企業変革が求められる時代のリスキリングと人材育成に必要なこと(2/2)

イノベーション、経営

2025年4月22日

東芝デジタルソリューションズ HRMソリューション部 フェロー 小野 慎一

ディープラーニングおじさんを見習い、「スペシャリティ×デジタル」でDXを実現!

福本:
ディープラーニングおじさん!?

松田:
2018年前後にネット界隈で話題になった方です。彼はITには疎かったのですが、たまたま隣にいた若手がディープラーニングを駆使しカメラで画像を認識するデモを作っていたのを見て、好奇心を掻き立てられ「自分にもできるかな?」と、とりあえずLinux PCを買うところから始まったそうです(笑)。最初は右も左も分からぬまま、「こんな本を読んだらどうですか?」とアドバイスをもらいながら見よう見真似でやっていくうちに、いつの間にかGPUを搭載したサーバを構築し、ディープラーニングを回していた。最終的に1年半ぐらいで会社のAI戦略を動かすポジションに立つまでに成長したという、まさに絵に描いたような成功ストーリーですが、実際にあったことなのです。
たぶん東芝さんにも、そういう方々が多くいらっしゃるでしょう。日本はものづくりの国で、かつ、外の世界で動いているものを取り入れることも大好きな国じゃないですか。とにかく見よう見真似でトライしてみようという文化があります。ただ、先ほどのように「~せねばならない」という考え方が壁になり、「こんな風にやってみたい」ということに踏み出す阻害要因になっています。SNSの影響か、「そんなことも知らないの?」とマウントを取られることも多いと思いますが、そういう風潮に対して、平気で「知らんがな!だから教えて!」と返して、新しい世界に足を踏み入れる踏み台にすれば良いと思います。

福本:
必ずしも、To Beが描けてないからとか、As Isとのギャップが分からないからという理由で取り組めない、ということではないのかもしれないですね。

松田:
確かに表面的にはTo Beが描けていないことがあるでしょう。では、どうすればTo Beを描けるかというと、やはり自分でもやってみたいという気持ちが大切ですね。

福本:
そういう自分でやってみることを許容する企業文化も必要だし、ディープラーニングおじさんのように社内の責任者に抜擢して、失敗しても先に進めていることを認める経営側のコミットメントも必要でしょう。

小野:
まさにそこだと思います。少なくともトップが企業の目指す方向性を示す旗を立て、しっかりとコミットメントすることが大事でしょうね。また、先ほどのラーニングカルチャーも重要です。トップダウンとボトムアップの両方が必要だと思います。企業の目指す方向があり、そこに向かって自分はどうなっていけばよいのかを自ら考える文化が、「学習する組織」を生み出すのではないでしょうか。
また、何らかの「スペシャリティ」を持つ人とデジタルを掛け合わせることで、いろいろなDXが生まれるのではないかと考えています。デジタル技術はあくまでも手段であり、DXを目的にするのではなくて、自分が得意なことをもっと面白く楽しく、より大きく広げるためにデジタル技術を使うきっかけを与えればよいのだと思います。仕事でも趣味でも何か尖った「スペシャリティ」があれば、×デジタルでブレイクスルーするものが必ず何かあるはずです。今ならまだ間に合いますから、そういう夢を持ちながら皆で盛り上がっていくと、まだ日本も捨てたものじゃないと思いますね。

デジタル力診断から生まれたオンギガンツのDX人材育成・松田メソッド

福本:
松田さんはオンギガンツで「松田式DXM」というDX人材育成サービスを提供されていますね。どのような課題を解決しようとしているのかも含めて、サービス内容をご紹介いただけますか。 

松田:
松田式DXMは、経営者の声から生まれたDXアセスメントから始まりました。最初は、従業員数30~40人ほどのとある会社さんから相談を受けたのですが、そこにDXを推進したいという強い意志を持つ役員さんがいらっしゃいました。デジタル化しないと、若手が離れてしまいノウハウが継承されないという悩みを抱えており、ITベンダーに相談したそうですが、何百万円、何千万円ものシステムの見積もりを出されて、本当に必要なのかと疑問に感じたそうです。
それでセカンドオピニオン的に当社にお声をかけていただき、DXのポテンシャルについて診断してみることになりました。当時は「デジタル力診断」と呼んでいましたが、Googleフォームで約100問の4択問題を用意しました。例えば「Ctrl + Cのショートカットキーが分かりますか?」「PCやネットワークの仕組みを理解していますか?」というような問題を出しました。
社員の皆さん全員に受けてもらうと面白がってくれて、学校のテストのように「あの問題は難しかったよね!」と盛り上がり、「どうやら私たちにはここに伸びしろがありそうだ」とポジティブな意見も飛び出しました。そこで「人材育成的なボトムアップDX」を進めていくのが良かろうということになり、高額なシステムを入れずとも現在あるツールを上手に使いながらレベルアップしていけば、本当に必要なシステムがどのようなものなのか自分たちで分かるようになると気付いていただいたのです。

このデジタル力診断と呼んでいたアセスメントを「松田式DXA」としてサービス化し、「松田式DXeL」という実践型eラーニングまで結びつけることで、誰もが喜んで使えるようにしたのが、今の当社のDXメソッドの大まかな流れになります。今ではトライアルまで含めると100社以上にご採用いただいています。このようなメソッドの流れで進めると、日本企業のDX人材育成に貢献できるのではないかと自負しています。
ご採用いただいた企業では、何らかの形で経営者の方の意思決定がされていますが、その根底には「変わったら、もっと売上が上がり、社員の仕事効率も上がり、絶対みんな嬉しいはず」というような健全な危機感があるように思います。そういった前向きに楽しみながら取り組む姿勢は重要だと感じています。

東芝のDX人材育成の取り組みと、新たなリスキリング・プラットフォームサービス

福本:
小野さんからは、東芝におけるDX人材育成の取り組みについて教えてください。

小野:
東芝グループでは、まずDX人材の定義を行いました。経済産業省のIT政策実施機関であるIPA(独立行政法人情報処理推進機構)のデジタルスキル標準(DSS)をベースに、アイデア創出から実践・運用まで12のDX人材のロール(役割)が定義されています。それをもとに東芝グループ約2.5万人の従業員のスキルが登録されている状況です。自分がロールのどのレベル、ポジションにいるのかを可視化し、自分の目指す目標とのギャップを埋めるための教育カリキュラムの受講により育成をはかることで、次のステップへと段階を踏もうとしているところです。

また、当社が発起人となり日本パブリックアフェアーズ協会と一緒に「DSMパートナーズ(一般社団法人 日本パブリックアフェアーズ協会)」を立ち上げ、民間会社・自治体の皆様と2023年4月より本格的なワーキング活動をスタートしました。デジタル人材の定義やスキル標準を企業内でどのように使っているか、どのように使えば上手くいくのかといった意見交換をしながら、意見を集約して経済産業省に提言しています。おかげさまで45の企業・団体に参加いただいており、月1回ペースで勉強会や会合を重ねています。
当社がこのような活動をしているのは、今後デジタル人材が必要になる一方で日本ではデジタル化が遅れており、デジタルスキル標準の使い方を皆でシェアしながら日本の生産性を向上したいと考えているからです。また、将来的にはもっと多様な働き方があっても良いし、必要なところに必要な人材が行き渡りながら「株式会社日本」をしっかり立ち上げられるよう、人材を流動化させるための一つの「モノサシ」になれば良いという思いもあります。

次に我々のソリューションでの取り組みをご紹介します。冒頭で触れたように当社では人財管理ソリューション Generalistシリーズを提供していますが、基本はデータベースシステムですのでデータを貯めることが得意です。スキルマップを定義し登録すれば、それに対して必要な研修内容を紐付けることができますし、アセスメント結果も登録して活用できます。これまでは登録するデータの中身、血肉を入れるところはお客様にお任せしていましたが、オンギガンツさんのDX能力アセスメントを導入し、スキルをマップで可視化しながら必要な研修をレコメンドし学べるようなプラットフォームに発展させられないかと考えています。
2024年10月にリスキリング・プラットフォーム「Generalist e-University」の提供を開始しました。ポータルサイトに入ると、約700の教育コンテンツの中からAIのレコメンドによって自分にマッチしたものが提示されます。例えば「この間プレゼンに失敗してしまったのですが……」と悩み事を入力すると、「こういう研修はいかがですか?」と質問の答えに近い順番でオススメの研修が返ってきます。

さらに当社のコンテンツだけでなく、Udemyなどの他社のサブスクリプション型の教育コンテンツ、eラーニングも検索できるように連携することで、よりユーザーフレンドリーなものにしていく方針です。DXの領域についてはオンギガンツさんの教育コンテンツと連携させていただき、2025年夏ぐらいからサービスを広げていこうとしています。

右:株式会社オンギガンツ 代表取締役 松田 雄馬氏
左:東芝デジタルソリューションズ HRMソリューション部 フェロー 小野 慎一

生成AIなどの最新テクノロジーが企業教育にもたらす新たな可能性とは?

福本:
昨今、生成AIのような新たなテクノロジーがいろいろな分野で使われるようになりました。人材育成や教育の分野でも新技術が新たな可能性をもたらすかもしれません。このあたりの展望についてお考えをお聞かせください。

小野:
こういった技術が企業内教育にもたらす効果は多岐に渡るでしょう。いま文教系では「アダプティブラーニング(1人ひとりの能力や習熟度に応じて最適化された学習を行う方法)」のようなアプローチを取り入れています。文教系は偏差値や大学合格というゴールが定まっているので、パーソナライズ化された研修をレコメンドしやすいのだと思います。その一方で、企業内教育では変数が多過ぎて導入が難しいと言われています。それを生成AIの力を借りて実現し、Generalistシリーズに搭載できないかと考えています。

「バーチャル講師」のような構想もあります。例えばマネジメントに詳しいAI先生が個人のレベルに合わせてアイデアの壁打ちの相手をしてくれる。そういう専門のAIを実装するわけです。さらにその延長線上に、企業内のプロフェッショナルのノウハウを入れておくことも考えられます。相手が人間だと面倒くさいかもしれないけれども、AIだと親切に優しく忍耐強く答えてくれるので、皆がハッピーになれるかもしれません。

オンライン/オフライン、個別/集合などをブレンドして新しい学びを構築する「ブレンディッドラーニング」のように、これからはハイブリッド方式で個人の働き方や学び方に寄り添ってレコメンドすることが必要になると思います。OJTでも、AI化や簡素化が可能になります。OJTの問題は、教育する側のレベルによって部下の育成レベルが変わってしまうことですが、そのレベルを平準化することにAIが役立つのではないかと思います。これまで人材育成分野はIT化が遅れており、AIも遅れて入ってくるのかなと思います。そういう意味では、まだ変化のチャンスがある領域です。生成AIなどのAI技術を活用しながら、企業の人材育成に関わる人の意識まで変えられると良いと思っています。

松田:
私が期待しているのは、課題解決型学習と呼ばれる「プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)」なのですが、その中でサポーティブなAI、昨今では「エージェント型AI」と言われるAIがすごく役立つと考えています。PBLについては当社の研修でも重視しています。eラーニングではインプットが中心で、受講後のアウトプットは最後の4択問題を解いて終わり、といったものが多いですが、当社はむしろ、アウトプットに繋げることに注力しています。
例えば「DXでイノベーションを起こそう!」という研修があります。この研修では、実際に自分の業務を捉え直して、業務の棚下ろしをして、どこまで改善できるかを考えていただいています。これによって、会社全体や従業員の皆さんがイノベーティブなことを起こす第一歩になればと思っています。集合研修であれば、必ずグループワークで誰かのアイデアを全員で形にして、最終的に発表するようにしています。継続的にお付き合いしている会社であれば、その後の結果も共有していただき、良い事例は翌年の教育時にお伝えしています。実際、研修後のアンケートでは受講生の90%が自分の作ったアイデアを実践してみたいとおっしゃって下さっています。今後はこのようなPBLが主流になっていくのは間違いないと思います。

福本:
PBLを受講する側だけでなく、教える側の教育も必要になりますね。

松田:
それがエージェント型AIの話に繋がるかもしれません。優秀なエージェント型AIがいれば、適切なコメントもしてもらえるようになるでしょう。まだ当社のeラーニングでは実装していないのですが、今後エージェント型AIによってPBLが加速していくことは、時代の趨勢から明らかでしょう。

福本:
小野さんから、今後リスキリングを進めていくための日本企業の重点課題について、まとめていただけますか。

小野:
大きくはトップダウンからボトムアップへの変化だと思っています。目指すべきところは、企業が求めるものと本人がやりたいことの両方がグリップできる「幸せなキャリア」です。優秀な人材がベンチャーを立ち上げなくても、企業内で実現できるようにすることが大切だと思います。そのためには、Will(やりたいこと)・Can(できること)・Must(やらねばならないこと)の三つの集合体が集約され、最終的に丸く一つになるために、どうしたらよいかを考えることです。
もちろん全員がそのような状態になるのは難しいでしょうが、一人でも多くそういう人を増やすことが大切です。また、「やりたいこと」「やらねばならないこと」は完全に重ねられませんが、その重なりが大きくなれば、やれていないこともできる方向にもっていくことができ、結果的にやれることが多くなってくる。これをサポートするのが、企業内研修の本来あるべき姿ではないでしょうか。

福本:
最後に、松田さんから、東芝に期待することがあれば何かメッセージをいただけますか。

松田:
ものづくり大国・日本の一角を担ってきたのが東芝さんであり、日本という大きな船を支えてきたメーカーの一つだと思っています。現在も「Japan as No.1」のDNAは生き続けており、そこに私は期待を抱き続けています。当社はベンチャーですが、大企業の方々と親しくさせていただけているのは、日本に対する想いにお互いが共鳴し合っていることも、背景の一つかと感じています。そんな東芝さんが作ったGeneralistや、DMSパートナーズの協力があってこそ、今当社も多くの自治体や企業の方々に注目していただいております。かつての古き良き日本文化を継承しつつ、デジタル時代だからこそできる「背中を見て育つ」教育を生み出していけたら嬉しいですね。ぜひ東芝さんと一緒に頑張っていきたいと思います。

福本:
本日は、素晴らしいお話をありがとうございました。


松田 雄馬氏 (博士 工学)
株式会社オンギガンツ 代表取締役

京都大学大学院修了後、NEC中央研究所にてオープンイノベーションを推進。MITメディアラボ、ハチソンテレコム香港、東京大学との共同研究を経て、東北大学との脳型コンピュータプロジェクトを立ち上げ、博士号を取得したのち独立。株式会社オンギガンツの代表取締役として、大手企業のAI導入支援・デジタル人材育成を担う。AIへの誤解を解き、豊かな未来を創造するための情報発信としてテレビ・ラジオに出演し、主な著書に「人工知能の哲学 - 生命から紐解く知能の謎 -」(東海大学出版部)や「人工知能はなぜ椅子に座れないのか - 情報化社会における『知』と『生命』 -」(新潮社)がある。

小野 慎一
東芝デジタルソリューションズ株式会社 デジタルエンジニアリングセンター HRMソリューション部 フェロー

1993年 株式会社 東芝に入社。製造業向けシステムエンジニア(SE)、ビジネスプロセス・リエンジニアリング(BPR)のコンサルタントを経て、2001年よりeラーニングソリューションの事業責任者として従事。eラーニング・教育管理ソリューション「Generalist/LM」を、国内シェアトップクラスのソリューションに育て上げる。自社内の人材開発部門での兼務経験を生かし、企業内の人材育成業務の知見も合わせた視点で、Generalist/LMのサービス・事業開発を推進中。


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2025年4月現在のものです。

関連リンク

おすすめ記事はこちら

「DiGiTAL CONVENTiON(デジタル コンベンション)」は、共にデジタル時代に向かっていくためのヒト、モノ、情報、知識が集まる「場」を提供していきます。