企業変革が求められる時代のリスキリングと人材育成に必要なこと(1/2)

イノベーション、経営

2025年4月22日

昨今、生成AIなどの新技術が登場し、デジタル技術によるビジネス変革のうねりが押し寄せている。2020年に世界経済フォーラムが主催するダボス会議で、第4次産業革命に伴う技術変化に対応するため「2030年までに全世界で10億人に、より良い教育、スキル、仕事を提供する」という『リスキリング革命』が議題に挙げられた。生産年齢人口の急激な減少が進みデジタル化に遅れをとる日本においても、こうした技術変化に対応すべくリスキリングが注目を浴びている。
今回は、いま企業に求められるリスキリングと人材育成について、AI研究者として企業のAI導入支援・デジタル人材育成を担う、株式会社オンギガンツ 代表取締役 松田雄馬氏と、東芝デジタルソリューションズ デジタルエンジニアリングセンター HRMソリューション部 フェロー 小野慎一に、本ウェブメディア アドバイザーの福本勲が話を聞いた。

株式会社オンギガンツ 代表取締役 松田 雄馬氏

いま、なぜリスキリングが注目されるのか。その個人的・社会的な背景とは?

福本:
まず簡単にお二人の自己紹介からお願いします。

松田:
私は、20年近くAIを研究してきた研究者ですが、大学で学生を指導したり、オンギガンツ(株式会社オンギガンツ)という会社を設立しており、研究者・教育者・経営者という3つの顔を持っています。会社自体は、いわゆるAIの研究開発とDX人材育成という2つの大きなミッションを掲げています。元々企業へのAI導入支援を行っていたのですが、一緒に推進する社員の方々の意識が高くても他の社員の方々と意識の乖離があることで活用されないという悩みを受けて、現場の社員の皆さんに寄り添う人材育成を両輪で行うようになりました。研究者であり実務家でもあるという独自の視点で、実際に企業がDXを進めていくために何を押さえるべきかについて解説しながら、社員の皆さんがアイデアを出して今日からの業務をデジタルで変えていけるワークを行う研修を提供しています。特に、職場のDXリーダー候補の方々を募って年間プログラムとして、DXによる業務改善を自分たちで考えて実施していただくアプローチを進めています。また研修だけでなく、DX診断ツールやeラーニングのコンテンツなども開発しており、さまざまな会社の状況に合わせたサポートを行っています。

小野:
私は東芝に入社して既に30年を超えてしまいましたが、最初は製造業界のSE(システムエンジニア)からスタートしました。その後、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)のコンサルティングを担当し、2001年から5名のメンバーとeラーニング事業を始め、eラーニング・教育管理ソリューション「Generalist/LM」の前身となる商品を立ち上げて現在に至ります。ちなみにGeneralist/LMは、2009年から現在まで国内トップシェアを誇っています。2010年頃に人材開発部門を兼務して社員のIT教育を担当したことがあり、その経験がユーザー目線でのサービス・事業開発に役立っています。現在所属しているHRMソリューション部は約100名の組織で、eラーニングや教育管理だけでなく、人事給与や勤務管理、人材育成までをトータルにサポートするソリューション「Generalistシリーズ」として事業を展開中です。

福本:
近年、企業で積極的に進められているリスキリングの導入には一体どのような背景があるのでしょうか。

小野:
2020年に世界経済フォーラムのダボス会議で、2030年までに全世界で10億人のリスキリングを実現するという目標が掲げられ、その後日本でも、岸田政権がリスキリングの支援に5年で1兆円の予算を付けると表明され、注目されるようになりました。リスキリングが出てきた背景には、デジタルトランスフォーメーション(DX)やグリーントランスフォーメーション(GX)があると思います。企業がダイナミックに変革しようとする中で、従業員のスキルアップやスキルチェンジが求められ、経営課題が人の課題としてクローズアップされてきたのではないでしょうか。ですから、「リスキリング」=「DX人材育成」と言っても過言でないかもしれません。

福本:
社会や企業がDXを進める中では、例えばデジタル化によって奪われる仕事も、新たに発生する仕事も出てくるなど、良い点も悪い点もあるのだと思いますが、多くのステークホルダーの間でそれらの影響も含めてDXを理解した上で人をどう育成すればよいのかを考えることが求められているように感じます。松田さんのご意見はいかがですか。

松田:
リスキリングとDXという2つのキーワードに対して、ミクロ視点、すなわち個人の視点でお話ししたいと思います。DXと聞くと、会社の話であって、経営者だけが考えればいいことだと受け取る人がすごく多いのが実情です。また、デジタルは理系や若者の話と見られがちです。ですが、実はこの2つは大きな勘違いなのです。この勘違いが解消できると、年齢に関係なくデジタル技術を味方にして、個人のキャリアアップや新たなキャリア開拓など、将来の可能性を次々に広げていくことができるようになります。
まず、DXが会社の経営者の仕事であって自分とは関係ないというイメージを持っている人は、「自分自身も人生の経営者」という意識を持って欲しいのです。これによって、DXの捉え方もキャリアも大きく変わっていきます。今の時代、デジタルの技術や知識を身に付ければ、今の業界でキャリアアップすることも、また違う業界で活躍することも、いくらでもできます。DXを担うのは理系だけでも若者だけでもなく、業務に携わるすべての人です。今、目の前の業務を変革するDXに取り組むことは、会社全体の変革に繋がることはもちろん、個人のキャリアアップという意味で、自分自身を大きく変革し、成長させることに繋がるのです。
「変わらなければ」という強迫観念からでなく、「1ある自分の可能性を10にも100にも大きくしてくれる」という捉え方でデジタル技術を味方に付けると良いと思います。昨今の生成AIなどは、多くの人に味方にしてもらいたい技術です。デジタルによって目の前の業務を変え、それが自分の可能性をさらに拡げ、自身のキャリアを変える契機になります。それを後から振り返ると、自分自身がリスキリングできていたんだなと気付くのではないでしょうか。

「俺の背中を見て育て」はもう古い?デジタルを自分の味方にして武装する

福本:
デジタル化が進展する中で、欧米では人の仕事がノンルーティン業務にシフトしていますが、日本では未だに人がルーティング業務を行っています。リスキリングをして生成AIのような技術を導入すれば、欧米と同じように生産性が向上するという話もありますが、今、日本企業にとってリスキリングが必要な理由は何だと思いますか。

小野:
変化が大きい時代になると、やはり企業内の教育にも限界があると感じています。かつてはOJT(On the Job Training)で「俺の背中を見て育て」といった日本的な人材育成が良しとされた時代もありましたが、これだけ時代の変化が激しいと、背中を見て育つだけでは間違った方向に行く可能性もあり、従来のような過去の資産を伝えていくという研修形態が合わなくなってきたように見えます。そうなると、「自分で学ぶ」という自立型人材の育成が大切になっています。
従って企業がDXで事業を変革しようとすると、「自分をどう変えていくか」ということを自身で考えてリスキリングしないと追従できない時代になったと言えそうです。それを企業がサポートすることが、企業内人材育成の基本になると考えています。これは日本特有のことであり、欧米ではそもそも終身雇用として人をOJTで育てる文化がなかったので、ジョブディスクリプションに慣れており、DXへのアジャストも早かったのです。

松田:
私自身は、「背中を見て育て」には、米国型のデジタルのさらに先をいく可能性を感じています。実は私も「背中を見て育て」という最後の残り香を感じながら育った世代で、その良さも吸収しているつもりです。欧米では個人でスキルを身に付けてキャリアアップするのに対して、日本の場合は企業で先輩の背中を見ながら業務を通じて少しずつ成長していきます。人が育つ方法としては、現場で業務を通じて自ら成長できる日本式自体はとても良いと感じています。ただ、これでは1から10までスキルをカバーするまでに数年を要するという難しさがあります。それに加えて、現場の知恵は理屈に合わない精神論とも混同されがちで、無駄が多かったことも事実です。
ですが今はこれだけデジタル化が進展してきたので、デジタル技術を上手く使うことができれば、むしろ「背中を見て育て」の良い部分をさらに引き出すことができると思っています。例えば、新人向けに業務フローを分かりやすく可視化し、マニュアルを整備しておくだけで、これまで現場で叱られながら時間をかけて学んでいたノウハウがすぐに手に入り、自分の力でフローを理解しながら業務を遂行できる即戦力になることに時間がかからなくなります。「見よう見真似」でやってみながら自分のものにするということが、デジタルで可視化された業務フローを見ながら実践できるようになるのです。デジタルで業務を可視化し全体を把握できるようにしておけば、従来のような背中を見る日本式を変えずとも、業務フローに乗りながら効率よく仕事ができるようになります。
また、会社全体のデータを一元管理し一般社員が確認できる仕組みがあれば、誰でも会社の状況をデータで把握でき、問題があった時に自分が何をすればよいのかを検討する習慣がつくでしょう。かつては長年かけて会社の業務全体を少しずつ把握していましたが、今やそれが、意欲さえあれば新入社員であっても身につけることができるということです。このように、デジタル技術の使い方の意識を変えていけば、従来の日本式はこれからも生かすことができ、強みにすらなっていくと考えています。

テクノロジーを教えて学ぶだけでなく、企業の風土や文化も変えていく

福本:
リスキリングが必要になっている背景として、テクノロジーの進展により身に着けるべきスキルが変化し、従来のOJTでは教育を担えなくなったという面もありますし、また、デジタルで自動化できる定型業務が増え、人がやるべき仕事が変わりつつあるという面もあると思います。とはいえ、社員にスキル転換を求めたり、人が行ってきた業務をデジタルにシフトさせるには、経営層やマネジメント層が企業をどのように変革していくかを検討した上で、教育も含めて変えていく必要があるのではないでしょうか。

松田:
当社のDX人材育成サービスを採用していただけているのは、仕事自体を変えることを常に研修の中心に据えているからです。現場で働く人たちが教育を通して、「もし良いシステムがあれば、効率の悪い業務が一瞬で終わるようになるので、自分たちで変えていきたい」という意識まで持てたら、ボトムアップでも業務を変えていけるでしょう。経営層としては、現場の効率化を応援して「みんなでやろう」と率先して声を出すのも一つの手ですし、現場の声を聞き、お金と時間を投入してよいと認めてあげることも重要です。その両輪を回せば、教育面でも、会社の変革面でも上手くいくと思います。
コンサル会社を入れて「As Is(現状)」や理想的な「To Be(将来像)」を描き、システムを導入してこれでやりなさいというアプローチだと、現場で齟齬が生まれることがよくあります。しかし自分たちで変えるという意識を持つだけで、同じことでも全然違った結果になります。このような文化や風土を醸成することは、日本企業のほうがやりやすいと感じますね。

福本:
テクノロジーを教えるだけでなく、風土や文化も併せて変えていくわけですね。しかし日本人の特性なのかよく分かりませんが、変わることを恐れる傾向があるようにも感じます。

小野:
日本企業ではそういう傾向が強いかもしれません。昨日と今日の仕事が違うとストレスを感じてしまう人もいます。この変化の激しい時代においては、そのような文化を打破しない限り、今の話のような流れになりません。日本企業の多くの社員は「自分の仕事が永遠に続く」と思っている節がありますが、もはやそうではないことに気付いてもらって、そのギャップを埋めないといけません。最近は「老害」という言葉をよく聞きますが、これは変化を求めないことであり、いつまでも変わっていこうとしている人は歳をとっても老害ではありません。逆に若くても、変化を求めないことが老害なのだと思います。

福本:
その変化とは、一回変えたら終わりではなく、継続的に変化を続けなければいけないということですよね。

小野:
きっと毎日仕事のやり方を変えていかないと、この時代に追い付いていかないのではないでしょうか。一度標準化してマニュアル化やテンプレート化したら、それしかやらない、できないという人もいますが、それでは変化に対応していけません。戦後の高度経済成長期の成功体験のDNAが日本企業の中にあるため、昨日と同じ仕事をしていれば成長できるという意識が根付いているのでしょう。日本式OJTの文化は好きですが、もはや曲がり角に来ており、変えていかないと今の状況は打破できないと思っています。

左:東芝デジタルソリューションズ HRMソリューション部 フェロー 小野 慎一
中:株式会社オンギガンツ 代表取締役 松田 雄馬氏
右:DiGiTAL CONVENTiONアドバイザー 福本 勲

小さく始めて大きく育てる!日本企業の人材を育成させる具体的なアプローチ

福本:
今後、日本企業の人材教育にも変化が求められると思いますが、具体的にはどのようなアプローチがあるでしょうか。

松田:
当社の研修で常にお伝えしているポイントは「いきなり大きなことをやると失敗する」ということです。私自身、前職で次世代AIの研究を立ち上げた時がまさにそうでした。最低限の人数で動くと、失敗しても影響が小さくなりますし、そこで何らかの芽が見えてくると、仲間が徐々に広がって、やがて皆がこちらの仲間になってくれます。
実は、それと同じことを企業研修でも実施しています。キーワードは「小さく始めて大きく育てる」。最初から全体を変えようとせずに、まず自分を変える。自分がラクになると自分が嬉しいわけです。そして、それをどこかで必ず見守っている人がいます。企業研修で行う以上はそれを発表する機会が必ずあるので、その時に「やるべき」ではなく「私は上手くいっています」とアピールすると、「それってどういうこと?」と興味を持ってくれる人が現れるのです。
つまり何かを周りに波及させる前に、まず自分、あるいは自分を含む少人数で成果を出して、周りが後から自然に付いてくるようにすればよいのです。「世界を動かさんとする者は、まず自ら動くべし」というソクラテスの格言がありますが、まず自分で動いて実践できる人たちは、最初は壁にぶつかっても、必ず成功を手にしています。
大企業では、業務変革のためにいきなり大きな予算をつけてビッグプロジェクトをやりがちですが、やはり人の意識が伴っていないとうまく進みません。DXの最大の失敗は途中でやめてしまうことです。ソフトウェアのアジャイル開発と同様に、まずは小さく回し小さな失敗を繰り返しながら学んで、自分が喜ぶ成功体験をつくると、味方も増えて次々と事が進んでいくようになります。そういう流れで企業変革の風土が作られていくのです。

福本:
企業内で気付いた人が自ら変革を始め、インフルエンサー的な存在になっていく。そんなルーチンが自然にできるようになると成功するということですね。

松田:
あとは流れが生まれるには、最初のフォロワーが重要です。自分だけ一生懸命に頑張っても後が続かないので、自分が喜び、フォロワーが自然に生まれる形が理想的です。

福本:
経営層がそういう取り組みを褒めてあげるような風土が企業内にあればよいかもしれないですね。

松田:
おっしゃる通りで、少しでも上手くいっている事例があれば徹底的に褒めてあげるようにすると、従業員も「次は自分たちも頑張ろう」と思うものです。成功事例を拾って、会社全体の大きな流れにしていくことが大事ですね。

小野:
先ほど、大企業は業務変革のために大きな予算をかけるという話がありましたが、PC普及期も、DXも、今のAIブームも同様ですが、やはり予算が付いてやらされるのではなく、自ら先陣を切って挑戦する「ファーストペンギン」が必要です。もちろんラーニングカルチャーとして学び合う文化も大事だと思います。トップダウンでなく、ボトムアップで学べる組織を作る工夫が求められます。

福本:
先陣を切る人が動けるようにするには、「失敗が絶対に許されない」という文化だとかなり難しそうですね。経営側のマネジメント変革が求められるところでしょうか。

松田:
これは、いわゆる「遊び」を作ることなのかなと。「業務の一定時間は好きなことをしなさい」という15%ルールを採用するIT系企業は多いです。例えば金曜日の午後から勉強会を開いたり、情報収集に時間を使ったり、最先端技術の展示会に顔を出したりするだけでも、面白いネタが拾えます。しかし社内に籠ると同じ情報ばかりで、考え方も硬直化してしまいます。外の情報や人と出会う機会を作るためには、最低限の余剰が必要ですが、自分の好きなことが会社の取り組みと少しでも重なれば、土日や日常のふとした時間でも実現できるでしょう。卑近な例ですが、入浴中にYouTubeを視聴しながら世の中の情勢をキャッチしようとするだけでも、「こんな展示会や勉強会があるので行ってみよう」というように、常に外に意識が向かうようになります。

福本:
オンとオフの時間は明確に切り替えられないこともありますよね。オフの時間に仕事のことを考えてしまうこともありますから(笑)。日本では働き方改革で残業時間が減っていますが、それで勉強時間が増えているわけでもなく、今や「世界で最も学習しない国」と揶揄されているわけです。欧米では、キャリアアップのために学び続けるのが一般的で、MBAを取得していてもなおエンジニアリングの博士号を取ろうとする企業役員さえいるそうです。日本には個人が自発的に学び直す「リカレント教育」の文化が無いので、企業が従業員に学ぶ機会を提供して業務時間内に行うリスキリングを阻む壁があり、それを乗り越える必要がありそうです。

松田:
たぶんリスキリングの捉え方が壁になっているのではないでしょうか。例えば「これまでのやり方では通用しなくなるので、これからはデジタル技術を使わないといけない」、だから「高齢層もデジタルを学ばなければならない」「ITに近い部署に人を配置転換しなければならない」という話になってしまいがちです。このように、日本には「~せねばならない」という風土があるように感じますが、まずはそこから変える必要がありそうです。学ぶことに年齢は関係ありません。その事例として自分がよく引用するのが「ディープラーニングおじさん」です。

ディープラーニングおじさんを見習い、「スペシャリティ×デジタル」でDXを実現!

福本:
ディープラーニングおじさん!?どのような事例なのでしょうか?


  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2025年4月現在のものです。

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