掲載した。後編では、欧州の社会インフラ/産業領域のO&Mにおけるデジタル化・DXの取り組み状況や、日本の課題などについて伺った内容を紹介する。


社会インフラや産業領域のデジタル化・DXはできているが、できていない

福本:
ここからは社会インフラや産業領域のデジタル化・DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進状況に話題を移していきたいと思います。欧州ではインダストリー4.0がさらに進み、欧州デジタル化戦略(デジタル・アジェンダ)や欧州統合デジタル基盤GAIA-Xが進行しています。このような社会インフラや産業領域のDXの動きは、BtoC(Business to Consumer)の領域のDXとはどのような違いがあるのでしょう。

藤田:
社会インフラ、産業領域の中で、発電をはじめとする大型のプラント系では、DXはほぼできているのです。ですが、本当の意味ではできていないのです。

福本:
できているけどできてない。まるで禅問答のようですね。

藤田:
技術的にはできているのです。例えば大規模な化学プラントがあったとします。その敷地内の建物の中のコントロールルームでは、プラント内のすべての設備の動きを監視し、制御もできるようになっています。最近はAIで分析し、NOxの排出量を減らすという試みも行われています。ところがここにリモートという言葉がついた瞬間、できなくなるのです。これは安全保障上の問題、つまりセキュリティの問題があるからです。社会システムの中で行おうとすると、技術的にはできても、政治的かつポリシー的な問題でできないことが多いのです。例えば2015年12月にマルウェアによりウクライナで大規模な停電が発生しました。さらに翌2016年にもマルウェアによる停電が発生、2017年には政府機関のコンピュータおよびウクライナ中央銀行を含む金融機関がサイバー攻撃を受けました。このようなインフラに対してサイバー攻撃が仕掛けられるのであれば、社会インフラをインターネットにつなぐことはできません。それをどうセキュリティー技術で克服していくかという課題があります。
もう一つは法律上の問題。デジタル化すれば、複数箇所のプラントや発電所を本社の制御室でコントロールすることができるようになります。また、それぞれの施設や機械の機器・装置の稼働状況のログを全て取得し、部品の交換時期を最適化することで、メンテナンスにかかる労力やコストが削減できます。ですが、設備や機器の耐用年数は法令によって定められています。稼働していない部品でもその年数が来たら交換しなければならないケースもあり、使用時間とメンテナンスのタイミングが連動しないケースが出てきています。
社会インフラにおいては、このように技術的にはデジタル化できていても実現できない課題があり、その解決策が途上という現状が一部あります。

福本:
BtoCの世界では、インターネットによって人と人、モノとモノ、人とモノなどがつながるようになり、GAFAM (Google、Amazon、Facebook、Apple、​Microsoft)のような新しいサービスや経済価値を提供するプレイヤーが次々と登場してきました。そういった動きが社会インフラや産業領域に波及すると言われて、5~6年経ちました。一部の先進的な企業が取り組むだけではなく、多くの一般企業にも動きが拡がっているのでしょうか。藤田さんはどのように見ていらっしゃいますか。

藤田:
BtoCのみならず、BtoB(Business to Business)も含め、デジタル化・DXをリードしているのはアメリカではGAFAMをはじめとするビッグテック企業、日本や欧州でも大企業です。それが中堅、中小企業にまで波及するには、まだ時間がかかると考えています。日本と事情が似ているドイツの統計を見ると、「企業の経営方針がデジタル化に対応できている」と回答した企業は約3割。その3割の企業のうち、「自社はデジタル化の中で優位になれると思うか」という質問に対して、ポジティブな回答をした経営者は約4割でした。
ところが、「デジタル化はビジネスチャンスだと思うか」という質問に対しては、ドイツの中小企業経営者の9割以上が「そう思う」と回答しています。つまり、「チャンスになるから、デジタル化をしなければならない」ことは分かっているので、あとは時間の問題だと捉えています。例えば大企業がデジタル化することで、それがサプライヤ、サブサプライヤというようにどんどん企業規模の小さな方向へと波及していく。そうやってデジタル化は拡がっていくと考えています。

福本:
確かに自動車産業のようにTier1、Tier2という階層構造の中にいる企業にはそういう形で拡がると思いますが、その先に拡がるには時間がかかるのではないでしょうか。

藤田:
時間はかかりますが、拡がると考えています。日本のある中小企業への調査で、「あなたの会社はデジタル化の対応をしているか」という質問をしたところ、準備中も含めて「はい」と回答した企業は約半数。残りの半数は「対応していない」「何をすればよいかわからない」ということです。同様の質問を米国ですると、4分の3が「Ready」という回答になります。日本企業がいかに進んでいないかが分かりますが、これを裏返して考えると、まだ半数の企業が取り組んでいないので、これからがチャンスだと考えることもできます。


DXや既存の仕組みを変えるには、グランドデザインが必要

福本:
社会インフラや産業界のデジタル化・DXを進めるには、企業だけではなく、従来の規制やルール、商習慣・慣行、業務プロセス、仕事のやり方、製品設計のやり方などの見直しなども絡んでくるので、国や自治体、サプライヤなどを含めて、皆が本気で変わろうとしないと実現できないと思われます。その辺りの動きについてはどのように思われますか。

藤田:
確かに皆が変わらなければならないのは事実ですが、同時に実態に合わせて変えていかないといけないのが法律や規制、ルールです。先ほど話したように、施設や装置のライフサイクルをデジタルで管理した瞬間に、適切な定期点検のタイミングが変わってくるわけです。稼働が少ない施設や装置に関しては、定期点検の期間を延ばしてメンテナンスコストを下げることができる。ですが、実際には法律で「2年ごとに点検する」などと定められているので、コストを下げることはできません。デジタルでライフサイクルを管理するのが当たり前になると、それに応じた法令改正が必要になってくると思います。
国や自治体に関しては、内部のデジタル化は技術的には容易に進められると思いますが、外向けのサービスのデジタル化は段階的な実施の可能性が高いです。なぜなら、一般市民を相手にしたサービスを全てデジタル化してしまうと、高齢層などが切り捨てられる可能性があるからです。そういうデジタルデバイドをつくらないために、かなり苦労しているのではないかと思います。ハンコ文化をなくすなど、内部のデジタル化はもっと進めて欲しいですね。

福本:
日本は欧米や中国に比べて危機感が低いのではという気もします。

藤田:
日本人は一旦危機感を持ってやり出すと早いのですが、危機感を感じないとなかなか動き出すことはありません。それをチャンスと捉えて仕掛けられる企業がどれだけ出てくるかだと思うのです。前職のシーメンスでも「デジタル化しなければ」ではなく、「デジタル化して儲けよう」という思考で取り組んでいました。「グリーンは儲かる」という感覚を持てるようにすることが重要なのです。ドイツの中小企業経営者の9割以上が「デジタル化はビジネスチャンス」だと捉えていると話しましたが、日本の経営者にはそういう感覚がないのだと思います。その感覚を身につけるきっかけ、ツールとして、DXが使えるのではと考えています。

福本:
日本では、既存ビジネスの延長線上でのIT化やデジタル化のことをDXだと言っている人が多いですからね。

藤田:
DXに限らず、既存の仕組みを変えていくものに取り組む際は、帰納法的発想だと変革は起こらない、もしくは失敗します。現状の延長で「ここをデジタル化しましょう」、「センサーをつけて管理しましょう」という取り組みでは、DXは実現しません。重要なのはあるべき姿、いわゆるグランドデザインを描くことと、なぜ、DXに取り組まなければならないのか、目的を明確にすることです。それをみんなが把握した上で、DXを進めていくことが重要です。
欧米企業はグランドデザインを描くのがうまいのです。インダストリー4.0が発表されたのは10年前(2011年)。今はさらに進んだインダストリー5.0という新しいパラダイムを描いていますからね。日本企業も欧米を見習って、仕組みを変える際のアプローチを変えていくことが必要ではないでしょうか。


海外の発電所で進むデジタル化・DXの取り組み

福本:
国内外の社会インフラや産業領域のO&Mにおけるデジタル化、DXの取り組みの事例があれば教えてください。

藤田:
前職のシーメンスで携わった事例をご紹介します。ある発電所のコントロールシステムのリモート監視の仕組みを実現し、さらに24時間365日、アナリティクスセンターという専門部署で専門家がIoTデータをチェックして、異常検知はもちろん、AIによる故障の予知ができる仕組みを構築しました。異常が検知されたり、故障が予知されると、担当者に即連絡がくるという仕組みです。またある独立系の発電事業者のオーストラリアの発電所は、少数のメンテナンス要員のみで現場が運営されていました。なぜ、そのような体制が取れるのかというと、本社のオペレーターがリモートで全ての機器をコントロールする仕組みを構築していたからです。
日本では法的な問題があるのでできませんが、海外ではこのようなことが当たり前のように導入されてきています。自動運転・自律制御の本格的な実現はまだ先だと言われていますが、バーチャルパワープラント(VPP)やデマンドレスポンス(DR)では、AIを活用した自動制御を中核技術として活用しようとしています。


「標準化」に取り組むことが、デジタル化・DX推進の近道

福本:
日本で社会インフラや産業領域のO&Mのデジタル化・DXを推進していくためには何が必要なのかについて、最後にまとめていただければと思います。

藤田:
一言で言うと標準化だと思います。デジタル化・DXに取り組む際に、現状の延長線上で進めてしまうと部分最適になってしまいます。これはホストコンピュータの世界と同じです。その後、グループウェアやERPを導入したことで、企業のバリューチェーンの標準化が進みました。デジタル化もまさにこれと同じで、ある程度の標準化した世界を作っていくことが必要なのだと思います。そういう世界を作ることが、DX推進の一番の近道だと考えています。

福本:
標準化を進めようとしても、日本では縦割り組織、社会構造などが邪魔をして、なかなか進まないという現状があります。それらをどのように打破していけばよいのでしょう。何か方策はありますか。

藤田:
日本でもスタートアップの人たちの感覚は極めて欧米的です。あるスタートアップの取締役会の議決権はSlackでデジタルハンコを推すだけで行使できるのです。デジタルに対する考え方が先進的な人たちも、着実に育ってきています。そういう人たちが先導することで、日本企業も変わって行くのではと期待しています。
不思議なことに、日本企業に新しい技術を売り込みに行くと、「事例がありますか」と聞いてくるんですよね。この辺の前例主義的な感覚を刷新することも、DX推進には重要だと思います。

福本:
最後に東芝、および東芝デジタルソリューションズに期待することについて教えてください。

藤田:
2点あります。1点目は暗号化技術やセキュリティ分野で本領を発揮してもらいたいということです。東芝には非常に優れた暗号化技術があります。セキュリティ技術でインフラ系のリモート化を推進して欲しいと思います。
もう1点は、東芝の事業の柱であるインフラ分野のデジタル化・DXをぜひリードしていって欲しいと思います。


藤田 研一
K-BRIC & Associates代表
ENECHANGE株式会社 取締役
リプコン株式会社 上級顧問
Red Yellow and Green株式会社 顧問
経済同友会環境資源エネルギー委員会副委員長/ 同国際委員会副委員長
社団法人国際投資情報財団シニアフェロー

日系電機メーカー、金融系シンクタンクを経て、2006年よりシーメンスに勤務。シーメンスでは、自動車部品子会社の日本法人代表取締役兼CEO, ドイツ本社事業開発ダイレクターを勤め、2012年にエネルギー部門日本代表となる。2016年より、シーメンス日本法人代表取締役社長兼CEO。同社会長を経て、2021年1月より現職(在独13年)。

主な著書に『グローバルビジネス重点戦略ノート』(共著:ダイヤモンド社)、『戦略経営ハンドブック』(共著:中央経済社)がある。


執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志


関連情報


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2021年8月現在のものです。

おすすめ記事はこちら

「DiGiTAL CONVENTiON(デジタル コンベンション)」は、共にデジタル時代に向かっていくためのヒト、モノ、情報、知識が集まる「場」を提供していきます。