カーボンニュートラルに向けた産業構造の変化にいかに挑むか(前編)
~再生可能エネルギーを取り巻く環境変化と導入課題~

テクノロジー、イベント

2023年2月16日

「Power of Data × Open Innovation ―デジタルエコノミーの発展を目指して―」をテーマに、2022年11月24日と25日にオンライン開催された「TOSHIBA OPEN SESSIONS」。初日には、エネルギー関連のキーパーソンが集まり、カーボンニュートラルの最新動向についてのセッションが行われた。前編では、東芝のカーボンニュートラルに関する事業概要を紹介するとともに、近年の再生可能エネルギーを取り巻く環境変化や日本固有の問題、今後の導入課題などについて議論した内容を掲載する。

登壇者:
東芝エネルギーシステムズ株式会社 取締役/統括技師長 兼 エネルギーシステム技術開発センター ゼネラルマネジャー 落合 誠
東芝ネクストクラフトベルケ株式会社 代表取締役社長 新貝 英己
東芝デジタルソリューションズ株式会社 ICTソリューション事業部 デジタルコンサルティング部 部長 中間 雅彦
モデレーター:株式会社 東芝 インフラサービス推進部 インフラサービス戦略企画室 ゼネラルマネジャー エネルギーマネジメントマッチング推進室 エキスパート 弓削 慎太郎


「つくる」「おくる」「ためる」「かしこくつかう」エネルギーソリューションによるカーボンニュートラル社会への貢献

弓削:
まず、東芝のカーボンニュートラルに向けた取り組みについて、落合さんから説明をお願い致します。

落合:
東芝グループは、「人と、地球の、明日のために」という経営理念を掲げており、未来に向けたサステナブルな社会を築くために、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの実現は重要なミッションになっています。これまでエネルギー事業においては、火力原子力、水力や地熱などの再生可能エネルギー、それら全体を繋ぐ電力ネットワークなど、社会全体に向けたエネルギーソリューションを展開してきました。

さらに我々はエネルギー事業拡大に向けて、「つくる」「おくる」「ためる」「かしこくつかう」という全ての領域で、エネルギーソリューションの提供に取り組んでいます。「つくる」ところでは風力、太陽光などの再生可能エネルギーはもちろん、従来の主力電源である火力発電もCO2回収技術を活用して適切に利用できるよう進めています。また電力を「おくる」ところでは「VPP(仮想発電所:バーチャルパワープラント)」のほか、環境に与える影響が大きい絶縁ガスから自然由来のガスに置き換えて使う新しい送変電機器や、再生可能エネルギー時代に必須となる直流送電にも取り組んでいきます。電気エネルギーをいかに「ためる」かも重要です。水素製造や水素ステーションだけでなく、「SCiB」という我々独自の電池技術を活用した蓄電池システムにも取り組んでいます。「つかう」観点も大事です。グリーンモビリティや、ビル・工場のエネルギーマネジメントに貢献し、CO2の資源化による再利用も進めます。

集中型電源、基幹系統といった従来事業も継続的に発展させつつ、それらを効率的に使っていく観点が重要だと考えています。「EtaPRO」という発電事業者向けプラント監視ソフトウェアで設備の運用効率を向上するソリューションの提供や、発電側と需要側を束ねてエネルギーを効率的に活用するVPPにも取り組んでいます。それらをデジタルで繋ぎ、カーボンニュートラルソリューションを展開する方針です。CO2の見える化や、再生可能エネルギーの供給、製造現場のエネルギーマネジメントをトータルで扱うGX(グリーントランスフォーメーション)コンサルティングサービスも提供していきます。また重要なポイントとなるのが、再生エネルギー供給やCO2資源化、水素製造などに関わるフィジカルな新技術です。これらをデジタルサービスと組み合わせて最適なソリューション提供していきたいと考えています。超伝導を使った新しいモーターの開発も行っており、将来は航空機などの電動化にも貢献していきたいと思います。

東芝エネルギーシステムズ株式会社 取締役/統括技師長 兼 エネルギーシステム技術開発センター ゼネラルマネジャー 落合 誠


再生可能エネルギーを取り巻く環境変化に対応した、グリーン×デジタルシフトへの挑戦

弓削:
続いて、東芝ネクストクラフトベルケの新貝さんから、再生可能エネルギー導入を取り巻く環境変化について説明をお願いします。

新貝:
新型コロナウイルスやウクライナ情勢の影響により、非化石化だけでなく再生可能エネルギーの新しい価値に対する認知が高まってきたと感じています。その一つがエネルギー自給率に寄与する電源であること、もう一つは価格が安定していることです。再生可能エネルギー発電には燃料費がかからず、一度建設すると長期的に安定した価格で供給可能で、燃料費が上昇する中で今は相対的に安い電源になっています。分散電源としてリスクも分散化されます。

再生可能エネルギーの特徴と課題についてお話したいと思います。まず「分散化」ですが、日本の太陽光発電所は約70万あり、ほとんどが50kW未満と小規模で分散されており、リスク分散のメリットはありますが管理が届きにくい側面もあります。二つ目は「変動性」です。気象状況により発電量が大きく変わるため、需要と供給を一致させる計画管理が難しく、急激な変動を抑えるために複数の再生可能エネルギーを束ねて管理することが必要です。また、再生可能エネルギーにこれまで適用されていた補助を減らし、主力電源化に向けた「自立化」が求められています。今年度から従来のFIT制度(Feed-in Tariff:再生可能エネルギーの固定価格買取制度)から新制度のFIP制度(Feed-in Premium:市場連動型価格制度)に移行されます。また、これまで計画値同時同量(バランシング)の責務は送配電事業者が肩代わりしていましたが、今後は発電事業者が毎日の発電量を予測し計画を提出して、計画値と実績値がずれるとペナルティが課せられる制度に変わります。こういった課題を解決すべく、東芝はドイツのVPP大手事業者のネクストクラフトベルケと合弁会社を設立しました。

ドイツはFIP制度を2012年からスタートしています。この10年間、発電事業者の課題を解決するサービスを提供しており、その知見と東芝の電力・系統技術を重ね合わせ、日本で事業を展開中です。エネルギーを束ねるアグリゲーターの立場で、発電事業者を束ねて業務代行を行っていきます。計画値同時同量や、実績値が乖離した際のペナルティリスクも我々が取ります。卸市場や小売り需要家への販売やトレーディングなども行いながら、発電事業者の収益に貢献していきます。需給データも使いながら、予測・取引・最適制御を行い、いわゆるデジタルマッチングを実施していくのが今後のミッションになります。


将来の財務インパクトの見える化から、企業のカーボンニュートラル推進を支援

弓削:
続いて東芝デジタルソリューションズの中間さん、お願い致します。

中間:
カーボンニュートラルについて見える化という観点からお話します。製造業のカーボンニュートラルの取り組み状況を調査すると、本格的な取り組みができている企業は2割程度と必ずしも多くありません。企業経営として、どこがバランス点なのか見極められないと多くの需要家が悩んでいるようです。この背景には、再生可能エネルギーの市況や経済価値が変化し先行きが不透明なことがあります。多くの企業では社内でCO2がどこから出ているのか必ずしも見えておらず、サプライチェーン全体の排出量も把握できていません。本来なら大きく手を打てるところから着手すべきですが、そこがなかなか見えない。手を打つにしてもコストをどう捻出するか、先行きが見えない状況だから取り組みがなかなか進まないのです。

これに対して、見える化をしながら進めていくべきであると考えています。見える化の仕組みは制度設計の問題もあり、一気には進められませんが、エネルギー市況や将来的なコストに関して、現時点の予測に基づいて見える化すれば、再生可能エネルギーやその他の電力ポートフォリオを組み立てることはできるでしょう。財務インパクトを見える化しながら、合意形成を取って進めることが肝要だと思います。

我々は、このような見える化を行った上で、東芝が持つカーボンニュートラル関連の技術を最大限活用しながら、その実現に向けた適切なソリューションを提供し、需要家のカーボンニュートラルの取り組みをしっかり支援していきたいと考えています。現在のフェーズ1では、個別企業の中だけでなくサプライチェーン全体のどこでCO2が出るのかを見定め、集中的に手を打つ必要があります。また、余剰電力なども含めて、世の中のエネルギーや再生可能エネルギーを有効活用するマッチングサービスの提供により社会全体での効率的なカーボンニュートラル推進に貢献したいと考えています。


転換期を迎える海外と日本のカーボンニュートラル事情

弓削:
ここからは「カーボンニュートラルに向けた産業構造の変化にいかに挑むか」というテーマでディスカッションしたいと思います。まず海外と日本のカーボンニュートラルの動きですが、2022年初頭のロシアによるウクライナ侵攻で動きが少し変わってきたように見受けられます。先行する欧州での動向について、新貝さんにお聞きしたいと思います。

新貝:
日本は2030年に向けて再生可能エネルギー比率を36~38%に増やしていく方針ですが、欧州のほうが取り組みが早くドイツは既に50%を超えています。ウクライナ関連の影響ですが、ドイツは非常に厳しい状況で、電力の市場価格が高騰し、電気代も3倍を超えたと聞いています。そのような中で、再生可能エネルギーの普及・促進を、さらに加速させる方向です。この背景にはエネルギー自給率の観点からの脱ロシアがあります。

弓削:
天然ガスの問題もクローズアップされていますが、欧州の動きは少し迂回しつつも今後も止まらないというお考えですね。一方で、エネルギー自給率やエネルギーミックスを考えると、欧州の動きをそのまま日本に適用するのも難しいと思います。新貝さんは再生可能エネルギーのアグリゲーション事業も進めていますが、日本の状況をどう感じていますか。

新貝:
欧州は国が陸続きで多様な電源があるため、それらを融通し合える環境にあります。一方で、日本は島国なので環境が大きく違います。自給率の問題もありますが、1つの電源に偏りすぎるとまた別のリスクをはらむので、いかにバランスよくエネルギーを利用できる環境を国内で整備していくかという点が日本のアプローチでしょう。

東芝ネクストクラフトベルケ株式会社 代表取締役社長 新貝英己

弓削:
日本政府から今冬の節電要請がありましたが、エネルギー需給バランスについては課題が多いようです。エネルギー行政に詳しい落合さんはどう見ていますか。

落合:
私も再生可能エネルギー導入は加速すると考えていますが、1つのエネルギーに過度に集中することはバランス上よくありません。再生可能エネルギー導入の加速は進め、既にある主力電源の火力発電所や、安全が大前提にはなりますが再稼働が待たれる原子力発電も上手に使いこなすことが大切でしょう。火力発電はCO2回収技術やデジタルサービスを適用し、保守運転を効率的に行えばより良くなると思いますし、原子力、水力、地熱など多様なエネルギーを上手に使い、バランスをとっていくことが大事ですね。

弓削:
ただ、需要家や産業界も含めて、再生可能エネルギーが足りないという声も多く聞いています。これについて、中間さんのご見解をいただけますか。

中間:
国内の多くの需要家は、再生可能エネルギーが不足し将来的に高騰すると予測しています。自前電源や再生可能エネルギーを長期間安定調達できるPPA(Power Purchase Agreement:電力販売契約)などを使いながら、できるだけ価格が安定した電源を確保したいという要望が多く、そういう意味では、やはり動きは加速していくだろうと思います。


欧州ルールを意識しつつ、日本発のアプローチでアジアにおけるプレゼンスを示す

弓削:
再生可能エネルギー導入がどのように加速していくかが一番の関心事だと思いますが、電力の逼迫は産業界にとって大問題です。日本全体としてどのような流れが最も望ましいでしょうか。

新貝:
今、従来の系統に大量の再生可能エネルギーが繋がると混雑してしまうわけで、系統インフラは急には増強できません。人口が減少していく中でどこまで投資できるかという問題も出てくるでしょう。段階的に再生可能エネルギーを増やし、系統を増強していくことが求められますが、それだけでなく需要家の行動変容も促し、再生可能エネルギーを増やす環境を作ることが大切です。節電要請もありましたが逆に電気が余る時間帯もあり、そこで電気を使いながら系統を安定化しつつ、再生可能エネルギーを増やすことも手立てのひとつだと思います。

弓削:
日本は山間部が多く、台風が来たり、地震が起きたり、自然エネルギーを使うにしても、自然の脅威と折り合いをつけなければなりません。そのあたりも見ながら日本独自の方法を模索することも必要ですね。

新貝:
そうですね。補足すると、平地での太陽光パネルの設置率は、日本が世界一位なのです。置けるところには置いている状況で、今後どこに置くのかという立地問題も出てくるでしょう。洋上風力発電の話も出ていますが、まだ時間がかかります。

弓削:
欧州から日本の流れをお聞きしましたが、アジアも当然この流れに沿って動きそうです。アジアの動向について、中間さんはどうご覧になっていますか。

中間:
アジアについては、中国、東南アジア・ASEAN、インドという3極に分かれて動いていると思います。中国では電気自動車(EV)をはじめとした電化やグリーン化が急激に進んでいます。グローバルマーケットを取りに行くための手段と位置づけており、ここはどんどん加速していくと見ています。残りの二極も意外と早く進むかもしれません。その理由は欧州ルールです。欧州のカーボンプライシングの考え方は今後も一貫して続くと見ています。「逃げ得」を許さないために、海外輸入品をターゲットにする動きが進んでおり、現在ノミネートされている品目は、大部分がアジアからの輸入品です。先進国と途上国・新興国の対立構図は続くでしょうが、サプライチェーン対応という点で、特にインドは低コスト化に向けた動きが非常に速い国なので、思っているよりも早く対応が進むのではないかと見ています。

弓削:
日本からアジアへエネルギーシステムやサービスを輸出していく場合、欧州の考え方やルールをそのまま適用するよりも、日本の中で少し検討して練度を上げてから出すという考え方も必要ではないかと思います。

落合:
欧州では広大な場所に風車がたくさん建っていますが、日本やアジアではこうした立地があまりなく、また洋上もアジア独特の台風があり課題が残ります。先行する欧州の考え方を単に導入しても、技術開発や導入の課題がいろいろ出てくると思います。日本がまさに直面しているところで、アジアも同じ事情を抱えています。これをしっかり解決して展開いくことは、世界のカーボンニュートラルにとっても重要なことだと思います。

中間:
欧州はサプライチェーンのCO2情報管理などのルールメイキングで先行していますが、アジアのサプライチェーンの情報を保有・管理するウエイトが高いのは日本企業だと思います。欧州のサプライチェーンのCO2情報管理の仕組みも、現状では万能に使えるものではありません。日本で使えるものに仕上げて、互換性を保ちながら日本発の仕組みを展開していける可能性はあると思っていますし、そこを我々もトライしたいですね。

  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2022年11月現在のものです。

執筆:井上 猛雄


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