2026年1月28日
株式会社東芝

高速・小型化を実現した衛星搭載用QKD(量子鍵配送)送受信システムの開発に成功

-地上の光ファイバーQKDとシームレスに接続、大陸を横断する量子セキュアネットワークの基盤技術として期待-

概要

当社は、量子暗号通信分野において、衛星を介した長距離の量子鍵配送(Quantum Key Distribution: QKD)の実用化に向け、高速化と小型化を両立した衛星QKD送受信システムを開発し、英国ヘリオット・ワット大学にて光ファイバーQKDネットワークとの連携を実証しました。
量子コンピュータの進展により従来の暗号方式が将来的に解読される懸念が高まる中、理論的に盗聴が不可能なQKDは次世代の情報セキュリティを支える技術として注目されています。しかし、信号の減衰により光ファイバーのみでは通信距離に限界があり、衛星を介したQKD(衛星QKD)との統合により通信距離を長距離化することが期待されています(図1)。
今回開発したシステムでは、1GHzのギガヘルツ周波数を利用した高速QKD通信と、世界最小クラスの小型送受信モジュールを実現し、低軌道衛星が上空を通過する短い時間内で大量の暗号鍵を生成できる機能を備えています(図2)。また、衛星QKDと光ファイバーQKDの間で暗号鍵を標準化されたプロトコルに基づいて安全に連携する仕組みを実証しました。当社は、本システムを用いて、英国ヘリオット・ワット大学の光衛星通信地上局(HOGS(*1))と連携し、衛星搭載用に開発したQKDと地上に敷設された光ファイバーネットワークとの接続実証に成功しました(図3)。本実証の成功は、低軌道衛星を介した量子セキュア通信の実用化に向けた大きな前進であり、大陸を横断する量子ネットワーク構築への道を切り拓くものです。
なお、本技術開発は、Innovate UK(project 10089202)を通じて英国の支援を受けて実施されました(*2)。

図1: 衛星QKDと光ファイバーQKDによる大陸横断量子ネットワーク

開発の背景

デジタル社会の進展に伴い、金融取引、医療情報、政府機関の通信など、膨大な機密データがネットワークを介してやり取りされるようになっています。しかし、圧倒的な計算能力を持つ量子コンピュータの登場により、現在広く使われている公開鍵暗号(RSAや楕円曲線暗号など)は、将来的に解読されるリスクが指摘されており、既存のセキュリティ技術の長期的な安全性に懸念が生じています。こうした「ポスト量子時代」において、情報セキュリティを確保する上で、量子力学の原理に基づき盗聴が理論的に不可能とされるQKDへの期待が高まっています。
QKDは、暗号鍵を光の最小単位である光子(光の粒子)に乗せて、送信装置から受信装置に光ファイバーなどの光伝送媒体を使って送る技術で、すでに都市間に結ばれた光ファイバーを活用して国内ネットワークを中心に実用化されています。しかし、量子力学の原理により、第三者による暗号鍵の盗聴を確実に検知でき、暗号鍵の安全性が無条件に保証される一方、光ファイバーのみでは伝送距離に対して伝送損失が指数関数的に増加し、数百kmを超える長距離通信を実現することは困難です。また、海底ケーブルを用いた大陸間通信では通常、光信号を増幅する中継器を設置しますが、光子を同一の量子状態で複製できない「量子複製不可能性定理(*3)」により、QKDでは従来の中継方式が適用できません。このため、大陸を横断するグローバルな量子セキュア通信を実現するには、衛星QKDとの統合運用が最も有望な手段となります。
一方で、衛星QKDにもいくつかの課題があります。低軌道衛星を利用する場合、衛星からの信号を受信する地上局の上空を通過する時間はわずか数分程度と限られており、その間に効率的に 暗号鍵生成を完了する必要があります。また、低軌道衛星や衛星地上局に搭載する機器は、コスト面からサイズ・重量・消費電力に厳しい制約があり、小型で高効率な設計が求められます。さらに、低軌道衛星で生成した暗号鍵を、地上のQKDネットワークに安全かつ効率的に連携させる必要があります。

本技術の特長

そこで当社は、衛星QKDの実用化に向け、高速通信・小型モジュール・ネットワーク連携という3つの課題を解決するため、「ギガヘルツ周波数による高速通信技術」、「小型・高効率な送受信モジュール」、「地上QKDネットワークとの連携技術」を開発しました。

1. ギガヘルツ周波数による高速通信

低軌道衛星が地上局の上空を通過する時間はわずか数分であり、低軌道衛星から大量の暗号鍵を生成し、配送するには、非常に高い繰り返し周波数で安定した送信が必要です。本技術では、低消費電力・高変調帯域幅のVCSELレーザー(*4)を複数利用し、1GHzで超高速かつ安定して量子信号を発生させました。さらに、FPGA(*5)による高速な信号制御によりQKDプロトコルに必要な偏光状態や強度レベルを正確に制御しました。これにより、低軌道衛星の可視時間内に大量の暗号鍵をリアルタイムに生成することが可能になりました。

2. 小型・高効率な送受信モジュール

送信機を1.6kg・20cm×10cm×10cmの2Uサイズ、受信機を約9kg・40×30×10cmという、ギガヘルツ周波数を利用したモジュールとしては世界トップクラスのコンパクトかつ軽量な設計を実現(*6)しました(図2)。世界をリードするQKDシステム開発で培った光学設計のノウハウを生かし、VCSELレーザーや光学多重化技術(*7)などの導入により、性能を維持しながら装置の小型化を実現しました。低軌道衛星への搭載コストを削減し、地上局への設置性を向上するとともに(*8)、複数の低軌道衛星によるネットワーク構築も容易になります。

図2: 衛星搭載を念頭に設計された小型送信機

3. 地上QKDネットワークとの連携

衛星QKDと地上の光ファイバーQKDを統合するには、通信波長や伝送方式、暗号鍵管理プロトコルの違いなど、システム間のギャップを埋める必要があります。今回開発した小型の送信機と受信機を、英国ヘリオット・ワット大学の衛星地上局に統合し、衛星QKDで生成した暗号鍵をETSI標準(*9)に準拠した暗号鍵管理ソフトウェアを通じて地上ネットワークへ安全に連携する仕組みを実証しました。具体的には、本地上局内の望遠鏡の前に送信機を設置し、その約1m前方から暗号鍵を送信、望遠鏡に設置した受信機で受信させました。この暗号鍵を、標準化プロトコルで光ファイバーQKDと連携し、異なるQKDシステム同士のシームレスな暗号鍵共有を実現しました。本技術は、大陸を横断する量子セキュア通信ネットワーク構築の基盤技術として期待されます。

図3: 衛星QKDと地上の敷設光ファイバーQKDを統合した実証システムの構成

今後の展望

本技術は、衛星QKDの実用化に向けた重要なマイルストーンとなります。当社は、今後、2027年度に低軌道衛星と地上局間の長距離通信を行い、昼夜を問わず、また様々な気象条件下でも安定して運用できることを実証していきます。さらに、複数衛星を組み合わせたネットワーク化を進めることで、地球規模で機密情報を安全に通信できる大陸間を繋ぐ量子セキュアネットワークの構築を目指してまいります。


  • HOGS(Heriot-Watt Optical Ground Station)英国ヘリオット・ワット大学に設置された光学地上局。次世代セキュア通信と宇宙利用を目的とし、量子通信、光学通信、宇宙観測などの先端光技術の研究・実証基盤として運用。
  • Innovate UK…AIや量子技術など先端分野の研究開発を資金面でサポートする英国政府系機関。
  • 量子複製不可能性定理(No-Cloning Theorem)…未知の量子状態を完全にコピーすることは物理法則上できないという量子力学の基本原理。
  • VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting Laser)垂直共振器面発光レーザー。小型・低消費電力・高効率な半導体レーザーの一種。
  • Field-Programmable Gate Arrayの略称。演算処理集積回路の一種で,製造後にユーザーが用途に応じて機能を書き換えることが可能。
  • 当社調べ。2026年1月28日現在。
  • 光学多重化技術…複数の光信号を1本の光ファイバーや光路で同時に伝送する技術。
  • https://doi.org/10.1126/sciadv.adj5873
  • ETSI標準…欧州電気通信標準化機構(ETSI)が定める、通信や情報セキュリティ分野の国際的な技術標準。