デジタルと量子由来の技術で社会課題の解法を探索する
先進の量子インスパイアード最適化技術を応用し、社会課題の解決に取り組む高畠 和輝。大学では情報工学を学び、数理最適化問題の探究を出発点にキャリアを築いてきた。技術をそのまま適用するのではなく、課題を数理的な構造として捉え直し、そのうえでどう適用すれば最も価値が生まれるかを見極める―。創薬分野をはじめとする実課題に向き合う中で、この考え方が重要になる。解くべき場所を定め、適した解法を探索し続ける。その経験と実績の積み重ねの先にある静かな自信とともに、高畠にとっての「デジタル」について語ってもらった。
価値を最大化するベストな解法を探究する
私は、社会が抱えているさまざまな課題の解決を目指し、「組合せ最適化問題」に取り組んでいます。東芝には、この問題を高速に解く、量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」があり、現在はこのソリューションを創薬分野の課題解決に応用する検討や、それを基にした事業開発などに携わっています。SQBM+の適用が効果を発揮するにはいくつかの条件を満たさなければなりません。そのため課題分野のドメイン知識を持つユーザー企業と一緒に、常に有用性を確認しながら適用する課題を探索していく必要があります。
情報工学出身ということもあり、元々、私には生物学や創薬に関する知識がほとんどありませんでした。課題に取り組む際は関係する論文や資料を読み込み、専門家の方々と議論を重ねながら理解を深めていますが、正直、限られた時間ですべてを網羅的に理解することは現実的ではありません。そこで、課題を「数理的な構造」として捉え直すことを特に意識しています。構造を整理することで、バックグラウンドが異なる専門家とも議論を進めやすくなり、どこにSQBM+を適用すべき問題があるのかの検討もしやすくなります。
実際に創薬のプロセス全体を俯瞰(ふかん)すると、その中に「組合せ最適化問題」として切り出せる決定的な要所が存在していると感じています。重要な点は、技術を単純に当てはめることではなく、どの部分に適用すれば価値が最大化されるのかを見極めることです。検討を進めていくと、既存の手法で十分に対応できる部分と、SQBM+の特長をより生かせる部分とが自然に切り分けられていきます。
例えば、私が関わる「アロステリック創薬」※のプロジェクトでは、当初想定していた課題のある工程への適用を検討していく中で、既存の手法でも一定の成果が得られることが見えてきました。そこで改めて課題全体を見直し、別の工程に目を向け、新しい適用場所探しに挑戦。その結果、SQBM+の特長がより生きる活用ポイントを見いだすことに成功しました。SQBM+は、どの部分に適用するかによってさまざまな価値を生む可能性を秘めています。そのため、解く価値が最大化されるベストな方法を見つけられるように、多様な方向から検討することが大切になります。だから私は、たとえある1つの方法が見つかったとしても、可能な限り複数の手法を継続して探求しています。結果としてこのプロジェクトでは、新たな課題への応用が実現し、そして創薬という社会的に貢献度の高い分野で成果を出すことができました。仕事のやり方に確かな手応えを感じた、心に残るプロジェクトにもなりました。
こうした量子技術に関連する仕事の醍醐味は、まだどのように解けばよいのか知られていない未知の課題に対して、解決手法をゼロから組み立てていけることです。私は、量子技術の応用を通じて中長期的に新しい産業を創出するための活動を推進する社外プロジェクトで、ユースケースを創出する活動に携わっています。この活動では、量子関連技術の活用先を具体化するために課題の設定から手法の検討、さらにはPoC(Proof of Concept:概念実証)までを段階的に行いました。その結果、材料分野における「分子の結晶構造を予測する」という課題に対して、対象としていたある分子の結晶構造を適切に予測すること、これを一定の技術として確立することに成功しています。このことは、大きな達成感へとつながりました。
※アロステリック創薬
標的タンパク質の「本来の活性部位」ではない別の部位に薬を結合させることで活性部位の構造やダイナミクスを変化させ、標的タンパク質の働きを間接的に強めたり弱めたりする創薬手法。従来の薬は主に活性部位を直接狙うのに対し、アロステリック創薬では離れた部位から機能を調節することが特徴であり、標的タンパク質に対する選択性が高まりやすく、副作用を抑えやすい傾向がある。さらに、従来は創薬困難だった標的タンパク質にもアプローチできる可能性がある。
量子技術が人々の日常に自然に溶け込む時代に
自分と同じ、あるいはもっと若い年齢の世代にとって、デジタル技術は生まれたときから身近にある存在です。今後、世代交代が一層進むことで、デジタル化やデジタルトランスフォーメーション(DX)といった言葉は意識されなくなり、デジタル技術は社会においてより自然な存在になっていくのではないでしょうか。その一方で、近年AIが急速に普及してきたように、デジタルの中身は進化し続けています。この進化するデジタルがこれからの生活にどのような変化をもたらすのかは予想が難しいですが、デジタルに携わる会社の一員として、人間社会だけでなく地球環境にも考慮し、世界全体がより良い方向に向かうように尽力したいです。
次の10年で、量子関連技術は研究段階から実用化を見据えた段階に入っていくと感じています。量子コンピューターの分野では、計算の信頼性を高める「誤り訂正技術」の研究が進み、2030年頃には一定規模の実用的な量子計算が可能になるという予測も一部では出てきています。 また私が関わっている量子インスパイアード最適化技術の分野では、扱える問題の規模が年々拡大すると同時に、実際の業務に適用できる「実用性」が着実に高まっています。こうした流れを踏まえると、10年後には多くの人が意識することなく、どこかで量子関連技術の恩恵を受けている社会になっているかもしれません。
私自身が目指しているのは、このような変化を技術として示すだけでなく、具体的なユースケースとして社会に実装することです。特に現在取り組んでいる創薬分野では、量子関連技術が実際の研究・開発プロセスの中で価値を生み、事業として成立するところまでを、ぜひ見届けたいと思います。
大切なことば
「なるようになる」
一見すると楽観的な言葉に聞こえるかもしれませんが、私は前向きな意味で捉えています。私の中にある「なるようになる」という言葉は、諦めたり運任せにしたりするということではありません。その時々で自分ができる最善を積み重ねた先に結果がついてくる、という感覚に近いものです。すぐに結果が出ないときや試行錯誤が続く場面でも、この言葉を意識し始めてからは必要以上に立ち止まることなく、今できることに集中できるようになりました。長い時間軸で技術や事業に向き合う上で、日々の仕事を支えてくれる大切な考え方の一つです。
高畠 和輝(TAKABATAKE Kazuki)
株式会社 東芝
ICTソリューション事業部
データ事業推進部
新規事業開発担当
スペシャリスト
量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」の応用研究に従事。創薬分野への応用を中心に、技術開発や共同研究、プロモーション活動などに取り組む。量子関連技術の社会実装を目指し、研究開発と事業化の両面からプロジェクトを推進している。
- この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2026年5月現在のものです。
- この記事に記載されている社名および商品名は、それぞれ各社が商標または登録商標として使用している場合があります。
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