デジタルで豊かな社会の実現を目指す東芝デジタルソリューションズグループの
最新のデジタル技術とソリューションをお届けします。

私たちの社会や生活において、情報伝達手段の一つとして音の活用が進み、情報のやり取りの自由度や利便性が向上しています。一方で、周囲にあふれる音情報は、音の混在や聴き疲れなどの課題を生み出しており、今後は、「音がどのように聴こえてくれば、人はより良い形で音を情報として活用できるのか」という視点が、いっそう重要となります。東芝は、「人にとって、より望ましい形で音を届ける」ことをコンセプトとした音響ソリューション「Soundimension 音像デザイン」を実現するための技術開発を進めており、「Soundimension 仮想音像」と「Soundimension 音場制御」を商品化しています。このコンセプトと、想定される活用の場、これらのソリューションを支えるコア技術である「仮想音像技術」と「エリア音圧制御技術」について、3回にわたる連載で解説します。
第1回では、これから期待される音の新たな聴こえ方とはどのようなものか、そしてその実現を支える音響技術の概要について、ご紹介します。

※2023年度リリース予定を含みます


「音の聴こえ方」をデザインするとは


社会や生活の中では、人に情報を伝える手段の一つとして、音の活用が当たり前になりました。例えば、駅の券売機やATM、セルフレジなどの機器は、利用者に音声で操作を促していますし、また音声アナウンスや注意喚起のサイン音などは、建物の中、車内や電車内など、いたるところにあふれています。

従来から用いられる、視覚を使った情報の伝達では、情報源に視線を向けるまで情報の有無が分からないのに対し、音による情報の伝達では、「音が鳴る」ことによって、意識が向いていなかった人の注意も引きつけることができ、また手や目が自由な状態となるため、情報を受け取るときの自由度や利便性が向上します。

しかし、活用が進むことで周囲にあふれた音情報には、新たな課題が生まれています。

例えば、「音環境の情報過多」「騒音化」。さまざまなアナウンスやメッセージの音が同時に聴こえてきた場合、音源別に音を的確に聞き分けて、その内容や意味を正確に把握することは容易ではありません。また、それらの音情報の中には、必要なものと不必要なものが混在しており、それぞれの重要度は受け取る人によって異なります。全ての音情報を聞き分け、必要な情報だけを選別することは難しくなりつつあります。

また、聞かれたくない音までも他人に聞かれてしまう「音情報のプライバシーの低下」も望ましい状況とはいえません。

さらには、ここ数年で急速に普及したオンラインによる会議やセミナーにも音情報の課題があります。オンライン会議では、リアルな対面情報がそぎ落とされ、画面と音声による情報のやり取りが主体となります。そこでは、必然的に音声の聴き取りと内容の理解に集中することとなり、また長い時間、スピーカーやイヤホン越しの音声にさらされ続けることも少なくありません。このような、現実の状況とは異なる音を聴き続けるオンラインコミュニケーションによる「聴き疲れ」も、音による情報のやり取りにおいて見落とせない課題の一つです。 

つまり、音情報の活用を進めるには、すでに実現している音声アナウンスやサイン音のような「音による情報の表現」の次のステップとして、「あふれる音がどのように聴こえてくれば、人は音をより良い形で情報として活用できるか」を考えることが重要になります。

私たちは、このような音情報をやり取りする中で生じる課題の解決に向けて、今後は、もっと分かりやすい音、もっと聞き取りやすい音、周囲に気を使わずに済む音、心地よい音などが求められるようになると考えています。

そのような中で、昨今、音の聴こえ方、すなわち、聞かせかたに焦点を置いた音響技術が注目されています。

当社は、音の聞かせかたとして、より簡易な出力環境条件の下で、「音の在りか」という要素を音に付与し、聴く人にとって、より望ましい形で音を届けることを目指しています。

音の在りかとは、音が「ここにある、ここから聴こえてくる」「ここからは聴こえてこない」という感覚です。この感覚を再現することで、音はより自然に感じられ、聴きやすくなることが期待されます。

この「音の在りか」を実現する技術が、「仮想音像技術」と「エリア音圧制御技術」であり、これを活用した音響ソリューションが、「Soundimension 音像デザイン」です。


さまざまな立体音響技術


仮想音像技術の解説に先立ち、立体音響と呼ばれる技術について簡単に説明します。

立体音響技術とは、音の広がりや奥行きなどを感じられる三次元的な音響を実現する技術のことです。この技術には、後述する仮想音像技術をはじめ、さまざまな技術が含まれます。

図1に、一般に知られている立体音響を実現する3つの方式(シーンベース、チャンネルベース、オブジェクトベース)について示しました。

  • シーンベース方式
    実際の「ある位置」を取り巻く、あらゆる方向から自然に聞こえてくる音を全て収録し、その音をリアルに再現して再生する方式です。データを取得するためには全天周マイクが必要であり、また適用されるのは、実際に存在する現実世界の音をリアルに再現する用途が主となります。
  • チャンネルベース方式
    立体音響を再現する環境(スピーカーの個数や配置など)が決まっており、多くはリスナーを取り囲むようにスピーカーが配置されます。そのうえで、コンテンツ(音源)の作成時にどのような音をどれくらいの出力でどのスピーカーから出力するかを設計して作り込みます。この方式においては、多数のスピーカーを配置した設備を用いて、音の位置感・高臨場感が実現されることが多く、映画館や劇場などの施設での活用に適しています。
  • オブジェクトベース方式
    空間内の座標と音源位置とを結びつけ、「ある座標に存在する音からリスナーの耳に届く音」を計算して生成することで、音の位置を感じさせます。このため、必ずしも現実に存在する音の臨場感を伴う再現のみではなく、「任意の位置に存在する音」を計算処理により生成することが可能となります。

このように、それぞれの方式によって、使用設備の制約やそもそも実現したい音響効果の観点から、活用に向くシーンが異なります。


コア技術1: 仮想音像技術の特徴


前述のとおり、当社は、「音の在りか」という要素を音に付与することで、人にとって、より望ましい形で音を伝えることを目指しています。すなわち、方向感を持つ音を作り出すにあたり、「現実環境の忠実再現」よりも「望ましい聴こえ方」をデザインするアプローチをとっており、実現方式としては前項で述べたうちの、オブジェクトベース方式を選択しています。空間内に仮想的な音源を設計する方式であることを明確にするため、私たちは自社の音像定位技術を、大くくりの立体音響ではなく「仮想音像」という名称で呼び、それを活用したソリューションを「Soundimension 仮想音像」と名付けています。

オブジェクトベース方式を用いた音像定位技術は、以前から研究されている技術であり、頭部伝達関数「HRTF(Head-Related Transfer Function)」を用いて、方向性の情報を持つ音を計算する手法が一般的です。

東芝の仮想音像技術も、このHRTFを活用しますが、一般的なHRTFによる音像定位技術との大きな違いは、「イヤホンやヘッドホンだけでなく、据え置きの2スピーカーでも比較的安定して効果を体感できる」ということです。

一般的な音圧絶対値を計算する手法で定位音源を作成する場合、据え置きスピーカーではクロストークの影響が発生するため、リスナーの聴いている位置が少し動くと効果が大幅に低減します。これに対し、当社の仮想音像では、複素音圧比に着目して計算を行うことで、簡易な据え置きの2スピーカー系でリスナーの聴く位置が多少変動しても、音像定位効果をほぼ維持することができます。

この技術の詳細については、第2回で解説します。


さまざまな音場制御技術


もう一つのコア技術であるエリア音圧制御技術を含む、音場制御の技術について簡単に説明します。図2に音場制御の実現方式の例を示しました。

一般的に、音場制御技術は、スピーカーなどの機器から出力される音に対し、ある空間内に音圧の分布をつくり出す、すなわち、音が良く聴こえる場所と聴こえにくい場所とをつくり出す技術です。

これを実現する方法として一般的なのは、指向性スピーカーの使用です。例えば超音波スピーカーアレイを用いると、一定方向にのみ音を届け、その領域から離れると音が聴こえなくなる分布を形成することができます。

また、超音波に限定することなく、多数スピーカーをアレイ配置したスピーカーセットを用いることで、音が聴こえる大きさの大小の空間分布をつくり出すことが可能です。基本的には、各スピーカーから出力される音の位相制御を行い、それらを重ね合わせることで所望の音圧分布を形成します。制御自由度を確保するため、通常は多くのスピーカーが用いられます。


コア技術2: エリア音圧制御技術の特徴


当社では、この音場制御技術を、「聞かせたい音を、聞かせたい人に届ける」ことの実現を目指し開発しています。そのコンセプトは、「簡易な系で、ユーザーの負担・負荷ができるだけ少ない環境下で効果が体感できるようにすること」「再生ハードウェアの構成を変えることなく空間内の任意の位置に音圧分布を形成できるようにすること」です。

そのため、使用スピーカー数を2〜3個にとどめ、かつ市販されている汎用的なスピーカーで実現できることを前提として、空間内の任意のエリアにおいて音場制御効果を実現するための技術開発を進めてきました。空間内の任意の領域、すなわちエリアを選択して音圧分布を形成できる特徴を持つことから、当社はこの音場制御技術を「エリア音圧制御」と呼んでいます。

この技術により、現在、当社では3つの汎用スピーカーから成るスピーカー群から音を出したとき、スピーカーの周囲に音の聴こえやすい領域と聴こえにくい領域とを、空間内の選択した場所に数10cmから1m程度のサイズのエリアで作り出すことができており、「Soundimension 音場制御」というソリューションとして商品化しています。

この技術の詳細については、第3回で解説します。


新しい音響技術が実現すること


このような「仮想音像」や「エリア音圧制御」の技術を用いることで、単に情報が音でインプットされるだけではなく、自分にとって必要な情報を、より自然な、違和感のない、わかりやすい音で聴いたり、周囲の人の迷惑やプライバシーの漏えいを気にせずに安心して、自分向けの音情報を聴いたりすることができるようになります。

これらの「新しい音の聴こえ方」の活用が期待されるユースケースの例としては、長時間、固定されたスピーカーから発生する音を聞かざるを得ないオンライン会議やオンラインセミナーにおける、耳に疲れにくい会話、講義や、一定時間を過ごしながら移動する空間へと変化しつつある自動車などの各種モビリティーの中での搭乗者ごとに最適化された音楽やメッセージの伝達、住居やオフィス環境の中での、ユーザーの行動に応じて聞こえてくる案内音などへの適用などが考えられます(図3)。

今回は、連載の第1回として、音響ソリューションである「Soundimension 音像デザイン」の背景となる技術と、その適用シーンの概要について解説しました。第2回および第3回では、東芝が研究を重ねてきた、音像デザインを実現するためのコア技術である仮想音像とエリア音圧制御について、技術面にフォーカスしてご紹介するとともに、東芝の技術の強みを生かしたアプリケーションおよび将来の展望についても説明します。

山田 有紀(YAMADA Yuki)

東芝デジタルソリューションズ株式会社
ICTソリューション事業部 新規事業開発部 エキスパート


東芝に入社後、新規半導体デバイスの研究開発に従事。2015年よりデータ利活用技術開発を経て新規事業/製品の開発に携わり、現在は音響技術を活用した新規事業の立ち上げを推進している。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2022年10月現在のものです。

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